【銀新】セロリ。(1)



好きだと言ったのは、僕。応と言ったのは、銀さん。それから半年、所謂恋仲と呼ばれる人たちがするような行為は、一通り。布団の中も含めて。
でも、僕らの間は最初から近すぎて。僕と銀さんは殆ど同居しているかのような状態で暮らしていて、神楽ちゃんも定春も含めたらそれはまるで家族の様で。
だから、僕はずっと不安だった。銀さんが僕に求めていたのは、家族愛だったんじゃないかって。だけど、僕が余りに必死に手を伸ばすから、子どもの我侭を聞くような感覚で、この手を握り返してくれたに過ぎないんじゃないかって。
それでもやっぱり僕は銀さんが好きだから、銀さんにお前もういらないと手を振り払われるまでは、しがみ付いていようと思った。
だからって。
「ちょっと、銀さん・・・。人を呼び出しておいて、アンタは何をしてるんですか!」

日付の変わる間際に自宅の方にかかってきた一本の電話。こんな夜中に何事だと、万事屋で何かあったんじゃないかと嫌な胸騒ぎを覚えて受話器を取り上げた僕の耳に聞こえてきたのは、聞いた事のない女の人の声。
「はいっ、志村です!・・・え?えぇ、はい、そうです・・・。え?あ、はぁ、はい、まぁそうですね・・・。はぁ・・・でも、その、適当にタクシーにでも放り込んでくれて構いませんよ?・・・そんな・・はぁ・・分りました・・・これから行きます・・」
電話の向こうで女の人は、万事屋銀ちゃんで働いている助手とは君のことかと聞いてきた。あの天然トラブルメイカーの上司がまた何かやらかしたのかと脱力しながらも話を聞くと、どうやらあの馬鹿上司が酔ってつぶれて、迎えに志村新八を呼べと叫んでいるらしい。
「はい、住所お願いします。・・分りました、ピンキー・リングさんですね。はい、迷ったらまた電話します」
受話器を置いて、広い屋敷に静寂が戻る。
「まったく・・・あの馬鹿上司・・・・」
うちからかぶき町までは電車で二駅。歩けない距離ではないけれど、冬の夜中に歩きたい距離ではない。しかし今から着替えて支度をして家を出れば、終電は終わる時間だし、タクシーに乗るような金はない。
仕方なく、僕はマフラーとイヤーマフと手袋とホッカイロという、完全武装で出かける事にした。

マフラーを吹き飛ばされるのでは無いかという位の向かい風に、可能な限り首を縮こませて必死で脚を運び、多少迷いつつも辿り着いたピンキー・リングで、それはもう見事に銀髪の上司は飲んだくれていらっしゃった。
「銀さん!アンタ帰る為に僕を呼んだんでしょう!帰りますよ!」
「えー?しんたんも、ろんでけばぁ?」
誰が新たんだ、馬鹿野郎!三十路前のおっさんがそんな呼び方したって、全く可愛くない。
「僕は未成年です!普段はオロナミンCまでしか許さないって言ってるくせに、何言ってんですか。ほら、帰りますよ」
二メートル離れていても漂ってくる酒の匂いに眉をしかめつつ、僕は銀さんの腕を掴んで力任せに引っ張った。すると銀さんは、まるで駄々を捏ねる子どもの様にその手を振り払って、あろうことか隣に座るお姉ちゃんに抱きついた。
「やぁだぁ、かえりたくねぇええぇぇええ」
相手は酔っ払いだということは、よく分かっている。匂いも言動も、それ以外の何者でもない。でも、だからって、仮にも寒い中迎えに来てやった恋人の前で他の女に抱きつくっていうのは、何事だ?しかも、この人は自分から迎えに来いって騒いだんだろーが!!
その瞬間、僕の頭の中でヒューズが飛んだ。
「いい加減にしろ、この堕侍がぁぁああああ!!!」
「ぐげええぇぇぇええぇぇ!」
見事に決まった鼻フック背負い投げの結果、銀さんは白目を向いて床に転がった。

翌日、僕は一つの決心をした。
二日酔いだ気持ち悪い二度と酒なんて飲まないおええええぇぇぇえ、と何度繰り返したか考えるのも馬鹿らしいいつもどおりの台詞を吐いている銀さんを放置して、僕は靴を履く。
昨日は結局、帰れなかった。そして折角風呂にも入ってぬくぬくと暖かい布団で温まっていた己を余りに理不尽に呼び出した銀さんは、掛け布団もかけずに布団の上で大の字になって寝てしまった。
意識を失った人間は、重い。それでも苦労して銀さんを転がして、敷布団と掛け布団の間に納めた僕は、汗まみれになった自分に、情けないことに泣きたくなった。
人を呼び出しておいて飲み屋の姉ちゃんといちゃつくような男、どこが好きなんだろう。
「しんぱちい?味噌汁くれ・・・て、おいおい、帰んの?銀さん瀕死なんだけど・・・」
眉尻を下げて情けない顔を晒してくる銀さんを、昨日までは可愛いと思うことすらあった。でも、今朝は駄目だ。
「味噌汁くらい、自分で温められるでしょう?コンロ回すだけなんだから」
振り返らない僕に何か察したのか、銀さんの声が近付く。
「新八?俺、昨日何かした?まさか、便所までもたずに吐いちゃった?」
それなら、まだマシだ。そんな程度で、今更ここまで腹立たしくならない。悲しくなったり、しない。
「何も。吐かなかったし割合すぐに寝てくれましたし、まだマシな方でしたよ。飲み屋で、わざわざ呼び出した恋人の目の前でキャバ嬢といちゃついたくらいで」
「・・・・へ?」
この人は、二日酔いになる日は大抵記憶が無い。だからこれも、当然予想の範疇だった。あれは、ただの酔っ払いの冗談だったのかもしれない。だけど、無意識でも銀さんは本当は柔らかな女性を抱きたいと思っているのかもしれない。そう思うと、堪らなかった。
「何の話だ?」
それならそれで、仕方無いんじゃないかと思う。銀さんは当然女性を知らないわけがなかったし、元々は普通の男だ。だから、いつか僕が男だからという理由で別れを切り出されても、話し合う覚悟はできている。
だけど、今のところ恋人は僕だ。僕の、筈だ。その僕の目の前で、酔った勢いとはいえ他の女に抱きつくなんて。
「あんたが浮気したって話ですよ」
「へぇ!?」
僕にとっては、これは浮気だ。だけど、ようやく振り向いて見た銀さんの顔が、まさにはとが豆鉄砲を食らった顔だったから、やっぱり銀さんにとっては違うんだなと思う。
「だから、ちょっと勉強しに行って来ます」
アンタは勝手に味噌汁でもすすっててください。言い置いて出ようとする僕の襟首を、銀さんが摘む。
「ちょっと待てって。話しが全然見えないんだけど、俺。これ、二日酔いのせい?」
「知りません。つまり、僕はアンタが酔った勢いとはいえキャバ嬢相手でも抱きついたことが、許せません。浮気だと思う。だけど、銀さんはそうじゃないんでしょう?その顔だと、思ってもみませんって顔ですもんね。だから、他の人に意見を聞いてきます。十六の子どもじゃ、こういう場合どういうのが大人のお付き合いとして正しいのか、分かりませんから」
それじゃ、と僕は銀さんの指を少し強めに払って、万事屋の玄関を開けた。
背後で、銀さんがはぁ?と盛大に首を傾げる声がしたけれど、僕は構わなかった。
さて、誰に聞きに行こう。やっぱり、銀さんと同い年位の人がいいよね。