シゲ&水野魔法使いパラレル 後


「郭。おはよう」
 水野とは対照的に烏の濡れ羽色と言える髪をした郭は、底の見えない濃い黒い瞳で水野を見下ろしていた。
「おはよ、また先に進まれたみたいだね。この間、西園寺先生の補習を受けてたみたいだし」
 前の席に腰を下ろして肩をすくめて見せる郭に、水野は困った様に笑みを返す。時折厭味にも取れる発言を混ぜてはくるが、郭はそういう性格なのか言葉の響きに悪意も気負いも感じられなかった。だからこそ、水野は少々苦手意識を持ちながらも彼と親しいといえる程度の付き合いが出来ている。
「あれは、資料整理に使われただけだよ」
 郭が机に詰まれたノートをパラパラと流し読みしていくのを眺めながら、水野も同じ様に手元のノートを適当にめくる。
「でも、その資料を盗み覚えはしたんでしょ」
 さすが周囲から自分のライバルと呼ばれているだけあって、言い当てられた水野は一瞬目を見開いてから照れた様に顔横に流れてきた髪を無造作に掻き上げた。
 しかし郭はそれについてはもう何も言って来ず、丁度手に取ったらしい幼馴染の字の汚さについて嘆いていた。
「一馬、毛筆はあんなに上手いのに何でこうペン書きは下手なわけ?それに何この結人の字、呪文文字でも練習してんのかな」
 二人に一学年用の書き取り練習帳でも買ってやろうかなと冗談か本気なのか真顔で呟いた後、郭は飽きた様にノートを閉じて平生の落ち着き払った口調でそういえばと頬杖をついた。
「今日転校生が来るってね」
「転校生?」
 落としていた視線を上げると、郭がさして興奮もしてなさそうな表情で頷く。郭がこういった表情や口調なのはいつものことなので今更気にも留めないが、それでも普通は転校生といえば騒ぐに値する話題だよな、と己も大して大きく驚愕して見せもせずに水野は返す。
「そ、西の名門校からの転校だって」
 学期の途中に転校などと何か問題を起こした人物かもしれないと、二人が天気の話でもするかの様に会話をしている内に、SHR開始を告げる鳥が鳴いて担任がローブを引きずりながら教室に入ってきた。
 水野の様な天然ではなくて魔力を加えて加工した茶髪を豊かに背中に流した担任の後ろに、更に加工しすぎて失敗したのかと疑いたくなる様な髪の色をした少年が続いていて、その余りにも鮮やかな色に、慌しく席に着き始めていた生徒たちが思わず足を止めたほどだった。
 水野も急いでノートを通常の状態に戻そうと席を立っていたが、ノートの背表紙を押したところでそのまま固まってしまった。
「あら、皆どうしたの。席についてーー?」
 まだ年若い教師は、入ってきた瞬間には黒板に映し出された数字学の方程式の数々に目を見開いたが、すぐに水野の仕業だろうと合点がいったのかそれについては何も言わず、ただ驚愕に固まる生徒たちの着席を促した。
 その言葉に再起動されたように、新たにクラスに加わるであろう少年を凝視したまま水野を含む生徒たちはおのおの席に着いた。
 少年は、自分に集中する視線などものともせず、逆に物珍しそうに教室内を見回している。間に合わなかったのか桜森学園の黒いローブではなく深い緑色のローブを羽織っていたが、それは肩まで伸ばされた金色の髪によく似合っていた。
「はーい。今日からこのクラスのお友達になる、佐藤成樹君。皆仲良くねー」
 良く言えばおおらか、悪く言えば能天気と称される担任が名前を紹介すると、金髪の少年は視線を教室の内装から生徒たちに移し、口角を上げて不敵とも言える笑みを浮かべた。
「よろしゅう」
 西独特のイントネーションで告げられた台詞に、教室内の空気が動いた。好感を抱いたものそうでないものが混ざり合った時の緊張感が、教室を満たす。それでも彼はそんなものには興味が無いといった様子で、その場で無造作に横の髪をまとめて後ろで結び始めた。そこで、彼の両耳に複数のピアスが光っていることに気付いて、今度こそ教室内に囁きが漏れた。
「で、夕子センセ、俺の席どこなん?」
 そんな空気に怯むどころかそれを楽しんでいる節さえ窺わせて、佐藤はあくまでもマイペースを崩さない。
「そうねぇ・・やっぱり水野君の隣の方がいいかしらね、うん、そうしよっか」
「水野?」
 一人名案だとでも言うように声を弾ませた夕子に、佐藤は誰のことだと教室を見回す。しかしそんなことをしても分かるわけが無く、再び目を夕子に戻すと彼女は嬉しそうに佐藤に笑みを向ける。
「うん、頼りになるから、困ったことがあったら何でも聞いて?私よりしっかりしてるから。ごめんね、森永君、一番後ろの新しく入れた机にずれてくれる?」
「あ、はい」
 森永と呼ばれた大人しそうな少年が机の中の荷物を鞄に移し変える素振りを見せてくれて、佐藤はようやく水野を把握する。森永の右隣は女生徒だったので、逆隣の茶色い髪の少年のことなのだろうと判断したが、何故だかその少年はじっと佐藤を観察するように見てくるだけで夕子の言葉に手を上げるでも、愛想笑いを浮かべる様子も無かった。
(え、何々あいつ・・・)
 まるで自分を値踏みするようなその目つきに、思わず睨み返しながら佐藤は嫌な奴だという印象を持つのに抵抗は無かった。それでも、転校初日から教師に逆らうのも宜しくないだろうと思い、促されるままに机の合間を縫って森永が空けてくれた席に鞄を下ろした。
「水野やっけ?ま、適当に仲良ぅしてや」
 でも余計なおせっかいを焼かれるのは迷惑だと思いながらも、世渡り上手で通ってきた性なのか佐藤は自然に口元に笑みを浮かべて水野に手を差し出していた。
 すると、それまで無表情に佐藤に視線を向けていただけの水野の頬に、微かに赤みが差した。
(・・・へ?)
 この変化は何事だと思いながらも握り返された手を軽く振って離すと、水野の肩が若干下がりそして真一文字に引き結ばれていた唇が綻んだ。
「よろしく。慣れるまでは、何でも聞いてくれていいから」
「あ、あぁ。頼むわ」
 遠目にも整っていると分かった水野の容貌は、近距離で見ると迫力が違った。白い肌に色素の薄い茶色い髪、まっすぐに通った鼻梁と長い睫毛。華のような顔(かんばせ)とはかくあるべきやと言わんばかりのその容姿で微笑まれ、佐藤は思わず気圧された様に腰が引けた。
 対して水野はといえば。
(やばい・・・・、こいつカッコいい・・・・!!!!)
 ひたすら胸中で叫んでいた。
 実は水野、教室に佐藤が入ってきた瞬間からただ見蕩れていただけだったのだ。
 肩まで伸ばされた長髪は不潔さなど微塵も感じさせなくキラキラと輝き、もしその髪色を自分で変えたのならそれは彼の魔法が優秀であるという証拠であり、それもまた水野にとっては心惹かれるポイントであった。更に、吊り気味の目は、転校生という新参者の気後れなど全く感じさせず真っ直ぐな力を湛え、口角を僅かに上げる笑みは好戦的な野生動物のようで。
 佐藤が第一声を発した時にはよく響くその声に思わず喉を鳴らしてしまい、まさか学級委員でもない自分の隣の席に彼が来るとは思いもよらず、夕子に指名された時には日と知れず息が止まったほどだったのだ。
「水野、悪いんやけど教科書見せてくれへん?」
 そして申し訳無さそうに苦笑され、水野は出来る限り息を止めて答える声が震えない様にするので精一杯だった。
「勿論」
 しかし、そんな水野の内情に気付いたのはほとんど存在せず、佐藤を含めた大部分はいつも以上に優しく綺麗に笑う水野にただ感嘆のため息を己の内外で漏らすだけであった。
 ただし、水野の内情に気付いた数少ない人物の一人である郭に至っては、人知れず額を押さえて溜息を漏らした。



 ・・・・・あれ、郭がいる(笑。郭と水野の、冷め切った会話が案外楽しいことに気付きました。ついでにこのクラスには、書けませんでしたが藤代もいます(笑。
 水野君が佐藤君に一目ぼれ、しかも結構激しい感じで。そしてそれに気付かず、自分も見蕩れてみる佐藤君。あほかーー!あほだこの二人ーー!!互いに「かっこいい・・・」とか思ってりゃいいよ、もう。
 実家で正月を迎えている間に不意に浮かんだネタですが、すれ違い両思いなら面白いなーってだけのネタです(それで何でファンタジーパラレル?)
 そんな館林ですが、今年もよろしくお願いいたします。





(初出2005,1,8/再録2005,5,21)