【銀新】セロリ(5)
坂田銀時と志村新八の場合。

「はい、新ちゃんそこに座りなさい」
「はい・・・」
万事屋の和室、銀さんの布団が珍しく自主的に畳まれたそこに、僕は正座で座らせられた。
土方さんと一緒だったあの場から、銀さんは問答無用で僕をここまで引っ張ってきた。その間、僕の手を引いて歩く間も万事屋の階段を上る間も、和室入るまで一切口を開かない銀さんに僕は途方に暮れていた。
ていうか、何でいきなりこの人あそこにいたんだろう。その上また土方さんに喧嘩売るし。いい加減侮辱罪とか公務執行妨害とかで掴まるんじゃないかな。
「おいこら、何上の空になってんだこの浮気者」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・へ?」
何で、その台詞を僕が言われるの?え、だってこれ、僕の台詞じゃないか?
理解できない僕の前で、銀さんは盛大に不機嫌オーラを放っている。
「人を浮気者呼ばわりしといて、てめぇは何国家権力といちゃついてんだ。もう銀さんに飽きたのか、不安定な恋愛より安定した結婚を選ぶタイプか、高給取りだからって良い事ばっかじゃねぇんだぞ、高給取りって事はそれだけ重労働なんだよ、そのまま過労死したっておかしくねぇんだよ、ていうかまさかアレか、寧ろそれを狙って保険金かける気か、怖い子だよお前は・・」
「うるっせええぇぇええ!ダラダラろくでもねぇこと喋ってんじゃねぇよ、この天パ!話しが見えねぇんだよ!何の話ですか、もう!」
思い切り声を張り上げてやったら、銀さんが耳を抑えてようやく黙った。そして今度は、貝の様に口を閉ざす。
あぁそうだった、この人が無駄にベラベラ喋る時は、何か言い難い事をごまかしてる時だ。
「いちゃつくってなんですか、僕ただ土方さんと話してただけじゃないですか。立ち話くらい誰だってしますよ」
「だったら俺だって、飲み屋で姉ちゃんと遊ぶくらい、誰だってしますぅ」
語尾を伸ばす気持ち悪い話し方で、銀さんは切り返してくる。何か突然の展開だけど、土方さんに言われたようにここでちゃんと話しておかないと駄目なんだ。
「その事を怒ってるんじゃないですよ、僕。いい大人がキャバクラで遊ぶくらい、どーでもいいんですよ。給料の話はこの際置いておきますけど払ってから遊べよコノヤロー」
銀さんが目を泳がせているが、畜生今はその話しじゃない。
「だから、銀さんみたいな人がいなくなったら姉上だって仕事できなくなりますし、それ自体は怒ってません。ただ、僕は、自分で呼び出しておいてその僕の前で女の人といちゃつかれるのは、嫌だって思ったんです。それとも、僕にはそういうの、言う権利ないんでしょうか」
もしここで、うん、お前の事はただの同情だったなんて言われた時の衝撃の為に、僕は背筋を伸ばして座る。腰を据えて構えておかないと、そんな事を言われた瞬間に崩れ落ちる気がする。
「は?いや、まぁ、それは俺が悪い、かな・・・。正直覚えてないんだけど・・」
「自分が悪いって言ってくれるってことは、僕、銀さんの恋人、だと思ってて、良いんですか?」
「・・・何言ってんの、お前」
いや、何でそこでアンタが不機嫌になるんでしょうか。
「その、だって、言い出したのは僕だし、銀さんは色々経験豊富だろうし、今後の万事屋の事を考えても僕を無下に扱うよりは宥めておいた方が良いとか、そういう理由で受け入れてくれてたとか・・」
「新八」
伸びてた背筋が、更に伸びるような声で呼ばれた。
「酔ってたとはいえ、てめえの前で無神経な事をしたのは、認める。けど、何でそこからそんな話になんだよ。俺ァただ、迎えに来たお前が余りにつれねぇから、ちょっと隣の優しさが眩しかっただけじゃねぇか」
「覚えてないくせに・・・本音は、女の人の方がいいんじゃないですか」
「覚えて無くても、絶対そう。だっていっつもそうだもん。女は柔らかくて優しいし、でも新八怒ると怖ぇし冷てぇし?偶にゃぁ隣の芝生が青く見えらぁ」
いっつも、僕って鬱陶しいと思われてんの?うわ、ちょっとコレ、泣きそう。
「だぁから、んな顔すんなよ。ちゃんんと分かってんよ、お前が怒るのは俺の事心配してっからだし、冷たいのだって照れ隠しとかだろ。分かってる、けど時々、不安になんだよ」
「へ?」
思わず間の抜けた声を上げた僕に、銀さんの目はまた泳ぎ出した。
「ほんとに愛想尽かして怒ってんじゃねぇかなとか、オッサン相手は嫌になって冷てぇのかなとか。だから、偶に女とでもいちゃついて見せて妬いてくれりゃあまだ大丈夫とか、そういう心情が昨日は出ちまったというか・・・・俺だって色々あんだよバカヤロー」
最後の方は棒読みで、完全に俯いてしまった。更にそのままでボソボソと、付け加えてくる。
「だから今日は、めっちゃビビッたんだからな。朝から浮気だとか言われてお前怒って出てくし、マジ何かやらかしたかと思って探し回れば、お前はお前で大串と浮気してるし」
「いや、そこが分からない」
話してただけだって言ってるのに、なんで浮気なんだ。すると銀さんは、じっとりと湿った視線を送ってきた。うわ、怖い。
「お前、大串の事好きだろ。いや、おかしな意味じゃねぇのは分かってっけど、こう、兄貴的ななんかこう、親愛?みてぇなもん感じてんだろ」
「あー・・・・まぁ、アンタよりは尊敬できる部分も」
それは事実だったので頷くと、銀さんはますます不機嫌にじっとりとした目になった。
「それが分かってっから、嫌なの。お前がどんな種類であれ瞳孔ヤローを気に入ってんのが分かるから、お前があいつと喋ってんのは嫌。お前が好きそうな奴とお前が一緒にいたら、俺にとっちゃそれが浮気なの」
・・・・・・・・・・・・・・何この可愛いおっさん。
いや、可愛いとか思う時点で終わってるのは分かるんだけど・・・でも、ねぇ、仕方無いでしょ、好きなんだもん。
「じゃあ僕は、僕の見てる前で他の人に甘えたら浮気です。僕を呼んだんなら、僕に抱きつけばいいじゃないですか。そしたら、少しは優しく連れて帰ってあげますよ」
恥かしい事を言ってるのは分かってる、耳まで赤くなってるのも自覚済みだ。でも、ほら、銀さんだって顔は普通を装ってるけど首が赤いもん。おあいこだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・分かった」
「僕も、分かりました」
僕は座ったまま銀さんに近付いて、走り回ったせいか今のこっぱずかしい会話のせいか汗の臭いがする髪に口付けて、ごめんなさいと謝った。
「新ちゃん、味噌汁飲みたい」
自分じゃ温める気にならないとほざいた駄目な大人に、またもや可愛いなぁと思ってしまった僕は重症だ。
だけどこっそり、やっぱり土方さんが言ったとおり真正面から行ってみれば、こんなにもあっさりだったなと感謝した。勿論、口には出さなかったけど。