スイッチ―4


「たつぼん?」
やけに静かになった相手の気配に気付いて、シゲは読んでいた雑誌から目を上げた。
「うお、まじですか?」
休日に出掛けて買い物をした帰りにシゲの家に寄って、ごろごろと寝そべりながら持参の文庫本を読んでいた竜也が、読んでいた個所に指を挟めたまま穏かな眠りの国の住人と化していた。
開け放った窓から、若干温度の下がった風と共に真っ赤な夕日が入り込んで、竜也の薄いブルーのシャツを奇妙な色に染め上げている。
(あーあ、畳の跡付くで、絶対)
普段はどこにも隙は作りませんという顔をしながら、その実必死で外側を取り繕っている様な竜也の無防備な寝顔をシゲは暫く観察した。
長い睫毛、垂れ気味の目尻、自分より白い肌、長めの前髪。
(やーらかそ)
寝顔も確かに男なのに、彼を構成する何もかもが夕日の中で柔らかく浮かび上がる。
触れたい、と正直にそう思った。けれど、触れない。触れたら、何かが負けの様な気がするから。
その代わり、ふ、と小さく笑みを漏らして、手首を捻るようにして持っている文庫本を竜也の手から抜いてやる。
読んでいたページには適当に紙を差し込んで、シゲはそれを竜也の手元に置いて、自分の雑誌に戻った。
紙面を目で撫でながら、狭い部屋にこだまする他人の呼吸音に酷く落ち着かない気がしてくる。
(あんま、無防備にならんといて)
そう思ってから、友人の部屋で居眠りをする位何でも無いことの筈だと考え直し、苦笑した。
問題があるとすれば、その状態にらしくも無く落ち着かない自分自身の方だろう。
「あーあ、参ったなぁ・・」
ナイスバディのグラビアアイドルが胸の谷間を強調するようなポーズを取っているページを見つめて、シゲは苦笑したまま溜息を吐いた。


無意識にシゲを振り回す竜也。
シゲは据え膳と一人で戦っております(笑)


(初出2004,8,03/再録2004,8,30)