ふと、目が覚めてしまった。暗闇で新八は瞬いた。今日は万事屋に泊まった日、周りの空気が自宅と違うことに一瞬戸惑ったが、すぐに思い出して落ち着いた。この戸惑いと落ち着きの間が短くなるにつれ、この万事屋も新八にとっての家になっていく。 寝返りを打てば、当然そこには布団を並べて眠っている銀時がいる。暗闇に目が慣れても視力が悪い新八には、彼がどんな表情で寝ているのか分からないが、こちらを向いている事は分かった。 ふ、と小さく息を吐き出して、新八は瞼を下ろす。そのまま眠ろうと思ったのだが、その時唐突に、眠るとはどんな風にするのだったかと考えてしまった。 何故そんな事を思いついたのかは、分からない。だが、考えてしまうともう駄目だった。目を閉じて、息をなるべく深く、でも深すぎて不自然では無い程度に吸って吐いて、意識が下へもしくは後ろへ沈んでいくイメージをして・・・。 しかし、考えるという行為は脳を起こしてしまうのか、新八の意識は沈むどころか益々覚醒してくる。それでも眠気はあるので、瞼は自然に降りてくる。瞼を下ろしたまま、じっと呼吸を繰り返して眠りが訪れるのを待つが、一向に訪れてはくれない。 意識が覚醒した状態で、同じ姿勢でいるのは苦痛だ。もぞもぞと布団の中で身を捩ったり寝返りを繰り返していると、新八、と声をかけられた。 「どうした」 寝起きで掠れた、囁く声。銀時を起こしてしまった。 「あ、すいません・・・・」 「便所?」 「いえ、大丈夫です、もう寝ます」 何が大丈夫なのか分からないが、とりあえずはそう答える。すると、少し間があった後に銀時の掛け布団がバサリと持ち上がる音と気配がした。 「新八」 呼ぶ声は、少ししっかりした声になっている。けれど、まだ彼の眠気は去っていない。どこかぼんやりと輪郭のぼやけた声、闇に沈んで目の悪い新八には彼の体そのものがぼやけて見えるから、余計にそう聞こえる。 「何ですか」 「こっち来い、眠れねぇんだろう」 揶揄する響きは無く、ごく自然に手招きをされた。だから新八も、意地を張らずにするりとその空けられた空間にもぐりこむ。 「怖い夢でも見たのか?」 布団と長い腕に包まれて、旋毛に唇を押し付けられる。ぬいぐるみ扱いだなと思いながら、その温もりに新八は目を閉じる。 「いえ、ただ何となく目が覚めちゃって、寝ようと思ったんですけど眠り方ってどういう風だっけとか考えたら、逆に目が冴えちゃって」 「なんだそれ」 くは、と欠伸と笑いの混じった声を漏らして、銀時は新八に回した腕を上げて肩の辺りを軽く二度叩いた。 「下らねぇこと考えてねぇで、本能の赴くままに寝ればいいんだよ」 「銀さんは」 「んー?」 寝ぼけた声に、彼の眠りが近い事を感じる。 「暗闇だと、カッコ良さ五割増ですね」 明るい内には、だらけてて死んだ目をしてて、糖分摂取のことしか考えてなくて、どうにもならないマダオなのに。今新八を包む腕は強くて、頭を撫でる手の平は優しい。 「それはお誘いなの?」 やらしい子だねぇと、全く欲を感じさせない響きで銀時が笑う。どうやら、本格的に眠いらしい。 「違いますよ、暗いのと眼鏡外してるのとで、顔が見えないからって意味です」 ちょ、酷くないそれ?と軽く頭を叩かれた。けれど次の言葉を新八が捜す前に、銀時からは深い寝息が聞こえてしまった。 硬い胸に頭を預けたまま、新八は悔しいなぁと呟く。 銀時がいつでもどこでも眠れるのは、戦いの場にいたからだ。どんな悪条件でも、眠れる時に短時間で深い睡眠を摂れなければならない生活をしていたから。その癖周りの気配に敏感なのも、やっぱりそうでなければ戦場では生き永らえなかったから。 夜中にふと目が冴えて、眠る方法に頭を悩ませて眠れなくなってる自分が、酷く平和惚けした子どもに思えた。 もし銀時が夢にうなされる事があって、夜中に目を覚ますことがあったとしても、自分はこんな風に目を覚まして大丈夫かと頭を撫でてあげる事なんかできないだろう。 目が覚めてしまった。銀時は暗闇の中でごろりと寝返りを打って天井を見上げる。 染みの浮いた天井、いつだったかどこだかの染みが女の裸に見えると言って、新八に心底哀れむ視線を送られた。そんな事を思い出して、銀時は少し呼吸が楽になった。 大丈夫、ここはもう日常だ。目だけで隣を見れば、新八の布団が規則正しく上下を繰り返している。良かった、起こさなかった。 偶に見る戦の夢に、涙が出ることはもう無い。いささかの後悔と喪失感で目覚めるが、隣に眠る新八や、彼がいない時には押入れで涎を垂らして眠る神楽の姿を見て、すぐにもう大丈夫だここは戦場じゃないと戻ってこられる様になった。 けれど次の瞬間には、今は彼らを失う事が怖いという恐怖が沸いてくる。昼間ならば鼻で笑い飛ばす弱気も、夜の闇の中では大きく膨らんで圧し掛かる。 「新八」 呼んでも彼は、目覚めない。少し寂しいが、それで良い気もする。こんな情けない姿で、ますます威厳が失墜しても困る。 時折飛び込んでくるかぶき町の喧騒に掻き消される、新八の規則正しい寝息を暫く聞いていた。すると新八が寝返りを打って、こちらを向いた。そして、腕が片方、ぽんと布団の外へ投げ出された。 こちらに向かって伸ばされた手は、まるで銀時を招くように手の平を広げている。 「新八」 都合良く解釈をする自分に自嘲気味に笑って、銀時は返事の無い彼の手を握った。 すぐに、ぎゅっと握り返された。ぎょっとしてその顔を窺ったが、起きた気配は無い。 「お前は、優しいな」 眠りの中にいても尚無意識に、握られた手を握り返してくれる新八が愛しい。もし昼間手を握ってくれと差し出したら、物凄く嫌そうな顔をされるか真剣に病院に行こうと言い出すかだろうけど、でも多分、最後にはきっと握り返してくれる。そして多分、その騒ぎに気付いて神楽も飛んできて、握るどころか握りつぶすかの勢いで、この手を掴んでくれるだろう。 「ありがとよ」 弱いから守りたいのではなく、この手をいつまでだって握り返して欲しいから、守りたいのだ。きっとそうしていく事で、自分が戦ってきた意味が残る。この、まだ柔らかくでもマメが多い手を持つこの子どもを守るだけの、それだけの力は培ってきた。失ったものも奪ったものも多いけど、それで得た力でこの子を守り笑わせてやれるなら、それならそれで、自分の人生はなかなかに上出来なんだと思う。 「・・・ん、さん?」 「わり、起こしたか?」 一人で盛り上がり思わず手に力を入れてしまっていたせいか、新八が薄く目を開いた。眼鏡が無いのと寝起きのおかげで定まらない焦点のまま、彼は繋がれた手と銀時を見比べて、へらりと笑った。 「もー・・・迷子ですか・・?しょうがないんだからなぁ、もー・・」 夢の名残でも引きずっているのか訳の分からない事を言って、新八は繋いだままの手を少し引いて、自分より大きく節の目立つ銀時の手を柔らかな頬に当てて、また目を閉じた。 「ちょ、新八・・」 抱き締められるより恥かしい体勢で、すよすよと平和な寝息を立てる新八がいる。 「・・・・・平和だねぇ」 きっと朝には腕が痛いと思うけど、それでも離さないでいてくれると良いななんて沸いた事を考えながら、少し新八の布団に向けて身体をずらして、銀時は眠りについた。 ほんとにほんとに、寝てる話大好きだね私!!睡眠大好きだよ。 |