吸血鬼シゲ4 「朝日」


ジャリ・・と硬い音を立てて、竜也は剥き出しになった硬いコンクリの床を踏みしめる。
この廃屋は、竜也の担当する地域ではよくモンスターが隠れ場所として使うところだった。
今はシゲの気に当てられたのか、他のモンスターが居る気配は無い。
「シゲ、居るんだろ」
リボルバーを左手に下げ、竜也は朽ちた天井を見上げる。月光が降り注いで、崩れた壁の合間から配管が覗いていた。
「何で、来たんや」
竜也が視線を戻すと、奥の部屋に立つ人影が見えた。
「ここだと思ったからな」
「そういう意味やない」
その声は、一月程とはいえ聞きなれた張りのあるものではなく、苦しげに呻くような声音だった。
「分かっとるんやろ?今、俺ギリギリやねん・・。お前の血ぃ吸わへんから、全然収まらへんし・・・」
殺してまう・・と呟いたシゲの言葉に畳み掛けるように、銃を脇に下げたまま竜也が告げた。
「吸えばいいじゃねぇか」
シルエットしか窺えないシゲの肩が、ぴくりと跳ねたのが見えた。
「お前、何言うとんの・・死ぬで・・・」
「甘えんな」
竜也は下ろしていた左手をゆっくりと持ち上げる。
「自分の身体だろうが。支配されてんじゃねぇよ。殺されない程度なら、吸われてやってもいいって言ってんだ。根性見せろよ。それとも、一生DNAに怯えて暮らすか?・・・・・来いよ」
差し込む月光をリボルバーの銃身が反射して、無機質な銀に輝く。
ザリ・・と足を引きずるような音と共に、シゲが月光の元に姿を現した。
出血した脇腹はもう乾いてはいるらしいが、布地がべっとりと黒く変色している。それでもシゲの瞳に悲壮な色は見受けられず、ギラギラとした獰猛さだけが竜也を射抜いた。
「殺される前に殺してやる。だから、シゲ、逃げるな」
近付いてくるシゲの頭部にピタリと照準を合わせる竜也にシゲは無言で近付き、竜也の首筋を指で辿ってそこに口を寄せた。
「・・・っ」
竜也の息を呑む音を聞きながら、シゲが牙を竜也の首筋に立てる。
プツ、と牙が首筋に差し込まれ、身体の中を愛撫される様な陶酔感が竜也の脳に広がってくる。
しかしそれで酔っていては殺されると、竜也は右手でズボンの後ろポケットを漁って小型のナイフを自らの太股に突き立てた。
「く・・っう!」
焼け付くような痛みが、陶酔感に蕩かされそうだった脳を叩き起こす。
そして竜也は、シゲの後頭部に銃口を押し当てた。
「・・シゲ、限界だ」
このままシゲが竜也を放さないのなら、迷い無く引き金を引くと決めて、竜也は撃鉄を起こした。
竜也の肩を掴んでいた指に一際力が篭もったと思った次の瞬間、竜也の体内からシゲの牙が抜かれていた。
「・・・ぅあ・・っは・・・」
シゲは暫く荒い呼吸を繰り返し、竜也の肩口に頭を埋める。竜也の肩に食い込んでいた爪は、心なしか丸くなっていた。
「たつぼん・・撃たんといてや・・・」
ずる・・と竜也の肩から滑り落ちてその場にへたり込んだシゲに、竜也は銃を下ろす。
「根性で何とかなんじゃん」
シゲと同じ様にしゃがみこんで、竜也はシゲを覗き込むようにして笑った。そして撃鉄を起こしたままで弾の装填された銃口を壁に向け、ガウンッと一発撃った。
「今後も精進しろよ」
シゲの頭越しに発砲された弾は、シゲのこめかみを掠めて後ろの壁に弾痕を残す。
硝煙の立ち昇るリボルバーを片手に先に立ち上がって、竜也がシゲに手を差し伸べる。
シゲは苦笑を返しながらその手を取り、数時間放っておけば収まるだろう燻る本能に蓋をした。
「帰って、手当てせな」
竜也の太股の怪我を指して笑ったシゲに、竜也は自分が撃ち込んだ傷を差し返す。
「お前こそな」
そして二人は、差した指を広げ、高く上げた右手同士を打ち合わせた。
パンッと小気味良い音が廃屋に響き渡った。


終了ーー。SSSですからね、余り長くは書けません。結構駆け足で。
この後シゲは、諸事情で転勤した藤代の後継として竜也の相棒になるのでした、というお約束も含めて、吸血鬼シゲネタでした!!
拍手での連作なんてものに、お付き合いありがとうございました。



(初出2004,9,28/再録2004,10,5)