7 耳まで真っ赤 / シゲ水 「包帯に思いを馳せる」 F


「うわっ!!」
 ザザッ!
 真っ直ぐに届いたボールを受け取りながら、珍しく焦ったような声を上げた竜也の方をちらりと見る。どうやら、これもまた珍しく転んだらしい。
 ぶつかった後輩が必死に謝っているのを手で制して、何も無かったかのように立ち上がったのを視界の端で一瞬捕らえながら、シゲはゴールに向かった。

 休憩時間に入り、竜也は時間を指示すると真っ直ぐに水道に向かった。傷口を洗うためだろうとドリンクを受け取りながらぼんやり眺めていると、小島が独り言の様に呟くのが聞こえた。
「あ、うそ」
「どないしたん?」
 シゲの足元の救急箱を覗き込んで呻く小島に聞いてみれば、小島は小さくため息を吐きながら、
「消毒液が無い。新しいの部室なのに、もう・・」
 取りに行くのが面倒だとぶつくさ言う小島から視線を外して、勢い良く水道の蛇口を捻っている竜也の背中を見る。
 そしてドリンクを地面に置いて代わりに包帯を箱の中から拾い上げて、そちらの方に歩き出した。
「俺が直で部室連れてくわ。小島ちゃんは他の奴らの世話で忙しいやろ」
 背中に小島のじゃあお願いという言葉を聞きながら、シゲは肩にかけたタオルで額の汗を拭いつつ竜也の脇に立つ。
「腕だけ?脚は?」
 思い切り擦りむいたらしい左腕をしかめ面で水に晒していた竜也は、シゲの出現に大して驚きもせずにちらりとシゲを一瞥した。
「腕だけ。捻ったりはしてない」
「そか。小島ちゃんがな、諸毒液新しいの部室にあるて言うから、部室で手当てしたるわ」
 シゲがそう言うと、竜也はあからさまにいやそうな顔をして蛇口を閉めた。シゲはその顔に苦笑を返し、指で後方を示す。
「右手で包帯巻きにくいやろうし、こっちでしたら、あいつ気にするやろ」
 シゲの指の先では、竜也とぶつかり合った後輩がちらちらとこちらを窺うようにしている。
 それを見て竜也は短く嘆息すると、それもそうだなと呟いて部室に向かった。
「少しぶつかった位で、試合中断させるかっていう勢いで謝ってきたぞあいつ」
 そんなんでこれから大丈夫かと眉根を寄せる竜也に、シゲは快活に笑う。
「そら、元鬼キャプテンとぶつかってもーたら、一年はビビルやろ」
 三年の夏で部活を引退した竜也は、それでも暇さえあれば部活に顔を出していた。意外な事にシゲがそれに同行することは多く、今日は偶然にも小島も一緒だった。
「誰が鬼だ」
 人を勝手に恐ろしがるなとぶつぶつ言いながら、竜也は部室のドアを開く。
 二人で無人の部室に入り、シゲは竜也を座らせて消毒液を探した。
「あ、あった」
 マネージャーの管理の賜物か新しい消毒液は簡単に見つかり、シゲは丁寧に竜也の傷口を消毒した。
 それを無言で見つめながら、少々染みるのか竜也は眉をしかめる。
「痛い?」
 器用にくるくると包帯を巻いていくシゲの器用な指先を見つめながら、竜也は首を横に振る。
「なんや、こういうん、アレやねーー」
「は?」
 一つも名詞が入っていない言葉を口にしたシゲに、竜也は首を傾げる。
 端を小さく結びながらシゲはニシシと笑って、竜也を上目遣いで見上げた。
「包帯とかって、やらしい感じせぇへん?」
 縛りたくなる。そう言って、シゲは包帯を巻いた竜也の患部をざらりと撫で上げた。その声は対竜也―しかも夜限定―用の艶を持っていて、竜也は痛みでない疼きが傷から広がるのを感じた。
「・・っしない!!」
 バッと腕を振り上げてシゲから逃げるように椅子を蹴って立ち上がった竜也に、シゲは可笑しそうにくすくす笑った。
「さっさと戻るぞ!!」
 シゲを一瞥もせずに扉に手をかける竜也を追ってシゲも立ち上がり、静かに背後に立った。
「たつぼん」
 その声に、竜也の背中が粟立つ。
 びくりと震えた竜也の肩がおかしくて、シゲは竜也の耳元に唇を寄せた。
「耳まで真っ赤やで」
 そしてその耳朶にかぷりと噛み付いた。










 ふう、やっとシゲ水(笑。
 どうもこういう話を書くと、私の文章には色気が漂わないんだよなぁ・・。シゲの親父臭さだけが際立つって言うか・・・(爆。
 お持ち帰り可でございます。