シゲ&水野幼馴染パラレル 5 (4はSS「子犬のワルツ」で焼き直し済み)


昼休み、約束どおりシゲと屋上で食事をすることが日課になりつつあった竜也は、四時間目の授業が終わると同時に教師に呼び出されてしまったことを胸中で舌打ちしながら、弁当片手に廊下を足早に歩く。
徐々に人気の無くなる屋上への階段へ続く廊下を真っ直ぐに歩いていく竜也の背中に、大して親しくはないが聞き覚えのある声が追いかけてきた。
「水野、今日も屋上かよ?」
10クラスあるうちの最後尾クラスの真ん前で呼び止められ、竜也は肩越しに振り返る。
そこには、毎度の試験のたびに竜也の若干後ろに順位を取る男子生徒が居た。
各クラスの目の前に用意されているロッカーから何か取り出している風情のその男子は、腰を屈めながら揶揄するような笑みを浮かべて竜也の眉間に皺を刻ませた。
「だったら、何」
正方形のスチール製ロッカーは、パッと見少し大きめの下足入れにしか見えない。そこに入る物なんてたかが知れていて生徒には中々不評ではあるが、各生徒に一つロッカーが貰えるだけでもまあ、ありがたいだろう。
「あの佐藤だろ?いいのかよ、優等生があんなんとつるんでさ」
その物言いに竜也はますます眉間の皺を深くする。
「煙草、カツアゲ、万引きなんて当たり前なんだろ?大丈夫かよ、それとも何か、水野君も高校デビューってやつですか?」
いつも試験で順位を競う様な形になっているとは言え、二人の間に友情めいたものは何も無く、それどころか何かと突っかかってくるこの男子が竜也は苦手だった。はっきり言えば、嫌いだった。
その相手に、つい最近とはいえ仲良くなった友達のことを悪く言われていい気分の人間はいないだろう。
「お前に関係ないね」
確かにシゲは素行がいいとはお世辞にも言えないし、会話の端々から察するに以前はもっと荒れていたらしいけれど。
「いいねぇ、水野君なら金髪でも似合うと思うしなー。やっぱ気ぃ合うもん?片親同士ってのは・・・っ」
竜也の親が離婚している話は、中学に上がる直前苗字が変わっていたことを知っている者なら容易に想像できただろうし、シゲの家には父親が不在だということは余りにも有名だった。所謂、シゲは妾腹だと。
ガンッ!!
屈んでいた男子生徒のこめかみを、風が通った。
そして目の前で自分のロッカーをべっこり凹ませる上靴の爪先を見つめ、一瞬動きを止めた男子が背中に冷たい汗をかきながら視線を上げると、薄く笑みを浮かべた竜也が見下ろしていた。
「うるせえ、だまれ、潰すぞ」
短くその三語だけを発し、凹んだロッカーから足を抜いて竜也は踵を返した。
幸い最後尾のクラス周辺には生徒も少なく、優等生竜也の所業を目撃したのは、恐らくロッカーの持主であるその男子だけだった。

軽い足取りで階段を上り、開いた扉から漏れる太陽に目を眇めながら外の空気を肺に吸い込む。
「あ、たつぼん、遅いってー」
真っ先に自分を認め大きな声で呼んでくるシゲに、竜也は思わず頬が緩んだ。
遅れたことを詫びながら先に来ていた笠井の隣に腰を下ろして、今しがたの会話を説明してくれるシゲの背中に大きく揺れる尻尾が見える気がして、竜也はズキズキと痛むつま先を隠すように引き寄せた。
「たつぼん、聞いとる?」
「聞いてる」
言いながらシゲから視線を外して弁当を開きに掛かった竜也に、絶対聞いてなかったと不機嫌そうな表情をするシゲに、竜也は聞いていたということを証明すべく口を開いた。
「帰りにCD見て帰るんだろ?付き合ってやるから、帰りマック奢れよな、シゲ」
竜也の台詞の語尾に、その場に居たシゲの友達数人も含めて全員、一瞬固まった。
「たつぼん、今、シゲって言うた??」
シゲがどれ程強請ろうと頑なに苗字で呼び続けた竜也が、ぽろりとごく自然にシゲ、と名前で呼んだのだ。場が固まらない筈が無い。
「駄目か?」
「え・・っ、え、え、いや、ぜんっぜん!全然駄目やないで!!もー、バンバン呼んで!!」
握りこぶしを作った拍子に持っていたパンを握りつぶして悲鳴を上げるシゲに、竜也は冷静な視線を送って、
「用も無いのに呼ぶか、馬鹿」
と付け加えた。
「どういう心境の変化だよ、水野」
絶対シゲの一方通行だと日頃からシゲをからかっていた友人の一人がそっと耳打ちをしてきて、竜也は軽く肩をすくめた。
「さあ?」
とりあえず、そういう気分になったのだと竜也は騒ぐシゲを横目に、開いた弁当に向かって手を合わせてそれを作ってくれた母に感謝した。


竜也、柄悪い・・・・。

11月11日