部室で和己が部誌を書いている傍らで、準太は少年誌を読み利央はそれを横から覗き込んでいた。 「利央、邪魔」 準太が肘で利央の身体を押しのけようとすると、彼は抵抗して身を捩る。 「準サン、俺そこまだ読んでないって!」 そんなこと知るかと吐き捨てページを捲る準太に、酷い酷いと喚く利央。何秒もしない内にそれを準太が煩いと叩き倒す。 そんな2人の相変わらずのじゃれあいに、和己は思わず手を止めて目を細めた。 「お前ら、変わらないなぁ」 中等部の頃から、準太が利央をからかい利央が準太に食って掛かり、それを和己がやんわりと諌める。その繰り返しだ。よく飽きないなと自分でも思うことがあるが、これがこの三人の一番バランスの取れた形なのだろう。 「複数形にしないでよ、和サン。オレは準サンより成長しました・・・タタタ!痛いってぇ!」 「んな偉そうな口を利くのはどの口だ?あぁ?」 読んでいた雑誌を机の上に伏せて、準太が利央の耳を左右に引っ張る。耳朶が真っ赤になる頃にようやく手を離してもらえた利央は、避難するように準太の隣から和己の一つ空けた真ん中の席へ移動する。 和己のすぐ隣に座らないのは、和サンの隣に座るのは百年早ェと準太に怒られたことがあるからだ。 「準サン、酷ェ・・」 目に涙を溜めながら耳をさする利央に和己が手を伸ばして頭を軽く撫でてやると、彼は照れたように笑い準太は不機嫌そうに眉をしかめた。 「もう少しだから、大人しく待ってろよ」 どちらに向けてでもなくそう言うと、準太は再び雑誌を手に取り利央は机の上に寝そべるようにして上体を倒す。 そのまま眠りそうに瞼を半分程閉じながら、利央は部誌の上を滑っていくシャープペンを握る和己の手をぼんやり見ていた。 暫く部室の中には紙の上を走るペン先の音とページの捲れる音しかしなかったが、不意に利央が眠そうな声でぼんやりと口を開いた。 「オレ、もう一年早く生まれたかったなァ」 両腕に顔を埋めながら、利央は意外にはっきりと開いた目で和己を見上げる。 「どうした、急に」 「何だよ、突然」 ほぼ同時に手を止めた先輩2人に、利央は腕の中に顎を埋めたまま顔を準太の方に向ける。 「だってサァ、そしたらオレ和サンと二年も一緒にできたのにサァ」 間延びしたどこかだれた口調は利央の癖で、準太によく注意をされている。はっきりしっかり話せと言われる度に、彼はだって眠いんだと答えた。 利央がはっきりしっかり喋るのは大抵部活の最中だけで、ということは彼は部活以外では常に眠気を感じているらしい。それだけ彼は野球が好きだった、準太と和己とやる野球が好きだった。 だから、準太と同じ学年ならば一年長く和己と野球ができるのになぁと、今急にそんなことを思ったのだった。 「しかも和サン秋には引退じゃんか、オレ半年位しか一緒にできないんだよねェ、いっつも。中等部の頃と合わせてやっと一年だよ?ずるくない?」 準太も丸二年共に居られるわけではないが、それでもやはり利央より一年多い。そしてそれは中等部から数えれば、二年も余分に準太は和己と野球をしているのだ。 不公平だ、と唇を尖らせる利央に和己は何だかむず痒い気持ちになる。こんなにもストレートに慕われると、長い付き合いの中で慣れてはきたもののやはり照れる。 「それならいっそ同じ学年だったら、全部一緒だったのになぁ」 照れ隠しのように鷹揚に笑うと、利央は和己の方に顔を向けて何か考え込む表情をした。そしてその向こうで、今度は準太がそれはずるいと言い出した。 「そしたら、オレが和サンと野球できる期間が短いじゃないっすか。それはずるいっス」 ならば三人で同じ学年だったらどうだろうと言いかけて、和己は思いとどまった。この三人が同じ学年だったら、今ほどに仲が良かっただろうか。 和己が準太を、準太が利央を後輩として面倒を見る。そして利央が準太を、準太が和己を、そして2人が和己を慕う。そういう構図だからこそ、この三人はバランスを取ってきたのではないだろうか。 ふとそんなことを思い、和己は三人全てが同じ学年だったならと言うのを止めた。自分が最年長だからこそ、この後輩2人を可愛がることができるのだ。 「でも、オレが和サンと同じ学年だったらサァ、オレ、一生正捕手になれない気がすんだよねェ」 利央が考え込んでいた視線を上げて、拗ねたように和己を見上げてきた。 確かに今利央は控えの捕手だが、それはどうあっても埋めようの無い経験の差故であって、何も捕手として利央の方が格下だからという理由ではないと言いかけた和己を、準太の笑い声が遮った。 「ハハハハ!!そりゃそうだ。分かってんなぁ、利央」 「準サン!」 準太の遠慮の無い言葉に、利央は膨れっ面になる。そこはフォローをしてくれてもいいじゃないかと訴えると、は?何で?と素で返されてますます利央の眉間に皺が寄った。 「こらこら、そんなこと無いだろう。そりゃオレだってやすやすと正捕手の座を譲る気は無いけどな、利央が同じ学年だったら、分からないぞ」 すると利央は嬉しそうに破顔して、猫のように身体を起こして背伸びをした。 「いい人だよねぇ、和サンはさぁ」 今の自分が和己のレベルにはまだ遠いことを、利央はきちんと理解している。準太をリードして試合の流れを読んで投球させることがどんなに難しいか、よく分かっている。 それでも彼は、自分を買ってくれているのだ。それをヒシヒシと感じて、利央は早くその期待に応えたいと思う。秋までの半年で、どれだけ成長して見せられるだろうか。 「いい人すぎっすよ。このアホにそんな気ィ使わなくてもいいのに」 半年で準太が自分を全面に信用して投球してくれるようになるのかということが、一番でかい目標だよなと、利央は渋面で彼を見やった。今のところ彼の中での自分は、捕手としてよりも面倒を見てやらなければならない後輩としての方がより大きく占めているだろう。 「アホって言うな。もー、話がずれるから準サン黙っててよ」 すると準太は読んでいた雑誌を振りかぶり、利央の後頭部を思い切り殴った。 「りお君、生意気ー」 物凄く痛くは無いが、それなりに痛みを感じて悲鳴を上げると、準太は満足気に口端を上げる。つくづく彼は自分に対してはいじめっ子体質だと口を尖らせたが、これに乗ってしまっては話が本格的にずれると思い、利央は頭をさするだけで我慢した。 「だから、オレが言いたかったのは。同じ学年じゃ正捕手になれないなんてことは、メインじゃなくて。オレ和サンに指導してもらうの好きだからサァ、同じ学年よりは後輩がいいなァって話をしたかったの!」 準サンのせいで台無し!と睨み付けてくる後輩に準太がもう一度雑誌を振りかぶると、利央は咄嗟に頭を抱えた。 「本当に殴るかばーか」 「性格悪い!」 舌を出して笑う準太に、利央も歯をむき出してイーッと返す。 そんな子どもの様な2人の後輩のやりとりを穏やかな気持ちで見守りながら、和己はじんわりと心が温まるのを感じた。 「そうかぁ、それは嬉しいなぁ」 自分の指導を慕ってくれるというのは、嬉しいことだ。そして利央は自分の指導にきちんと応えてくれる実力を持っているから、尚更だ。 「だから、せめて準サンと同じ学年なら良かったなぁって」 そう言って笑う利央の頬は僅かに赤くて、言ってる本人もそれなり恥ずかしいらしいと和己は苦笑する。 「利央がオレと同じ学年ネェ・・・」 準太は暫し考えるように視線を彷徨わせ、それは嫌かもしれないという結論に至る。 ただでさえ、利央は和己と同じポジションということでよく面倒を見てもらっているのだ。それに加えて準太と同じ学年にだったら、もっと即戦力として鍛えようとますます彼は利央に構うかもしれない。 それは嫌だな、とはっきり思う。和己に指導されるのが好きなのは、何も利央だけではない。自分だって、和己とバッテリーを組んで練習をして試合をするのが大好きだ。 それに。 「そんな真剣に考えるなよ、もしもの話なんだから」 考え込んでしまった準太は、和己の声で我に返った。和己は笑って、書き終えたらしい部誌を閉じる。 帰ろうかと促す彼に従って、準太は雑誌を適当に放り出して立ち上がった。そしてそれを利央が拾い、帰ってゆっくり読むと鞄にしまった。 「お前ねぇ、鞄の中綺麗にしたら?」 教科書もユニフォームも入ればいいとばかりにつっこんである利央の鞄の中身が垣間見え、準太は呆れた声でため息を吐いた。 和己は几帳面だし、準太も和己ほどではないがそこそこ整える性格なので、どうして2人を見てきたこの後輩だけがズボラなのかと首を捻ってしまう。 「入ればいいの、重さは変わらないんだから」 妙に最もなことを言いながら苦労してチャックを閉める様子に、だから整理して入れれば楽に閉まるのにと胸中で嘆息すると、隣で和己も苦笑を浮かべていた。 「さて、帰るか」 和己が鍵を閉める様子を背後で見守りながら、準太は隣でやはり眠そうに立つ後輩を眺める。身長だけは伸び続けている後輩に、それ以上伸びるなと牽制したのは大分前だ。その言いつけを守らず伸び続けているらしい彼は、部内一でかくなるのではないかと時折思う。彼の兄も、また大きいからだ。 「入れ物ばっかでかくてもなぁ」 諦めたようなその口調に、何のことだと怪訝そうに首を傾げる後輩を無視して、準太は和己の後を追った。 和己と分かれて準太と二人になった時、利央はのんびりと歩きながら空を見上げた。 冬に比べると大分日が長くなってきたようで、西の果てはまだうっすらとピンクとも紫ともつかない色をしている。 「ねえ、準サン」 ダラダラと歩く利央を置いていくように先を歩いていた準太は、返事だけを返して振り返らない。闇に溶けそうなくらい黒いその髪に触れたい衝動に駆られながら、利央はアスファルトを軽く蹴った。 「和サンが二年も上なのは仕方ないけどサァ、でもせめて準サンと和サンが逆じゃなくて良かったよ、オレ」 とっくに終わっていたと思っていた話題を蒸し返され、今更まだ言うことがあるのかと首だけを巡らせると、外灯に照らされた利央の肌が一層白く見えた。 クォーター位に血が混じっているという利央は、他の部員よりも肌が白い。そして日に焼けにくい体質なのか、夏でも赤くなるだけで大して黒くならなかった。 「何で」 和己がいなくなると準太はぶっきらぼうさが増して表情も大人びる、と利央は常々思っている。それはきっと、後輩としての高瀬準太がいなくなるからだ。 「準サンとの方が長くいられるから」 その方がオレは嬉しいよ、と笑う利央は、和己が居るときよりも確信犯的だ。けれどずっと、準太を惹き付ける笑みだ。それはきっと、利央にとって自分が先輩として以上の存在だからだと知っている。 「ばーか」 準太は踵を返して、色素の薄い髪に指を絡ませた。 「オレも、今のままでいいよ」 利央が自分と同じ学年だったなら、こんな風に髪に指を絡ませることすら躊躇しただろう。後輩にする行為だと思うからこそ、できることが多々ある。 それが本当は、後輩に対して以上の意味を持っていたとしても。 「お前は、オレの下で泣いてりゃいいの」 後輩だからこそ、頭を撫でて可愛がったり叩き倒してからかったりできる。後輩の利央に構うことが、準太は好きなのだった。 髪に触れる指に気持ち良さそうに目を細めながら、利央は目元を染めて笑った。 「準サンさぁ、今の台詞エロいね」 利央の言う意味に一拍置いてから気付いて、準太は口角を上げてその顎を引き寄せて、 「んなふうに聞こえるのは、お前がエロガキだからだろ」 目の端で誰もいないことを確認してから、その形の良い唇を塞いだ。 なんとなく、自分らしい話ができました。準太も利央も和己が大好きで、尊敬してるんです。でも2人になると、和己を交えてる時とはまた違う雰囲気で。 甘い、かな?ちゃんと利央が報われてます(笑。 2人きりだと、準太はS度も甘度もアップするといい(どんなだよ。 |