1 意地っ張り / シゲ水 「君には僕の気持ちなんて分からない」 F 手の平に今しがた眼前の人物の体温を測った体温計を握りこんで、シゲは深く嘆息した。その目の前で竜也の肩がびくりと震えるけれど、シゲは眉間に込めた力を緩めるつもりは無い。 「あんなぁ・・」 普段より幾らかトーンを落とした声を発すると、それを遮るかのようにして竜也が喋りだした。 「だって別に何とも無かったんだよ、朝は、ホントに。誰にも気付かれなかったし、何も言われなかったし。俺だって気付かなかった位だから、大したこと無・・」 「黙れ」 低く低く、この季節独特の湿気に巻かれて地に落ちる位低い声でシゲが一言告げた。今度も竜也は肩を揺らしたけれど黙らなかった。 「何だよ、何でお前がそんなに不機嫌なんだよ。本人が平気だって言ってんだからいいじゃねぇか、放っておけよ」 その台詞に、シゲは思わずこめかみを押えた。窓から温度を冷まされた夕方の風が入り込んで、カーテンをふわりと膨らませた。 「お前それ、他人(ひと)の布団占領して言う台詞なん・・?」 シゲが呟くと、竜也は居心地悪そうにもぞもぞと膝の上に布団を持ち上げる。 「だって・・」 本来ならシゲが使う筈の布団の上に体育座りの様に座って、布団ごと膝を抱える竜也はどこか拗ねたように口を尖らせる。 彼のそうした仕草が限られた人間にだけ向けられる甘えの証拠だと知ってはいるけれど、今日のシゲは絆される訳にはいかないのだ。 「朝起きて、少しもだるいとか思わんかったん?」 それでも無意識に軟化する声音で尋ねると、竜也は少しだけと素直に白状した。その頬は熱のせいか少し赤くて、普段より竜也を幼く見せる。 「でも、寝不足のせいかと思ったし。寝不足だとよく頭痛するし・・」 「頭は痛いんか」 それは初耳だと笑いかけると、竜也はしまったと言うように目をそらす。シゲは再度深く深く嘆息した後、竜也の抱えている膝をぽんぽんと叩いた。 「頭痛するんやったら、休めば良かったやん。それでなくても、倒れる前に自分で保健室行くとかしてくれ」 全く、人が珍しく呼ばれる前に部活に行こうと思っていた矢先に、廊下でいきなり呼び止めた挙句倒れ込んで来るなんてことしないで欲しい。心臓に悪い。 「今、ばあちゃんも風邪引いてるから。俺まで引いたら母さんの負担が倍になる・・」 その言葉に、シゲは以前穏かに自分を迎えてくれた竜也の祖母と、”シゲちゃん”と呼んでくれた母親を思い浮かべる。 膝に残されたままのシゲの手の平をじっと見詰めてくる竜也に、シゲはその手を引っ込めずに空いた手でがしがしと頭を掻いた。 「やからって、お前が体調悪いん我慢してどないすんねん。ちゃんと帰って寝た方がええんちゃう?」 突然竜也に倒れこまれて、どれだけ驚いたことか。近くにいた教師が車を出してくれたから良かったものの、あのままぐったりした竜也を運んで帰る羽目になっていたら、竜也の体調は悪化してたに違いないと思う。 しかし竜也は早く送り返して暖かなあの家で休ませたいと思うシゲの思いを無視するかのように、送ってくれた教師にシゲの居候先に向かう様頼んだ。当然教師は面食らっていたが、竜也が”今日は夕方まで家に誰もいないので、シゲの所で休ませて貰ってから帰ります”と言ったので、普段から教師受けの言い竜也の希望は叶えられた。 「心配させたくない・・」 シゲの手の甲にこてんと熱い頭を乗せてくる竜也の汗ばんだ様な額を見下ろしながら、実際は今竜也の家には母と祖母が居るのだろうと確信し、苦い思いを飲み込んで竜也の頭の下から手を引き抜いた。 「ほれ、ちゃんと寝ろや。後で冷えピタでも探して来てやるさかい。家にもちゃんと連絡したる」 シゲちゃん優しいーと自画自賛しながら竜也の身体を布団に向けて押すと、竜也は素直に布団に横になった。 「たつぼん、辛い時は辛いって言わへんと分からんよ」 まるでそのことこそが辛いのだと言う様に吐き出せば、竜也が熱で潤んだ瞳をくるりと巡らせて、 「だって知られたくないんだし」 だったら他人(ひと)の前で倒れるなと、シゲはその頭を叩いて立ち上がった。 お互い意地っ張り。弱みを見せたくない竜也と、弱みを見せてと言えないシゲ。 この二人はこの時点では出来てない方が萌えるなぁと思うのは、私だけですか?(笑) この話は、お持ち帰り可でございます。 |