ゆうやけこやけ










 カサリ。
 不吉な音を耳にして、銀時は手を止めた。屈めた腰がギシリと不快な音を立てた気もしたが、気にしないことにする。
 ヒラリ。
 耳元を嫌な気配が掠めていったが、それもあえて気付かなかったことにする。気付かないところで存在が無くなるわけではなく、銀時が気付こうが気付くまいが今この瞬間にもどこかで何かが死んだり生まれたりしているわけだが、とりあえずこの場面では気付かなかったことにすれば幸せでいられる。筈だ。
 しかしそんな銀時の決意空しく、背後でズシャア!と地面を思い切り擦る音がして、何か軽い物が勢い良く散らされた。
「もー、嫌アル!!いくらやってもやっても、キリが無いね!銀ちゃんの水虫よりしつこい奴らアル!」
「うおーい、人を勝手に水虫キャラにしてんじゃねぇよ!つか神楽ァ!せっかく俺が集めた山を、崩してんじゃねー!」
「こんな尽しても尽しても報われない幸せなら、いっそ壊れてしまった方が幸せヨオオォォオ!」
「神楽ちゃん、今度は何のテレビ見たの」
 二人とは少し離れたところで、同じ様に竹箒を握っている新八が、呆れ声で溜息を吐いた。
「二人とも、真面目にやってくださいよ。久しぶりの依頼なんですから。これで報酬入らなかったら、もうウチには米の一粒もありませんからね」
 三人は秋も深まりつつある今日、江戸の街中にある公園に仕事で来ていた。依頼内容は単純、公園内の落ち葉掃きだ。
 聞いた時には、楽ができて金も貰える素晴らしい依頼だと銀時を始め三人ともそう思っていたのだが、中々どうして、落ち葉とは侮れないものである。
「そうは言ってもだなぁ、新八。こんなもん、掃除しきれると思ってンの?掃いても掃いても、新しい落ち葉が舞い降りてくんのよ?ここ。綺麗にしたと思って振り向いたら、もう同じ様に落ちてンの。まるで急速に地肌が衰えてきた中年のおっさんの抜け毛並に、後から後から落ちてくるもんを、どうやって全て掃き集めろってーんだよ」
「ちょっと、落葉は秋の風物詩なんですから、嫌なモンに例えないで下さいよ」
 長時間屈みっぱなしで痛む腰を伸ばしながら、新八は憎いほどに澄み切った秋晴れの空を見上げる。
「風物詩なら、掃除しようなんて思うんじゃねぇよ。そうだよ、この落ち葉の絨毯を楽しみにしてる奴らだっているんじゃねぇの?そうだよ、そんな奴らの楽しみを奪う権利が、俺たちにあるのかい?新八君」
「いきなり気持ち悪い口調にならないで下さい」
 半眼で銀時を睨みつけながら、新八はそれでも内心溜息を吐きながら公園内を見渡した。
 割と広い公園だった。子供達が遊べる広場に、アスレチック、一般的な遊具、砂場、小さな山がある。その裏には、子供達が遊具で怪我をしたり遊具が不具合を起こした時の為に、管理人が駐在している小屋まであった。
 そして今も子供達とその親が、歓声を上げて秋の午後を楽しんでいる。誰も、公園の隅で絶望の縁に立ちながら落ち葉を掃き続ける三人には、目もくれない。
「それでも仕事は仕事、やるしかないでしょ。それとも、アンタがすった生活費、アンタが自力で戻してくれるんだったら別ですけどね」
 毎度の事ながら、強くも無いギャンブルで負けては新八が遣り繰りして貯めた生活費を使い果たす銀時は、やはりいつものように死んだ魚の様な目をしながらも額に汗を浮べて目を逸らした。
「さーて、頑張るか!ほら神楽!ボーっとしてんじゃねぇよ、さっさと片付けんぞ」
 わざとらしい掛け声を上げて、銀時は一本の銀杏の側に立っている神楽に声をかける。神楽の視線はその木の上方に注がれていて、銀時の声にもぴくりとも反応しない。
「神楽ちゃん?」
 一見、秋に物思いに沈む少女の周りを落ち葉がハラハラと落ちていく、何とも文学的な情景と言えなくも無いのだが、神楽が色気より食い気であることをよく分かっている二人の脳裏には、全くその様な表現は浮かんでこない。
「こいつらが、往生際悪くヒラヒラしてるのが悪いネ」
 そして、ボソリと呟かれた剣呑な響きを持った言葉に、銀時も新八も背筋に嫌な汗が噴出すのを感じた。
「っちょ、待て神楽!」
「早まらないで、神楽ちゃん!」
「おらあぁぁああ!潔く全部抜け落ちろおおぉぉおおぉおお!」
 ドガンッ!!
 宇宙でも最強を誇る夜兎族である神楽の蹴りが、見事銀杏の幹に命中した。それでも銀杏は健気にその暴挙に耐え、折れることは無かったが、やはり衝撃には耐えられず枝の先まで細かく震わせた後、バサッと一気に葉を全て落とした。
「ああぁぁああ・・・・・・・・・・・・・・」
 普通ならば数週間かけて落ちる葉が、一度に落ちた。神楽のくるぶしがすっぽり埋まるくらいこんもりと、黄色い山がそこにできあがる。新八と銀時は、真っ裸になった銀杏を見上げて深く溜息を吐いた。
「これでヨシある」
 自分の行動に満足気に鼻を鳴らした神楽に、一気に掃除する量が増えたことに二人は眩暈がした。しかし神楽はニ、と歯を見せて笑うと隣の銀杏に向かって助走を開始する。彼女の目的が嫌でも予想されて、焦った銀時は止めようと手を伸ばすが、少女はひらりと身軽にそれを振り払った。
「よくねーよ!つか、神楽、てめ、ちょっと待て!」
「他のも同じにするヨロシー」
 そしてその言葉どおり、彼女は次々と公園内の木々の冬支度を一瞬で終らせていく。
「おいおいおいおい・・・そりゃやってもやっても落ちてくるモンはイラッとくるけどよ・・それにしたって全部落すか、あの爆走チャイナ娘はよ・・。ったく、この量を全部片付けんのか?」
 ドサッドサッとおよそ落葉時に聞かれるはずの無い派手な音を立てて地面を埋め尽くしていく黄色い山に、銀時は空を仰いで片手で目を覆う。
 その隣で新八は、頭痛を堪えるかのようにこめかみを押さえながら、予定がパーだと呟いた。
「落葉なんて暫く続くから、その間は依頼が切れることは無いなって思ってたのに・・」
 単純に、掃除の量が増えたことについて嘆いていた銀時は、新八がそんなしっかりした予定を立てていたことに素直に感心してしまった。
「随分しっかりした予定立ててたのね、お前」
 すると新八は咎めるような視線を銀時に向けながら、唇を尖らせた。
「稼げる時に、稼いでおきたいんですよ。これから冬だし年末で何かと物入りなんだから。全く、依頼は公園内の清掃なんですよ?これだけの量を掃除したって、一日分で契約してる報酬が増えるわけじゃないんです、だったら数日に渡って報酬貰った方が得だったのに・・・」
 予定してた報酬額が一気に下がってしまうと不満そうに眼鏡を押し上げる新八の横で、銀時はまぁしっかりしたお子様だこと、と声には出さず感心した。直接言ってやらなかったのは、誰のせいでしっかりしなくちゃならないと思ってんだと切り返されることが、分かっているからだ。給料なんて、ここ二ヶ月払ってない。
「しょうがないな・・・銀さん、僕ちょっと行って来ますから、神楽ちゃんと二人でちゃんと掃除してくださいね」
 酷く楽しげに木の幹を切りつけている少女に向かって、神楽ちゃんちょっといい加減にしてよー、と叫んだ新八は、それじゃあと言い置いて踵を返した。
「は!?ちょっとお前、どこ行くの!仕事放棄か、てめぇ一人で逃げる気かこの野郎ー!」
 駆け出した背中に向かって暴言を吐く銀時に、新八は首だけ振り返って眉尻を吊り上げた。
「誰が逃げるか馬鹿上司ぃ!神楽ちゃんの暴走で駄目になった分の報酬、何とかしに行くんだよ!つか、元々はアンタが生活費スッたんだよ、この駄目人間代表白髪天然パーマアアァァア!せめて依頼くらい率先してやれやぁあああ!」
 そんな捨て台詞を残して走り去った新八は、後ろを向きながら走っていたためか途中で通行人にぶつかっていた。
 どうも決まらない奴だね全く・・と首の後ろを掻きながら銀時は覇気の無い声で神楽を呼ぶ。
「うおーい、神楽ァ。その辺にしとけやぁ、それ全部片付けんのは俺らなんだぞ分かってんのかー」
 新八に言われたことは残念ながら真実だったので、生活費をスッた肩身の狭い上司としては、しっかり者の部下の言うことを大人しく聞いておくことにした。


 さすがは宇宙最強民族と言われるだけあって、神楽は自分で落とした落ち葉の掃除を物凄い勢いで片付けていった。それには、数十分後どこからか戻ってきた新八に何やら耳打ちをされたことが、大いに彼女の労働意欲をそそったようだったが、銀時がそれについて聞いても彼も彼女も何も答えてくれなかった。
 それでも新八に文字通りにちりとりでケツを叩かれ、俄然やる気になった神楽にも激しく促がされ、銀時はぶつくさと文句を言いながらも掃除をした。
 結局、死んだ魚の様な目をしている割には体力もあり依頼は基本的にしっかりこなす銀時なので、何が神楽をそんなにやる気にさせているのか分からないまま、依頼は一応無事に完了した。
「・・・で?減った報酬は何とかなったのかよ・・・」
 さすがに疲労を隠せない様子の銀時が、帰り道同じ様にぐったりとしている新八に尋ねる。体力の面で言えば神楽や銀時にはどうしても劣って人並みの新八は、三人の中でも疲労の色が濃く、足を引きずるようにしながら呻いた。
「あー、まぁ、何とかなったと言うか、これからと言うか・・・。報酬は一日分しかやっぱり貰えなかったんですけど、その代わりお願いは聞いてもらいましたから・・・」
「お願い?」
 何の話だと首を傾げた銀時だったが、新八が話すのも億劫そうだったのでそれ以上尋ねるのは止め、まぁ自分が必要なら何かしら話は振ってくるだろうと思うことにした。
 そしてその夜新八は帰る体力も残っていなかったので万事屋に泊まり、神楽は上機嫌で押入れの寝床に潜り、さすがに銀時も飲みに行く体力は残っておらず早めに床に就いた。
 
 翌日、昨日の疲労感はどこへやら、新八はいつもどおり万事屋の中で一番に起き出し、朝食を拵えて神楽と銀時を叩き起こし、寝ぼける二人を追い立てながら朝の支度を済ませていく。
「お前、朝から元気ねー・・」
 朝は盛大にボリュームがアップしている白髪を更に無造作に乱しながら、銀時は顎が外れる位の大欠伸を漏らす。
「そりゃ、銀さんとは若さが違いますから。神楽ちゃん、今日は夕方まで遊んでて良いよ。夕方になったら河原に来てね、昨日言ったことやるからね」
 何気に失礼な発言をさらりと流し、新八は神楽の茶碗にペタペタと白米を盛る。限界以上に盛られた白米は、漫画の様に小山を作っていた。
「ん、ワカタヨ」
 それを流し込むように胃に収めながら、神楽は目をキラキラさせている。いつもならば銀時と同じくらい朝に弱い彼女が、今朝に限ってはもうばっちり目が覚めている様だった。
 慌しく朝食を済ませた神楽は、口をもぐもぐと動かしながら立ち上がる。行儀が悪いと新八に怒られながらもそれをまるで無視して、いつもの髪型にしてくれと新八に強請る。
 本当は自分でお団子くらい結える神楽だが、新八が朝万事屋にいる時には彼にやってもらいたがることが多い。そして新八もいつしかそれを日課にしてしまっていて、未だ覚醒しきらない銀時の目の前で、まるで母親が娘にするように、新八が神楽の髪を綺麗にお団子にしてやる。
「はい、できあがり」
 左右のバランスを見て満足そうに頷いて新八に、神楽はアリガトナ!と叫んでいつものように定春に乗ろうとした。しかしそれを新八に止められて、神楽はきょとんと上げかけた足を止める。
「あ、神楽ちゃん。ごめん、今日は定春連れて行かないでくれない?夕方まで手伝ってもらいたいんだ」
「・・・・・・分かったアル。でも定春も夕方来るアルな?」
 少し考える素振りをした神楽に、勿論だと返すと彼女は嬉しそうな顔をして傘を握って玄関から駆け出して行った。
「子供は元気だねぇ」
 やっと茶碗の半分をたいらげた銀時は、勢い良く開いて閉じた玄関をぼんやりと眺めた。
 新八は神楽の髪を結っていたせいで中断していた食事を再開させながら、目の前の男は本当に朝は中年度が増すなと目の前の男に知られないようにそっと嘆息する。
「さっさと目ぇ覚まして下さいよ、覚ましてても死んだ目ぇしてるけど。今日は銀さんにも手伝ってもらいますからね」
 限りなく限界に挑戦して薄く切られた沢庵を白米と一緒に噛みしめながら、銀時は首を傾げる。今日依頼があるという話は、聞いていない。万事屋の財布と台所を預かるのは新八だが、依頼に関しては決定権はまだ銀時にある。まだ、と言ってしまう辺りが情けない話だが、銀時お普段の様子を見ているとそれもまぁ納得せざるを得ない。
「何すんの?」
 銀時の余りの自堕落ぶりに業を煮やした新八が強引に依頼を取ってくることもあるが、それでも先に銀時に了承は得る。それも無しに朝いきなり話を切り出されたことは無く、銀時はやっと起き出した頭で何だか様子がおかしいなと考える。
「予定より減った報酬の確保」
 新八はそれだけを答えると、早く食べてくださいよと銀時を急かした。
 急いで食べると消化に悪いんだぞと言い返しながら、銀時はしかしまぁ新八がすることだからそうおかしな事でもないだろうと呑気に米を味を噛み締めた。

「・・・・・・・・・・・で、本当に何すんの?」
 昨日の公園に、また来ていた。しかし今日は神楽の代わりに定春がいて、その定春にはどこから調達してきたのかリアカーが括られていて、それには大きなダンボールが4,5箱乗っていた。
 公園に着くなり管理人のいる小屋に向かった新八は、戻ってきた時には昨日片付けた落ち葉がパンパンに詰まったゴミ袋を数個持って来た。
 それを無造作に地面に空けると、出るときに乗せてきたらしい大きい袋の中からバケツを下ろして銀時に差し出した。
「水汲んできてください」
 よく分からないまま使いッ走りにされて、冷たい水を汲みながらオーナーは誰なんだと毒づいて戻ってきた銀時は、落ち葉を小山の形にして回りにダンボールで作ったらしい風除けを立てている新八に向かって、もう一度同じ質問をした。
「それ、見れば分かるでしょ」
 新八は風向きを気にしながら真剣にダンボールが倒れないように苦心していて、銀時の方を見向きもせずにリアカーに乗ったダンボールを指差した。
 来る途中でスーパーに寄った新八が買ったのは、大量のサツマイモ。折角の報酬を殆ど芋に変えてどうすんだと思った銀時だったが、ここにきてようやく合点がいった。
「あー、なるほどね。俺ァまた、戦時中の家庭ごっこでもすんのかと思ったよ」
「何でそんな薄暗いままごとしなきゃなんないんスか。よし、じゃあ銀さん、火起こせます?」
 どうにか納得の行く風除けができたのか、新八が満足そうに頷きながら立ち上がった。ライターと新聞紙を手渡しされて、銀時は任せとけと火起こしに掛かる。
「これも、秋の風物詩ですよね」
 パチパチと乾いた音を立てて小さな炎が起きると、新八はそう言って笑った。
「まぁな、上手いこと考えるもんだね、新八君よ」
 ダンボールからサツマイモを取り出す新八は、秋といえば焼き芋でしょとにんまりした。
 そう、新八が考えたのは大量になった枯葉を貰って公園の場所を借りて、焼き芋でも売ろうかという事だった。それにはあの食欲魔人である神楽がいては商売にならないと思って、今日は遠慮していただいた。その代わり、大量のダンボールは銀時の原チャリでは運べないので、定春にご出勤願ったわけだ。
「で、いくらで売るの?」
 枯葉の山を突付きながら銀時が聞くと、新八はまぁその辺は臨機応変でと答えた。
「銀さんは、呼び込みだけしてください。値段は僕が考えますから」
 普通立場的に役割逆じゃないの、と思わないわけではなかった銀時だったが、計画したのは新八なので、彼なりに何か考えがあるのだろうと任せる事にして、芋が焼けた頃に近付いてきたカップルに声をかけてみた。
「ちょいとそこのお兄さん、お姉さん。焼き芋買わない?寒いデートに冷え切った身体もあったまるよー、ついでにマンネリな関係にちょっとした刺激」
 よく分からない勧誘文句だったが、二人は焚き火に興味が沸いたらしい。
「えー、焼き芋だー。すごーい、ホントに落ち葉で焼いてるよー。初めて見たー」
 女の方がやたらと感激して、組んだ男の腕をゆらゆらと揺らした。
「あったまりますよー、一つずつどうですか?」
 新八が人の良さそうな顔でにっこり笑って勧めると、女は少し迷った様子を見せた後で彼氏に強請った。高い指輪やバッグを強請られるよりは数倍安いもんだと思ったのか、彼氏もすぐに財布を取り出した。
「いくら?」
 その瞬間、新八の眼鏡が煌いたのを銀時は見逃さなかった。
「本当は一本300円なんですけど、おまけして二本で500円にしておきますね」
 言いながら新八は焼けた芋を選んで、古典的に新聞紙に包んで女に手渡す。
「え、ほんとー?超ラッキー」
 焼き立ての香ばしい匂いに顔を綻ばせながら、女は得したねと笑っている。彼氏の方も、まぁたまには悪くないよなと言いながら、満足そうに二人は寄り添いながら去って行った。
「ありがとうございましたー」
 愛想笑いを浮かべて二人を見送る新八に、銀時はポンポンと肩を叩いてちょっと待てと振り向かせる。
「何ですか?」
 いっそあどけないと言っても良さそうなその表情に、銀時は何故だか背中に冷や汗が流れるのを感じた。
「ナンですかって、お前アレ原価いくら?300円もしねぇっつーか、250円もしねぇよ、おい」
 特価セール中の物を選んだ上に箱買いしたので、予想以上に元値は安いのだ。それを一本250円て、得したどころか騙されているよ彼女、と若干同情気味に銀時が呻くと、新八はしゃらっとした顔で、
「安いほうですよ、石焼き芋なんて2、3本で800円近くとか取られるんですよ。それに、最初に少し高めに言っておけば多少値段設定高くしても相手も損した気分にはならないでしょ?」
 人が良い以外に取り得の無さそうな助手が、数々のバイト遍歴で培った何かを垣間見た気がした。
 一見坊ちゃん風だが、彼が結構苦労してきたのは銀時も何となく知っている。多くのバイトも経験しているらしく、社会常識は充分にある。しかしそれ以上に、商売の裏事情も色々と見聞きしてきたのだろう。最初に高い値段を吹っかけておいて、そこからさも値引きしましたというような印象を抱かせながら、その実しっかり利益を見込んだ売り方をするなんて、新八にできるとは微塵も考えていなかった。
「おまえも、くろうしてるのね・・・」
 昨日神楽が落ち葉を蹴り落とした一瞬後で、こんな報酬の穴埋めを考えついたあたり、優秀な助手を持ったもんだと銀時は感心してししまった。
 その後も、新八は銀時の呼び込みによって寄ってくるお年寄りや若いカップルや親子連れに次々と焼き芋を売り捌き、その度に芋の値段は上下したがそれのどれもが原価を割る事無く確実に利益を生み出していった。
「おばあちゃん、これ大きいけどおまけして200円ね」
「ボク、特別に美味しいのあげる。お母さんとお父さんの分も一緒で900円を750円で」
「おじさん、家族のお土産にどうですか?5本買ってくれたら全部で1000円で良いですよ」
「お姉さん、わんちゃんにも上げてください。一本小さいのもおまけして、300円にしておきますね」
 ニコニコと笑いながら新聞紙に包まれた芋を手渡ししていく新八の隣で、銀時はただただ声を張り上げて客寄せをしているだけだった。何だかちょっと、助手の将来に薄ら寒さを感じながら。

 結局、芋はダンボールを一箱残して軒並み完売。面白いくらいに売れた。
「おい、新八。残り一個開けるぞー」
 順調な商売に心なしか声を弾ませて銀時が最後のダンボールに手をかけると、新八が振り向いてそれを止めた。
「あ、それは駄目です。もう店じまいにしますから」
 そう言って最初に銀時が汲んできた水を焚き火にかけて、新八は帰り支度を始める。
「え、何でよ?これだけ残してもしゃあねぇべ?」
 燃えカスを再度ゴミ袋にまとめようとする新八に、銀時は袋の口を大きく開いてやりながら首を傾げる。
「あれは、ウチの分です。夕方河原で焼き芋するから、それまで遊んでてって神楽ちゃんに言ってあるんですよ」
 その言葉に、銀時はようやく昨日からの神楽の上機嫌の理由を知った。そして、彼女を上機嫌にさせながら今日のこの商売の邪魔もさせなかった新八の手腕に、改めて驚かされる。
「新ちゃんって、案外策士よね」
「何でオネェ言葉なんですか。でも今回は必死だったんですよ、今月も給料出ないと姉上に殺されそうなんで」
 苦笑しながらゴミ袋を提げる新八に、給料を出してない身分の上司としてはそれを代わりに持ってやること位はしないと罰が当たりそうな気がした。
 水を捨てに行った新八から受け取ったゴミをリアカーに積んで、銀時は青から赤へ変化しつつある空を見上げる。風はもう冷たかったが、空の端は燃えるように赤い。
 少しして管理人にも挨拶をしてきたと言いながら戻ってきた新八に、銀時はお疲れさんと声をかけながら来た時と同じ様に定春がリアカーを引いて、二人と一匹は河原に向かった。
 道中、とても穏やかな空気が流れる中で銀時は、結局予定報酬はクリアしたのかと尋ねてみた。
「あぁ、何とかクリアしましたよ。場所遣わせてもらったから、管理人さんにも少し渡しましたけどね」
「んな勿体ねぇことしたのか?」
 夕日に長く影が伸びて、辺りからは美味そうな夕餉の匂いが漂ってくる。そんな平和な中をのんびりと歩きながら、新八は銀時を見上げて笑った。
「勿体無くないですよ、だって結局公園側は落ち葉掃きの報酬も払ってるんですから。少し位場所代戻ってきたって、結局はマイナスですよ。まぁ、一度お金が出てその後少しでも戻ってくれば得した気分になるんですから、良いんじゃないですか。タダで公園使って後で文句言われるのも嫌ですしね」
 その言葉に、銀時は思わず新八の肩に腕を乗せて深く溜息を吐いた。
「すんげぇ優秀な助手を雇った気がするよ、俺は・・・」
「?何ですか、急に?」
 姉の暴力性にばかり目が行っていたが、中々どうしてこの弟も、十二分に強かなのだと銀時は思い知った。

 河原には既に神楽が待機していて、遅い!と散々に文句を言われた。
「はいはい、ごめんね。待ってたの?」
「酢昆布も我慢して待っててやったネ、貴重な女の時間を無駄にするとはいい度胸ネ、男の風上にも置けないアル」
「だったら風下にでも置いておけってんだ、おら、これで満足か工場長」
 神楽の足元にダンボール一杯のサツマイモを下ろしてやると、彼女の機嫌は途端に治って、早く焼こうと銀時にせがんだ。
 真っ赤に燃える夕日の下で、赤く燃える焚き火を囲んだ。風は冷たかったけれど、頬に当たる炎の熱がある分、それが心地良い。
 誰かにあげる為、商売の為ではなく焼く焼き芋は、とても香ばしくて甘い匂いで食欲をそそる気がした。
「銀さん、これ持ってください」
 おもむろに差し出されたそれは、リアカーに乗っていた大きな荷物から取り出したらしい金網。
「何コレ」
 焼き芋にはおよそ必要の無さそうな道具に、不審そうに眉根を寄せる銀時に構わず、新八はそれを彼に握らせる。
「ちゃんと持っててくださいね」
 そう言って彼は荷物の中からタッパーを取り出して、そこから思いも寄らない物を取り出した。
「・・・・・・・・おにぎり?」
 それは海苔も巻かれていない素っ気無い握り飯。それを三つ金網に乗せると、ちゃんと火が当たるように持ってくださいと新八は告げた。
「何でおにぎり?」
 言われたとおり燃えない位置で金網を持った腕を固定する銀時に、神楽は目を輝かせてその握り飯を見つめる。
「だって、神楽ちゃんこういう時絶対ご飯欲しがるじゃないですか。でもそのまま持ってきたら冷たくて美味しく無いから、焼きおにぎりにしようかなって」
「ひゃっほう、でかしたねぱっつぁん!お前はやればできる男だって信じてたアル!」
「ありがとう。でも炭水化物同士はやめた方が良いのは本当だからね、お芋とご飯なんて暴挙はおにぎり一個までだよ」
 一応釘を刺すことも忘れない新八だったが、それでも喜びに浮かれる神楽を見る目は夕日のせいだけでなくとても優しい。
「おいおいおい、神楽にばっかり嬉しいサプライズかよ。今日労働してたのは俺のほうじゃねぇの?新八君」
 その上金網持たされ係りだよと、大して思ってもいないくせに少しだけ悔しくて拗ねて見せれば、新八は仕方無いですねと言いながらまたもや荷物から何やら取り出した。
「コーヒー牛乳、あげるから我慢してください」
 取り出した魔法瓶には、銀時が好きな薄茶色の飲み物が入っているらしい。
「芋って、喉つまりしますからね」
 言いながら、魔法瓶の付属品であるらしいプラスチックの安っぽい3つのコップにコーヒー牛乳を注いでく新八に、銀時は離せない手で目を覆う代わりに大きく首を仰け反らせた。
「新八ィ、さっきの優秀な助手云々、無しな」
 川面に乱反射した夕日が幾筋も銀時の視界を刺激して、何故だか涙が出そうになった。
「は?何ですかいきなり」
 手が塞がっている銀時の為に飲みやすい位置にコップを差し出してくる新八に、銀時はあーあと意味の無い呻き声を漏らした。
「俺は今、すんげぇできた女房を貰った果報者の気分だよ・・・」
「はぁ??何言ってんですか?」
 思い切り不審の目を向けながら、新八は焼き芋にかぶりつく神楽に行儀が悪いと小言を言っていた。  







できてない、できてないんだよこの銀時と新八は!でもナチュラルに夫婦、違和感無く家族。