【銀新】どっちが大切なのとか言う奴には三文キック。



「仕事と私どっちが大切なの、なんて言われたら確かに萎えるよなぁ」
神楽が点けっ放しで出かけてしまったテレビで、いつの間にか『男が恋人に言われて冷める台詞』特集をやっていて、見るともなしにぼんやり眺めながら、銀時は呟いた。しかしそれに応える声は無くて、いささかムッとする。
「おい、新八。おーい」
「なんですかー?」
和室から少し張り上げた声が返ってきて、銀時はもう一度同じ台詞を繰り返した。
まったく、同じ家の中にいて会話が困難な距離にいるんじゃねぇよと胸中で毒づくが、洗濯物を抱えて出てきた新八にそれを言う勇気は無い。何も手伝わずゴロゴロとジャンプを広げている自分のマダオっぷりに、自覚はある。
「あんたねぇ」
案の定、朝と変わらずソファで寝転びながらジャンプを広げている銀時の姿に新八は呆れ声を漏らし、たたんだ洗濯物を神楽の寝床へ持っていく。さすがに下着類は自分で洗濯機を回す神楽だが、取り込むのをすぐに忘れる為結局は新八の手によって畳まれている。十六男子として新八がそれについてどう考えているのか分からないが、真っ直ぐに居間を横切りぽんと押入れに放る様子からして、特に何も感じていないようだ。
「そういう台詞は、まずそんな事を言ってくれる位可愛い恋人がいて、更にそんな事を言われる位毎日働いてる人が言う台詞なんですよ。よって銀さんには無縁でしょ」
そんな憎まれ口を叩く間にも、新八はパタパタと居間を横切って再び和室へ入る。おそらく、銀時の洗濯物をしまっているのだろう。
順番を逆にすれば往復しなくていいのに、要領が悪いなぁと銀時は欠伸を噛み殺す。
「お前、昨日まで俺がどれだけ働きづめだったか見てただろうが」
最近は珍しく小さな依頼が続いて、できれば日々楽をして金を得たい銀時にとっては中々忙しない日々だったのだ。だから、今日はもう休日にするぞと半ば強引に決めて、こうしてダラダラしていたのだ。
「まぁ確かに、今日は大目に見てあげますよ。そのマダオっぷり」
和室から出てきた新八はそのまま足も止めずにそう言って、風呂場へ向かう。風呂掃除なんて、風呂をいれる前にすればいいのに。
「ていうか、お前もダラダラすれば?」
依頼が続いたということは、当然銀時だけでなく新八も神楽も働いていた。なのに新八は、今日は忙しかった分溜っている家事をするのだと張り切って、いつも以上にばたばたと動き回っている。
「えー?なんですかー?」
風呂場に反響する新八の声が返ってきて、今度は同じ台詞を繰り返す気にならず銀時は小さく、なんでもね、と呟いてジャンプを顔に載せて昼寝をすることにした。

鼻先を良い匂いが掠めて、銀時は目を覚ました。どうやら数時間は眠ってしまったらしい、我ながらよく寝る。
当然漂ってくる匂いは夕食で、支度をしているのは新八だ。狭いソファで縮こまった身体を伸ばして起き上がり、ジャンプ片手に和室に移動する。予想通り、昼間干していた布団はきちんと取り入れられていた。
溜め息を一つ零して、銀時は台所に向かって声を張り上げる。
「新八、飯何?」
「あ、起きたんですか。サバの味噌煮ですよー」
昨日までは魚なんて冷蔵庫に無かった筈だから、買い物にまで行ったのか新八は。
あーあ、と大きく息を吐いて銀時は台所へ顔を覗かせ、鼻歌交じりにお玉を持っている新八を背中から抱き締めた。
「うわっ!?あっぶな!」
びくりと肩を弾ませた新八は、何をするんだと眉根を寄せて睨み上げてくる。
「銀さん、台所に立ってる時にちょっかい出さないで下さいって。危ないでしょうが」
目が合ったのも一瞬、新八はすぐにサバの焼け具合をチェックする。その項を見下ろして、銀時は思わず零してしまった。
「お前さぁ、銀さんと家事とどっちが大事なわけ?」
「・・・・はぁ?」
しまったと思ったときには遅く、新八は思い切り怪訝そうな顔をして振り返った。やってしまった。
折角の休みに、会話も困難なほどバタバタと動き回る新八が気に食わなかったのは事実とはいえ、こんな事を言うのは格好悪すぎる。大体、新八が誰の為に動き回っているのかなんて、分かりきっているのに。
案の定、新八はあのねぇと怒気を滲ませた声になる。
「銀さん、そういう台詞、確かに冷めるっていうか腹立つんですけど」
何言ってんだ、このダメな大人。そんな刺さるような視線を寄越されて、銀時は大人しくうなだれた。
「すいません、新八君」
それでも、神楽が腹減ったヨー!と玄関を壊す勢いで帰って来るまでの僅かな時間、銀時はそのまま新八の背中から離れなかった。
そして新八も、それを無理に引き剥がそうとはしなかった。