大人の事情と子供の意地









 銀時は、直毛が大好きだ。なんていうか、もうフェチかマニアと言っても良い次元に達しているのではないかと新八は思う。
「ホント、お前の頭って触り心地いーよなー」
 そう言いながら最初頭頂部から項まで撫でられた時は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった新八だが、それが毎日毎日欠かさず日課の様に繰り返されれば嫌でも慣れるというものだ。
「今日の飯、何?」
 新八が台所に立っていれば、そう言いながら頭に手を置く。
「ご苦労さん」
 依頼が片付けば、そんな労いの言葉と共に髪を掻き混ぜられる。
 ポンポンと軽く触れるその節の目立つ手に、新八はいつも複雑な気持ちになる。
「子供扱いしないで下さい」
 頑是無い子供を相手にしているように触れてくるその手に、嫌そうに眉を顰めて睨み上げてやれば、銀時は降参と言うように両手を顔の脇に上げてへらりと笑う。
「丁度良いとこにあるんだよ、お前の頭。真っ直ぐで気持ち良いし」
「そんなに頭撫でるのが好きなら、自分の頭でも撫でてれば良いでしょうが」
 鼻息荒く新八が言うと、銀時は馬鹿かお前はと呆れた声を上げる。ついでに溜息まで付け足して、まるで分かっていないと呟いた。
「真っ直ぐな頭を撫でるから良いんだろうが。自分の頭なんか触ったってなぁ、癖のつき方がダイレクトに伝わってきて何かあれだ、寂しくなるだろうがよ」
「いや、だろうがよって言われても。ていうか、アンタそれマニアの発言ですよね、直毛マニア」
「ばっ、おまっ、銀さんをどこぞの変態と一緒にすんなよ!」
「男の頭を触って喜んでる男は、充分変態だと思いますけどね」
「新八お前なぁ・・何、反抗期?父親の背中を越えたくてもがく年頃?」
「誰が父親だ、図々しい。アンタみたいな父親、絶対お断りです」
 そんなやり取りを、何度も繰り返しながら、それでも銀時は新八の髪を撫でることを止めはしなかったし、新八もまた止めることを強く言ったりはしなかった。
 子供扱いをされているようで面白くはなかったが、銀時の無骨な手に触れられることは嫌ではなかった。それがどんな種類の感情に含まれるのかを深く考えることはあえてせずに、新八はただ触れてくる他人の手に時折自ら擦り寄るように目を閉じたりした。
 だから、髪に触れていた手が耳元へ下り、顎のラインをなぞり、そして軽く上向きにされた後銀時の唇が新八のそれに重なってきた時も、大した抵抗はしなかった。
 ただ、しっかりと筋肉に覆われた男の身体をしている銀時も、唇は柔らかいのだなとそんなことを思っただけだ。
 新八の無抵抗について、銀時は何も聞かなかった。ただ、唇を離した後も満足そうに新八の髪を梳いていた。

 それから結局、銀時が新八の髪を撫でるのはまるで口付けの合図の様になってしまった。
 食後にテレビを見てくつろいでいる時、新八が台所で洗い物をしている時、時には依頼の後の帰り道で、銀時は新八の髪に触れて唇を塞いだ。
「何?」
 口付けの後適度な距離で焦点を結んだ銀時の顔をじっと見上げていると、彼は口端を上げて笑う。
「別に、何でもないです」
 聞かなければならないことも、言わなければならないこともあるはずだと思うのに、新八はそう答えて目を逸らしてしまう。
「何だよ、変な奴だな」
 笑い混じりに銀時はそう言って新八の髪を撫でるけれど、変なのは一回りも年下の子供、しかも同性に口付けるお前だと新八は胸中で毒づいていた。
 そんな二人の関係に変化が訪れたのは、ある朝突然銀時の寝床にさっちゃんと名乗る女性が現れたことだった。
 彼女は銀時とさも関係を結んだかのような発言をし、銀時も最終的には何だかそれを受け入れて紋付袴で彼女に同行して行った。
 後にそれは彼女の方にとある事情があった為の狂言であり、実際には銀時と彼女には何の関係も無かったことが判明したのだが、新八にとってそんなことは大した問題ではなかった。
(何だ、やっぱり女の人の方がいいんじゃないか)
 言われるがままに彼女と出て行った背中を見て、そんな当たり前の事を改めて思い、何故だかそんな決まりきったことに落ち込む自分がいた。
 やはり、銀時はマニアなのだ、直毛マニア。自分は強い癖毛を持つが故に、直毛に憧れてやまないという、ちょっと可哀相な大人なのだ。
 そんな彼の前に偶々直毛の自分がいて、銀時のおかしな趣味を何となく受け入れてしまっただけ。
 神楽も直毛ではあるけれど、彼女の場合下手に頭など撫でたら子ども扱いするなと殴られそうだし、口付けなんてそのまま死に直結しかねない。というか、彼女に手を出したらそれこそ銀時は犯罪者だろう。
(僕ならまぁ、男だしね)
 セクハラにもなりゃしない、と新八は取り込んだ洗濯物を畳みながら赤く染まる畳の上で溜息を吐いた。
「うおーい、何しけた溜息吐いてんだぁ?」
 今日も一日依頼は無くて、神楽は午前中から既に見切りをつけて遊びに出かけた。そしてほぼ丸一日ソファに寝転びながらジャンプを読んでいた銀時が、新八の溜息を聞きつけたのか間延びした口調で話しかけてくる。たかだか雑誌で何故丸一日過ごせてしまうのか新八には分からなかったが、今それを聞く気にはならない。
「別に何でもないですよ、次まともに給料もらえるのはいつかなぁって思っただけです」
「何言ってんだお前、今月分はやったろ?そう毎月毎月目くじら立ててがっつくなって」
「普通は毎月出んだよ、給料ってもんは!!」
 丁度手にしていた銀時の着物をこのまま引き裂いてやろうかと思いながら、新八は振り返って叫ぶ。
「お前ェ、このかぶき町で生きていく覚悟なら、常識だなんだってのに捕らわれてちゃあ、生きていけネェよ」
「さすが主人公のくせにおかまバーで働いただけありますね」
「そこは触れるんじゃねぇ!人の傷口抉って楽しいかお前ええぇええ!」
「抉られたくなきゃ、大人の常識ってもんを身に付けて下さいよ。この宿六」
「やだねぇ、まるで古女房みてぇな台詞じゃねぇの」
 バサ、と雑誌が伏せられる音がして、ソファのスプリングが軋んだ音を立てた。ふ、と影の差した視界に顔を上げると、銀時がすぐ脇に立っていた。
「古女房って、恋人一人いない甲斐性なしが何言ってんですが」
 差し込む夕日に銀時の銀髪が赤く染まっている、その色を直視できなくて手元に視線を落としたまま、新八は呆れたように吐き出した。
「あら、失礼な子だねぇ」
 揶揄するような口調と共に、新八の髪に銀時の指が差し入れられる。
「ちょ・・っ」
 そのまま顔を仰向けにされそうになり、新八は思わず銀時の手を振り払った。
 パンッと乾いた音が部屋に響き、後には気まずい空気と外から聞こえてくる豆腐屋のラッパの音が余韻を残す。
「なに?」
 振り払われた手を下ろさず、銀時の目が細められる。いつもの様に精気の無い淀んだ瞳が、夕日のせいか剣呑な光を宿したように見えた。
「なにって、そんなの・・・」
 こっちの台詞だという新八の抗議は、いとも簡単に封じられた。振り払った銀時の手が容赦なく新八の顎を掴み、骨が軋むような痛みに歪めた新八の唇に銀時のそれが重なる。
「・・っ!!」
 咄嗟に新八は銀時の腕に爪を立てて抵抗したが、普段人離れした力で木刀を振るう銀時の腕に込められた力は微塵も緩まず、まるで呼吸を奪う荒々しさで銀時は角度を変えて新八に口付ける。
「ちょ、銀っさっ!」
 僅かに空いた距離で零した喘ぎもあっさり飲み込まれ、畳んで重ねた洗濯物の山がもがいた新八の腕に当たって崩れる。
「・・・っ、っ、・・・って、いい加減にしろ、っのマダオオオォォオ!!」
「ぐっはあぁああ!」
 突然の銀時の暴挙にこめかみに青筋を浮べた新八は、最終的に鳩尾に力一杯拳をめり込ませることで銀時を引き剥がした。
 酸欠に陥りかけた為乱れた呼吸と目尻に浮かんだ涙を乱暴に拭い、畳に突っ伏して悶える銀時を新八は怒鳴りつける。
「何考えてんだ、アンタは!!」
 まるで口付けの感触を拭い去るかのように激しく唇を擦る新八に、銀時は軽く鳩尾を押さえながら不快そうに眉根を寄せた。
「それはこっちの台詞だってーの。何、何で今日に限ってンな嫌がんの?」
 むせながらもさほどダメージを受けた様子の無い銀時に、何だか無性に腹が立ってきた新八は思わず手元に崩れていた洗濯物を投げつけた。
「アンタこそ、何で男の僕にキスなんかするんですか!女が駄目なわけじゃないくせに!」
 女が駄目ならば自分にキスしても良いのかとなると、それはそれでまた話しが違ってくるのだが、とりあえず新八の脳裏にはあの日銀時の上に重なるようにして倒れこんでいた彼女の姿が浮かんでいた。
「あぁ?何急に・・・」
 投げつけられた洗濯物をそのまま無造作に畳みに払い落とす銀時の仕草に、何故だか新八の目頭が熱くなった。
「急にじゃないですよ、ずっと思ってましたよ、何でアンタは僕なんかにキスするんだろうって。そりゃアンタが直毛マニアなのは分かりましたけど、でもだからって、キスなんてする必要・・っ」
「待て待て待て、誰が直毛マニア?俺ァいつからそんなマニアになったのよ」
「そうじゃなきゃ、わざわざ男の僕に触ってくる理由なんか無いでしょうが!!」
 怒りの為か別の感情のせいか、目の縁を赤く染めて怒鳴ってくる新八に、銀時は一瞬瞠目した後窓の外に広がる厭味なほどに鮮やかな空を見やって、あーと呻いた。
「いや、なんつーか、それはアレだけども。ソレな理由があってのことだから、うん、別に直毛マニアとか、そんなんじゃねぇよ、銀さんは」
「アレソレで分かるかああぁあ!だいったい、だったら何で僕なんですか。そりゃ神楽ちゃんじゃまずいってのは分かりますけど、アンタそれなりに顔だって広いでしょうし知り合いの女の人だっているでしょう。なのになんで、わざわざ僕なんですか・・!!」
 ずっと聞きたかった、けれど聞けなかったこと。何故自分なのか。聞いてしまうことは簡単だったけれど、新八はずっとそれを避けてきた。
 大したことではないと、銀時のただの気紛れに付き合ってやってるだけだと、言い聞かせてきた。
「神楽とか恐ろしいこと言うな、俺はロリコンじゃねぇ」
「じゃあ、何なんですか」
 気紛れに手を伸ばされて、暇潰しに口付けられる。気にすることではないと言い聞かせながら、いつかその手が伸ばされなくなる事を恐れていた。銀時は女性と並ぶことのできる普通の男だから、必ずその内彼は新八のことなど振り返りもしなくなる。
 あの、無骨ではあるが優しい手が、遠いところへ行ってしまう。
「何って、その、なぁ・・・あー・・・・そんな顔すんなって、新八」
 唇を噛み締めて俯く新八に、銀時は困惑して癖毛を掻き回す。
「ただの暇潰しなら、もう止めてください。僕だって男なんだ、プライドくらいあります」
 心地良いその接触を手放したくないと願いながら、その願望から目を逸らしてきた。認めてしまったら、救いようが無くなると思った。けれど、そんなことはいつまでも続けられはしない。いくら見ない様にしたって、銀時の指の感触も唇の柔らかさも、覚えてしまった。
「暇潰しって、別に、そんなんじゃねぇって・・・」
 じゃあ何なんだと顔を上げて睨みつけてやれば、銀時はまたもや呻いて口を閉ざす。
 その煮え切らない態度に苛立って、新八の堪忍袋の緒が切れた。
「アンタいい加減にしろよ!この期に及んでのらりくらりと言い逃れる気か!仮にも帯刀する侍なら、しっかり人の目ェ見て話せこのヤロオォ!暇潰しじゃないなら、つまみ食いか!」
 胸倉を掴んで締め上げる新八に、銀時は暫く揺さぶられるに任せて視線を彷徨わせていたが、新八の次の一言には思わず叫び返していた。
「爛れた恋愛に飽きが来て、身近な目新しいモンを試してみたかっただけかぁ!」
「誰が爛れた恋愛しかしてねぇんだ、コノヤロー!俺は昼ドラより韓流派だァアアア!」
「純愛って面か、この天パーがあ!」
「惚れた相手に手は出せても告白一つできねぇ男が、純愛以外の何モンだってんだぁ!アァ!?」
「そんなもん、純愛と呼ぶかあ!ただのヘタレじゃねぇかぁああ・・・・・て、え?」
 銀時の上半身をガクガクと揺さぶりながら叫んでいた新八は、そこでピタリと動きを止めた。
「誰に、惚れたっ・・・て・・・?」
 勢いをなくした新八の怒気に、何故だか今度は銀時が喧嘩腰に声を荒げる。
「この年で一回りも違うガキに、しかも男に惚れたら何かもうどうしたら良いかワカンネェだろうがぁあ!いや、この年ったってまだまだ若いけども!まだまだいけるけども!それでもなんつーか、大人として改まって好きだなんて言えるか舐めんじゃねぇぞぉ!」
 半ギレでそんなことを叫ばれても、突然のことに新八の思考は凍結した。
(誰が、誰に惚れたって?銀さんが、一回りも違う男のガキに惚れた・・て、何?何の話してんの、この糖尿予備軍)
 思わず緩んだ新八の手に、今度は銀時が新八の襟首を掴み上げる。
「つーか、てめぇだってされるがままだったじゃねぇか!そしたらもう、通じてんだと思うだろうが!それを何だコノヤロー、暇潰しってどういうことだつまみ食いって何だ男の純情弄びやがってよおぉぉおお!!」
 鼓膜が痺れるほど大音量で叫ばれ、新八は思わず耳を塞ぐ。それもまた気に入らなかったのか、銀時の額に青筋が立った。
「てめぇ聞けよコノヤロー!お前も侍なら、大人のそういう複雑な事情を察しろぉ!だからダメガネなんだよお前はアアァアア!」
「て、今は眼鏡関係ねぇええぇえ!」
 ごいん、と勢いをつけて新八は銀時の顎に頭突きをかました。
「ぶべっ!!」
 思い切り首を仰け反らせた銀時はその勢いで筋をどうかしたのか、イデデデデと畳の上をのた打ち回る。
「何で僕が切れられなきゃいけないんですか、ていうかアンタ、切れながら言うことですかソレ」
 転がる銀時を目で追いながら、新八は今彼が叫んだ内容を冷静に整理しようと試みる。
 その結果、どうやらこの転げまわっている上司はふざけていたわけでも暇潰しでも何でもなく、新八に口付けを仕掛けていたことになる。
「えー・・・・銀さん、あの、そろそろ止まってくれませんか・・・その、確認したいんですけど」
 すると銀時はぴたりと転がるのをやめ、そのまま畳にうつ伏せに身体を伸ばした。顔は新八とは逆方向に向けられていて、彼がどんな表情をしているかは窺えない。
「あの、えーと、つまり、銀さんは直毛マニアでも暇潰しでもつまみ食いでもなくて、僕にキスしてたってことですか?」
「だぁからそう言ってんだろおー、ったくよお。大体てめぇだって何も言わなかったじゃねぇかよ、何で俺ばっか責められなきゃなんねぇわけ?だったらお前は何で大人しくしてたんですかー」
 ごろりと身体をこちらに向け、元通りに淀んだ瞳に戻った銀時がじっと新八を見上げてくる。
「そんなの・・・・」
 今度は新八が口を噤む番だったが、腹這いになった銀時が匍匐前進の要領でズルズルと近付いてきて、指先でサラリと前髪を揺らした。
「なぁ、何で?新八。男のプライドとやらをねじ伏せてまで、何でお前は大人しくしてたわけ?」
 そのままホラー映画の様に膝に上ってきた銀時は、しがみ付く様にして新八の腰に両腕を回す。膝枕のうつ伏せ版になりながら、銀時は、ん?と見上げてくる。
 さっきまで大人気ない姿丸出しだったくせに、こんな時に浮べる表情は駆け引きに富んだ大人の男のそれだ。
「そんなの・・」
 卑怯だ、と思いながらも新八はここで逃げたら武士の名が廃るとばかりに覚悟を決めて、銀時の頭をッ両手で挟み込む。
「僕にだって、ガキなりの意地ってもんがありますから」
 だから言いませんと、新八は代わりに銀時の癖毛に唇を落とした。
「てめこら、この卑怯モン」
 その仕草にくすぐったそうに目を細めながら、銀時は上体を起こして新八の耳元の髪を梳いた。
「アンタだって、結局言ってないでしょう」
 今度はそれを払いのけることはせずに満足した猫の様に目を閉じる新八に、銀時はその眼鏡をゆっくりと取り上げる。
「察しろよ」
 言いながらこめかみに落とされる優しい感触に、新八もまたうっすらと目を開けてぼんやりと歪んだ視界の中で銀時の髪に手を伸ばした。
「アンタこそ」
 そして恐らく初めて、互いから互いに口付けた。
 








 ・・・・・・・・・・・・・洗面器!洗面器取って!!砂が!口から溢れる砂がとめどないよ、コレ!
 バイオレンスな告白劇、不時着先は中途半端なラブ。ロマンチックってなんですか。甘いものは銀さん制限されてるから、この位でちょうど良いよ、きっと!(言い訳。
 なんていうか、美味しい筈のさっちゃん登場の話を、こんな形でしか消化できないロマンスの欠片もない自分にばんざい。