四方津平坂2


竜也の顔色が優れないのを見たシゲは、ホームに出る前に人気の無い階段の影に彼を引っ張った。
いくつも路線が重なる位の大きな駅には、使用頻度の低い階段やトイレが必ずある。シゲは周囲をさっと見回して誰もこちらを見ていないのを確認した後、口元を手の平で覆った。
「・・・ぅ・・っ」
何度か喉を鳴らした後で、シゲは小さな呻き声と共にそれを口内に吐き出す。もうかなり回数を重ねた行為ではあるが、胃が競り上がる様な不快感はいつまでも慣れない。
しかし目の前で浅く息を吐く彼にそんな様子は微塵も見せず、ビー玉位の大きさで、乳白色の玉を舌先でそれを確認してから、シゲはその玉を前歯で抑えて竜也に見せた。
「悪い・・・」
普段よりも性急に消化させたことへの謝罪か、誰に見られるとも限らない場所で限界を迎えたことへの謝罪か、眉を顰めたまま顔を近づける竜也に片頬で笑ってシゲはその玉を口移しで竜也の口内に転がしてやった。
「やっぱ、空腹時に人ごみはあかんな」
電車の通過音をどこか遠くに聞きながら、竜也がそれを噛み砕く音をシゲは明確に聞いた。
「あぁ・・・」
美味そうにももまずそうにも見えない表情で咀嚼する竜也に、シゲは苦笑した。
きっと、美味いと感じるからこそ無表情で噛み砕くのだろうと思う。自分はそういう生き物なんだと分かっていて尚、そういう顔をする竜也がシゲは好きだ。
「襲いたくなったら言うてな」
「お前が代わりにやってくれるって?」
「うん」
空腹の余りに、目にした人間から魂を無理に引きずり出すなんてことを彼にやらせて後で泣かせる位なら、自分がそうしてやるとシゲが決めたのは大分前だ。
「馬鹿、嬉しくねぇよ」
咀嚼したものをできるだけ味が分からないうちに飲み込んで、竜也は盛大に眉をしかめた。ただでさえ、シゲには手間をかけさせていると思うのに。
シゲが負の感情を餌にするのをいいことに、穢れた悪霊の魂を浄化させて吐き出させて、自分は綺麗になった魂だけを口にしている。なんて浅ましい生き物だ。
「そんなことしてくれる位なら、殺してくれよ」
自分で死ぬ根性も無い卑怯な自分は、そう言う度にシゲが悲しそうに笑うのを分かっていて告げるのだ。
「嫌や。たつぼん、俺のこと捨てるん?」
その表情に、言葉に、救われるために何度だってこんなことを口にする。
「何で。捨てるならお前だろう?」
彼は自分がいなくても生きていける、相手がいなくては生きていけないのは、自分だけだ。
「嫌や。たつぼん、早よ帰ろう。疲れとるせいや、そないなこと言うの」
彼を傷つけると分かっていて、何度だってこんなことを言う。
こんなに浅ましくて穢れた自分も、必要とされて恋われていると感じたい為に。それさえあれば生きていて良いのだと、免罪符を得る代償に彼を傷つける。何度だって。
「・・・・ごめん、帰ろう」
満腹になった時にはいつも、こんな風に確認しなければ生きていけない。
傷つけて、不機嫌にさせて悲しませて、そして”嫌だ”と言って貰えないと動けない。
捨てないでくれと縋っているのは、己の方だ。
「うん、今日はパスタにしよか」
こうやって一生懸命人間のフリをさせてくれるシゲに、竜也は緩く微笑んだ。
「明太子な」


シゲ水異形者パラレル。
どうでしょうね、こういうシゲ水。続きというか、シリーズ見たい方はいるだろうか・・・。


(初出2005,2,10/再録2005,5,21)