3 俯いたまま 「犬、時々我侭」(『わんわん』その後)


くぅーんと鼻を鳴らしながら、犬が胸に擦り寄って来る。
「どうした?」
 普段の学校の友人辺りが聞いたら、そんな優しい声聞いたこと無いぞと言い出しそうな位穏かな声で笑いかけながら、今はすっかり犬化したらしい金髪を撫でてやる。
「シーゲ?」
 腰に手を回されてぎゅ、と抱き締められても今は全く性的衝動の含まれない抱擁だと分かる。優しく背中を撫でてやると、乾かしたばかりでまだ少し湿ったシゲの髪が竜也のあごをくすぐる。
 それがくすぐったいのとは別に何だか無性に身の内がむずむずして、竜也はシゲの髪に頬を摺り寄せる。
 くすくす笑いながら竜也がシゲを抱き締めていると、ふいにガチャガチャとドアノブを上下に揺らす音がする。
「何?」
 シゲが顔を上げようとはせずに呟くと、竜也は慌てる様子も無く慣れた光景を説明する口調で、
「ホームズだよ。あいつも寂しくなると、自分でドア開けて入ってこようとするから」
 今の誰かさんとおんなじと笑って、主人の抱擁を求めているらしいもう一匹の愛犬を部屋に入れてやろうかと竜也は立ち上がりかけたが、それは更に力の込められたシゲの腕によって阻まれる。
「駄目」
 シゲは短くそれだけ言うと、竜也の心臓の上に耳を乗せて体勢を固定してしまった。
 普段は竜也と同じくらいにホームズを可愛がるシゲのその行動に、竜也はただ目を丸くする。今日はどうもとことん甘えたい気分らしいシゲに、竜也は思わず明日の天気を心配した。
「駄目って・・・」
 言われても。ベッドに背中を預けてベッドが僅かに揺れるのを背中に感じながら、シゲの背中を抱きとめて扉に視線をやる。
 ガチャッという音が一際強く響いて、ホームズが顔を出した。
「ホームズ、ドア開けれるもんなぁ」
 苦笑する竜也にホームズは賢くもドアを鼻で閉じてから、とてとてと近付いてきて竜也の肩に鼻を摺り寄せてくる。シゲに回していた腕を片方持ち上げてその頭を撫でてやると、ホームズは竜也の手の平を舐めもっと撫でてと言う様に身を寄せてくる。
「シゲ?ちょ・・っ」
 シゲがふいに手を伸ばして、ホームズを払おうとした。その仕草に心底驚いた竜也だったが、不満そうに鼻を鳴らしたホームズに向かって、シゲもまた不機嫌そうに告げた。
「今日は俺のや。ホームズあっち行っとき」
 しっしっとホームズを手の平で払う、基本的に動物好きだと豪語していた男の表情は竜也からは窺えない。耳を竜也の胸の上に置いたまま、つむじを竜也に向けてただ不満そうな声を上げる。
「いっつもお前してもらっとんのやろー?ええやん、今日くらいここは俺の」
 竜也は顔に熱が上がってくるのを自覚した。
 こんな台詞、こんなとこで、何を真剣に犬に向かって言ってるのだろうこの男は。
「譲れへんー」
 聞き分けよく、それでも尻尾を寂しげに垂らしながら部屋の隅に行ってしまったホームズのとは対照的に、そう言ってシゲがまたしがみ付いてくる。
「お前なぁ」
 さすがに呆れた声を上げずにはいられない竜也だったが、シゲはべったりくっつきながらぽつりと呟いた。
「手」
 何のことだと一瞬眉根を寄せた竜也だったが、それが、ホームズを撫でる為にシゲから話した腕のことを言っているのだと思い当たり、心の底から脱力したくなった。
「はいはい」
 もう駄目だ、と竜也は思った。
 今日はもう、このシゲ犬にまともな反応を期待してはいけないらしい。何が原因かは知らないが、極限まで独占欲が溢れかえっているらしい。
 そのまま暫く双方無言で抱き合ってから、竜也は鼻腔をくすぐるシゲのシャンプーの香りに、自分がまだ風呂に入ってないことを思い出した。
「シゲ、俺、風呂行きたいんだけど・・・・」
 何故か遠慮がちになった口調で許可を求めるようにして問うと、シゲはえーと不服そうに声を上げてから、やっぱり顔を伏せたまま暫く悩んだような沈黙の後、
「二十分で戻って来てな」
 そう言って竜也から腕を離した。
「シゲ」
 竜也はふいに思いついた悪戯な衝動のまま、シゲの頬を両手で挟んだ。
「大人しく待ってろよ」
 そしてシゲの顔を持ち上げて、その鼻頭にキスを落とした。
 その時初めて顔を上げたシゲが、どんな表情をしたかは、秘密。










 えーと、今更ながらあの話の続き。シゲが可愛すぎて気持ち悪っ!(笑)
 最後の最後で俯いたままでないのに、このお題でいいのかしらねー。ホームズを邪険にしちゃうシゲが楽しかった!
 すみません、これはお持ち帰りできませんです。