冬一夜。











風呂で温まった筈の身体に悪寒が走り、新八は壁にある時計を見上げた。
「こんな時間」
時刻はとうに十二時を回り、新八が風呂を出たのは二時間以上も前。
「お湯、抜かなきゃダメだな」
ここの主が帰宅したら入らせようと思って蓋をしておいた湯は、とうに熱を失っているだろう。
「追い焚き機能がついてればいいのになぁ」
毎日の食費で精一杯、家賃も常に二か月分は溜めているような現状では全くの夢物語であることを呟きながら、新八は長椅子から腰を上げて風呂場へ向かう。
湿った空気が篭もった風呂場に立って、ゴゴゴ・・・と音を立てて水が抜けていく湯船を眺めていた。
ここ最近、銀時の帰りが遅い。
別に、それは構わない。酒だパチンコだと金を使い込まれるのは困るのだが、今のところ万事屋の財布は新八が握っていて、彼には最低限の小遣いしか手渡していない。
銀時がこっそりへそくりなどを持っていれば別だが、そう毎日遊び歩けるほど彼の財布が重いとは思えないのだ。
「なにしてんだか」
この様子だと、今日も明け方の帰宅になりそうだ。これ以上身体が冷えると寝付けなくなりそうだし、特に待っていなければならない理由はない。
「寝よ」
妙に独り言の多い自分に気恥ずかしさを感じつつ、新八は和室へ入る。一応女である神楽を一人にしておけなくて、銀時が夜不在の時には万事屋に泊り込む事が増えた新八には、早いうちから一組の布団が与えられていた。
居間に敷くわけにはいかないので、自然銀時と枕を並べるようになる新八の寝床だが、二人並んで就寝した記憶は殆ど無い。
新八がその布団を使用する日は、眠る前に銀時がいることは稀だし、朝は新八がさっさと起き出すからだ。
そして今日もいつもどおり、薄く軽い布団に潜り込んで電気を消そうと手を伸ばした新八だったが、ふとその手を止めて音のしない玄関の気配を探る。
「でもなぁ」
この冬の季節、多少の酒が入ったところで帰り道でその酔いも冷めるのではないだろうか。冷めてしまったら、寒いだろう。その寒さを抱えて帰宅して、暖かい風呂も無く明るい灯も灯されていないのは、少し寂しいのではないだろうか。
そんな事を考えてしまったのは、ただの気紛れだった。これまで銀時は一人で暮らしてきたのだし―過去に恋人がいたのかどうかは知らないが、新八と出会った時には一人だった―、灯りのついていない家に帰ることくらい慣れているだろう。それに、昼間は普通に皆でいるのだから、夜に一人帰宅することくらい、何でもないはずだ。眠っているとはいえ、完全な無人でもない。
「でもねぇ」
言い訳でもするように呟きながら、新八は明かりを灯したままで布団へ包まった。
こうしておけば少なくとも寒くは無い。
「電気代は、もったいないかな」
蓑虫の様に首から下をできるだけ隙間の無い様布団に包まりながら、新八はやはり寝てしまおうかと逡巡する。しかし今手を出すのも、また寒いしなぁと迷っている時、丁度誰かが階段を上ってくる音がした。
いや、誰か、などとは思わなかった。こんな時間に客など来る筈も無く、少しだるそうに一歩一歩の間隔が空いているのは、酔った時の銀時の足音だった。
そのまま新八はじっと動かず、息すらも潜めて銀時の立てる音を聞いていた。
ダラダラと遠慮なく音を立てて階段を上った銀時は、玄関の前で立ち止まる。恐らく鍵を探っているのだろう間があって、小さく開錠の音がする。先ほどまでの無遠慮さとは違って、玄関を開ける音は静かだった。
「はぁ・・・」
冬の冴え渡った夜の空気は、音がよく通るのだろうか。玄関で銀時が腰を下ろし、ブーツを脱ぐのに手間取っている音がしている中で、小さく吐いた彼の溜め息が聞こえた。
ボン、ボン、とブーツを投げ捨てる音がして、どっこらしょという掛け声と共に銀時が立ち上がったようだ。そしてようやく、廊下に灯りが漏れていることに気付いたらしい。
「おいおい、新八の奴点けっぱなしで寝たのかよ」
しかたねぇなぁという呆れた声と、髪を掻き混ぜる音。
聞こえていたが新八は返事をせず、布団に包まり銀時がその襖をひき開けるのを待つ。そして、斜めに傾いだ銀時の頭が襖の間に見えて、新八はやっと声を上げた。
「おかえりなさい」
「うお、びびったぁ。起きてたのかよ」
こんもりと膨らんだ布団の向こうから、眼鏡もかけっぱなしの新八の顔が覗いていたことに銀時は心底驚いたらしい。部屋に入ろうとした足を浮かせたまま、そう言った。
「えぇ、まぁ」
もぞもぞと動く新八に、何を誤解したのか銀時は居心地が悪そうに目線を泳がせた。
「いや、あれだぞ、飲んできたっつっても奢りっていうかたかりっていうか、長谷川さんをカモってきたっつーか」
「何言い訳してるんです、別に小言言う為に起きてたわけじゃないですよ」
「そうなの?じゃ、なんで?」
いつもなら先に寝ている新八が起きているのだから、何かそれなりの理由があるのだろうと思ったらしい銀時に、それがまた自分への小言だろうと思ってしまう辺り情け無い大人だと新八は思ったが、自覚があるだけまだ救われるのかもしれないと、溜息一つで言葉は飲み込んだ。
「なんでって・・」
改めて問われると、自分でも良く分らない。ただ、唐突に。
「寒いなぁと思って」
「あ、俺やっぱり酔ってんのかな、お前の言ってる意味がよく分からないんだけど。あそこで止めておきゃよかったかな、でも今日まだ吐いてないし転んでないし、結構まともな方だと思うんだけど」
新八は、怪訝そうな銀時のその様子に、自分の行動が酷く恥かしく感じられてきて、顎の下までだった布団を頭の上まで引き上げて丸くなった。
「寒い中帰って来て、家の中までシンとしてたら、余計寒いんじゃないかと思ったんですよ・・・。それに、最近、アンタ遅くてまともに言ってないし」
ボソボソと紡がれる新八の言葉に、銀時は目を丸くする。
「何を?」
やっぱり小言なのかと身構えた銀時に、新八からは聞き逃しそうな声が届く。
「おかえりなさいとか、ただいまとか・・・」
それを聞いた銀時の顔は、普段半分眠ったような表情の多い銀時にしては、なかなか珍しいものだったのが、残念ながら新八は見ることができなかった。
「え、あ、そう、ね。まぁ、帰って来てもお前寝てるしな」
「だから、それだけです」
「へぇ・・・」
何と返して良いのか分らず、妙に浮ついた空気が和室に満ちた。
戸口に立ったまま途方に暮れた様子で首筋を掻いていた銀時は、丸まっている布団からまだ細い少年の腕が出てきて眼鏡を枕元に置いたのを見て、ようやく室内へ足を進めた。
酒の匂いが染み付いている着流しを脱ぎ捨て、布団の上に用意されている夜着に着替える。
そして、己の為の布団には手をかけずに隣の小山を軽く叩いた。
「ただいま」
小山はピクリと反応して、中の彼がまだ眠っていない事を教えてくれる。だから銀時は、こんな寒い夜に眠らず迎えてくれた彼に少し調子に乗った事をねだってみた。
「ここ、入れて下さい新八クン」
しばらくは何の返答も無かったが、やがて小山は無言のまま端がほんの少し上げられた。
「冷たい」
中の熱が逃げないように身体を滑り込ませた銀時は、裸足の足を新八のそれに絡ませて文句を言われた。
「あったけ」
丸くなっていたその身体を胸に抱きこんで、銀時はシャンプーの匂いのする髪に鼻を埋める。
「明日の朝、お風呂入ってくださいよ。酒臭い、汗臭い、なんか臭い」
「なんか臭いってなんだ!加齢臭だって言いてぇのか!オッサンの臭いだって言いてぇのかぁ!」
十代に挟まれていると妙にこれらの事に敏感になる自分を自覚しながら声を上げる銀時に、新八は文句を言いつつ額をその胸に押し当てて欠伸を噛み殺した。
「うるさいです・・・も、いいから、眠い」
他人の体温に安心したのか、うとうととまどろみ始めた新八の様子に銀時は口を閉ざして苦笑する。
「おやすみ」
これも久し振りに言う気がするなぁと思いながら、腕を伸ばして紐を引いて電気を消す。
「やすみ、なさ・・」
半分以上夢の世界へ行っている新八から、律義にも応えがあって銀時は満足気に微笑んだ。







日記で書こうと思ったのに、案外SSっぽくちゃんとなったので、普通に更新。
それにしても、私は二人が布団でぬくぬくしてる話しが好きですな。ニャンニャンしてる話も書けよという話(ニャンニャン言うな)
記念すべき銀魂十弾目。遅い。