【銀新】ダメな大人代表。



朝新八の万事屋での仕事は、銀時を起こすことに一番時間を割かれる。神楽はいい、朝食の匂いがすれば声をかけさえすれば素直に起きてくる。しかし、銀時はそうはいかない。
「銀さん、朝ご飯できてますよ」
この一言では無言、ぴくりとも布団の山は動かない。
「お天気お姉さんのコーナーになっちゃいますよ」
ここで、むーという呻き声が聞こえる。
「結野アナ見なくていいんですか」
「見る・・・」
もぞもぞと布団から腕が伸びて、ぼわぼわに広がった頭を掻きながら、銀時はようやく身体を起こす。
「おはようございます」
「んー・・・」
しかし身体を起こしただけの銀時が、そこから動くのがまた大変だ。瞼は半分閉じたまま、ぐらんぐらんと首が据わらない赤ん坊の様に揺れている。
「ちょっと銀さん、さっさと起きて顔洗ってください。そしたら目も醒めるでしょ」
和室の入り口で立ったまま銀時の様子を見下ろしていた新八だが、今日も自ら立ち上がる気は無いらしい様子に痺れを切らして、大きく溜め息を一つ吐いてから部屋に入る。
「ほら、起きてくださいってば」
まだ髪を掻き混ぜている腕を取って引くと、銀時はまるで条件反射であるかのようにもう片方の手も伸ばして、新八の腰を抱いてきた。
「うわ」
バランスを崩して布団の上に膝立ちになってしまった新八の腹部に、銀時の顔が埋まる。深く息を吸い込まれて、くすぐったい。
「ちょっと銀さん、離してくださいってば」
どこのオネエチャンと間違えてんだと軽い頭を叩いてやれば、銀時は割合しっかりした声で新ちゃんお早うと返してきた。
「ハイハイおはようございます、早く起きてくださ・・・・て、あんた・・・どこ触ってんですか・・・」
ぐりぐりと押し付けられる銀時の頭に、何だか幼い子供の甘えのようで思わず口元を綻ばせていた新八だが、腰に回された銀時の手がするりと下に降りてきたと同時に、こめかみに青筋を浮かせた。
「んー?新ちゃんのケツ?」
しれっとした口調で答えながら、銀時は新八の鍛えられた臀部を撫で回すと言うよりがっちりと掴んだ挙句に揉むかのようなやらしい手つきになっている。
「朝っぱらから何しくさってやがる、このセクハラ上司イイィィィィ!」
夜二人きりの時ならばまだしも、朝からしかも居間には神楽がいる状態で何を考えているんだと、新八は銀時の横っ面を張り飛ばして足音荒く和室を後にした。
これが、ほぼ毎朝繰り返されるんだから、堪ったものではない。かといって放っておけば実際仕事がきた時に素早い行動ができなくなるし、そうでなくても以前放っておいた時は、銀時が昼過ぎに自ら起きて出してきてその後ずうっと拗ねてソファに不貞寝していた事を考えると、それはそれでうざったいのだ。

それに、この朝のセクハラを終えてしまえば後は昼間は平和なのだ。
仕事があればほぼ三人一緒で行動するし、万事屋の仕事が無くても新八は忙しい。掃除洗濯、買出し、繕い物とまるで世間の主婦並に仕事は盛りだくさんだ。そういった時に銀時は手伝いもしないが邪魔もしない、まるで日曜日に家でゴロゴロするダメな夫っぷりを発揮している。
そして次に新八が困るのは、夕飯も終えて片付けをして、神楽を風呂に追いやった後。

「銀さん・・・・離して下さいって・・」
「嫌」
新八は現在、何故かソファに座る銀時の膝を跨ぐ格好で座らせられている。しかも、銀時に身体を向けて。
そして、銀時の手は朝と同じ様に新八の尻をまさぐっている。
「ちょっとちょっと、どんだけ尻フェチですかあんたは。男の尻なんか撫でたって楽しくないでしょう、離して下さいって。僕今日は帰るんですから」
「なんで?」
何故離さなければいけないのか、何故帰るのか、どちらに対する問なのかは
分からなかったが、銀時の腕が緩む気配は全く無い。
「もー、銀さん何でアンタ朝と夜は子どもみたいなんですか?やってる事はおっさん丸出しですけど」
新八を抱き締める、というよりは、抱きつく、といった格好で腕を回してくる銀時の頭を叩くように撫でながら、新八は嘆息する。まるで保育園の時間に母親から離れたがらない子どものようだ。やっている事はセクハラおやじだけれど。
「銀さん」
離せホント、と肩を叩くと銀時は是が非でも離すものかと腕に力を込めてくる。いやいやいや、そこで力込められたら尻が痛いです、と羞恥の欠片も無い事を新八が訴えると、微かに緩んだ手はスルスルと撫でる所作に変わる。
「だから、どんだけ尻好きなんですか」
痴漢にならないように気をつけてくださいねと新八が呆れて言うと、銀時はさすがにむっとした声で、お前の尻だけだと返してきた。
「女はおっぱい大きいの好きだもん、俺。でもお前は尻、ささやかで控えめな胸もいいけど、この程よく鍛えられつつむっちりしたのがサイコーね」
「変態丸出しですけど、銀さん。ていうかアンタの嗜好は聞いてないですから、さっさと離して下さいってば」
「いーやーだー」
「ぎーんさーん」
いい加減にしてくれと溜め息を吐いた新八を銀時は下から覗き込んで、唇を歪めた。
「だって、朝と今くらいじゃねぇか」
そしてぼそりと呟いた銀時には、駄々を捏ねる幼稚園児の様に不満が顔一杯に広がっている。
「はい?」
更にぎゅうと腕に力を込められ、腹に肩に銀時の頭を乗せられて、新八は身動きが取れない。
「昼間はお前、仕事あったり家事あったり神楽に付き合ってたりで、全然こっちに構う余裕ねぇだろ。それに最近、ずっと泊まってねぇし。だから、朝と今は俺のモンなの」
昼間は我慢してんだから、褒めて欲しいくらいだと首筋に柔らかい銀髪を擦りつけながら言われたら、もう新八の負けだ。
「・・・・・妹が生まれて拗ねる兄ですか、アンタは」
「子どもが生まれて拗ねてる旦那です」
拗ねている、と自己申告してきた素直さに免じて、新八は馬鹿ですねぇと軽く髪を引っ張ってやるだけで勘弁してやった。
「電話かけるから、離して下さいよ。家の留守電に、今日は泊まりますって入れてきますから」
そして顔を上げた銀時の、嬉しそうな目に新八は心の中で白旗を上げる。