「どう思う?」 ソファに並んで腰掛けテレビを見ながら、新八は神楽に問いかけた。 「何がアル」 目線はテレビから離さずに、神楽は二本目の酢昆布に手を伸ばす。 「銀さんて、あんなに駄目でいい加減で適当なのに、本気で焦ったりしたことって殆ど無いよね」 今この場にはいない万事屋主人を思い浮かべながら、新八はズズ・・と音を立てて湯飲みを傾ける。 「どうでも良い時には大騒ぎするくせに、いざとなったら妙に落ち着いてるって言うか冷めてるって言うか。まああれが場数の違いってもんなんだろうけど、それにしたって・・」 「この間のエロメスの話してるアルか」 その一言で、湯飲みを持っていた新八の手がピタリと止まった。 「勝手に一人でぶりっ子に騙された挙句に財布まで取られて、結局私と姉御に助けられたあの話かヨ」 神楽は固まった新八に構わず酢昆布を噛み締め、横目でちらりと新八を見上げる。彼は固まったまま、その表情は眼鏡が光を反射しているせいで今一掴みにくい。 「新八がどこの誰とナニしようと、銀ちゃんは冷静沈着、後を尾けるのも姉御が言い出さなきゃきっといつもどおりここでジャンプ読んでたネ。それが不満アルか?」 ギシリ、と新八の肩が音を立てて揺れた気がしたが、神楽は気にしない事にする。 「あんなのは、若気の至りの青春の一ページアル。騙されたことも一応乳繰り合う仲の筈の銀ちゃんが興味薄だったことも、早めに忘れるヨロシ。ていうか、こんな話私に言うくらい煮詰まってるのかヨ、お前」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・だよね・・ごめん」 一応新八と銀時が夜を共にするような仲だということは神楽も知っている。というか万事屋に住んでいて四六時中彼らと一緒にいて、気付かない方がおかしい。けれど、お互いにそれを積極的に確認した事はなかった。 銀時にしてみればそんなものはわざわざ申告するようなことではないし、新八にしてみれば時には妹の様な存在の神楽にそんなことを報告するのは気恥ずかしかったし、神楽も神楽で、男同士の痴話喧嘩やら何やらと、そんな馬鹿馬鹿しい話は願い下げだった。 「銀ちゃん元々やる気のない人間アル、新八が深く考えるだけ無駄ネ。ウジウジ考えてネェでさっさと買出し行けよ家政婦予備軍」 「誰が家政婦だよ、もう・・・」 容赦ない神楽の言葉に、新八は溜息を一つ吐いてから湯飲みを置いた。今日はクリスマスイブ前日の23日、万事屋ではささやかなクリスマスパーティーを開く予定になっていた。 パーティーとは言っても、面子はいつもの三人プラス犬一匹。クリスマスにかこつけてケーキをねだりだした銀時と、鶏の足がそのままの形で食卓に出るという話を聞きつけてしまった神楽が大騒ぎし、一人財政を理由に反対していた新八は結局折れた。 イブでは無いのは、銀時が嫌がったからだ。理由はよく分からないが、イブをしけた面子で過ごすなんてゴメンだとか何とか見栄を張ったことを言っていた。というか、一応身体の関係まである自分を含めてしけた面子と言われると、新八としては面白くも無い。 だからと言ってそれを問い詰める権利が自分にあるのかどうか自信の無い新八は、結局は23日に苦しい家計を遣り繰りしてクリスマスをすることにした。 「じゃあ、頼んでおいたケーキ取ってくるついでに、買い物行って来るね。銀さんが帰って来ても、ケーキはまだ無いから冷蔵庫とかやたら開けさせたりしないでね」 ソファの端にかけておいたマフラーを首に巻いて、新八は玄関へ向かう。背後からは神楽から気の抜けた、 「いてらしゃいアルー」 が聞こえてきて、新八は行って来ますと返した。 玄関の引き戸が静かに閉まる音がして、神楽は暫くテレビの音だけが響く部屋に座っていた。しかしその内テレビも詰まらなく感じてきて、時計の秒針の音が妙に耳障りになってきたので、神楽は小さくヨシと気合を入れて立ち上がった。 串に刺さった団子を一気に三つ頬張りながら、神楽は隣で大きな欠伸をしている男をちらりと一瞥する。 「そらあ、新八君も馬鹿なことで悩んでるネェ」 白い息にも全く寒そうな様子も見せずこの男は、一応天下の公務員であるから財布の中身はボーナス後で潤っている。それを狙って町中を適当に徘徊して探していた神楽は、まんまと甘味屋で腰を下ろしている男に出くわした。休憩の合間に仕事をするような、チンピラ警察24時の一人沖田総悟である。 「全くアル、考えるだけ無駄な悩みネ。おいドS、お前それ食わないなら寄越すアル」 彼の脇には団子が一本残ったままになっていて、それを寄越せと手を伸ばした神楽に彼はほいよと惜しげもなくそれを手渡した。 「お姉さん、もう十皿追加アル」 それを一口で口の中に収め、店の中に向けて叫んだ神楽に対して沖田は呆れたように膝の上で頬杖を付いた。 「お前、人の金だと思ってどんだけ食う気でィ」 「うっさいアル、どうせプレゼントの一つ買う相手もいない寂しい男アル。このくらいケチケチするなヨ」 「買ってやりてェと思う相手は、団子の方が良いと抜かすような色気のネェ女でしてねぇ」 頬杖をつきながらちらりと神楽を見上げ、面白がるように目を細める。その視線にフンと鼻を鳴らして応えると、神楽は殊更見せ付けるようにして大きな口を開けて新たに運ばれてきた団子にかぶりついた。 「美味しそうに物を食べる女の子は、魅力的アル」 「へぇへぇ、そういうことにしときやしょう。で?新八君はマジでそんなことで悩んでるんですかイ?」 「そうアル、本気で銀ちゃんは嫉妬しないと思って凹んでるアル。マジうざいネ」 先ほも喧嘩をふっかけてくることにも、慣れてしまっている沖田は大して驚きもせず、一通りやりあった後にまぁ座りなせぇと隣を勧めた。 「新八君が騙された時だって、結局イの一番に飛び出してエロメスだかいうこそドロ追いかけたのは、旦那だろイ?何を疑うってんでイ」 会えば拳を交えているような印象しかない神楽と沖田だが、実のところは本気でいがみ合っているわけでもない。新八がエロメスに騙されたという話も、神楽自身が彼に話したことだ。その時彼女は、あんな馬鹿な女に掴まるなんて、新八も相当馬鹿アルと悔し涙さえ浮べて見せた。 確かに会えば瞬時に殺し合いかと思われるくらいの他人が入り込めない激しいやり合いをすることが殆どだが、それはお互いなりのコミュニケーションというものだ。 神楽も沖田も、現在身の回りにいる最も年の近い相手がお互いなのである。そこに新八も妙も含まれないのは、何となく彼らは苦労してきたせいかどちらかといえば、銀時や土方寄りだからだ。 「だからドS、お前ちょっと新八引っ掛けて来いヨ。そしたら銀ちゃんも、少しは新八の前で瞳が煌くかもしれないネ」 傍らに絶妙なバランスで築かれていく皿の塔を数えながら、沖田は冷えてしまったお茶に眉をしかめる。するとすぐに店の若い店員が寄ってきて、心なしか頬を染めながら熱いお茶を注いで行った。 それに対してろくに礼も言わず一瞥もくれず、彼は冗談じゃねぇやと肩をすくめる。 「お断りでさぁ。俺が相手じゃ、旦那に本気で殺されるってもんだ」 「そうネ、お前みたいなガキじゃ、役に立たないアルな。銀ちゃんの敵じゃないアル」 沖田にだけ熱いお茶を注いで、神楽を全く無視で去って行った店員を物凄い勢いで睨みつけながら、神楽はもぐもぐと口を動かす。 「言ってくれるじゃねぇか、おい茶ァくれや・・・と、旦那じゃねぇですかイ。噂をすればですねィ」 ふいに二人の上に差した影に顔を上げると、そこにはいつもどおりやる気の微塵も感じられない表情をした銀時が立っていた。 「おーう、お二人さん、デートですかコノヤロー。若いってのぁいいねぇ」 最初の頃は、喧嘩以外で二人が並んでいるのを見ただけで驚愕の表情を浮べた後、お義父さんは認めませんなどとよくわからない戯言を吐いていた銀時も、最近では言動がまるで娘を嫁に出した父親だ。 「旦那こそ、パチンコですかイ?」 この寒い日に銀時がわざわざ出歩くのは、依頼かパチンコだということは沖田も大体予想が付く。すると銀時が答えるよりも先に、神楽が甘いアルと答えた。 「大方新八よりも先にケーキを取りに行って、半分独り占めしようとしてるアル!」 ビシッと音が立ちそうなくらい真っ直ぐに伸ばした人差し指を銀時に向けて神楽が指すと、銀時は目を逸らしてあーだのうーだのと呻いた。 「いやいやいや、そんなんじゃねぇよ、コレ。銀さんがそんな酷いことするわけないじゃん、ただ新八も荷物が多くて大変だろうなぁと思って、手伝いに行ってやろうって親切心じゃん」 「旦那、目が泳いでまさァ」 「全く、糖にだけは全力を注ぐマダオの代表アル」 新しく注がれたお茶にご満悦の笑みを零す神楽に、銀時が来たのならもう彼女も去るだろうとひっそりと嘆息した沖田は、支払いを済ませてしまおうと懐に手を伸ばす。 そして何となく視線を巡らせた人ゴミの中に、見知った顔を二つ見つけて、あ、と呟いた。 「旦那、企みは中止みたいですぜ」 「あぁ?・・・て、おい」 懐に手を入れたままの沖田の目線を追った銀時は、その先に件の新八ともう一人、黒髪に鋭い目つきの男を見つける。その二人の手には、買い物袋が提げられている。新八は明らかにケーキが入っているらしい底の広そうな袋を提げていて、銀時の企みは確かに霧散したらしい。 けれど、銀時はそんなことを気にしている様子は無く、ただ僅かに眉間に皺を寄せた。 「チャイナぁ、俺よか適任さんがいらっしゃったみてぇだぜィ」 「らしいアルな」 そんな銀時の様子を見上げながら、神楽も新八ともう一人の男、沖田の上司で同僚ある土方を見やった。土方と沖田が所属する真撰組の局長が、新八の姉である妙のストーカーを行なっていることから何かと親しくなってしまったらしい土方と新八は、遠目に見ても和やかに談笑しながらこちらには全く気付いた様子がない。 「おいおいおい、沖田君よお。キミの上司、どうなってんの?あんなとこでサボってますけど?」 銀時はその様子を眺めながら、務めて平らな声音を装うとしているらしかったが、それは見事に失敗して微妙に口端が引きつっていた。 「さあてねぇ。前からあの人、新八君のこと中々良いって褒めてやしたからねェ」 嘘ではないがあくまでもそれは「侍として」の話で、土方自身は新八について何かトクベツな気持ちを抱いているわけがないことを、沖田はきちんと知っている。けれど、あえて含んだ言い方をしたのは隣で神楽が、親指をグッと突き出してきたからだ。 「へーえ、そうなんだぁ。大串君がねぇー・・・ふうぅうううん・・・」 覚えているくせに土方の事を本名で呼ばない時の銀時は、大抵不機嫌な時か土方をからかう為かだ。今の場合、断然前者だろうと沖田は歪んだ笑みを湛える銀時を見上げていた。 「新八ィー!!マヨラー!」 隣で神楽が身を乗り出して叫ぶと、新八と土方がようやくこちらに気付いた。真っ先に駆け出してきたのは土方で、その手には新八の荷物が握られたままだ。 「総悟ォォオオオ!!てめ、何こんなとこでサボってやがんだああぁあ!」 荷物を持っていても癖なのか右手を空けておいた土方は、右手一本で腰の刀を抜いて沖田に向けて振り下ろした。沖田は全く取り乱した様子も無く、まるで財布を出すのと同じくらいの気軽さで、椅子の上に置いておいた刀を取った。 ガギィン、と獲物同士がぶつかる音がして二人は刀を挟んで対峙する。 「やですねィ、新八君と楽しげに談笑してた土方さんに、言われたくねぇでさァ」 「しっかり腰下ろしちまってるてめぇに言えた義理かあぁぁあ・・・!」 しれっと言い返す沖田に、こめかみに青筋を立てる土方。銀時はわざとらしいくらいの無表情でその土方の背後に回ると、隙だらけの背中におい、と低く呼びかけた。 「人ん家の荷物抱えたまま、刃物振り回してんじゃねぇよ不良警官。それともそのままトンズラこく気ですか、汚職警官」 「あぁ?!」 突然暴言を吐かれた土方は刀に込めた力はそのままに、首だけで振り返る。 「ちょっと銀さん、出会い頭に何失礼なこと言ってんですか。土方さんは僕を手伝ってくれただけですよ」 ケーキを持っているせいでそう早くは走れなかった新八がようやく到着し、突然暴言を吐いている銀時に眉根を寄せた。 「土方さん、お仕事中にすいませんでした。あの、もう良いですから。後はこの宿六にでも持たせますんで」 そう言いながら新八は銀時を見上げ、土方の手から荷物を受け取る。 「おお、今度は最初から手伝わせとけよ」 さすがに往来でクリスマス間近に警察自らが騒ぐわけにはいかないと、土方は刀を納めて新八に荷物を渡す。 「大串君が、口出すことじゃないのよ?」 それを横から奪う形で銀時が取り上げ、揶揄する様に口端を吊り上げた。 「てめぇ、相変らず喧嘩売ってんのか、え、おい」 どうも似ているところが多いせいか、この二人は顔を合わせれば喧嘩腰だ。周囲はもう慣れっこになっていて、新八はそんな銀時を他所に沖田に挨拶をしていた。 「あ、お久しぶりです沖田さん」 「おう、相変らず眼鏡だねィ」 「どういう挨拶ですか、それ・・・」 ちらりと椅子の上に積み上げられた皿で状況は察したらしいが、新八はそれを見ない振りをした。これだけの量を悪いなとは思うが、だからといってこちらで払いますとも言える余裕は無い。どうやら沖田は気にした様子は無いのだし、ここは見なかったことにして支払ってもらおうと新八はへらりとごまかす様に笑った。 「おら、行くぞ新八」 それを横目で見ていた銀時は、緩んだ表情をする新八に目を眇めてその後頭部を軽く叩いた。 「ったあー、何すんですかいきなり!」 「良いから、帰るネ。じゃあな、どS。また奢れよ」 神楽もこれ以上は銀時の機嫌が本格的に下降すると踏んだのか、空いた方の新八の腕を引いて沖田に向かって舌を出した。 「たかりは心のまずしい人間の証拠ですぜィ」 言い返しながらもヒラヒラと手を振る沖田と、憮然とした表情で立つ土方に会釈をして、新八は銀時と神楽に挟まれる様にして帰って行った。 帰り道、荷物を持ってくれている銀時をちらりと見上げて、その機嫌が余りよろしく無さそうな気配に新八は内心首を傾げる。 今朝は、機嫌が良かったはずだ。目論見どおりにクリスマスに乗じてケーキが食べられると、まるで子どもの様にソワソワと落ち着かなかった。その内待ちきれなくなったのか外出したが、その時だって機嫌は良かったはずだ。 では、その後行ったであろうパチンコで、負けでもしたのだろうか。いや、でも今日の銀時ならばパチンコくらいで、不機嫌になりそうもなかったのに。 結局思い当たる節が無くて、新八は肩を落とす。 楽しいはずのクリスマスなのに、どうしてこうも気分が落ち気味なのかといえば、明日の銀時の予定が気になって仕方が無いからだ。 しけた面子では、詰まらないと言った。では、詰まらなくない相手との予定はあるのだろうか。仮にも床を共にしている、自分ではない誰か。 銀時と新八は、明確に恋人同士だと確認し合った仲ではない。何となく、そうであるような雰囲気はあるが、銀時は新八に何か歯の浮くような台詞を吐いたことはないし、新八も愛の告白などできるわけがなく。 (でもさ、かぶき町で暮らしながらわざわざ男を遊びに選ぶって言うのも、無い気がするし・・) だから、きっと銀時も自分を憎からず思ってくれているのだろうと考えていたのだが、町がクリスマス一色に染まり、明るく気楽なクリスマスソングが溢れ返り、やたらとプレゼントの話題を耳にするようになってふと立ち止まってしまったのだ。 自分が女の子と危うく関係を持とうとした時すら反応が薄かった銀時は、果たして自分を好いてくれているのだろうかと。 (僕が考えたって、銀さんじゃないんだからわかんないけどさ・・) それでも、聞く勇気は無い。ならばせめて、今日くらい楽しく過ごそうと新八は心に決めて、いつの間にか俯いていた顔を上げて一人気合を入れた。 「帰んの」 風呂上りの銀時が、玄関で靴を履いている新八に声をかけてきた。 「はい、ここ二三日はクリスマスの影響で姉上忙しいんで、朝食くらい作ろうと思って」 キャバクラなどの店は、こういうイベント時期は稼ぎ時だ。いつも以上に疲れて帰ってくる姉の為に、せめて暖かい朝食を用意しておこうというのが、弟としてのせめてもの気遣いだ。 「ふうん」 夕食時には機嫌も直った様子だった銀時は、ガシガシと髪の水気を取りながら立ち上がる新八を眺めて、そして唐突に待っていろと言った。 「はい?」 「送る」 それだけ言うと踵を返して部屋の奥に行ってしまった銀時は、数分もしないうちに上着を羽織りマフラーを巻いて、髪は湿らせたまま戻ってきた。 「え、いいですよそんな。銀さんせっかくお風呂入ったのに、冷めちゃいますよ」 しかし銀時は新八の言葉に耳を貸さず既に靴を履く為に屈んでいて、そんな柔じゃねぇよと新八より先に玄関を出ようとする。 「だって、神楽ちゃん一人になっちゃう」 いくら宇宙最強民族とはいえ、女の子は女の子だ。夜中に一人はさすがに心配だという新八に、銀時は寒さからか首を縮めて問題ないと言う。 「いざとなりゃ、定春だっていんだろうがよ。ほら、早くしろって」 既に玄関を開けて間っている銀時は、完全にでかける気になってしまっていて、新八はそれ以上強く断る理由も見つからずに一つだけ溜息を吐いた。 原付を出してくれるのかと思ったが、銀時はそうではなくて歩いて送ると言う。確かに今日の冷え込みは厳しく、道路も少し凍っているようだったので、原付だと危ないかもしれないと新八は大人しく銀時の隣歩く。 「銀さん、ケーキ美味しかったですか」 眠らない町かぶき町に、ネオンで照らされた二人の長い影が伸びる。 「おお、久しぶりに糖分摂取で、銀さんやっと一人前よ。銀さんの半分は糖分でできてるからね」 「アンタの場合、洒落にならないから怖いよ。でも良かった、美味しいって評判だそうですよ、あの店」 当たってて良かったですね、と新八が屈託無く笑うと、銀時も笑って新八の手を握った。 今までにない銀時の行動に、瞠目した新八に銀時は静かに問うた。 「誰の?」 にっこりと、音が聞こえそうな笑みを浮べた銀時の表情と、握り込まれた指が何故だか怖いと新八はその時思った。 「え?何がです?」 銀時の指は温かく、表情だって緩んでいるのに何がこんなに緊張させるのだろうと、新八の口元に愛想笑いが浮かぶ。 「美味いって評判、誰が言ってたんだ?」 ネオンの逆光か、銀時の表情がよく見えない。ただ、声は不機嫌ではなかった。多分。 「え、あぁ、土方さんです。今日はケーキ屋さんの前でばったり会って、そしたらここのは美味いらしいなって。誰かと食べたことあるんですかね」 あぁ、と銀時は返事とも呻きとも取れない声を発した。 「銀さん?」 どうかしたのかと顔を覗き込んで来る新八に、銀時は笑った。 「新ちゃん、何か俺、湯冷めしてきちゃったみたい」 「えっ、だから言ったじゃないですか。せっかくお風呂入ったのに出歩くから。うち帰ったら少しあったまってから帰ってくださいよ」 「そんな面倒なこと、しなくていいじゃん。今、休んでこうぜ」 「へ・・・?」 銀時の笑顔の意味も、捕まれた腕の意味も新八が悟るより先に、銀時は裏路地へ新八を連れ込んだ。そこは、所謂ラブホ街。 ようやく銀時の狙いを理解して抵抗した新八も、腕力では最終的に銀時には敵わないし、根本的に彼は銀時には弱い。 それを知っていて、適当な安ホテルに連れ込んであれやこれやをしている自分は、多分漏れなく最低男のランキングに入るだろうと銀時は新八のまだ細い線の残る身体を組み敷きながら思った。 大事にしたい、と頭の隅で自分が囁き、その一方で土方は駄目だろとも呟いた。 「やだっ、銀さん、や・・っあ、いっ・・・!」 白い喉を逸らして鳴く新八の、赤くなった目尻から涙が零れる。それを啜って汗で張り付いた髪を掻き上げてやりながらも、銀時は打ち付ける腰をとめたりはしない。 「うっあ、ぁ・・・」 ひきつった声をひっきりなしに上げて、新八は何かを振り払うかのように激しく首を振った。 まるで自分が振り払われるかのような錯覚に陥った銀時は、そんなことは許さないとばかりにしなやかに跳ねる肩を強く抱きこんだ。 「しんぱち、しん・・ち。銀さん以外、見ないでよ・・なぁ、新ちゃん・・・っ」 何度も果て、幾度も繰り返した熱の交換の果てに意識を失うようにして眠りに着いた新八に、最後の銀時の懇願が聞こえていたかどうかは、分からない。 ぐったりと力をなくした新八の身体を綺麗に拭き清め、銀時はベッドの端に腰掛ける。ふと見ると、先ほどまでまるで気付かなかったサイドボードに、清掃員の置忘れか煙草が一箱放置してあった。 銀時は、煙草が吸えない性質ではない。昔吸っていた時期もあったが、今はただやたらと値上がりを繰り返す煙草に馬鹿らしくなり止めてしまった。 一本、久しぶりに吸ってみるかと取り出したが、煙草というものから今一番思い出したくない人物が連想されて、銀時は口まで持っていったそれを火も点けないまま二つに折った。 (まあったく、余裕の無さも大概にしろっての。なぁ?) 傍らで深く呼吸を繰り返す新八に苦笑して、銀時は一人嘆息した。 大概のものが相手なら、余裕を見せることはできると思っている。いつか新八が男として女に興味を持っても、それは受け入れなければと言い聞かせている。 (エロメスとかいったか?あれァ論外だがな) 新八のことを本気で好きで、新八もまた本気で好きな女なら、まぁ大人の男として身を引くことも考える。けれど、あれは駄目だと銀時は折った煙草を灰皿に捨てる。 土方と自分には、似たところがあるということは自覚している。意地っ張りなところだとかカッコ付けなところだとか、糖とマヨネーズの差はあるものの異常に特定のものに執着しているだとか。 だからこそ、あの相手にだけは譲れないと思うし、余裕が持てない。 新八のことを信用していないとか、そういう問題ではなく、理屈でなくあの男だけは認められないと思うのだ。 「ん・・・・」 小さく身じろぎした新八が、ぽかりと目を開けた。不安にならないように新八の頭に手を伸ばし、銀時はできるかぎり穏やかな声を出そうとする。 「平気か?」 「腰、痛いです・・・」 心持ち枯れた声で答えた新八は、気を失っていた割りに身体がすっきりしていることに気付いたのだろう、恥かしそうにすいませんと謝った。 「いや、俺も悪かった。無茶させたな」 優しく髪を梳いてやると、眼鏡を外しているせいか今一焦点の定まらない瞳がふやけたように緩んだ。 「悪いと思ってるなら、姉上に謝ってくださいね。朝ご飯、作れなさそうですよ僕。腰立たないですもん」 「げ・・・いや、うん、俺のせいだいな・・・分かった・・地獄の一丁目まで出張してくる覚悟で・・・」 大事な大事な弟をラブホに連れ込んだ上、足腰が立たなくなるまで致してしまったことが知れれば、こちらもまた足腰が立たなくなることも覚悟しなければならないだろう。下手をすれば、一生不能だ。 「後、きっと帰ってない僕を心配して姉上が万事屋に連絡するとも思うので、神楽ちゃんからの制裁も、受けてくれますよね」 「お、おう・・男の責任てもんは、俺だって知ってるからな・・・」 朝早くから起こされた神楽の機嫌の悪さは天下一品で、更には夜中二人が彼女を置いて行ったということもプラスされて、銀時は悲鳴で喉が枯れるかもしれないなと半笑いを浮べた。 「それとあと二つ、これ教えてくれたら足腰立たないのも、痛いのも、喉が枯れてるのも許してあげます」 頭を撫でていた銀時の手をそっと握り、新八はじっと彼を見上げる。ほの明るい室内で、銀時の銀髪が優しい輝きを放っていた。 「やきもち、だったんですか?」 いきなりこんなとこに連れ込んだ理由を真っ直ぐに、あまりにも真っ直ぐに尋ねられ、銀時は思わず新八から目を逸らす。どうやら、気を失う直前しっかり聞かれていたらしい。 しかしじっと手を離してくれない新八に、銀時は数十秒後、観念したようにそれを認めた。 「・・・・・・・・・・・・・あぁ」 すると新八は嬉しそうに破顔して、銀時の掌に頬を摺り寄せて目を閉じた。 「じゃあ、いいです。許してあげますから、銀さんも一緒に寝てください」 まるで子猫の様に擦り寄ってくるその様が愛しくて、銀時は手を離さないまま新八を抱えるようにして隣に滑り込んだ。 「最後にも一つ、パーティーが24日じゃ嫌だって、何でだったんですか?」 「・・・・・・・・・・・・あー・・・それは、アレだよ・・・えー・・」 もうこの時点でかなり自分の威厳など粉砕されていることは分かっているのだが、最後の砦は残しておきたいなぁと新八の頭を抱え込んで自分の表情を見られなくした銀時は、くぐもった声で往生際が悪いと呻いた新八に腹を括った。 「イブなんてのぁ、あーなんてーの、惚れ合ってるモン同士のイベントだろうがよ。そこにあの胃拡張娘と凶暴な犬と過ごして、どうすんだよ。本当なら、あー・・・お前だけ誘うかと・・まぁ、思ってたんだよ、うん」 押さえつけられているせいで、新八には銀時の表情は全く見えない。けれど、やたらとあーだのうーだの呻き声を挟んでいることから、物凄く照れているらしい。けれど、新八の顔だって銀時に負けないくらい熱くなっているのだから、お互い様だ。 「・・・・銀さん、好きです、よ」 「・・・・・・・・・・・・・・知ってる」 ズルイ大人は素直な子供に正直には応えられずに、ただ優しく瞼にキスを落すだけだったけれど、賢く心の広い子供は、それが伝えてくれる温もりを信じて満足気に笑った。 結局、その後お互い寄り添って気持ち良く眠りについてしまい、激怒した女二人に銀時は三日は足腰が立たなくなった。 裏を、危うく書くところでした!!危ない危ない(笑。 エロメス編で、最初は覗きに全く乗り気でないように見える銀さんが、彼女を追いかけるところはやたらと気合が入って必死だったので、あぁ我慢してたのかなぁと思っただけの話。 なのに、結局銀さんが妬いてるのは土方さんでした(笑。 初めて沖神を散らしてみましたが、楽しかった!!私にかかれば、あんなにテンションの高いあの二人の小さな恋のメロディ(フィルター越し)も、こんな低いテンションに早変わりだよ!不思議だ・・・。 23日の話と言いながら更新は24日、そんなもんだ。 銀新スタートが遅いので、他の素敵サイト様で悉くやられてしまったネタを吐き出すのは、とても心苦しいが、銀新スキーとしては、通らなければならない道なんだよというネタ。 |