【銀新?】猫新八。



新八は、丸くなっていた銀時の布団の上で耳だけをぴくりと動かした。外で、階段に足をかける音がしたのだ。
(銀さんだ)
あの足音は、安心していて良い音だ。そう判断してまたまどろみの中へ戻ろうとした時、銀時の足音に続いて知らない音がした。
新八は飛び起きて、押入れの中へ滑り込む。新八がそこに隠れる事を知っている銀時は、いつも隙間を開けておいてくれる。押入れの中の、滅多に使われない客用布団が入っている布団袋へ、新八は潜り込んだ。しかし、目だけは部屋の中を観察できるように光らせておく。
「たでーまー」
いつもの様に間延びした声で、銀時が入ってくる。
(お帰りなさい)
声に出さずに答えておいて、一緒に入ってきた人間をじっと見る。女だ、新八の嫌いな匂いが漂ってくる。香水とかいうものだったと思い出しながら、出そうになるくしゃみを我慢する。
女は部屋に遠慮なく上がりながら、無意味に楽しそうに笑っている。
「誰に言ってんのー?」
「あ?猫」
「え、猫飼ってんの?どこどこ?あたし、猫好きだよー」
そんな匂いを撒き散らしてたら、どの猫だって寄って来ないだろうと舌で鼻を舐めながら新八は思う。
「ダメダメ、すげぇ人見知りだもん。俺以外の奴が来てる時は、ぜってぇ出てこない」
そうだ、新八は銀時以外の人間が好きではない。ご飯をくれるのは銀時だし、毛を梳いてくれるのも銀時で、喉をなでてくれるのも銀時だけでいいのだ。
「えー、残念。まいっかー、猫見に来たわけじゃないしー」
言いながら、女はさっさと服を脱ぎ始める。
「そうそう、さっさと仕事しましょうや」
そして銀時も服を脱いで、裸になって二人は銀時の匂いがしていた布団に倒れこんだ。
いつもの様に銀時が女に覆い被さり、時には女が銀時の腹に跨って、普段と同じ位の時間をかけて二人は交わっていた。
新八は、その行為が何を意味するのかは知っていた。知識としてではなく、自然に備わっている本能の様なもので、あれは交尾だと知っていた。けれど、頻繁に色んな女と交尾をする銀時が、何故子どもを連れてくる事は無いのかは、分からない。もしかしたら人間も、子どもを育てるのは女で、男はふらふらと種を撒くだけが仕事なのかもしれない。
そんな事を思っている間に、交尾は終わる。女はさっさと風呂場へ消えて、銀時はシーツを変えている。
新八が、女の匂いが付いてしまったシーツの上では絶対に寝ようとはしないことを銀時はちゃんと覚えていてくれているのだ。その事に、少し嬉しくなる。
女が出てきて、銀時から数枚の紙を受け取って帰る。そして今度は銀時が風呂へ入る。
いくらも経たない内に銀時は髪を濡らしたまま出てきて、新八がいる押入れを開ける。
「新八、もういないぞ」
にゃー。
布団袋から顔を出した新八を、銀時が抱き上げる。先っぽだけ白い毛の混じる黒い耳を軽く噛まれて、くすぐったさにぴるぴると耳を揺すった。
「腹減っただろ」
そのまま台所でご飯を貰い、少し一緒に遊んだ。
その後石鹸の柔らかい匂いに包まれて銀時の布団の上でまどろんでいると、銀時の口からも欠伸が漏れる。
「寝るかぁ」
あおう。
銀時に答えて、新八は布団の真ん中を譲ってやる。布団に潜り込んだ銀時の胸元で丸くなりながら、新八はいつもの様に考える。
(銀さんが、僕とだけこの布団で寝てくれればいいのに。あんな変な臭いのする女の人たちなんか、いらないのにな)
銀時の胸に背中をぴたりとくっつけていると、銀時の大きな手が頭を撫でてくれた。
翌日、新八は銀時の叫び声で目覚めた。けれど、上手く起き上がれなくてびっくりした。
「おま、え、しんぱち、か・・?」
何を当然の事を聞くのだろうと思ったが、ふと布団の上にへたり込んでいる銀時の顔がやたらと近くに見えることに気付いた。いつもならば見上げているのに、今は同じ位の目線だ。
何事かと思い、己の身体を点検する。と、そこに見慣れた黒い毛皮はなくなっていて、銀時と同じ肌色のつるつるした腕と五つに大きく分かれた手があった。
「−−−−−!!」
叫んだが、声にならなかった。猫であった時と同じ感覚で出そうとしても、人間の喉の使い方とは違うのかもしれない。そう、新八はどう見ても人間になっていた。耳の聞こえ方とお尻で揺れる感覚から、耳と尻尾は残っているようだが。
「おま、なんで・・・」
銀時も呆然としているが、それ以上に新八は驚いていた。どうしよう、こんなに大きくなってしまっては、もう銀時は布団に入れてくれないかもしれない。いや、それ以前にこんなでかいのはいらないと、追い出されてしまうかも。
「ぎ・・さ」
追い出さないでとお願いしたくて、必死で口を開いたら、何とか言葉の様なものが出た。銀時が、おや?と目を見開く。
「ぎ・・ん、さん」
今度はよりはっきりと、言葉になった。今まで何度も呼んできた名前だから、スムーズに出たのかもしれない。
銀時が、仰け反っていた身体を戻して新八を覗き込んでくる。
「新八、それって俺のこと?」
「ぎんさん」
頷きながら繰り返す新八に、銀時は驚愕の表情を納めてへらりと笑った。
「いいな、それ」
そして新八の頭に手を置いて、もう一回と言う。
「俺さ、もし新八が喋れたら俺の事何て呼んでんのかなぁって、考えてたんだよね。うん、銀さんて、いいじゃん」
「銀さん」
「うん、何がどうしてこうなってんのかは、追々考えるとして、とりあえず後十回位呼んで」
言われた通り繰り返してやったら、銀時はやたらと嬉しそうな顔をして、新八の耳の後ろを撫でてくれた。