そりゃ、最初に好きなったのはこっちだし、告白したのもオレだ。 『準サン、オレ、あんたのこと好きなんスけど』 後輩としてじゃなくてなんてわざわざ言わなくたって、オレの顔は真っ赤だったろうから準サンにはすぐに分かったと思う。 でも準サンは否定するんでも無ければ肯定するんでも無く、いつもオレに向けている少し意地悪そうな笑い方で聞き返しただけだった。 『で?付き合いたいとかそういう話?』 絶対に瞬殺の勢いで断られると思ってたオレは、その言葉でだけで何だか舞い上がってしまって、思いっきり首を縦に振った。 『ふうん・・・』 そしたら準サンはそう言っただけで、後は何も言ってくれなかった。 でもその日から帰りは大体一緒に帰ってくれたし、数少ない休みにも遊んでくれた。オレはそれだけで有頂天で、全く気付いてなかったんだ。 おめでたいよな、オレって。 いつだって準サンは”してくれる”だけで、オレは”付き合ってもらってる”立場なんだって暫く気付かなかった。 気付いたときは、阿呆だと言われ続けてるオレでもさすがに愕然としたね。だって準サン、オレへの告白に返事なんてしてくれてなかったんだ。 桐青学園高等部の野球部は仲が良い。大部分が中等部からの繰り上がり組だから、既に気心が知れているというのもあるけれど、高等部からの編入組も差別無く溶け込んでる。 部活の後に軽く何かを食べに行くのも日常的なことだったし、帰りに方向の同じ部員同士でつるんで帰るのもほぼ当たり前。 そう考えると、今自分とその隣と歩いてる先輩との関係が、ごく当たり前の部員同士の範囲内に収まりきってしまうものだとつくづく思い知らされ、利央は無意識に溜息を漏らした。 すると、のんびり歩いていた準太がこちらを振り返る。日が長くなったとはいえ部活の後では道路の光源は外灯と家から漏れる灯りだけで、彼の顔には昼間よりも濃い影が落ちていた。 「何だよ、暗いな。オレが一緒に帰ってやってるってのに、何が不満なんだ?」 揶揄するような口調も台詞も中等部時代から変わらないものだから、今更そんな準太に傷ついたりすることも無いけれど、何も変わらないということがまた切ないのは確かだ。 「べっつにー、何でも無いっス」 日頃から感情豊かな利央の顔には、隠し切れない不満がありありと浮かんでいる。膨れて見える頬を突いてみたいという欲求に、準太は正直に従うことにした。 「なぁにを拗ねてるんだー?りおうくんはー?」 わざとらしい口調に思い切り眉をしかめて手を払ってくる利央が面白くて、準太はクスクスと実に楽しそうに笑う。彼は中学時代から、投球と利央をからかうことには常に全力で、前者はともかく後者は甚だ迷惑だと利央は常に訴えているが、それが受理されたことは一度も無い。 「子ども扱いすんの止めて下さいってば。オレはこんな人のどこが好きなんだろうって考えてたら、暗くなったんスよ」 最近よく考えることだった。何で自分は、こんな意地悪で身勝手でよく分からない人に惚れてしまったんだろう。というか、そもそも自分は本当にこの人に惚れていたんだろうか、今も惚れてるんだろうか。単なる先輩としての、憧れを勘違いしてうっかり告白してしまっただけじゃないのか。 そうならば、どれだけいいだろうと思う。 「へぇ、それは是非拝聴したいね。あ、拝聴って分かるか?聞くって意味だぞ」 「準サン・・・」 まるきり阿呆扱いしてくることに腹が立ったが、実際分からなかったので反論も出来ずに利央はただ準太を睨み付けた。 その表情がまたお気に召したらしく、彼は早く教えろと肘で促してくる。 (自分のどこが好きかを聞きたいなんて、悪趣味だ) 自分がそんなことを言われたら、絶対照れてしまって嫌だと思うのに。 (あ、でも、準サンがそんなこと言うわけないのか) そもそも彼が自分を好きかどうかすら、利央は知らないのだ。 そう考えると何だかまた溜息が漏れそうになったので、利央は気を取り直して俯きかけた顔を上げて準太の要望に応えることにした。 「どこっすかねー。まず投球してるとこは好きっス。そん時の真剣な顔とかフォームとか、マジ綺麗。試合中でも練習中でも好き。早く真正面で受けてみたい」 そもそも、彼に目を奪われたのはそれがきっかけだったから。もう本物を見なくてもリアルに思い浮かべることが出来るくらい、彼の投球を見てきた。 「和サンがいる限りはねぇよ」 利央の言葉を鼻で笑いながら、準太は悪い気はしなかった。一番好きなことをしている自分を誉められることに、不快感を覚える人間はいないだろう。 準太の言葉に多少鼻に皺を寄せながらも、利央は指折り数えて他の点を上げていく。 「後ねー・・・顔?それからー・・・意外に面倒見はいいっスよね、オレには意地悪だけど。意地悪っていうか、根性悪いっスよ準サン。オレ以外には大抵優しいのに、何でオレには意地悪なわけ?あ、いい、答えないで。こないだ聞いてそういえば凹んだから」 準太が自分以外にには優しいのは、”愛があるから”だという理由を聞いてかなり凹んだのはついこの間だ。 口を開きかけた準太は利央の制止にそれを閉じて、何だか煩悶し始めた後輩を楽しそうに眺める。 「うわ、そう考えるとなんでオレ、準サンが好きなんだ?人のこと阿呆扱いしかしないし、子ども扱いするし、意地悪だしいじめっ子だし、オレか和サンが言わないとキャッチしてくれないし。寧ろ和サンが言わないとしてくれないっスよね。ああーーっ、オレってもしかして不幸!?ねえ、どう思う!?」 どう思うと原因である本人に尋ねる時点で、まず阿呆なことは決定だろうと答えてやると、利央はその場に膝を崩して蹲ってしまった。 部活動具と勉強道具を含んだ荷物は、ドサリと大きな音を立ててアスファルトに腰を据える。 「あぁもう・・・好きな人には報われないし、正捕手になるにはでっかい壁があるしなぁ。もう、オレ本当に苦労人だよね」 でかい壁と言うのは勿論主将でもある和己のことで、そういう目標があること自体は嬉しいだろう。いくらでも練習してやろうという気になるだろうし、そのお陰で利央は一年ながらに試合ではベンチ入りを果たしている。 利央の練習熱心さは誰もが認めるところで、それだけは準太も素直に誉めてやるところだ。 「苦労人ねぇ・・・じゃあ、そんな利央君に素敵なプレゼント?」 座り込んだ利央を見下ろしながら、準太はふいに自分の鞄の中身を思い出した。そして、それを出してやったらどういう反応をするだろうという、単純な好奇心から彼は鞄を下ろした。 何だと顔を上げる利央の瞳は心なしか潤んでいて、よく泣ける奴だなぁと苦笑しながらそれを探す。 こんな往来で邪魔になるかとも考えたが、夕方をとっくに過ぎた道路には人の姿も自動車の気配も無かったし、バス通りでもないから平気だろう。 重たい鞄の中を大分引っ掻き回して、外灯の灯りを頼りにそれを引っ張り出す。大分前に受け取っておいて忘れていた代物だったので、すっかりしわくちゃになってはいたが破れてはいなかった。 「ほい、これ」 「・・・・何、これ」 しゃがんだ姿勢の2人の間に出現したのは、一通の封書だった。何の変哲も無いその封書は、けれど可愛らしいキャラクターが描かれているのと、宛先を記した字の雰囲気で女の子が書いたものだと分かった。 しかも宛先は”利央君へ”となっている。 怪訝そうに眉根を寄せる利央に、準太はそれがさぁと間延びした緊張感の無い声音で答える。 「大分前に預かってたんだよな、クラスの女子に。渡すの忘れてた。お前、年上にもてるんだよ結構」 良かったなと笑われて、利央は頭に血が上った。 浮かびかけていた涙なんて瞬時に干上がるくらいに、体温が上昇したのが分かった。 「ふざけんな」 きょとんとしていた利央の表情が一瞬強張って、そして怒りの表情に変わった。その一連の変化を見ても、準太は気付かなかった。 自分が、計り間違えたことに。 「?どうした、りお・・」 零れかけた言葉は、利央が乱暴にその手紙を彼の手から奪い取ったことで遮られた。 利央は手紙を力いっぱい握り潰しながら、準太を射抜くように睨み付けた。目に熱が篭るのを感じたが、涙は零れなかった。 「あんた、オレの事なんだと思ってんの?何であんたがオレに、他の奴からの手紙なんて渡すの?それがどういうことか、準サン分かってやってんの?そんなに、オレを苛めたいわけ」 部活以外では滅多にお目にかかることの無い利央の鋭い眼差しに、準太は一瞬上体を退げそうになったが、何で自分がそんなことをしなければならないのかと留まって、その色素の薄い茶色い瞳を睨み返した。 「何がだよ?いじゃねぇか、モテてんだから。折角人が励まそうとしてやってんじゃん。そいつ、美人だぜ?」 「準サン!」 利央は思わず立ち上がって、睨め上げてくるその黒い瞳を睨み付ける。 「俺が準サンのこと好きだって知ってて、こういうことしてんの!?俺がこの人と付き合うことになってもいいって、そういう意味!?」 外灯を背負う形になった利央の表情は準太からはよく見えなかったが、その声が震えているのは泣いているからではないことは何となく察することができた。 「なんで?だってお前、俺のこと好きなんだろ」 彼は自分が好きなんだから、誰からの手紙を貰おうが付き合うなんて選択肢は浮かばないはずだ。だから、手紙の主から渡してくれと頼まれた時にも何も思わなかった。ただ、利央の名字も知らないくせに手紙を出そうなんてよく思えるなと、嘲笑めいた笑みが浮かんだだけだった。 ただ少し、これを利央に本当に渡したらまた凹むかなと、その位は思っていた。そしてそれが少し、楽しいことの様に感じられた。 「好きだよ、でも、分かってんならなんでこういうことできんの!?」 けれど、おおよそ今の状況を楽しいとは思えないなと準太は冷静に考えた。好きな相手から他人からの手紙を受け取るというのは、確かに聊かショックなことではあろうとは予想したけれど、まさかここまで過剰に反応されるとは思わなかったのだ。 準太にとっては単なる遊び、いつもの悪戯の延長でしかなかったのに。 「そんなに怒ることかよ」 面倒くせぇな、とぼそりと呟いたその言葉に、利央は準太の襟を掴み上げた。まだ一年とはいえ、ベンチ入りするくらいに鍛えてある利央の握力は並では無く、準太は苦しげに眉をひそめた。 「準サン、俺のことなんだと思ってんの!?」 そう問われて、準太はごく自然に何も考えずに答えた。それが彼にとってどういう意味を持つかなどとは、全く考えずに。 「馬鹿な犬」 その瞬間、振り上げられた右の拳が視界の端に映った。 「・・・っ!」 けれど予想された衝撃はいつまでもやってこなくて、振り上げた拳を止めて肩を揺らす利央を準太はただ怪訝そうに見やった。 「りお・・・?」 呼ばれてゆっくりと顔を上げた彼の瞳に、涙は無かった。しかし、真一文字に引き結ばれた唇の端は細かく震えていて、歯を食いしばって何かを堪えているのが分かる。 (あ、まずった) この状況に至ってやっと、準太は己のミスに気が付いた。これはもう、いつものじゃれ合いや軽い喧嘩では終わらない。 「りおう、あのな?」 「もういい」 その台詞と共に襟元が開放され、利央は無言で立ち上がる。外灯に照らされた頬は白く、人の怒りは頂点を過ぎれば、却って血の気が引くものだという生物の授業をこんな時に思い出した。 「もういい、疲れた」 吐き捨てる様な、そんな投げやりな彼の声を初めて聞いた。道路に放り出してあった鞄を無造作に持ち上げて、利央は手にしていた手紙をそのまま乱暴にポケットに突っ込んだ。 「あんたなんか、好きにならなきゃ良かった」 そして踵を返したと同時に背後のブロック塀を思い切り蹴りつけてから、利央は全速力で駆け出した。 背後で準太はただ呆然とそれを見送りながら、遠ざかっていく背中にお前の家はそっちじゃないだろうと冷静に呼びかける、こんな時にでも冷静に思える自分が何だかおかしかった。 重たい鞄が重力に引っ張られて肩に食い込んで、練習後の疲れた身体での全力疾走に肺が悲鳴を上げる。 そう柔でもないはずなのに、こんなに息が切れるのは冷静ではないからだと利央が気付いたのは、見慣れた部室が見えた時だった。 「あれ・・・」 無意識に家とは逆方向に戻ってきてしまったのだと分かり、利央は立ち止まった。また道を戻ったら、彼に会うかもしれないと思うとそのまま踵を返す気にはならず、まだ灯りの漏れている部室の前まで近付いて行った。 そっとノブに触れると簡単に回った。利央は、ゆっくりと扉を開いて中を窺う。 「お、どうした利央」 中にいたのは主将の和己1人だった。その彼は何故か箒とちりとりを持って、部室のほぼ中央に立っていた。 「何してんすか、和サン」 思わず零れた声には呆れも若干混じっていたが、その光景を見て何故だか涙腺が緩んでくるのを感じて、利央は不自然に喉を詰まらせて唇を結んだ。 「いや、部誌を書いてたんだが」 箒を持った手で照れたように頭を掻きながら和己は答えたが、どう見たって彼の格好は部誌を書く時のそれではない。すると彼は続けて両手を交互に見下ろして、悪戯が見つかった子どものように笑った。 「埃が気になってな」 その笑みが余りにも暖かくて、利央の結んでいた唇が緩む。そして自分でも引きつっていると分かるような笑みを返すと、和己は怪訝そうにどうした?と首を傾げた。 「そんなん、一年にやらせりゃいーじゃないスか」 いくら桐青が上限関係の厳しい方では無くても、少なくともそれは主将の仕事ではないだろうに。利央がそう言うと、彼は揶揄するような笑みを浮かべてみせる。 「そんなことしたら、お前が準太と帰れなくなるぞ」 同じからかいの表情なのに和己のそれは準太の浮かべるそれとは全く違い、利央の眉間に皺は寄らず、代わりに目の奥が熱くなった。 「いっすよ、別に・・・もう、一緒に帰ったり、しない、と思うし・・・・」 言っている内に視線が下がっていく利央の様子に、和己は訝しげに眉根を寄せる。そしてようやく、彼がここにいる不自然さに気付いた。 「どうした?利央。そういえばお前、準太と帰ったんだろ?」 和己の言葉に利央は何も言い返せなかった。準太に言われた言葉や彼の無邪気な表情が脳裏に浮かんできて、震える息が漏れない様にするのが精一杯だった。 「利央?」 それなのに、呼ぶ声はどこまでも優しくて。その響きは中学の頃から変わらない。 床に静かに箒とちりとりを置いて、和己は利央に歩み寄る。利央は俯いたまま、その肩が微かに震えているのが分かった。 「また喧嘩でもしたのか?」 準太と利央の後輩2人は、それこそ喧嘩が日常茶飯事だ。喧嘩といっても、大抵準太が利央をからかって、利央がそれに怒ったり傷ついたりしているだけだ。そんなことはほぼ日課と言ってもいい位の光景だったので、今日もまた準太が何をやったんだと、和己が考えたのはその位だったし、それもごく軽くそう考えただけだった。 だから、利央が古くなってきている蛍光灯の下で、つま先を見つめたままぽつりと零した言葉に和己は一瞬耳を疑った。 「和サン、ハグして」 それは利央が高等部に入学してからは一度も聞かなかった言葉で、彼自身が高等部に入ったら二度と言わないと宣言していたことだった。自分の言葉をほいほい覆す人間ではないと知っているからこそ、彼のその言葉には瞠目する。 「ごめん、高等部上がったらもう止めるって言ったのに。でも、今日だけ。和サン、お願い」 ハグして、と続いた利央の声は語尾がはっきりと震えていて、和己は理由を聞くより先に彼の願いとおりのことをしてやった。 間髪を入れずにギュウと腕に抱きついてくる利央の体温は高く、震える肩からそれが涙を堪えているせいだと悟る。 「どうしたんだ、利央。何かあったのか」 利央は昔から、何か自分では抱えきれないことがあると、ただ抱き締めるという行為を欲しがった。聞くところによるとそれは家庭環境がそうだったかららしく、出会った当初はそんな習慣の無かった和己も準太も大分戸惑ったが、普段強気な彼がただハグを求めてくるのを無碍にも出来ずに、それは中等部卒業の頃には何の疑問も沸いてこない当たり前の行為になっていた。 「利央」 自分を呼ぶ声をもっと近くで聞こうとするように、いつの間にか背が伸びた利央は背中を丸めて抱きついてくる。でかい子どもだなと暢気なことを考えながら、和己はその柔らかなくせ毛を無骨な指で優しく梳いた。 「どうした、準太にいじめられたのか」 すると利央は僅かに身じろいで、小さく鼻を鳴らした。 「も、無理」 くぐもった声でそれだけ呟いた利央は、あやすように背中を叩かれて額を和己の肩に擦り付ける。 「らしくないな」 何を言われてもめげずに準太を慕い続けている利央の姿を見てきた和己は、ここまで彼が凹むような何があったのかと内心心配になる。 背中を撫でるその促すような仕草に、利央は途切れ途切れに口を開く。 「準サン、俺のこと好きじゃねぇもん。つか、そんなん、わかってたけどさぁ」 「そんなことないだろ?」 お前ら、仲良いじゃないかと励ますように続けた和己に、利央が肩口で小さく笑う。それが本当に楽しくて漏れた笑みではないことは、明白だった。 「ペットみたいに、でしょ。告ったのもまとわりついてんのも俺だし、ホント、犬だよねオレ」 その投げやりな言葉に眉をしかめながら、和己はおもむろに身体を離して利央を覗き込む。彼は、目が合った和己に笑みを浮かべようとしたが、それは却って痛々しい表情に映る。 「好きだなんて言われてない、付き合ってるなんてオレだけが思ってたこと。分かってたんすけどね。・・・でもさぁ、和サン」 見る見る内に利央の瞳が潤んで、目尻に涙が浮かんでいった。そして、耐えられなくなった涙が一つ、まだ丸みを残しているその頬を伝う。 「オレ、本気で好きなんだけど・・・っ」 一つ涙が零れてしまったことが、利央の緊張の糸を切って捨てた。溢れる涙に思わず瞼を閉じても、涙は頬に筋を作っていく。 利央の震える口端から漏れる吐息に、和己は再度利央の頭を抱き寄せる。一体2人に何があったというのか。和己から見ても、彼らは結構上手くやっていると思っていたのに。 「大丈夫だよ、利央。大丈夫」 準太の性格が、素直だとは言わない。彼が利央を気に入っているのは明白だと思うのに、自分に関してはともかく、この後輩に関しては偶に本気で心配になる位の態度だ。 「でも、準サン・・・オレのことっ、馬鹿な犬って・・ったんだ!」 だから、程ほどにしておけと言ったのに。 利央と居る時には黒さの増す後輩を思い浮かべながら、和己は内心大きな溜息を吐いた。そして汗でしっとりしてきた利央の髪を撫で付けながら、大丈夫だよと繰り返す。 けれど利央は、和己の言葉を否定してただ頭を振った。 「もう無理、限界。オレだって、際限無しに好きだなんて、無理ッス・・・。何も報われないのに、それどころか犬扱いされて・・っ、それでも笑ってなんて、いられるか・・っっ」 「笑うことなんかない、それは準太が悪い」 きっぱりと言い放って、和己は利央からは見えない位置で眉根を寄せる。全く、利央相手になるとどうして限度を忘れるのだろう、あの後輩は。 「和サン、どうしたら、いい・・っ。オレ、それでも、準サン好きだよ・・・っ」 ここまで、盲目と言ってもいい位に慕ってくれる相手に。 和己にとって、準太は可愛い後輩だ。バッテリーを組むことも多いし、夫婦と言われるような大事なパートナーだ。けれど、こんな風に自分を慕ってくる人間を傷付ける彼はどうだろうとは思う。もっと素直に、自分に示してくれる様に、利央にも接すればいいのに。 「ただの、後輩としてなら、良かった・・!」 準太のことが先輩としての意味以上に好きだと言って泣いた利央を、ふいに思い出した。あの時が、きっと最後に彼を抱き締めた時だ。そして今、また彼は準太が好きだと言って泣く。 真っ直ぐな人間なのだと思う。利央の頭の乗っている片側の肩にだけ熱を感じながら、和己は思わず口元に苦笑を浮かべた。 「大丈夫。準太は言い過ぎただけで、ちゃんとお前のことが好きだよ」 それだけは確かな筈だと確信を持って告げた和己に、利央は激しく首を横に振る。彼の柔らかな髪が首元で揺れてくすぐったかった。 「信じられない。もう、和サンの言うことでも、無理」 「りおう」」 頑なに首を振る利央に、もう自分の言葉では無理なのだなと悟る。今までだって、準太に何かしら言われたりされたりする度に、彼は和己の元に来て、和己から”準太は利央を気に入ってるよ”と言ってもらって何とか笑ってきたのだ。けれどもう、限界だったのだろう。 (そりゃ、”馬鹿な犬”なんて言われちゃなぁ・・・) 自分だって凹むと思う、好きな相手にそんなことを言われては。 「こんな風に、終わらせてくれなくても、良かったのに・・」 泣き疲れたのか、利央の声に大分落ち着きが戻ってきていた。鼻をすすりながら和己の肩から顔を上げ、真っ赤に充血した目を手の甲で擦った。 「すんません。泣くつもりなんて、無かったのに・・・。和サン、落ち着くから」 そう言って力なくでも笑みを浮かべた利央に、和己も笑みを返す。 自分で解決しろよ、準太。 女房役ではあるけれど、何も甘やかすことだけが仕事ではない。自分で蒔いた種は自分で回収しなさいと、胸中でここにはいない人物に向かって告げて、和己はポンポンと利央の肩を叩く。 「あんま遅くなると、家族が心配するぞ・・・・目が赤くても心配するか」 その言葉に利央は耳まで赤くなって、熱を持った頬と目尻を懸命に擦った。その仕草に思わず笑みを零して、和己は床に放りっぱなしだった箒とちりとりを拾って、ちりとりの方を利央に差し出す。 「ほれ、手伝ってけよ。一年坊主」 掃除でもすればその間に目も治まるだろうと思ったのか、利央は照れたように笑って荷物を床に置くと、そのちりとりを受け取った。 殆ど無言でちりとりでゴミを取りながら、利央は視界がじわりと滲むのを自覚した。 本当に、好きになんてならなければ良かった。単なる憧れの先輩で良かった筈なのに。 こんな酷い結末を迎えるくらいなら、馬鹿な後輩のままでいれば良かったんだ。 酷いのは、準サンじゃない。準サンは酷いけど、でも、そういうことじゃない。あの人が酷いのなんて、最初っからだ。 酷いのは、こんなんなって、分かった気持ちだ。 他人からの単なる手紙すら受け取れない位に、あの人が好きだ。憧れの先輩になんて、戻せない。 好きにならなきゃ良かった。嫌いになれれば良かった。殴れれば、良かったのに。 やりすぎました、ごめんなさい(また謝ってみる。 準サン、ちょっと独自の思考回路に走り過ぎです。でもこんなんでいいと思う(え。野球以外のことには、物凄く天然というかわかってないというか・・・・冷静すぎというか?(自分で分からなくなってる。 試合でテンパってた準サンは、ここにはいません。野球以外には良くも悪くも何か鈍い人って感じ。 えーと、多分続きます。利央を不幸のままでは放っておけませんので! |