シゲ&水野幼馴染パラレル 番外


翼は、目を落としていた雑誌からふと視線を上げて目の前の男のつむじをじっと見詰めた。
若干色素の薄い自分よりも黒々とした硬そうな髪を乱暴に掻き混ぜながら、彼はうーと呻いている。
「柾輝、わかんないんなら聞けよ」
雑誌に再び目を戻してページを捲る翼に、柾輝は顔を上げないままじゃあと問題集を指差した。
「答え教えてくれよ」
「馬鹿か」
そんなの何の意味も無いだろ、と翼が問題集を覗き込むように身を乗り出すと、柾輝は上体を起こして軽く伸びをした。
「だって、答え合わねえんだもん」
何度も書いては消した跡のある計算式をうんざりしたように眺め、柾輝はふて腐れた様に口を歪める。
「そりゃ、どっか間違えてんだろ」
自分の方に問題集を引き寄せ、雑誌を傍らに伏せてどこか間違っていないかを捜す翼の向かい側で、柾輝が疲れた・・と温くなったお茶を喉に流し込んだ。
問題を読んで、その下に立てられた計算式自体は間違えていないなと頷きながらその先に目を落としつつ、予想外に読みやすい字を書く柾輝が何だかおかしかった。
高校受験の家庭教師をしてくれといきなり言われた時には驚いたが、指定された時間が正当な理由で潰れてくれるのは翼には好都合で、暫く疎遠になっていた後輩の頼みを結局渡りに船と受けた。
「あ、ここ違う」
「えー?どこ」
床に手を付いて顎を上向かせ天上を見上げていた柾輝は、翼が問題集を机に置く音で顔を戻す。
翼はいつの間にか柾輝の隣に移動してきていて、その近付いた体温に柾輝はドキリとする。
「ここ、移動したらプラスがマイナスだって。そのままだからおかしいんだよ 」
そういって指された式の途中では、確かに右辺から左辺に移動しても符号が直っていない数字があった。
「ホントだ」
そんなことかと自分自身に呆れて溜息を吐きながら消しゴムを取り上げると、翼が間抜けと言って笑う。
笑いながら自分のコップに手を伸ばした翼の、袖が引かれた手首に赤い痣が残っていた。
「・・・なに」
思わず消しゴムを握ったままその手首を取った柾輝は、そのままじっと翼の目を覗き込む。
「俺にしとけばいいのに」
掴まれた手首に込められた指の強さは大したものでは無かったのに、翼はそれを振りほどくことは出来ずに、覗き込んでくる黒曜石の瞳から目を逸らす。
「ガキが、偉そうな口きくんじゃねぇよ」
「あんただって、まだ子供だ」
真っ直ぐ向けられる瞳が近付いて、空いた方の手で顎を掴まれ唇に暖かなそれが押し当てられても、翼は身じろぎ一つしなかった。
その時ふいに、翼の鞄の中で携帯が呼び出し音を響かせ始め、設定されている一人の人物を瞬時に頭に浮かべた翼は、それまで大人しく口付けを受けていた柾輝を突き飛ばした。
「はい・・・うん、まだ・・え?できるわけないだろ・・・だって・・・」
固く眉根を寄せて携帯に向けて喋る翼の表情を見ながら、柾輝は握った消しゴムを握り直した。
数分後、翼は結局予定時間より早目に切り上げ帰って行った。
悪いなと苦笑しながら振り返る翼を玄関まで見送り、その口元が微かに震えているのを柾輝は見逃さなかった。
「なあ、今日早く終わった分、次の日曜埋め合わせしてくれよ」
翼が日曜は絶対無理だと始めに言い張ったことを柾輝は忘れてはいないが、あえてその曜日を口にした。
翼は暫し考え込むようにしてから、唇を引き結んで爪先に目を落とす。
「分かった」
時間はまた連絡する、と言い添えて翼が出て行った扉を数秒眺めた後、柾輝の口からは堪え切れなかった溜息が漏れた。


幼馴染パラレル、翼と柾輝の過去編(一部)
暗いなぁ・・。暗さ一直線な話になりそうですよちゃんと書いたら。

12月2日