気付けば、じっとりと身体が重い。滲んだ誰のものとも分からない血液が、ぼやけて広がり身体の前面が真赤に染まっている。 耳の奥底に、水の流れる音がした。 (降ってんのか) 霧かと思っていたのは、雨だったらしい。霧雨は、いつも気付いた頃にはぐっしょりと濡れている。心なしか、頭が重い、風邪を引いたのではなく髪の毛が水分を吸ってずっしりしている気がする。 「さい、あく」 風呂に入りたい、乾いた布で身体を拭きたい、泥と血で最早元の色が分からなくなっているこの着物の、本当の色を思い出したい。 しかしそれは、どれも叶わない。 目を覚まして最初に襲ってきたのは、激しい頭痛。そして喉の渇きと、粘つく口内の不快さ。 「あー・・・」 自分の声すら反響して痛みを増幅させる二日酔いとの付き合いは、もう長い。長いのだから、それ相応に友好的になってくれても良いものをと訳の分からない八つ当たりを胸中でして、銀時は起き上がった。 「銀さん、やっと起きましたか」 ズルッズルッとどこぞのゾンビ映画さながらに足を引きずり寝床から這い出してきた銀時に、はたきを持った新八が振り返った。 「んー」 生返事を返しながら台所へ向かい、冷蔵庫を開ける。そこには、水差しに入った冷たい水が用意してある事を銀時はもう知っている。いつもではない、銀時が二日酔いでいつもよりも更に起きてこない時にだけ、用意されているもの。 「ご飯食べられます?」 追いかけて台所に入ってきた新八が、銀時の返事を待つ前にコンロに火を点ける。 「固形物は、無理」 「でしょうね。毎度言いますけど、いい加減イイトシなんだから、お酒の飲み方位スマートになってくださいよ。自分の限界値位、分かるでしょ」 「そんなん、分かったところで止められません。そんな自制心あったら、こんなトコで万事屋なんてやってねぇよ、俺あ〜ぁ」 最後の方は欠伸に紛れさせて、銀時は漂ってきた味噌の匂いに鼻をひくつかせる。 「駄目人間丸出しだな」 呆れた顔で吐き捨てながら、新八は洗面所を指差してせめて顔を洗えと言ってくる。小姑この上ないが、飲みすぎた朝には必ず用意されている蜆の味噌汁に免じて許してやることにして、ついでに歯も磨く。 「新ちゃん」 「ちゃん付けで呼ぶな。何ですか」 「歯ブラシ、変えた?」 水色とピンクと緑の色違いで並んでいた歯ブラシが一夜で姿を消し、今度は黄色と赤と青になっている。 「大分毛が広がってたんで。銀さんは青ですよ」 「誰の髪の毛が広がってたって?」 「被害妄想激しいです」 くすくすと笑いながら、新八が味噌汁を掻き混ぜる気配がする。 「神楽は?」 歯周病予防の歯磨き粉と子供用の甘い味の付いた歯磨き粉を見比べて、この二日酔いの頭には糖分が必要だと判断し、神楽の歯磨き粉に手を伸ばす。 「定春と遊びに行きました・・て、銀さん、ちゃんと自分の歯磨き粉、使ってくださいね」 後頭部に目でも付いているのか、新八が釘を刺してくる。 「へーい」 返事をしつつも甘い歯磨き粉で磨いてやっても良いのだが、きっとあの丸い頭の眼鏡っ子はすぐに銀時の口から甘い香りがする事に気付いて、眉をしかめるだろう。それはそれで悪くないと思うのだが、頭痛を抱えた頭に小言は勘弁して欲しいので、大人しく自分用に与えられている辛い歯磨き粉で磨いておくことにする。 口の中がすっきりすると、幾分気分もしゃっきりした。気がする。 「銀さん、お味噌汁置いておきますよ」 「はいよー」 髭は後で良いやと上げかけた剃刀を置いて、銀時は居間へ取って返す。テーブルにはきちんと、箸置きも使って味噌汁だけとはいえ一応の食卓が整えられていた。 頂きますと手を合わせると、洗濯機の回る音に紛れて、はいどうぞと律義に返事が飛んできた。 自分用になった黒い椀の縁に口をつけて、慣れた味が胃に染みていく感覚に深く息を吐く。 「銀さん、その寝巻き洗濯しますから」 「おー」 時計を見ると、既に昼近い。いつも朝のニュースの時間にはココに来て家事をこなし始める新八にしては、洗濯機を回す時間が遅い。いつもならば、もうとっくに干し終わっている時間だった。 待っていてくれたのだと思うと、酷くくすぐったい。 洗濯機の音で目を覚まさないように、酷く痛むと容易に予想できる頭に響かないように。多分、待っていてくれた。ついでに言えば、普段なら掃除機を使う掃除にはたきなんて前時代的な物を使っていたのも。 「あー・・・・」 みみっちく蜆の貝から身を突付き出しながら、銀時は夢と同じくしかし全く違った意味でじんわりと染みてくるものを感じていた。 「ただいまよー」 銀時がお椀をシンクに置いていると、ガラピシャーン!と派手な音を立てて、神楽が帰宅する。 「お前、ドアは静かに開けなさい。これ以上玄関壊すんじゃねぇよ」 バタバタと廊下を走って飛び込んでくる神楽に注意すると、彼女はニシシと歯を見せて笑う。 「おはよーネ、銀ちゃん。今日も駄目人間真っ盛りネ!」 「んだとコラ、オロナミンCも二本までしか飲めねぇガキに、大人の何が分かるってんだ。大人の男にはなぁ、飲まなきゃやってられねぇ事があんだよ」 「週に四日もやってられなくなるなら、いっそ銀ちゃん橋の下にでも住むヨロシ」 「てめー、あそこに住むのだって大変なんだよ。色々新参者は気を使うんだよ、てめぇのシマで空き缶集まらないからって隣のシマに行ったら、袋叩きにされんだよ」 「ちょっと、子供に何変なこと教えてんですか。神楽ちゃん、手洗っておいで」 「子供扱いすんなヨ眼鏡、そんでもってニヤニヤ脂下がってんじゃねぇヨ駄目親父」 最初の台詞は新八に、後の台詞を銀時に残して、神楽は素直に洗面所へ向う。 「あーあ、玄関泥だらけだ。待ってね定春、足拭いてから上がらないと」 朝からあの小娘は、どこで泥遊びをしてきたのやら。廊下に散らばってしまった泥を箒で掃き落とし、専用のタオルででかい犬の足を拭ってやる新八を眺めながら、銀時は洗面所から派手な水音が聞こえてくるのに眉をしかめた。 「ぅおい神楽ぁ。水出しっぱなしで、洗ってんじゃねぇぞー。水と安全はタダなんて日本の神話はなぁ、とっくの昔に廃れてんだよ、今やスーパーで水を買う時代なんだよ、一滴だって無駄にできねぇんだよ」 「銀ちゃんの髪の毛みたいにアルかー?」 「ようしよく言ったぁ、男のデリケートな頭皮、舐めんじゃねーぞコルァ」 タオル掛けに清潔なタオルが掛けられているというのに、派手に手を振って水分を飛ばす神楽の頭をぐしゃぐりゃと乱暴に掻き混ぜると、けたけたと甲高い声で笑い声を上げる。 「ったく、俺はまだふっさふさだっての」 髪の毛崩れるとそんなところだけ少女らしい理由で銀時の腕を振り払い、神楽は居間へ駆けて行く。 「神楽ちゃんが帰ってくると、何だか明るくなりますよね」 定春の足を拭いたタオルを洗濯籠へ放り投げて、新八が笑う。 「明るくなるっていうか、旋風が起きてるよ。頭に響く響く」 そう言いながらも、頭痛の事など忘れてしまっていた銀時に気付いているのかいないのか、新八は機嫌良さ気に笑っている。 声を上げて笑うほど派手ではないその笑みに、銀時はふと思いついたことを呟いた。 「神楽が晴天なら、おめーは霧雨だなぁ」 「はぁ?」 いきなり何をとち狂った事を言い出すんだと眉を顰めた新八は、次に大分失礼な事を言われたのではないかと気付く。 「あんた、人を雨に例えるって失礼じゃないですか?そりゃ僕は、神楽ちゃんほど周りを明るくできるような人間じゃないですけど」 「ちげーちげー、褒め言葉よ?これ」 「どこかだ」 眉をしかめた不機嫌顔のままで背を向けて、心なしか足取り荒く洗面所を出て行ってしまった新八に、銀時はまた自分の言葉は足りてなかったらしいと一人苦笑した。 いつの間にか用意されるようになった冷えた水、匂いを覚えてしまった味噌汁、いつの間にか新しく整えられている三本の歯ブラシ、あるものから適当に選んで使っていた筈なのにいつしか自分の色が決まったお椀と箸。 それらは全部、新八が与えてくれる物。 いつからかなんて覚えていなくても、確実にじんわりじんわりと、浸食されていた。 気付かないうちに身体の奥まで染み込んでくる、それはまるで霧雨の様。 久々に降りてきた銀新?ただの万事屋?がこんなネタかあ!や、あの、吉原で月だ太陽だとやってたから・・!でもそれでうちの銀さんが「俺の太陽はお前だ」なんて、新八に言うはずないじゃないの!他のサイト様の素敵銀さんならともかく!! というわけで、捻くれた上に分かり難い感性で、うちの新八は霧雨派(何その派閥) |