【新+神】



バンッ。
乱暴な音を立てて引き戸を開いたのは新八で、お手玉を教えてもらっていた神楽は不覚にも放っていた一つを取り落とした。
「どしたネ、新八。仕事終ったアルか」
いつもならば大きな音を立てるのは銀時か神楽で、新八はそれを諌める事が多い。たまに、彼自身も騒動に参加して万事屋の玄関を吹っ飛ばしたりもするけれど。
それでも、こんな風に他人の、しかも依頼人の家の戸を乱暴に開けるのは彼らしくなかった。
「新八?一人アルか?銀ちゃんはどしたアル」
女がいるとこじれるとか何とかという、神楽にとっては納得のいかない理由で依頼人の家へ置いていかれた彼女は、当然新八と銀時の二人が揃って結果報告と共に迎えに来るものだと思っていたので、飛び込んできた新八の背後から彼の行動への突っ込みの声もせず、誰の姿も無い事を怪訝に思った。
しかし新八からは何の応えも無くて、彼はただ無言で部屋の真ん中へ踏み込んでくる。
「新八、オイコラ、無視すんなよ眼鏡ダメガネこのやろー」
いつもの様に軽口を叩いてみても、新八は無言で彼女の前に背を向けて立った。袴の裾が神楽の視界を覆って、同時に部屋に乾いた音が響き渡った。
「・・・・・ハァ?」
間の抜けた声を上げた神楽は、目の前に立ち塞がる新八の脚の横から顔を出す。彼女と向かい合ってお手玉を教えてくれていたはずの依頼者が、何故だか頬を押さえて俯いていた。
何故か、も無い。明らかに新八が今、彼女の頬を張ったからだ。
そうは分かっていても、理解しがたかった。どうしていきなり、新八が依頼人を平手打ちしなければならないのか。
「しん・・」
「銀さんにっ!」
何やってんだヨお前、と言いかけた神楽の声は、新八の尖った声に掻き消された。
「銀さんにっ、あんな仕事っ、させないで下さいっ!」
まるで悲鳴の様に張り詰めた声でそう言って、新八は入ってきたのと同じ唐突さで、部屋から出て行った。
「・・・・・・・・・・・・・・」
まるで新八の目に入っていなかった神楽は、置いてきぼりにされた状態で彼が出て行った扉と依頼人の女とを交互に見た。
そして、華やかな色合いのお手玉をぽんと放り出して、神楽は立ち上がって未だ俯いたままの女を見下ろした。
「新八、甘ちゃんアル。女子どもには特に、そうネ。アイツが女殴ったのなんて、エロメスの一回しか見た事ないアル。すんごく下らない出来事だったアルけど、当然の報いだったネ。だから、お前が何依頼したかなんて知らないけど、新八が殴るなら、絶対お前が悪いアル」
お手玉は楽しかった、とだけ言い残して、神楽は新八の後を追って駆け出した。

新八はすぐに見つかった、駆け出して数十メートルの路地の陰に、蹲っていた。
「ナニしてんだよお前、依頼者殴るなんて報酬パーにする気かヨ。私の酢昆布代お前払えヨ」
膝に顔を埋める新八の隣に立って、神楽はわざと不機嫌な声を作った。
「うん、ごめん」
新八からは鼻声が返ってきて、はしたないと言われようが盛大に舌打をしたくなった。
「銀ちゃん、どこアル」
「万事屋」
それなら、大怪我をしたとかでは無いのだろう。少しだけ安堵して、神楽は壁に背を凭れさせて新八と同じ様に屈みこんだ。
「鼻水付けて帰んなヨ、乙男(オトメン)が」
「また変な言葉覚えて・・・」
泣き声交じりに笑う新八の肩に頭を預けると、いつも暖かい彼の身体は少し湿って感じた。
何があったのかは、聞かないでおいてあげようと神楽は思う。新八が神楽を仲間だと思ってくれているのなら、落ち着いたらきっと話してくれるだろうから。もし話してくれなければ、定春の口の中でこの世とお別れカウントダウンだ。
女子どもに酷く甘い彼が、しかし何より甘いのは銀時に対してで、いつだって自分の傷には無頓着な銀時の為に新八がこうやって体中を涙に浸しているのなら、自分はせめて彼が溺れないように見張っていてあげよう。
「銀ちゃんには、報酬は新八がパチンコでスッたって言っとくアル」
「やだよ、そんなの・・・」
でもきっと何と言ったって、他人のことには聡いあの綿毛頭は、新八の取った行動なんてお見通しで、その上で新八と神楽の嘘に甘えるのだ。
「どうしようもない男たちアル」
どうせなら報酬を受け取った後で殴れば良かったのに、とか考えてしまう神楽だが、湿った新八の肩に頭を乗せて目を閉じていると、しかしあの綿飴頭は報酬を手にするよりも空手で新八が泣いたことを喜ぶだろうと何となく分かってしまうのだった。