家族の条件











 アイドルお通の親衛隊長である志村新八は、彼女のライブ前はとにかく忙しい。
 何しろ隊長なのだ、唯一お通のマネージャーにも公認の親衛隊を率いているのだ。ただ当日だけ彼女を応援すればいいと言うものではない。
「というわけで銀さん、明日からの三日間、休ませていただきますんで」
 ソファで向かい合わせに座り、銀時にお茶を差し出しながらそう言った新八の目は、既に据わっていて隊長モードに切り替わっていた。
「お?おぉ、あいよ」
 基本的には年中無休二十四時間営業中の万事屋ではあるが、その実開店休業中の時間が長かったりする。普段はそれを嘆く新八ではあるが、故に休みも割と希望通りに取れるこんな時にはありがたいと思う。
 簡単に休みが取れてしまうのは、多分に銀時のやる気の無さも理由なのだろうが。
「それにしたってお前、三日間も何すんの?」
 ズズ・・と音を立ててお茶をすすりながら、銀時はテーブルの上に置いてあるリモコンをテレビに向ける。しかし、電源のボタンをいくら押してもテレビは反応せず、舌打をした彼に新八は無言でテレビ本体のスイッチを入れてやる。
「テレビは主電源で入れたり切ったりしてくださいって、言ってるでしょ」
 万事屋では、無駄な電気消費は厳禁なのだ。テレビは主電源を切り、レンジやこたつは使わない時にはコンセントを抜く。
 収入があっても神楽や定春の食費などで支出も馬鹿にならない万事屋で、出来る限りの節約をしなければと新八は努力しているのだが、銀時や神楽は怠惰からか非協力的である。
「んな、大した変わりもねぇだろうがよー。せいぜい月に数百円だろー?」
「一年分でどの位になると思ってんですか、やっすい焼酎なら一本分浮きますよ」
「俺は今日を楽に過ごしたいんだよ」
「ホント駄目人間だな、アンタ」
 今にも閉じそうな半眼でチャンネルを回していく銀時を胡乱な目で見やり、新八は嘆息した。
 興味を引かれる番組はやってなかったのか、適当なニュース番組に合わせた銀時はリモコンを無造作に放って、で?と尋ねた。
「え?」
 いきなり促されて驚いたように眼を見開く新八に、銀時は首後ろに手をやった。
「これだから、お前と話してると論点がずれるんだよなぁ。ライブの三日前から何すんだって、聞いただろうが」
 話しがずれるのは何も新八だけのせいではなく、どんな呟きだろうが拾って会話のネタにしてしまうお互いに原因がある。しかしここでそれを指摘すればまた話しがずれると判断した新八は、あぁその話ですかと居住まいを正す。
 彼の中で、お通に関する話は全て正しい姿勢で為されるべきだという、ファンの鑑とも言える真理が働いているのだった。
「色々あるんですよ、衣装のチェックとか隊列の最終決定とか。それが終ったら実際に隊員を集めて整列練習と歌詞の確認。一言でも間違える人間には鼻フックです。あとは声援の為の発声練習と、体力が衰えてないかどうかの走りこみとか。ライブは戦場ですからね、途中貧血なんて起こしたら即脱退です」
 一見大人しいインドア派に見える新八だが、基本的には武士のスポ根が叩き込まれている。彼の率いる親衛隊も、中々厳しいところらしい。
 ライブの為に体力作りという何とも平和的で呑気な発言に、銀時は湯飲みの椀を見下ろして笑った。
「オタクの道も大変ね」
「自分で聞いておいて、何そのやる気の無い返答!つか、オタク馬鹿にすんなよ!?今の日本経済を支えてるのは、オタク市場なんだよ!写真集一冊にしたって、保存用観賞用下手したら風呂場で観賞用の三つ買うんだからな!一人で三人分の消費活動してんだよ!ちなみに僕は、不定期な給料のせいで一冊しか買えてないけど!隊長なのに結構肩身狭いんですけどね!」
「ばーかやろ、おまえ自分の人望くらい自分で勝ち取りなさいよ。金で得られる信用なんて、脆いんだぞー」
「だったら僕は、自分の権利も自分で勝ち取りますよ?労働者には賃金を貰う権利があんだぞ、知ってんのかおい」
 ライブの話から給料の話へとやはり内容が変化していった二人の会話は、最終的には元に戻り、新八の、
「三日間、ちゃんと掃除してくださいよ?ジャンプも、せめて紐でまとめといて下さいよ!」
 旅行前の母親の様な台詞に、銀特が覇気の無い返答を返して終了となった。


 三日後、身も心もお通のライブに注ぎきった新八は、まだ残る疲労感を若干ひきずりながら万事屋に出勤した。
 階段を上り玄関に指をかけ、そこで動きを止める。
 三日前、新八は銀時に部屋を綺麗に保つように言い彼は応と返事をしたが、それを心から信じているわけではなかった。
 万事屋など営んでいるのだから、ある程度のことならば何だってできるのだろうに、彼の場合まずやる気になることが稀だ。
(せめて、生ゴミは片付けてくれるといいけど・・・)
 いくら怠惰な銀時でも、生ゴミに埋もれて暮らしても良いと言うほど堕落してはいないだろう。せめてその位の人並みな感覚であってほしいと祈りながら、新八は切支丹ではないが心中で十字を切って玄関を開けた。
 靴を脱いで冷たい廊下を進み、深呼吸をして居間への襖を開く。
「・・・・・・・あれ?」
 そこには、彼の予想外の居間があった。
 ジャンプが散乱しているわけでもなく、お菓子のくずが落ちているわけでもない。テーブルの上は綺麗に片付けられていて食器が山積みになっていることも無いし、少し身体を逸らして台所を覗き込むが洗い物が溜っているということも無い。
 三日前、新八が片付けていった状態とほぼ同じ居間の状態が、そこに広がっていた。
「・・・なんだ、やればできるんじゃないか」
 どんな惨状が広がっているかと自宅から続いていた緊張を解いて、新八はテーブルの上のリモコンを手に取る。テレビに向けて電源ボタンを押すがテレビは何の反応も示さず、ソファを回り込んで直接主電源を押すと小さな音量でニュース番組が入った。
「人が何回言っても、普段はやらないくせに・・・」
 心配してそんしたなと呟いて、新八の口元には笑みが浮かんだ。楽しかったライブの後で散らかった部屋を片付けるのかと思うと、正直気が重かった。けれどそんなことは杞憂だったと分かり、新八は安堵する。
「これなら、今日も休んでも良かったかな」
 しかし、浮かんだ笑みとは裏腹に新八の声にはそれほど弾んだ様子は無い。整えられた居間を見渡し、新八はリモコンをテーブルの上に戻し、テレビの音量を上げた。
『次は、ブラック星座占いでございます』
 銀時が観ているうちに新八も耳慣れてしまったアナウンサーの声を聞きながら、新八は深呼吸を一つして踵を返した。
 そして、いつもの日課を開始する。
「神楽ちゃーん、朝だよー」

 神楽を起こし、銀時を叩き起こし、朝食の支度をした。片付けをした後今日も依頼の予定は入っていないことに落胆しながら洗濯機を回し、その間に掃除機をかける。
 神楽は既に元気に遊びに出かけ、銀時はデスクで珍しくジャンプではなくクロスワードパズルの雑誌と睨み合っている。
「あー、なんだっけなー、アレ。からくり、じゃねぇしなー、あー、出てこねぇ。アレ、なんつったかなぁー、なぁ新八?」
「代名詞ばっかり連呼されても、分かるわけ無いじゃないスか。ていうか、そんなもんで遊んでる暇があるなら仕事探してくるなり手伝うなり、してくださいよ」
 掃除機の頭でデスク下の銀時の足をど突くと、痛いと言いながら銀時はその足をデスクに上げる。自然とふんぞり返った偉そうな体勢になりながら、銀時は呻き続ける。
「遊んでんじゃねぇよ、これは。言ってみれば脳の訓練よ、万事屋なんてやるからには、頭の回転も必要だかんな。別に、DSが買えねぇからクロスワードなんじゃねぇぞ、脳トレなんて買う余裕がねぇからじゃねぇぞ、こう、自分の手で答えを書くってことからして、脳の活性化がだな」
「ハイハイハイ、そんなこと聞いてないですよ。アンタの場合、脳の活性化よりもやる気の活性化の方が先じゃないんですか」
 掃除機が立てるガーガーとうるさい音に負けないよう、互いに声を張り上げながら新八は先回りで言い訳染みたことを言い出した銀時に言い返す。
 すると銀時も負けじと腹に力を入れ、馬鹿野郎と怒鳴った。
「何言ってやがる、てめぇが休んだ三日間、誰がこの素晴らしい状態を保ったと思ってやがるんだ」
「普通はそれが当たり前なんです。まぁ、ちょっと驚きましたけど・・」
 銀時のデスクの下まで掃除機をかけ、一通り終えた新八は掃除機の電源を切って屈めていた腰を伸ばす。
 途端に音が少なくなった室内が何か気まずくて、新八は大して労力も使わなかった掃除のできを確認するように銀時から目を逸らして居間を見渡した。
「正直、もっと散らかってると思いましたモン。なのに洗物一つ溜ってなくて、びっくりしました。ジャンプも転がってないし」
「だろ?銀さんはやるときはやる男よ」
 誇らしげな声が後ろから聞こえてきて、新八は自嘲気味に笑った。その表情は銀時には見えないだろうと確信したからこそ、浮べてた笑みだった。
「普段からやって下さい。でもそうですよね、銀さんだって家事してくれる相手一人いない暮らし長いんだし、掃除だって洗濯だってできますよね」
「おい、今さらっと馬鹿にしなかったか?何気に失礼な発言をかまさなかったか?相手一人いないってそりゃおめぇ、銀さんがもてないって話か、おい」
「ふんどし仮面に施しパンツ貰った人が、もてるとでも言いたいんですか?」
「新八君、なんだかとっても言葉に棘が無いですか?」
 後姿から、新八がどんな表情をしているかは分からないが、折角彼が休んだ三日間この事務所兼住居を綺麗に保ったというのに、彼の声は余り上機嫌ではないことを銀時は感じていた。
「そんなことないですよ、ちょっと銀さんを見くびってたなって反省したところです。で?何をさっきは悩んでたんですか?」
 振り返った新八はいつものようにに笑っていて、銀時は何か違和感を感じながらもそれを聞けない。彼には心当たりが全く無いのだ、新八が不在の三日間、彼の機嫌を損ねるようなことはしなかった筈だ。飲みには行ったが、口にしない限りはばれない筈。
 なのでどう切り込んだらいいのか分からず、銀時はやや強引に戻された話題に素直に乗るしかない。
「あ、あぁ、SF などに登場するからくりや人工生命体のうち、外見はもちろん、思考や行動なども人間同様であるものの称。てなんだっけ?ア、で始まる六文字なんだけどよぉ。アンドロメダ?」
「アンタはどこに行くつもりだ・・・星の名前でしょうがそれは。アンドロイドでしょ」
「あーあー、なるほどね。さすが新八君、カタカナに強い世代だね」
「銀さん、二十代であることを主張するならそういう発言は止めといた方がいいと思いますよ」
 世代が違うって、自分で認めてるじゃないですかと言って笑う新八はやっぱりいつもの通りで、銀時はうるせぇよといつもの様に返しながら、さっきの違和感は気のせいだったかと首を捻った。

 夕食の片付けをしながら、新八は洗い桶に浸けた自分の手を見下ろす。結局今日は仕事が無くて、新八は一日家事をしていた。
 それは大して珍しいことでもなく、その現状に嘆くことももう無くなった。依頼は入るときは入るし、入らないときは全く入らない。ある意味ではこの商売も水商売の一種で、流れ物だ。一々心配していたら身が持たないし、いざという時には銀時が何かしらの依頼を取ってきてくれると信じているので、極限に陥らない限りそう悲嘆はしない。
 表向きは、全くやる気を起こさない銀時に発破をかける為に愚痴ってみたり給料寄越せと脅してみたりするけれど、本心ではこうして万事屋で家事をすることも苦ではない。
 けれど、新八はふと考える。
 本当に自分はここに必要だろうか、と。
 依頼があれば、人手という意味では必要だろうと思う。情けないことに神楽よりも非力である自分だが、それはもう種族が違うのだから仕方が無いし、地球人としては平均的16歳なのだから全く役立たずということも無いと思いたい。
 けれど、銀時と神楽ならば、二人でも大丈夫ではないか、と思わず考えてしまう。
「せめて家事くらいでは、大分役に立ってると思ったんだけどなぁ」
 ふやけそうになる手を桶から引き上げて、洗い物を再開する。
 神楽も銀時も化け物の様に強いが、家の事は不得手だ。そう思ってきたから、依頼の時に自分の非力さを嘆くことがあっても、ここで自分は必要とされていると思える家事があったから、そう悲観することもなかったのに。
「でもそうだよなぁ、僕が来るまでは銀さん一人だったわけだし。それでも生活してけてたんだからなぁ」
 いつだって、手を抜いてるわけでも自分が一番弱いからと卑屈になっているわけでもないが、今日は何だか少し後ろ向きだなと新八は苦笑する。
 完璧に整えられた居間が、それほどショックだったのか。
 自分がいなくても、この空間は保たれるのだという事実を目の当たりにして、一人勝手に衝撃を受けている。
「あー・・・駄目だ、今日は帰ってお通ちゃんのCDでも聞こう」
「一人思春期人生相談は、終ったか?」
 よし、と何かを振り切るようにして水道の蛇口を閉めた新八の背後で、いきなり銀時の声がした。
「うっぎゃああぁああぁああ!な、何してんすか、銀さん!いつの間にそこに!?」
 廊下と台所の間に立ち、だるそうに背中で壁に凭れ掛けた銀時は、新八の叫びに耳を塞いで眉をしかめた。
「新八ィ?どしたアル?蛇口からエリザベスでも出てきたアルか?」
「何でもねぇよ、新八は思春期ゆえの不安定さで、思わず叫んじまっただけだ。お前は安心して、食後の酢昆布かじってろぉ」
 居間から神楽の声がして、銀時が間延びした声で答える。新八は今の独り言をどこから聞かれていたのか羞恥で真っ赤になって、何か言い訳の言葉を捜す。
「や、あの、銀さん、えーっと・・・」
 うろたえる新八を他所に、銀時は壁から背中を離して新八の隣に立つ。そしておもむろに布巾を手にとって、水切り籠に収まっている食器を拭き始めた。
「銀さん?」
 意外すぎるその光景に目を丸くしながら、新八は拭き終えた皿を受け取る。銀時は黙々と皿や茶碗を拭いては新八の手に渡し、そしてぼそりと呟いた。
「お前、玉子焼き一つ作れねぇ姉ちゃん、嫌いか?」
「は?」
 確かに姉の妙の作る玉子焼きは、最早料理ではなく平気の域に達すると言っても過言ではない、破壊力を持つ代物だ。しかし、今この場でどうして彼女の玉子焼きが話題に出るのか新八には全く理解できない。
「餌代は莫大だわ、人に噛み付くわ、ろくに言うことも聞かない上に、生産するモンはうんこと痛みとしっこしかない犬は、邪魔だと思うか?」
 隣で頭一つ分も違う銀時の横顔を見上げながら、新八は眉間に皺を寄せる。彼が何を言いたいのか、さっぱり分からない。
「違ぇだろ?たとえ劇薬指定の玉子焼きしか作れなかろうが、冬に暖を取るくれぇしかその存在をありがたいと思わねぇ凶悪生物だろうが、何ができて何ができなかろうが、家族ってのァそんなもんで大事かどうか決まるわけじゃねぇだろ」
「・・・・家族・・・?」
 ぽつんと繰り返した新八の言葉に、銀時は自分で言ったくせに嫌そうに眉をしかめた。いや、多分それは照れ隠しの表情だったのだろう。大して量も無かった食器はとっくに拭き終わり、銀時は布巾を新八の持つ皿の上に放り出した。
「んだよ、てめぇが言い出したんじゃねぇか。やだねー、近頃のガキは。自分の言った事に責任を持つってこと、知らないのかねェ」
 微妙に新八から視線を逸らし、ぼんのくぼに手をやって銀時はそうぼやく。
 不意に、以前神楽が父親と帰る帰らないの騒動が起こった時、新八は自分が彼に言った言葉を思い出した。
『家族と思ってくれていいですからね』
「あぁ・・・て、えぇ・・?」
 その時、銀時は何も答えなかったはずだ。ただ、その前に辞めると断言していた新八の一貫しない言動をツッこんだだけで、嬉しいとか迷惑だとか、そんなことは一言も言わなかったし、その後の彼の態度に何も変化はみられなかった。だから、こんなことを言われるとは思ってみなかった。
「え、もしかして僕、慰められてるんですか?」
「お前・・そういうことを確認するな、なんていうか、居た堪れないから」
 あー、と一言呻いた銀時は、逸らしていた視線を新八に戻して片手でその細い肩を抱きこんだ。
「え」
 驚いて息を吸い込んだ瞬間、銀時の匂いが鼻先を掠める。いい年なのだからもっと男臭くても良いと思うのだが、日々甘味を愛する彼にはどこか甘い匂いが染み付いている。
「新ちゃんがいない三日間、この銀さんが頑張って片付けしたってのに、それを褒められるどころか凹まれたらどうすりゃいいってんだよ、ったく。散らかしてたら散らかしてたで、お前ぜってー鼻フックだったろ。嫌ね、思春期の男の子ってば複雑で」
 揶揄するような口調で、それでも抱き締めてくる銀時の腕も身体も温かかった。そして新八は、本当に自分は身勝手なことで落ち込んでいたのだと自覚する。
「ごめんなさい・・・片付けろって言ったの、僕なのに」
「そうだぞー、銀さん物凄く頑張ったんだぞ。もう一年分は頑張ったね、もう指先一つ家事の為に動かしたくないね、それっくらい頑張ったのよ?」
「たった三日で一年分て、舐めてんのかアンタ」
 胸元で低い声を上げる新八に、銀時はあぁ調子が戻ってきたなと胸中で笑う。羽を伸ばして思い切り愛しのお通ちゃんのことで楽しんだ新八が、三日ぶりに出勤してきて不機嫌になったら嫌だな、と銀時は柄にも無くそう思ったのだ。
 だから、言われた通りに片付けもしたしテレビも主電源で切った。基本的に怠惰でやる気の無い自分としては、それだけで充分賞賛に値すると思っていたのに、出勤してきた新八は何だか浮かない顔だった。その上、銀時がここまで家事ができるのなら自分は必要なのか、なんて下らないことまで考え出して。
(ったく、働き損だっての、コンチクショー)
「正直ね、家事なんて誰がやっても良いのよ、俺ァ。自分でやらなくて良いなら、誰でもいい。お前の言うとおりこれまでは一人でやってきたわけだしね?でも今はサァ、おめぇが家事してんの見るの、気に入ってんだよ。結構な」
 絶対今の顔を見られるわけにはいかないと、銀時は新八の頭を押さえる手に力を込める。痛いと文句が上がってきたが、無視してとりあえず掃除の時のあの背中に言ってやろうと思っていた事を勢いに乗せて吐露してしまう。
「でもだからって、お前がメイドさんじゃねぇこと位、分かってんよ。いくらオタクでも自らそんな暴挙に走るほどは痛くない子だって、信じてるよ俺ァ」
「何言ってんだ、アンタ」
「まぁだからさぁ、なんつーの?お前が家事やってくれんのはありがてぇしこれからもやって頂きたいけども、だからってそれしか能がないとか価値がないとか、そういうんじゃねぇから、うん。ツッコミがいないと、話も進まねぇしな」
 慰めるなら、もっと素直に慰めてくれればいいのに、と新八は押さえつけられて眼鏡が曲がらないか心配しながら、唇をへの字に歪めた。
 しかし、もし本当に銀時に『お前はお前のままでいいんだよ、今のままで大事な家族だと思ってるよ』なんて言われたりしたら、それこそ全身サブイボで銀時を引きずって脳神経外科に飛び込んでいるとも思う。
「アンタ最初、チャーハン作れない母ちゃんはいらないって言ったくせに・・・」
 それは、初対面の時の銀時の台詞。今言っていることと矛盾するぞと新八が指摘すると、銀時は乱暴に新八の頭を掻き混ぜた。
「んな細けぇことばっか覚えてっから、後ろ向きになって眼鏡になるんだぞ、お前」
 何かと眼鏡を引き合いに出す銀時は、本当に眼鏡キャラという新八の特徴にこだわっているらしい。いつもならば一言言い返す新八だが、今日はやめてだらりと下げていた右手で銀時の着物の裾を掴んだ。
「別に、後ろ向きだから覚えてるんじゃないですよ。銀さんが言ったことだから、覚えてるんじゃないですか。銀さんが言ったことなら、一々細かいことでもちゃんと覚えてます」
「あーらら、熱烈な告白だこと」
 茶化すような声が上から降ってきたが、新八は気にせず裾を掴む指に力を込める。銀時が新八の言葉をちゃんと受け取ってくれたことは、彼の空いていた腕が腰に回ったことが証明していた。
 あやすような抱擁ではなくて、大事な物を抱きこむようなその仕草に、新八は銀時の肩口に鼻を擦り付ける。
「ところで片付けをしてくれてた衝撃で忘れてたんですけど、アンタ三日間無闇に甘いもの食べてないでしょうね?」
 フンフンと鼻を鳴らして確かめようとする新八に、銀時はくすぐってぇと笑う。そして腕の力を緩めて新八の顔を覗き込み、口角を上げて笑った。
「確かめてみる?」
 ニヤンと笑った顔は、いつもの余裕綽々の銀時で、さっきまでどんな顔してたんだか見たかったなと残念に思いながらも、新八は眼鏡を取り上げられて重なってくる唇に素直に瞼を下ろした。
 隙あらば甘いものを食べようとする銀時のキスは、いつだって甘い。だからこの三日間で彼がどれだけ甘味を摂取したかなんて、分かるわけがない。
「・・・ていうか、家族でこんなことしてたら、近親相姦ですよね」
 そんなことはお互い百も承知であることを知っていながら、啄ばむようなキスを何回か交わす。そして最後にわざとらしい音を立てて離れた銀時に眼鏡を返してもらって、それを賭けなおしながら呟いた新八に、銀時は廊下に足を向けながら振り返って笑った。
「ばーか、夫婦なら問題ねぇだろうが」
 そんなことを素面で言えるアンタが一番馬鹿だと思いながら、新八は今日はお通ちゃんのCDは聞けそうにないと心の中で懺悔した。









  えーと、こんなに銀新になる予定じゃなかったんです!(どんな弁解。
 本当は、銀さんが大人ぶって新八を慰めるってだけの話だったのに、何でかちゅーまでかましてやがる・・。そんなにいちゃつきたいか、お前らアアァァアア!
 初めてまともな銀新ですね、神楽が出なくて残念・・・。