軍隊パラレル 8


「どうぞ」
差し出されたコップが透明な汗をかいているのを見て、それが水だと悟った水野は、丁度酒の合間に水が欲しいと思っていたのでありがたくそれを受けとった。
「あぁ、ありがとう」
よく気が付くなと感心しながら、一口よく冷えた水を口に含む。アルコールに持っていかれていた口内の水分が戻ってきたようで、水野は火照った頬にコップを当てて一息ついた。
「で、あれはいつまで続くんだ?」
「さぁ・・」
二人の視線の先では、まるで掴みあいでも始めるのではないかという程に緊迫した佐藤と椎名の姿がある。ただ、
「何で味噌汁に七味なんだよ!」
「自分こそ、何でカレーにヨーグルト入れんねん!!」
酔っ払い同士の言い合いなので、内容は至極下らない。
「その内終わるでしょ」
黒川は呑気にそう言って、手酌でウィスキーを注ぐ。
「南に居た頃から、あの二人あんな感じだったし」
溶けかけた氷をグラスに放り込み、黒川は話題が愛用の銃器の貶し合いに発展している二人を見やる。
「へえ、そうなんだ」
南に居た頃の佐藤のことは全く知らないため、水野は隣に腰掛けた黒川を好奇心を含んだ目で見る。
黒川はグラスに口を付けたまま口端を上げて笑い、続けた。
「佐藤が大佐の直属になったことは無かったスけどね、最後まで。でも大捕り物がある時なんかは、射撃の腕を買われて前線から引っ張られてきたりしてましたから」
自分とも息が合ってたしと続ける黒川に、水野は水を飲み干して嘆息した。
どうかしたかと首を傾げる黒川に、水野は自嘲気味に笑う。
「椎名大佐は優秀だから、きっとシゲを上手く使ってやれたんだろうなって思って」
酔いのせいか水野の佐藤の呼び方が変わってしまっていることには敢えて触れず、黒川はまだ飽きずに言い合う二人を一瞥して小さく笑った。
「そうでもないでしょ、俺は佐藤があんたのトコに行って良かったと思いますよ」
きょとんとしてくる水野に、黒川はウィスキーのグラスの中で氷をカランと鳴らした。
「俺と佐藤は前線に居た頃”狂犬”なんて呼ばれてたけど、それは単に帰るとこの無い野良犬だっただけで、褒められたもんじゃ無かったと思いますよ。いつ死んだっていいと思ってた、誰も待ってる奴なんていないんだからって」
でも、と黒川は椎名を見て目を細めた。その目は愛しいものを見るそれだった。
「俺はあの人に拾われました、んであいつは貴方に拾われたんでしょ。あいつが今日あんたと一緒に駅に迎えに来た時、雰囲気が変わったなって思った。俺と同じものを見つけたんだって分かりましたよ」
何のことだと、空いたコップにウィスキーを注いで水野は怪訝そうに首を傾げる。
「死んでもいい覚悟で戦うんじゃなくて、生きて護るために戦うんだって覚悟をくれる相手に出会ったんだって」
水野のコップにお湯を注いでやりながら、黒川は笑いかけてきた。
「あんたのために、何があってもどんな任務でも生きて返って側で護りたいと、きっとあいつは言いますよ。俺みたいにね」
「それって・・」
「黒川ーー!」
水野が口を開きかけたと同時に、二人の間に今しがたまで椎名と口喧嘩をしていた佐藤が割り込んできた。
「勝手に口説いてるんやない!」
がばっと水野の肩を抱いて叫んだ佐藤に、水野は瞠目し黒川は呆れて嘆息した。
「今まで放っといた奴が何言ってんだ・・・」
「ええから!お前のは、あっちやろ!!」
シゲがびしっと指した先には不機嫌そのものの表情の椎名が居て、黒川はグラスを持ったまま立ち上がる。
「もう構ってもらえるんですかね」
そう言って近付いた黒川の裾を椎名が引いて、座った黒川の脚の間に椎名は収まった。
「お前は、俺のだろ」
尊大に言い放つ椎名に、黒川はただ笑って、
「Yes,sir」
それだけ答える。
水野は思わず佐藤を見上げて聞いてみた。
「お前の主人は、俺か?」
佐藤は一瞬瞠目した後で、嬉しそうに破顔した。
「Yes,sir」
その答えに酷くいい気分になって、水野も佐藤の脚の間に収まって残ったウィスキーに口を付けた。



椎名と黒川は、視察という名目で来たんだと思ってください(笑。
必要以上にほのぼのする水野&黒川。Sさん、こんなんでどっすか。



(初出:10月7日/再録:12月16日)