シゲ&水野魔法使いパラレル 2(前)


 とある世界には魔法というものがも当たり前に存在していて、そこの世界の子供たちは当然の如く学校でそれを学んでいるわけであるが、ここ桜森学園もそんな学園のひとつである。
 そんな、十歳から十六歳までの義務教育にあたる六学年の子供たちが学ぶこの学園には、一人の有名人が存在する。
 花の顔(かんばせ)白磁の柔肌、教師の信頼篤く生徒からの人気も高く、魔法の能力は四学年にして既に卒業生をも凌ぐと言われるその少年。
 名を、水野竜也という。
 そんな水野はこの度、クラスに転校してきた佐藤成樹という少年の世話役を任じられていたのであるが・・・。

 課題本に落としていた目をふと上げて、郭は自室と廊下を繋ぐ扉に向かって軽く嘆息した。
「何か用なら、入ってくれば?」
 先ほどからそこをじっと動かない人の気配に痺れを切らせて、つい招く様な真似をしてしまったが、本当なら早くこの課題本を読み終え”感染症としての狼男”についてのレポートを書いてしまいたかった。
 しかし、それに促されるようにして開いた扉から覗いた人物に、郭は声をかけて良かったと思い直した。そこに居たのは先日転校してきた佐藤だったのである。
「すまんな、どう声かけてええもんか迷ってたら、何や不審人物になってもた」
 言葉で言うほど悪びれた様子も見せず室内に入ってきた佐藤は、転校してからまだ数日だというのに既に学校中の噂になっていた。
 髪は金の長髪で耳には合計五つのピアス、それだけでも十分に目立つ容貌だというのに、佐藤は学科は特に目立つほどではないが魔法の実技においては抜群の実力を示したのだ。それまで学年で主席を争っていた水野と郭の並びに、新たに佐藤という人間が加わるだろうというのが学園内でのもっぱらの噂である。
 しかし、郭本人はそのような噂には全く興味が無く、更には佐藤の世話係には水野が任じられているので個人的に佐藤とろくに会話もしたことが無い。そんな佐藤が何故水野では無く自分を訪ねてくるのだろうと疑問に思いながらも、郭は本に栞を挟んで佐藤に空いているベッドを勧めた。
「サンキュー、同室の奴は?えっと、誰やっけ、若菜やっけ?」
 既にクラスメイトの名を覚えているらしい辺りに、佐藤の世渡り上手の才能が垣間見える。事実、佐藤はクラスな中に既に馴染んできていた。
「煩いから一馬のとこに行かせた」
 友人として長く付き合っている中で彼が悪い人間でないことは承知の上だが、いかんせんいささか騒がし過ぎるという点が時たま郭の悩みの種になる。
「そうなんや、ま、その方が都合ええけど」
 手元に視線を落としてきてから悪いなと軽く謝罪されて、郭は手元の本を背後に軽く放った。
「別に。それで?君の世話係は水野だと思ったけど」
 何か学園生活上で問題が起こったのなら、まず彼に聞きにいくべきじゃないのかと言外に含ませた郭に、佐藤は微かに眉根を寄せた。そして少々言い難そうに言い淀んで目を泳がせた後、意を決したように唇を舐める。
「なあ、俺、水野に嫌われてるんちゃうかな」
「はぁ?」
 思わずベッドを軋ませた郭に、佐藤もまたベッドに両腕をついて軽く脚を揺らす。
「普段はええねん、ほんま親切。教科書忘れても見せてくれるし、移動教室ん時は必ず案内してくれるし、昼飯かて一緒してくれんねん。お陰で俺、クラス外にもぎょうさん知り合いできたし、先生方にも何やこの見てくれの割りに印象ええみたいやし」
 それだけ水野の学園内での人気と信頼が篤いという証拠であるが、佐藤はでも・・と大きく仰け反って天井を見上げた。
「学校ん時だけやねん、そういうん。ガッコ終わってから遊び誘っても必ず断られるし、夕飯とか絶対一緒に食おうとせえへんし。こないだ風呂誘った時なんて、猛ダッシュで逃げよったんやで、あいつ」
 だから、あんなに親切なのは担任である香取夕子に頼まれたからであって、実は自分のことを嫌いなのではないかと思うと、何だかいたたまれなくなってきたのだと佐藤は口をつぐんだ。
 初めて会った時には確かに最初睨まれていた様な気はするが、その後すぐに綺麗に微笑んでくれたのに。その時の笑みを思い出すと、佐藤は思い出し笑いならぬ思い出し照れをしてしまいそうになるくらい、綺麗な笑みだったと思うのに。一歩校外に出たかと思うと水野が佐藤に笑いかけることは無いどころか、露骨に避けたりもするのだ。風呂に誘って、次の瞬間ろくに返事もせずに脱兎のごとくに逃げられた時にはさすがに少し涙が滲みそうになった。そのくせ、翌日には何も無かったかのように教室で声をかけてきたので、軽く虐めかとも疑いそうになった。
「郭が水野と仲ええって聞いたから、せやったら何か聞いてへんかなー思て」
 もし嫌われているのなら、夕子に頼んで世話係を変えてもらった方が水野のためにもいいだろうと思いながら、それ以上に自分がこれ以上惨めな気分になるのは切な過ぎると考え、佐藤は郭を訪ねてみたのだった。
 教師生徒関わり無く人気が高く誰にでも親切で朗らかな水野が、寮を中心として校外で会う自分にあの硬化した表情向けるのは正直堪えていた。
「・・・・水野が佐藤を嫌いねぇ・・」
 呟きながら、郭は佐藤が転校してきた日の水野の様子を思い起こす。誰の目にもあの日の水野は、上機嫌でかつ普段以上に美しく笑っていたと記憶されているだろう。美しいとは普通男には使わない形容詞であるが、水野の笑顔を形容する場合、何よりもその言葉が相応しい事は郭も認めている。
 しかし今は水野の容姿談義ではないのだからそれは一旦置いておくことにして、郭は真剣な表情で答えを待っている佐藤に、緊張感の足りない気楽な声音で応えてやることにした。
「嫌いってことは無いと思うけど。気のせいじゃないの」
 寧ろ・・・と続くべき言葉はひとまず胸にしまいこみ、それだけを告げた途端に佐藤は渋面になる。納得しかねるといった様子のその口が開かれる前に、郭は背後に放り出しておいた本を再度手に取った。
「学園でいい顔してる分、寮では多少愛想が抜け落ちるんじゃないの。少なくとも僕は、水野が佐藤を嫌いだとか苦手だとか言ってる話は聞いてないけど。それとも何?本当は嫌っててくれる方がいいわけ?」
 脚を軽く組んで栞を挟んでおいた箇所を開き直す郭に、佐藤は返す言葉に詰まる。嫌っていてくれた方が良いなどという事は決して無いが、しかし水野のあの態度で嫌っていないというには、少々苦しい気もする。
「水野が僕に話してないなら、そんなこと分からないけど」
 その台詞と同時に郭は外したばかりの栞を同じページに挟み直し、ベッドを軋ませて立ち上がった。
「悪いんだけど、そろそろ結人を引き取りに行く時間なんだよね。消灯近いし、佐藤も戻ったら?」
「あぁ、そうやな・・。うん、悪かったな急にこないな話。何や聞いてもらったらちょお楽んなったわ、確かに考えすぎかも知れんし」
 壁に掛けられている時計を見やると、月と太陽が重なって小さな爆発を起こす消灯時間が確かに近付いていて、佐藤は部屋を出る郭に続いて廊下に出た。
「ほな、お休み」
 廊下で郭に背を向けて軽く手を振り、佐藤はやっと慣れてきた自室への道を辿った。背後で踵を返した郭の向かった方向は、真田の部屋の方向ではないということに気付くほどには佐藤はまだこの学園寮の構造に慣れきってはいなかった。


もう誰ファンなんだ、私は・・・郭が楽しいよ。
次あります。


(初出2005,1,22/再録2005,5,21)