ある日の部活の帰り道、準太は隣を歩く利央の肩の位置が記憶よりも上に上がってきていることに気付いた。 「利央、お前今身長何センチ」 唐突なその質問に彼は不思議そうな顔をしながら、この春に計った時の数値を自信なさ気に口にする。その数値は案の定準太が記憶しているよりも伸びていて、準太は何となく面白くない。 中等部で初めて会った頃には、本当にキャッチャーが務まるのかと心配になるくらい細い身体をしていたくせに。その細さは多分、利央の外見上のイメージ分も上乗せされていたのだろうけれど、あの頃の利央は私服でいると女子に間違えられそうなところすらあった。 「いきなり何?準サン」 それが今では、相変わらず整った日本人離れした顔つきをしているけれど、もう女に見間違うことはないんじゃいかという位に肩はがっしりとしてきた。 「昔は可愛かったのになぁ・・・」 「ハァ!?」 しみじみと利央を眺めてから盛大に溜息を吐いた準太に、利央は思い切り眉をしかめる。いきなり身長を聞いてきた挙句、可愛かったとは何事だ。 「あのねぇ、準サン。オレ男だよ?可愛い時期なんてあるわけないじゃん」 呆れたように言い返してくる利央は、過去の自分も含めて己の容姿に興味が無い。準太だって自分の顔の造作がどうのこうのという興味は無いが、それでも利央くらい目立つ容姿については色々と思うことだってあった。 「可愛かったって。休みの日とか偶にナンパされてたじゃん、お前」 ショートカットのボーイッシュな女の子程度には見えた昔の利央は、準太と出かけていたときに何度かナンパらしきものに遭遇していた。 それを思い出したのか、利央は不快そうに口を歪める。 準太は不機嫌になった利央に構わず、幼い顔をして準太の名を呼びながら後ろを追いかけてきた過去の利央に思いを馳せた。 「昔は、準サン準サンて可愛かったのになぁ・・・」 出会った当初は生意気で気に入らないガキだと思ったこともあったが、利央が自分に憧れて桐青を選んだという話を聞いてやや和解してからは、何だかんだと言いながら懐いてくるその小さな後輩が可愛いと思っていたのは事実だ。 「今だってオレは準サン好きだよ」 憮然とした表情で言ってくる利央は、確かに態度は昔と変わらずによく準太を追いかけている。その色素の薄いくせっ毛も長い睫毛も薄い色の瞳も何一つ変わっていないけれど、準太は今の利央をしげしげと見やって嘆息した。 「可愛くない」 その余りに素っ気無い言い方に、さすがの利央もムッとする。 女の様だった自分が良かったのか、この先輩は。そりゃ昔に比べれば身長も伸びたし筋肉も付いたし、男っぽくなってきてはいると思うけれど、そもそも自分は初めから男だ。 「ちょっと、準サン」 さすがに文句の一つも言いたくなって口を開いた利央だったが、それを遮るように吐き出された準太の言葉に彼は文句を飲み込んで硬直した。 「利央、お前それ以上可愛くなくなったら捨てるからな」 利央はきょとんとした表情で準太の言葉を受け取り、たっぷり五秒はかかってからその意味を理解した。 「ええぇぇぇ!?」 身長が伸びた位で捨てられるとは何とも理不尽ではないだろうかと思った利央だったが、それよりも準太に捨てられることの方が大問題だったので、自分の言葉の重要性に全く気付かず月を見上げる準太に利央は頭を抱えたくなった。 桐青野球部は、上下関係も厳しくなく仲が良い。先輩はよく後輩の面倒を見るし、後輩もよく先輩を頼っている。それは何も部活のことだけでなく勉強のことから恋愛のことから、果ては思春期真っ盛り故の悩みまで様々にお打ち明けられる相手の見つかる良い部活だと言えるだろう。 その上部活内恋愛で同性愛のことすら相談できる先輩が得られる部活など、貴重極まりない。 「て、言われたんすけど、成長止める方法って無いですかねぇ・・・」 利央は部活開始の大分前に部室に来て、今までも何度か相談に乗ってもらっていた慎吾に先日準太に言われたことを相談していた。 利央が準太のことで何だかんだと騒いでいるのは既に日常的なことなので、慎吾は大して驚きもせずに野球雑誌を捲りながら軽く答える。 「ないだろ」 どこか外国に、足を大きくさせないために女性に小さい靴しか履かせなかった歴史を持つ所もあるらしいが、さすがに身長そのものはどうしようもあるまい。 「そんなあっさり言わないでよ、慎吾サン!このまままじゃオレ、捨てられる!」 折角ここまできたのに!と叫びながら机に突っ伏す利央に、どこまで来てるのかは敢えて問わずに慎吾は雑誌から目を上げる。 慎吾は高等部から桐青に入ったので、準太の言うところの中等部の頃の可愛い利央というものは知らない。ただ彼が高等部に入学しきた時、自分の友人でもあり利央を昔から知ってもいる和己が感慨深げに、でかくなったなぁと言っていたところからすると、本気で目の前の後輩は可愛かったのだろう。 確かに、色素の薄い髪と日に透けそうな肌と大きな瞳に堀の深い顔立ちからは、幼い頃はさぞかし外国の映画に出て来る子供みたいに可愛かったのかもしれないなと思わせる。 けれど、いくら可愛くても成長していくのはどうしようもない。それに、本人もまたごつくなるのが嫌だと言っているならばともかく、利央自身は自分の容姿にさほど興味も無さそうなので、それでいいじゃないかと投げやり気味に思った。 「いいじゃん、可愛いなんて言われてもお前は嬉しくないんだろ?」 すると利央は素直に首を縦に振ったが、でも、と腕をだらりと下げて顎だけを机に乗せながら頬を膨らませた。 「準サンが、可愛い方がいいって言うんだもん」 準太が望むのならば成長さえ止めたいと願うらしい利央の、その盲目的な愛情がどこから出てくるのか慎吾には全く理解不能だ。 しかしそれを尋ねると延々準太の素晴らしさとやらを語られそうなのでそこには触れずに、恋とはそういうものだろうと無理矢理自分を納得させる。 そして、恋という単語に思わず笑みが浮かんだ。 「なにィ?慎吾さん、ニヤニヤして気持ち悪い」 「うるせーな」 準太も利央も男で、世間では二人は所謂ホモと言われる存在だ。慎吾だって、この二人がそういう関係だと気付くまでは冗談でネタにするならまだしも、真剣にホモなんて気持ち悪いと思っていたし、彼らが本気で恋愛しているなんてとどこか馬鹿にした感情を持っていたりもした。 しかし、自分なりに可愛がっている後輩二人がそうなのだと気付いた時には、多少の驚きこそあれ、嫌悪感は意外に少なかった。 利央は呆れるくらいに無邪気に準太に好きだと態度で言葉で告げていたし、準太は準太で多少苛めの要素は含まれているものの、それなりに利央を見ているようだったから。 何だ、こいつらそうなのかと、その程度にしか思わなかった。 そして今、準太に嫌われたくないとそれだけを繰り返して呻く利央の姿に、健気過ぎて笑えてくる。 「お前、ほんっと準太好きだよな」 利央位の容姿ならばそれこそ女子なんて選び放題だろうに、彼は準太がいいんだと頑なに追いかけていく。 「うん、好きだよ」 机に頬をくっつけて柔らかい髪先を僅かに広げて呟く利央の口調は、弛緩しきったしまりの無いものだったけれど、それがまたそれだけ自然体で準太を好きなのだなぁと慎吾に思わせて、何だか面映くなる。 何というか、準太がこの後輩を苛めてしまうのも判る気がする。ストレートすぎて素直すぎて、こんな真っ直ぐな好意を向けられればそれは恥ずかしくて照れ臭いだろう。思わず突付いてしまうのも頷ける。 だからといって、慎吾は利央に対してからかう以上のことをしたいとは思わないけれど。 (そういやこいつらって、ヤってんのかな) コイビトドウシというものではあるらしいが、この目の前でふて腐れた子どもの様な表情をしている利央と、涼しげな目元をしているくせに実は結構笑い上戸で、ちょっとしたお遊びにも付き合ってくれる準太が、ベッドであれこれする姿というのは想像しにくく、また想像したくないことだったので慎吾は浮かんだ疑問を無理矢理また胸の内に沈めた。 「ねー、慎吾さんてば。オレどうしたらいいと思うー?」 先輩に対して敬語を使うことが苦手らしい後輩は、それが許されてしまうくらいのキャラクターだ。野球と準太に対しては一生懸命なくせにそれ以外のことには殆どエネルギーを使わないせいか成績は良くないし、一般常識や一般教養といったものにも疎く、そこに付け込まれてよく部員にからかわれている。 本人はそれについて色々と文句をつけているが、それは裏返せばそれだけ利央が親しみやすく可愛がりたくなる人間だという証で。 「どうしたらってなー・・・」 今も、唇を尖らせて頬を膨らませながら、話半分に聞いている慎吾を恨めしげに睨め上げてくるその表情は、幼い子供のようで思わずその柔らかそうな頬を突付いてやりたくなる。 その表情を頬杖を付いて見下ろしていた慎吾は、ふとある結論に思い至って噴出した。 「え、何ィ?」 怪訝そうに眉を顰めた利央に、慎吾は笑いながら大丈夫だってと彼を宥めた。 「別に、可愛くなるなってのが身長伸ばすなってことじゃないだろ?」 慎吾の言っている意味が分からないとますます首を傾げる彼に、頬杖を付いていた手を伸ばしてその髪を掻き混ぜた。 「そういうことで一々悩んじゃってる辺りが、既に可愛らしいのよねーってこと」 わざとらしくふざけた口調で言いながら、乱暴に利央の金茶の髪をガシガシと乱す。 「ちょ、やめてよ慎吾サン!!」 普段から収まりの付かない癖毛を持て余している利央は、更にその広がりを増長させるような慎吾の手の動きにがばっと身を起こしてその手を払った。 慎吾は払われた手を気にも留めずに、ただ楽しげに笑う。 「なんなのー?」 意味が分からないといった表情で乱れた髪を直しもせずに利央が首を傾げたところに、ガヤガヤと部室の外が賑やかになって部員達が顔を出した。 「おー、早いなお前ら」 筆頭は和己で、既にユニフォーム姿でいる二人に目を丸くする。 慎吾はHR、利央は掃除当番をサボったことは秘密にして曖昧に笑って誤魔化していると、和己の後から姿を現した準太が利央の頭を見るなり笑い出した。 「利央、お前頭凄いぞ」 「これは慎吾サンがさぁ!」 恨みがましい目を向けてくる利央を無視して、慎吾は入ってくる部員達と挨拶を交わしている。 人が真剣に相談した結果がこれかと不機嫌になりながら慎吾を睨みつけている利央に、準太はロッカーの前に荷物を置いてからその乱れた髪に指を絡めた。 そして椅子に座る利央を目を細めて見下ろしながら、あちこちに跳ねた髪を撫で付けてやる。 「ただでさえ、鬱陶しいのになぁ」 梅雨時期は特になと軽口を叩きながらもその指先は丁寧で、その程度の準太の口の悪さならばすっかり慣れている利央は、言葉よりも指先の気持ち良さに喉を鳴らしそうな表情を浮かべた。 「しょーがねーじゃん、地毛なんだから」 言い返すことは忘れずに、それでもされるがままになっている利央と、しょうがねぇだのだらしが無いだのと文句を付けながらも髪を梳いてやっている準太の姿を横目に映しながら、慎吾はほらな、と胸中でひとりごちる。 (お前がそうやって準太に尻尾を振る限りは、準太はお前を捨てねぇよ) 利央の身長が伸びていくことが気に入らないというのも、おそらくは準太の本心だろうけれど。けれど、野球部員全体の愛すべき玩具、もといマスコット的な利央がそのままの彼でいる限りは、きっと準太は彼を手放しはしないだろう。 実のところ、誰よりも利央をからかい遊んで構い倒すのことが好きなのは、準太自身なのだから。 和サンの登場シーンが、軒並み慎吾サンによって侵食されています。大変だ!! 利央がストレートに物凄く準サンが好きで、準サンは利央には分からないところで彼が好きだという理想形を、何とか形にしようと四苦八苦中です。 準サンが分かりやすく利央に惚れまくってるよりは、利央が「もしかして愛されてないんじゃ・・・」位の分かりにくさで利央に惚れてるのが好きなんですけど! 自分が利央好き過ぎて、準サンにまで影響を及ぼしています・・・くそぅ。 |