4 わがまま 「精一杯」


「竜也が我侭を言わねぇ?」
 大学での昼休み、シゲは定食を突付きながら三上に向かって重々しく頷いた。
「そりゃ、仕方ねぇんじゃねぇか?人間どころか他の猫にまで遠慮してるだろ、竜也」
「そりゃそうなんやけどー・・」
 シゲが竜也と同居し始めてから数ヶ月、軽く拗ねたり笑ったりする様にはなったが、未だに自分からこれがしたいああしたいとは言い出さない。
 三上はシゲよりも数百円高い定食を掻き込みながら、諭すようにシゲに箸の先を向ける。
「あのな、あいつが渋沢の所に居られなかった理由な、たくさんの人間が出入りするから怯えたってのもあるけど、誠二が居たから居られなかったってのもでかいんだよ」
 味噌汁をすすりながらそう言ってきた三上に、シゲは僅かに瞠目する。
 渋沢医院は、シゲが竜也を飼い始める前から数度訪ねた事がある。竹巳の診察や、単に三上が友人である渋沢を尋ねる時などに便乗したことがあるからだ。
「せめて人の出入りが少ないってんで俺が預かってたけどな、ウチにもろくに居られなかったと思うぜ。竹巳が居るしな」
 誠二も竹巳も、縄張り意識が強くて他の猫を酷く嫌うとか、そういった性質の猫ではないはずだ。竜也を苛めたわけも無いだろうに、三上の言ったことはどういうことだとシゲが首を傾げると、三上は短く嘆息した。
「他の猫が居れば、自分は邪魔者なんだって思うんだろうな。俺も渋沢も先に誠二と竹巳飼ってんだろ?だから、自分はそこに割り込んだ邪魔者なんだって思うらしいな。だから、お前なら適任だと思ったんだよ」
 パンっと律儀に手を合わせて食事の終了を示してから、三上はだからなと神妙な表情をして続けた。
「誰か、竜也だけを可愛がってやれる奴じゃねぇと駄目なんだよ。誰の代わりでも邪魔者でもなくて、竜也だけが大事で必要なんだって教えてやれる奴じゃないとな」
 気長に待てよと軽く笑い、三上はトレイを持って席を立った。
 その背中を見送りながら、シゲはそういうことなら自信はあると強く思った。
 あの小さくて柔らかくて可愛らしい竜也が本当に大事なのだと、いくらでも伝えてやりたいと強く思った。

 講義の時間がギリギリだったので、シゲは大学からそのままバイトに行った。
「ただいまー」
 一旦家に帰ってから行くのと真っ直ぐ行くのとでは、気持ち的に差が出るのかいささかいつもよりも疲れを感じながらシゲが玄関に入ると、いつもの様に竜也が出迎えてくれた。
 にこ、と小さくわらって迎えてくれた竜也の茶色い毛に覆われた柔らかい耳の後ろを優しく撫でて、シゲはそのままベッドに直行する。
「つかれたわー・・」
 はー・・と大きく溜息を吐きながらごろりとベッドで身体を反転させると、竜也が戸口に座っていた。
「竜也?」
 シゲが呼ぶと竜也はチョコチョコと近づいてきて、ベッド脇にぺたんと座った。
 そのままじっとカーテンの方を見て眉をしかめる竜也に、シゲはそちらに何か居るのかと視線を巡らせるが特に何も居ない。
 この間のシゲがプリンを食べてしまった時の様に何か拗ねているのかとも思ったが、それより寧ろ竜也は戸惑っているようだった。
 茶色く細い尻尾がゆらゆらと揺れて、竜也の丸い瞳がちらりとシゲを窺うように瞬く。
(え、何やろ・・)
 朝からの行動を辿って思い出しながらシゲは竜也に何かしたかと考え込んで、ふとある事に気付いた。
(あ)
「竜也」
 ベッドの上で上体を起こして胡坐をかいて座り、見上げてきた竜也に向かってシゲは大きく腕を開いた。
「おいで」
 すると竜也は零れるのではないかという位に大きく瞳を開いてから、ベッドによじ登ってきた。
 そしてシゲの膝に座って首にぎゅうとしがみ付いてくる。その背中を優しく抱きとめながら、シゲは頭を撫でてやる。
「留守番ありがとな」
 いつもなら玄関でする筈のこの行為を、シゲは今日忘れてそのままベッドに直行してしまっていたのだ。
 いつも竜也は、こうして欲しいのだということを言ってしまっても良い物かどうかを深く悩む。そして大概、早々にそれを諦める。
 だからシゲは上手く竜也の気持ちを汲み取って、大丈夫だと伝えてやらなければならないのだ。竜也がして欲しいことなら、シゲだってしてやりたいのだと。
「大好きやで、竜也」
 それでも、何かを訴えるように視線を寄越した今日のこれは、竜也の精一杯の我侭なのだろう。
 両腕に抱えた暖かな体温に自分の方こそ癒されると瞼を閉じながら、ただ抱き締めてもらいたいと強請る事すら躊躇する竜也が、シゲは愛しくてならなかった。


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あー、何か私も癒されたい・・・(笑。
三上がやたら良い奴ですね!!

  ..2004年9月24日(金)