「りーおー」 準サンが珍しく機嫌の良さそうな声で近付いてくる、というか、機嫌を取ろうとしてる顔だ、これ。 付き合いも長くてひぃふぅみぃと数えてみたら八年目?くらいになっててびっくりだけど、それだけ一緒にいれば相手の顔がどんな気分の時の顔なのかなんて、大概分かってしまう。 「なぁにぃ」 でもその長い年月の中で、はっきりと恋人同士として付き合った期間が半分にも満たない事実には、悲しいかな蓋をしよう。 とにかく、今恋人同士ならいいわけだし。 オレはいつの間にか指定位置になってしまった自分のベッドの下で、ベッドを背もたれに座って野球雑誌を見ている。今年も面白い甲子園が見られればいい。 「りーお」 まるで猫の子を呼ぶように繰りかえしオレの名前を呼ぶ準サンの指定位置は、何故だかオレのベッドの上。オレが一人暮らしを始めてから、気付けば準サンの私物は所狭しと並んでいて、ベッドにもすっかり彼の匂いが付いてしまった。 「なーにーってば」 オレは雑誌から顔を上げて首を倒し、真上に被さるように覗き込んできた準サンを見返す。 「やらねぇ?」 準サンていう人は、見かけによらずやりたがりだ。パッと見は禁欲的にすら見えるのに、いざ付き合ってみれば予想外の性欲持主だった。 まぁ、嫌じゃないけどさ。 「オレ、明日体育だから嫌」 嫌じゃないけれど、受身の方はそれなりに負担が大きい。体育がある日だったり予定がある日の前夜は、正直に言えば勘弁して欲しいのが本音。ついでに言えば、オレは準サンに比べれば淡白だ。できることに越したことはないけれど、それだけが愛情の証だとも思わない。 「体育ぅ?お前、翌日部活の日だってやってたじゃねぇか」 「高校時代と比べられてもねぇ・・・年取りましたから、それなりに」 それにあの頃は、身体だけしかないと思ってたから。それだから、必死だった。彼を覚えておく手段を、身体を重ねることしか知らなかったから。 「アホ、一年かそこらだろーが」 情けないことを言うなと額を叩いてくる彼を見上げて、オレは隠す気もなく眉間に皺を寄せた。 「あのね、準サン。あんた、自分がどれだけサドか自覚あります?優しくするなんて言葉、もう信じませんからね。絶対腰痛になるか関節痛になるか、喉枯れるかだもん、今日は嫌」 丁寧に抱いてくれるのなら、一度身体を重ねるくらいオレだってどうということはない。準サンの言うとおり、それなりに鍛えてきているんだから。でも、彼のセックスは容赦ない。 「お前、マゾじゃん」 そりゃ、気持ち良いだろと言われれば、準サンとのセックスは気持ち良い。それは認める。でもだからって、いつでもどこでも痛みつけて欲しいとは思わないんだよ、オレにだって都合はある。 「あのねぇ・・・マゾにも都合はあるの、予定はあるの。とにかく明日の体育は、思い切りやりたいんだから、だーめ」 昔なら、二人の間に身体の関係しか無かった頃には、こんなことは許されなかった。オレは彼がしたいと言えば無言で足を開いて受け入れていて、彼もそれを望んでいるのだと思い込んでいた。 蓋を開けてみれば思い込んでいたのはオレだけで、準サン自身はこうしてオレが拒否しても拗ねる様に不機嫌になることはあっても怒ることは殆ど無かった。皆無、と言えないのはまぁ、彼の性格の問題だ。 「分かった。じゃあ、今日はお前が突っ込む方でいいや」 オレの手の中から雑誌を取り上げて、準サンはそれをオレの顔に被せる。そしてその上からオレの瞼に唇を落としてきた。ちくしょ、紙面の高校球児にキスしちまったじゃんか。 「・・・そこまでしたいの?」 驚いたことに、準サンはオレに組み敷かれる方も拒まなかった。オレとしては自分だって男だし、抱きたいと思うことは多々あったけど、彼の性格上絶対に無理だと思ってた。でも、あることがきっかけで準サンはオレを受け入れることについて、別に嫌悪感を抱いていないと知った。 「したい」 だから、今ではたまにこうして立場が逆転することがある。それはオレが望んだ時だったり、意外に準サンが望むこともある。まあオレだって、準サンに抱かれたいなぁとか、今日は抱きたいなぁとか思ったりするんだから、彼もそうなんだろう。そして、そうであることに喜びを感じる。 「しょーがないなー、一回だからね」 雑誌を持ち上げて床に落とす、その間に準サンはベッドに仰向けになって口元に挑発的な笑みを湛えてオレを待ってる。 したいと思うこともされたいと思うことも、相手が好きだからだ。受け入れる側も組み敷く側も、決まりなんてない。そこにあるのは、無上の愛情。 「お前、オレより若いんだからもう少し気張れ」 ベッドに上って伸び上がって、今度は直接口付ける。すぐに準サンの舌が歯列を割って入り込んできて、舌の裏側まで愛撫されてゾクゾクした。 「無理。だって準サン、どっちにしたってサドだもん」 自分が組み敷く側になったとしてもお互いの性質が変わるわけではなくて、結局オレの精神的な負担は変わらないんだけど。でもそれすら快感にすり替えてしまえるこの脳は、確実にこの人に惚れ抜いてる。 「ははっ、そんなオレが好きだろ?」 シャツを脱ぎ捨てて軽く頭を振って髪を乱した準サンに、オレも乱雑にシャツを脱ぎ捨てた。 「そりゃね、大好きですけどね」 じゃなきゃこんなに、キスして抱き締めて愛したいなんて思わない。 「よし、素直ないい子にはご褒美な」 楽しそうに笑う準サンの口を手っ取り早く恋人に許された行為で塞ぐと、耳元に寄せられた彼の指が冷えていて気持ち良かった。 「食中毒起こさない程度で、よろしく」 いつだって彼の愛情には容赦が無いから、オレは受け入れて咀嚼するのに精一杯だ。それでもそれを求めてしまうんだから、もうどうしようもない。 ベッドの上で無上の愛を振りまきながら、オレの頭の中からはいつの間にか明日の体育のことなんてすっぽり抜けてしまっていた。 設定的には「目覚めるまで」の後日談というか、同じ線上にある話です。 リバ上等な人間なので、苦手な方にはごめんなさい。 |