部活の後、着替えていた利央が何かを思い出した様子でその手を止めた。ワイシャツを羽織ったままのだらしのない格好で、ロッカーの中をごそごそと漁りだす。 「利央、何してんだ。さっさと着替えろよ」 先に着替えてもうネクタイを結ぶ段階の準太が、ロッカーに首を突っ込んだ利央の背中に眉をしかめる。 思いつくままに行動するタイプの利央は、時々そういうことをする。何かしている途中なのに、他のことが頭に浮かんでしまってそちらを優先させて、結局効率の悪いことになっていたり。 「んー、今思い出したんだもん」 やっぱり、と溜息を吐きながら準太はその背中を軽く叩く。 「後で良いだろ、まずは着替えろって」 繊細で扱いの難しい生き物である(和己談)投手の準太は、そういう無秩序な行動がどうにも気になって仕方が無い。思い出したのなら忘れないようにして、まずは途中のことを片付けてしまえば良いのにと、中等部からの長い付き合いの中で何度利央に対して思ったか知れない。 「また忘れたら困るじゃん」 利央はロッカーの中に頭を突っ込んだまま、答える。そうだ、こいつの頭はザルなんだと準太は諦めたように嘆息して、自分の着替えをまず終えることにする。 「あった!」 利央は思い出した物を見つけたのか勢い良くロッカーから頭を引き抜き、閉じかけていた扉に後頭部をぶつけて悲鳴を上げた。 一人で騒がしい奴だなと呆れていると、利央は準太の手を取って何かを握らせた。 「何だよ」 不審そうに眉を寄せた準太が掌を確認すると、そこには小さな食玩があった。よくペットボトルのおまけに付いている、珍しくは無い代物だ。 「何これ」 ただ、何故これをいきなり渡されるのか分からず、準太は目の前で得意そうな表情を浮かべている利央を見やる。ワイシャツのボタンを全く留めていない利央は、身長の伸びに付いていけてないまだ薄い胸を張って大いばりで答える。 「あげる、前集めてるって言ってたっしょ」 そう言われて改めて掌の玩具を見ると、それは確かに最近準太が集めているシリーズだった。 「しかも、出ないって言ってたやつ。こないだ出たからあげようと思ってて、忘れてたんだよねぇ」 そう言って利央は何故だか自分のことのように嬉しそうに笑って、着替えを再開する。 準太は掌の物を見下ろしながら、そういえばそんなことも言ったかなと回想にふける。 校門のすぐ側にコンビニがあって、部活後部員たちでそこに立ち寄ることは少なくない。その中で以前、準太は丁度この食玩集めに嵌っていて、その話をした覚えはある。なかなか出ない種類があるんだと、話題の一つとして流しただけだったけれど。 「お前、これわざわざ買ったの」 準太は無意識に緩んでいる頬に気付かず、利央の横顔を見ると彼の頬がほんのり色付いた。 「別に、わざわざそれ目当てに買ったわけじゃないよ。偶々飲みたくなってそれ買って、見たら準サンが言ってたやつっぽかったから、あーあげようかなーって思っただけ」 こちらの方は見ずに着替えを続ける利央のその照れたような態度に、準太はいつもの様に悪戯心が刺激される。 「炭酸好きじゃねぇのに?」 この食玩がおまけに付いていたのは炭酸飲料で、彼が昔から炭酸をあまり好まないことは長い付き合いの中で当然把握している。 「たまには飲みたくなるんだってえ」 顔を向けなくても準太が笑っていることは分かるのか、利央の声は憮然としたものになる。けれどそれは怒りではなく単なる羞恥からくるものだと準太には分かるから、彼はただおかしくて仕方無い。 「へーえ、珍しいこともあるもんだなぁ」 コンビにで、買おうかどうしようか迷った挙句、結局苦手な炭酸飲料のペットボトルに手を伸ばした利央を想像すると、何だかおかしい。 それはからかいたくなるのと同時に、何だか身体のどこかをくすぐられたかのようなおかしさだった。 「うっさいなぁ、いらないなら返してよ」 唇を尖らせて首にネクタイをだらしなく垂らしたままの利央が、振り向いてこちらに向かって手を出す。準太はその身長に見合って大きな掌をしばらく見つめた後で、その食玩を手の内に握りこんだ。 「やだね。一度やったモンを返せなんて、ケチくせぇこと言ってんな。仕方ねぇから、部屋に飾っといてやるよ」 そう言うと利央は、ふぅんと不満気ながらも嬉しそうに鼻を鳴らしてネクタイに手をかける。準太は握っていた食玩をとっくに着替え終えた制服のポケットに突っ込んで、その手を利央のネクタイに伸ばす。 「何ぃ?」 不思議そうな顔をしながらもされるがまま自分の手を脇に下げ、利央は準太の手がネクタイを結んでいくのをただ見下ろした。 「一応、お礼」 お前不器用だから、と付け足しながらシュルシュルとネクタイを結んでいく準太に、お礼になってないよ失礼だよと言いながらも利央は大人しく立っていた。 そんな利央の胸元に視線を落しながら、準太はこらえきれない笑いを噛み殺していた。 本当は、少し前にあの種類を先輩である慎吾にもらってしまっているのだ。 けれど、この後輩にはそのことは秘密にしておこうと準太は思う。実際は中身は誰かに上げてしまったかもしれないけれど、準太の為に苦手な炭酸まで買ったのにと、むくれるだろうから。 部屋に帰ったら慎吾から貰ったやつの隣に、ちゃんとこいつからの物も飾ってやろうと準太は勢い良く利央のネクタイを結んだ。 「ぐえ」 勢いが付きすぎて締まった喉に苦しげな呻き声を上げながらも、利央もまた緩みそうになる頬を必死で堪えていた。 本当は、彼が既に慎吾から目当てのものをもらってしまっていることを利央も知っていた。 今朝準太にあげようと思って取り出したそれを見て、慎吾本人がこの間同じ物を準太に譲ってやったと言ったのだ。 それを聞いて、じゃあ自分の物はもういらないのかとがっかりした利央は、一瞬でそれを渡す気がなくなってしまった。 別に、わざわざその種類を当てる為にいくつも買ったわけではなくて、偶々当たったのであげようかと思っただけだったから、そんなに損をしているわけでもない。確かに普段買わないような製品に思わず目が留まってしまったのは、もし当たったら準太が喜ぶかなと、期待した部分はあったけれど。 けれどそんな食玩一つ、同じ物を渡されても大して彼は喜ばないだろう。誰から貰おうと、もう既に手には入っているのなら二つダブることは寧ろ煩わしいかもしれない。 そう思ってそれをゴミ箱へ持って行きかけた利央を止めたのは、他ならない慎吾だった。 『もったいねえ、捨てることねぇじゃねぇか』 そう言った彼に、自分が欲しくて買ったわけでは無いから持っていても仕方無いと言うと、慎吾は何故だか満面の笑みを浮かべて渡せばいいじゃんと言った。 『ぜってえ断らねぇから、準太は。オレからもう貰ってるからいらねぇなんて言わねぇよ、賭けても良いぜ』 半信半疑で、じゃあもし断られたら何か奢ってくれと約束までして、利央はそれをまた鞄にしまったのだ。 そして結局、慎吾の言うとおりそれは準太のポケットに収まってしまった。 「ありがと」 嬉しくて思わず微笑みながらネクタイのお礼を言うと、準太も珍しく微笑みながら軽く利央の肩を叩いた。 「おう、こちらこそな」 そんなほのぼのとしたやり取りを少し距離をもって眺めていたのは、双方の事情を知っている慎吾。 「どうした慎吾、楽しそうだな」 その隣では、全く事情を知らない和己がにやける慎吾に怪訝そうな目を向ける。 「いやぁ、愛だねぇと思ってな」 「はぁ?」 深く眉間に皺を寄せた友人を尻目に、慎吾はその後しばらく準太と利央を眺めて笑っていた。 うん、こういうのがやっぱり楽だ!!駆け引きとか複雑な人間関係とか、そんなものは抜きにしてイチャこいてりゃいいんだよ、準太と利央はよお!! お互い、無自覚な時が一番ラブラブなんじゃないでしょうか彼らは。きっと自覚しちゃうと一気に羞恥心が沸いてきて、(特に準太は)素直になれないんだ・・・可哀相な利央(お前の頭も可哀相だ。 こういうまたーりした話は、とても楽しいです。 |