10 可愛くなんてないよ / オリジナル 「本日も晴天なり」 F リーヴィは、背後に迫る足音に首だけを巡らせて駆ける足は止めずに叫んだ。 「いいじゃんか、少し位!!!大人気ないぞーー!アレン!」 甲板の上に堅い革靴の音を響かせながら、アレンは顔を真っ赤にして怒りを表しながら数メートル後ろを追ってくる。 「やかましい!このクソガキ!!」 一本にまとめた長い亜麻色の髪を跳ねさせながら、ジャラジャラと付けた装身具を盛大に鳴らしてアレンはリーヴィを船首に追い詰めらた。 「そこ動くなよ、リーヴィ?」 「えー、痛いことしない?」 リーヴィは怒りに燃えるアレンを見上げても全く怖がる様子も無く、寧ろ楽しげに目を細めてその細い少年の肩をすくめてみせた。 アレンは一歩ずつリーヴィに近付きながら、両拳の指をパキパキと鳴らす。 「子供の躾は少し厳しくしないとなー」 その頬には笑みが刻まれているがその引きつり具合でアレンがかなり怒っているのは一目瞭然、リーヴィはさてどうしたものかと甲板の手すりに背中を押し付けながら考えた。 「俺の躾担当は、スタンだし」 どうにかして徐々に距離を詰めてくるアレンの背後に逃げる手は無いかとリーヴィが考えていると、遠く背後から地響きが聞こえてくるのに気付いた。 「あ!」 その音が聞こえた途端、リーヴィはアレンの存在など忘れたかのように身体ごと船首から乗り出すようにして音のする方を見やった。 「帰って来た!」 リーヴィが嬉しそうに振り返ってアレンに向かって叫ぶと、アレンもリーヴィの隣に立って地響きによる砂埃の立つ方を眺めた。 その砂埃は徐々にリーヴィーとアレンの居る船に近付いてくる。 「あー、帰って来る前に決着付けるんだった・・・」 心底残念そうにアレンが嘆息する横で、リーヴィは瞳を輝かせて近付いてくる一艘の荷船を見つめた。その荷船は船に真っ直ぐ近付いてくるとややスピードを落としたので、その荷船にいくつかのキ木箱と大きな白い布で覆われてロープで固定された荷物、そして三人の人間が乗っていることが見て取れた。 「スタン!!」 「え、おいっ、リーヴィ!!!」 荷船の一番前で舵を取っている背の高い黒髪の短髪の男が手を挙げてリーヴィに合図してくるのを認めると、リーヴィは嬉しそうに男の名前を呼んでそのまま船首の手すりに上り、アレンが止めるために伸ばした腕を交わして、ウサギの尻尾の様に短くまとめた銀髪を翻した。 「「「リーヴィ!」」」 スタンと他二名の驚愕の声が上がり、荷船は急ブレーキをかけて膨大な砂を巻き上げて停止した。 リーヴィは二階建てにも相当しそうな高さを恐怖を微塵も感じさせない勢いで跳び、ザンッと砂を踏みしめて荷船の前に降り立った。 「スタン!お帰り!!」 慌てた様子で小船ほどの大きさの荷船から降りて来るスタンに駆け寄ったリーヴィは、スタンから第一声怒鳴られた。 「この馬鹿!」 良く通る美声で怒鳴られ、リーヴィは思わず目を瞑った。 「何してんだ!!いきなり飛ぶ奴があるか!砂魚が居る可能性だってあるんだぞ!!」 人間の子供なら一飲みにしてしまう砂魚の存在は確かに恐ろしかったが、リーヴィにとってはスタンの方が何倍も怖い。 「ごめんなさい」 そして頭上から深いため息が聞こえてくるのを待って、そっと目を開けて上目遣いにスタンを見上げる。 「でも平気だって。俺、身軽だもん。それにスタンが砂魚の巣に船を停める筈無いだろ?」 一瞬前まで萎れた様子を見せたリーヴィは、すぐに悪びれもせずにニッと笑って見せる。リーヴィにとっては砂魚より怖いがその何倍も好いているスタンは、自分の胸辺りまでしかない様な小さな少年を見下ろして、もう一度盛大に溜息を吐いた。 この目に弱いんだと胸中で一人ごちながら、スタンは抱きついてくる少年の身体を受け止める。荷船に残っていた二人からやれやれといった風な溜息も聞こえたが、それは気にしないことにする。 「お帰り、スタン。レックス、ヴァルも」 「ただいま」 スタンの腕にすっぽり納まって、頭を軽く撫でて応えてくれたスタンに懐きながら、リーヴィは荷物を押えていたロープを解いている二人に声を掛ける。 「ただいま、リーヴィ。後で僕にも抱擁させてねー」 軽口を叩きながらテキパキとロープを解きまとめていく一見優男のレックスに、亜麻色の髪を揺らしてヴァルが笑った。 「ただいま。リーヴィ、お待ちかねの子が来たわよ」 「ホントか!?」 パッと顔を綻ばせるリーヴィに、スタンは腕を解いてやる。リーヴィはそのまま荷船に駆け寄り、ヴァルが白い布を取り去るのを目を輝かせて見ていた。 ヴァルがその布を剥ぎ取ると、そこにはリーヴィよりも頭一つ分大きい花が一輪、鉢に植わっていた。 それは『水の花』と呼ばれる、通常よりも長く大量に水を蓄えることの出来るという、砂漠で船を駆る者にとっては不可欠な植物であった。 今までリーヴィたちの船に乗っていた『水の花』は先日寿命を迎えてしまい、最後の水を蓄えた球根だけを残して土に返ってしまった。 それで今日、スタンたちは新しい花を捜しに出掛けていたのであった。 新しい『水の花』のその黄色い蕾はもうすぐ開きそうな様子で、リーヴィは荷船に上るとその蕾を手の平で包んで挨拶をする。 「初めまして。綺麗だな、お前。死んじまったマリアと一緒に、しっかり俺らの水を蓄えてくれよ?」 そして短パンのポケットから一つの球根を取り出して、リーヴィは根元の方に屈みこんだ。するとその花は何かを感知したかのように、土の中から根を差し出してきた。そこにリーヴィが持っていた球根を宛がってやると、根はそれを包み込んでまた土の中に潜っていく。 根が完全に土の中に戻ったのを確かめて、リーヴィは立ち上がって花の蕾の先端にキスをした。 「宜しくな。・・・・んーと、オフィーリア。お前の名前、オフィーリアな」 綺麗だろ?とリーヴィが笑いかけると、オフィーリアと呼ばれた花は嬉しげに身を震わせて、ゆっくりと瞳を開くようにその蕾を開いた。そして開いた花の中心に鎮座している薄翠の球から、一滴の水を滴らせてリーヴィの口へ落とした。 リーヴィはそれを受け損ねる事無く喉に滑らせ、目覚めたばかりのオフィーリアの花びらにもう一度キスをした。 「ありがと」 それは、『水の花』が今後喜んで己に蓄えた水を雫を送った相手に与えるという印で、頻繁に見られる光景ではなかった。大概の場合は、『水の花』が咲いた直後まだ球が柔らかい内にそこに切れ込みを入れないと、花は球を硬くし、蓄えられた水を己の生存のためだけに使ってしまうのだ。 しかしリーヴィは、自分たちの船に今まで乗ってきた水の花からは悉くこの雫を受けていた。そして『水の花』は、この雫を受けた相手には己の命が危険になるギリギリまで素直に水を分けてくれた。 「ごめんな」 自ら命を差し出すようなことをさせてるんだと、リーヴィはいつも水を分けてもらう時に感謝と謝罪を込めてキスをしていた。 「おーい、お前ら。いつまでそこに居るつもりだよ」 リーヴィの『水の花』への挨拶が終えたと同時に、頭上の船首から身を乗り出したアレンが四人に声を掛けてきた。 「あぁ、そうだ。早く上げてやろう」 レックスがそう言って、オフィーリアを丁寧に抱え上げる。 他の荷物をスタンとヴァルが手分けして荷船から降ろし、アレンが渡し板を下ろすのを待った。アレンが一人で若干苦労しながら渡し板を下ろして、その上を荷物を抱えて上りながらスタンは思い出したように軽い荷物を運ぼうとしているリーヴィに尋ねた。 「リーヴィ、留守中変ったことは無かったか?」 リーヴィは軽い食糧が入っている荷物を抱え上げて、ちらりと船上で荷物を受け取っているアレンを見た。するとアレンもこちらを見ていたらしくバチっと視線がぶつかり合い、アレンは焦ったように首を横に振った。 リーヴィはアレンににっこり笑い返すと、アレンに荷物を渡しながらこちらを窺っているスタンに報告した。 「アレンに殺されかけた」 「・・・・何?」 途端にピタ、と動きを止めてスタンはゆっくりとアレンに向き直る。スタンとアレンの間にあった荷物がゴト、と甲板に落ち、アレンは一瞬で蒼白になった。 「アレン・・・、船長を手にかけようとするなんざ、いー度胸じゃねぇか?」 そして腰に挿していたサーベルの柄に手を掛けるスタンから、アレンは反射的に跳び退る。 「違うって!リーヴィが俺の大事なシャツに穴を開けたんだよ!気に入ってたのに!!」 それで怒っただけで何も殺そう何てしていないと喚くアレンに、スタンの後ろで待っていたヴァルがさらりと言い放つ。 「その程度で怒るなんて、器が小さいわよアレン。妹として恥ずかしいわ」 それに続いてレックスもうんうんと頷く。 「そうだね、可愛い子供の悪戯だろ?」 そしてスタンは、スッとよどみない動作でサーベルを抜き、口元に笑みを湛えて静かに告げた。 「覚悟はできてんな?」 甲板の上を追い掛け回されるアレンを荷船に立って眺めながら呑気に笑うリーヴィに、ヴァルものんびり賛同する。 「そうよねぇ、こんなに可愛い船長なんて、喜ぶべきなのに」 長い髪を数房スタンのサーベルの餌食に切り取られながら、アレンはスタンから逃れるためにマストに登りながら叫んだ。 「可愛いわけあるかー!このクソガキーーー!!!」 そのアレンの叫び声は、晴れ渡った夕焼け空に良く響いていった。 はい、最後にやらかしてみました、オリジナルです。 舞台は砂漠で、その上を専用の船で移動する海賊ならぬ砂賊を書いてみました。砂賊のシーンは書いてませんが、彼らは無法者なのです。 原型は、友達と考えてた『子供が船長の海賊もの』です。それを自分だけで書いてみたらこんな感じか・・。スタンは実父じゃないけど親ばかです。リーヴィは可愛いクソガキ。 テンションの高い会話が書けて満足です。エクスクラメーションマークが一杯出てきて満足だ!! それにしても無差別に人様にオリジナルを晒すのは初めてです・・・。お持ち帰り可ですが、誰もいらないと思う・・・。 そんでもって皆様、今日で「五万ヒット御礼、『「可愛い人10のお題」十日連続更新!!』企画」が終了となります。お付き合いくださいましてありがとうございました。今後とも「おさかな」をよろしくお願いいたします。 |