それはいつもの光景、と言い切ってしまうには仕事の入らなさ加減に切なくなるが、実際それはいつもの光景だった。神楽と定春が遊びに出かけてしまった万事屋で、新八が掃除や洗濯に忙しなく動き回り、銀時はデスクに足を乗せてふんぞり返って座りながらジャンプを広げている。 しかし何か銀時は違和感を覚え、雑誌のページを捲りながらなんだろうと頭の片隅で考える。そして、今日は一度も新八から小言を言われていないのだと気付いた。三十路前の男ならば平生一回りも違う子供に小言を言われたりしないのが普通だが、銀時の場合は逆だ。余りの怠惰ぶりに、新八は始終銀時に小言を繰り出す。 被虐趣味は無いので、勿論それは銀時にとっては不快以外の何者でもないのだが、しかしいつもある物が無いとなると、何やら落ち着かなさを感じるのも事実。ジャンプ越しに右往左往する新八の姿を眺めながら、彼に様子のおかしなところは無いかと観察してみる。 そして、どうやら彼は考え事をしているのでこちらの怠惰ぶりにまで気が回らないらしいと気付いた。時折口の中で何やら呟き、そして己で結論を出し軽く頭を振って嘆息する。 一つの釜から飯を食う間柄にまでになっているこの万事屋で、何を一人で悩んでいるのかと銀時が掃除機をかけている新八に声をかけようと口を開きかけた時、彼はもう一つどうでもいい事に気付いた。新八の横顔が、何だか見え難い。 「おい、新八ぃ」 いつも通りの間延びした緊張感の無い口調で呼ばれ、新八は我に返った様子で顔を上げる。決して銀時が声を張り上げわけでは無いのに、ガーガーと煩い掃除機の音に紛れさせる事無く、彼はきちんとその声を拾う。スイッチを切って、途端に外の喧騒が飛び込んできた室内で新八は少し首を傾げて銀時を振り返る。 「なんですか?」 その仕草に彼の柔らかな髪が揺れて、銀時は手首から先だけを動かしておいでおいでをする。 怪訝そうに、しかし全くの無防備な様子で新八は銀時に近寄ってくる。机を回り込んで傍らに立った少年の、その髪に無造作に手を伸ばし、銀時はあぁやっぱりなと独り言の様に呟いた。 「なんです、急に人の髪の毛掴んで」 眉を顰めるものの銀時の節の目立つ指を払おうとはせずに、新八はされるがままに髪を梳かれている。指の合間からハラリハラリと逃げる滑らかなその感触を心地良く思いながら、銀時はお前さぁと続けた。 「伸びたな」 「は?」 突然何を言い出すのかと把握できなかった新八だが、軽く髪を引っ張られてようやく彼が何を言っているのかを理解した。彼は、下を向けば表情を隠してしまうほどに伸びた新八の髪を指して言っているのだ。 「髪の毛ですか?えぇそうなんですよね、なかなか切って貰う時間が無くて。姉上、最近は特に店が忙しいみたいで」 季節は秋、人肌恋しくなる寒風が吹き始めるこの季節、新八の姉である妙が働くスナックにも一時の温もりを求める客が増えたのだろう、彼女は最近特に忙しそうで疲れているのが分かる。 だから、できるだけ仕事から帰った姉をすぐに休ませてやりたいんだと言った健気な少年に、銀時は仲の良い姉弟だと改めて思うのと同時に、おいおい今の発言はおかしくないか?と流しそうになった新八の言葉を胸中で反芻する。 「お前、未だに姉ちゃんに髪切って貰ってンの?」 途端に、新八は首まで赤く染めた。 その様子に、今のは自分の聞き間違えでは無かっのだなと何だか肩に疲労感が押し寄せてくるのを感じる。 「おいおいおい、お前幾つだよ?普通お前っくらいの年になったらさぁ、床屋ですらオヤジの行くものだとか妙に色気づいて美容院とか行っちゃったりするもんじゃねえの?そんであの床屋でやってくれる顔剃りの快感も知らない、己の下手な髭剃りで顔面血だらけにする可哀相なガキになるもんだろ?なのになんですか、お前は未だに姉ちゃんにバリカンで刈って貰ってるってわけですか、お前は何か、ドラ猫を裸足で追いかける姉さんを持ったイガグリ坊主か?」 「何ですかその変な定義。そりゃ、僕だって床屋に位行った事ありますよ。でも、その、姉上が、やりたがるんで・・・・」 新八は、自分の失言を大いに後悔して恥じた。万事屋も既に彼にとってはもう一つの家と言っても等しいくらいの、居心地の良い場所になった。故につい油断して、言わなくても良いことをばらしてしまった。 彼にだって、いい歳をして十六にもなった男が姉に髪を切って貰っているなんて、一般的には行なわれていない事だとは分かっている。 「あぁ?あの女がぁ?」 この姉弟は、世間一般のそれよりもずっと結びつきが強い。それは彼らが互いに唯一の血縁であって、幼いと言って差し支えない頃から必死で支え合いながら生きてきたからだとは、銀時にも分かってる。端から見れば新八が一方的に姉を過剰に慕っているシスコンに見えるだろうが、実のところ妙もまたブラコンの気が存外強い。 分かってはいるが、だからって未だに弟の髪を切りたがる可愛い女だとは、到底思えないのだが。 「僕はほら、母上が物心付く前に亡くなったから、小さい頃から姉上が母上の役も兼任してて、その頃から髪は切って貰ってたんですよね。でもさすがに、一時期は僕だって恥かしくて嫌がって、父上と床屋に行ったりしてましたよ。でも、父上が亡くなってから余計な出費はできるだけ抑えたいって事で、また姉上にやってもらうようになって・・・」 言い訳をする様にボソボソと呟く新八に、銀時は面差しの良く似た二人が縁側に腰掛けて姉が弟の髪を整えている光景を想像してみた。妙はきっと、弟の真っ直ぐに伸びた背筋を普段の彼女の暴挙からは想像も付かない程の優しげな笑みで眺めながら、その髪に鋏を入れるのだろう。そして新八は、そのシャキシャキと鳴る鋏の音に、安心した様子で瞳でも閉じているのだろう。会話は少なく、それでいて自然で息苦しさの無い空気がそこには静かに横たわる。 そんな事を思うと案外、シスコンも大概にせーよ的な気持ちは沸いてこず、何だかそれは酷く暖かで神聖な儀式の様に思えてしまった。 「ていうか、きちんと毎月毎月給料払ってもらえてれば、僕だって床屋に行きますよ。でもどっかの甲斐性無しが堅実な稼ぎができる仕事を取ってこないから、いつまでも床屋代も確保できない家計なんですよウチは」 恥かしさを隠す為に新八は途中から銀時を誹り始め、彼は思い描いていた妄想を慌てて掻き消す。恥かしい、何て恥かしい妄想をしてしまったのだろうと新八とは違う意味で赤面する。 「あー、そりゃお前、お前の遣り繰りの至らなさじゃない?」 「常に二か月分の家賃を溜めてるような職場で、日々の食費を確保してるだけでも奇蹟なんだよ駄目テンパコノヤロー」 自宅と万事屋双方の家計を担っている新八は、目の前のぐうたら上司を半眼で睨め付ける。 「まあ、あれだ、忙しい姉といつまでも乳離れのできない弟との大事なコミニュケーションの機会は大事だよね、うん」 自分に矛先が向いてしまったのを回避しようと、銀時は目を逸らしながら乾いた調子で笑う。慣れた事とはいえ、都合が悪くなるとすぐにそうやって逃げようとする銀時に、新八はほとほと深い溜め息を吐いた。 その溜め息を目を逸らして聞きながら、最近、最初は銀時が新八をからかっていたのにいつの間にかこうやって逆襲されてしまうようになったなと、少々情けなく思う。しかし実際新八は、今のぬくぬくと甘やかされている子供が増えている時代の中で、まだまだ親の保護下にあるべき年齢でよくやっていると認めざるを得ないだけの働きをするので、銀時に初めから勝ち目など無いのだ。 「誰が乳離れできてないってぇ?ジャンプから卒業できない駄目な大人に言われたくないですよ。全く、また溜ってきてるじゃないですか、次の資源回収でまとめて出しちゃいますからね」 耳朶に赤さを残したまま、新八は素っ気無く言ってふいと背中を向ける。そして止めていた掃除機を再開させて、室内にはまた掃除が立てる騒音が満ちた。 細かく動き回る新八の背中を眺め、ジャンプを腹の上に伏せて欠伸を噛み殺しながら、銀時は彼の真っ直ぐに伸びた髪が項をすっかり隠してしまっていることを何だか残念に思った。外を出歩く仕事が多いからその項は日に焼けて、女の様に白くたおやかではない。けれど、まだ細く腕一本で折ってしまえそうな頼りない首は妙に扇情的に見える事がある。特に、夜の白いシーツの上では。 「あ、そうだ銀さん」 またもや危うい妄想を抱きかけた時に、突然新八が振り返り銀時は無意味に咳払いをしながらジャンプを慌てて目線まで持ち上げる。 その様子に訝しげに首を捻りながら、新八は掃除機を片付けながら問いかける。 「プレゼント、何が欲しいですか?」 「・・・・・・・・・・・は?」 先ほどからの話題を微塵も残さない話の転換に、銀時の頭は一瞬フリーズする。この話題の転換の早さもジェネレーションギャップなのだろうかと少々物悲しいことを考えていると、新八は次にバケツに水を汲みながら続けてきた。 「やっぱり多少は驚いてもらいたいなと思ったんで考えてたんですけど、やっぱり思いつかないんですよね。甘味が一番良いんでしょうけど、アンタの健康上それは却下だし、だからって次に思い浮かぶのは現生ですけど、何か生々しいっていうかそれそのままこっちの給料になっちゃいそうだし」 そして雑巾を固く絞って床拭きを始めた少年の、パサパサと頬に掛かる髪が鬱陶しいなぁと思いながら銀時はとりあえず尋ねてみる。 「おいおい、何の話だよ。アレですか、日頃の上司の活躍ぶりに感謝して、サプライズプレゼントでも贈ろうって魂胆ですか。粋な事してくれるじゃねぇの、眼鏡のくせにさぁ」 「眼鏡関係ねーよ、ていうかこのお約束のやり取りもそろそろ潮時ですよね。それはともかく、確かにサプライズになれば良いなとは思ってましたけど、それは別にあんたの日頃の行いに感謝とかじゃないですよ、どこに感謝しろってのか全くわかんないよぐうたら駄目人間糖尿三十路」 「てーめぇ、俺はまだ糖尿じゃネェし、三十路でもねぇっての。だったら何だよ、急にプレゼントなんて。何か欲しいもんでもあんのか、お前?」 「だから、その欲しいモンを聞いてんのは僕ですよ。まさか銀さん、忘れてるんですか?」 「何をよ?何かあったっけ?俺の偉大さを祝うような行事が?」 偉大さってどこに持ってるんですかと憎たらしい事を返してきながら、新八は雑巾掛けの手を止めて呆れた表情で銀時を見上げてきた。 「今日は何日ですか」 「あー?十月十日だろ?」 壁にかけてある日めくりカレンダーを見て、銀時は答える。それは毎日新八が出勤時にめくっているので間違いは無い筈で、彼がめくらなければ大体忘れ去られて時を刻むのを止めてしまう代物だった。 「で、何も思い当たらないんですか?」 心底呆れたという顔をしながら、新八は雑巾を床に落として立ち上がる。そしてそれでも首を傾げている銀時に、アンタねぇと嘆息した。 「いくらめでたい年じゃなくなったからって、自分の誕生日位覚えててくださいよ」 「・・・・・・・・あ」 十月十日、その日は確かに銀時の誕生日だった。 「なんでそう、毎年綺麗に忘れられるんですかねー。痴呆の始まりですか?昨日の晩御飯言えますか?」 「んだとコラァ、銀さんまだまだ現役だっての。昨日の晩飯は、めざしと沢庵と味噌汁だろーっつか、ここ一週間ずっとそうじゃねぇか、ボケ老人でも覚えるわこんな全く代わり映えのしない夕飯」 「変わり映えしないのは、収入が無いからですよオーナー。それはともかく、だからプレゼント何が良いですか?って聞いてるんですよ、理解しました?」 まるで幼子に言い聞かせるような口調に、馬鹿にされている感が無い訳ではなかったが、それよりも銀時は新八の質問に対して口を閉じてしまった。 言われてみれば、欲しい物は?と、去年も聞かれたような気がする。そしてその時にも、自分はこの日が何の日か思い出せなくて、新八を呆れさせた。 「去年は何だったっけ」 何かを貰った事は覚えているのに、何を貰ったのか思い出せない。本気で痴呆の始まりなのかと自分でも不安になって尋ねてみれば、新八は案の定苦虫を噛み潰した様な顔をする。それも当然だ、贈られた物を覚えていないなんて、考えてみれば失礼極まりない。 「散々甘味を要求して、それでも僕がうんと言わなかったら、晩飯を豪華にしろってそれだけでしたよ。甘味以外に物欲って無いんですか、あんた」 「あー思い出した、誕生日なんて俺が主役じゃん王様じゃん、なのにお前甘味を拒否したんだ。お前王様より偉いってどれだけよ、魔王?魔王なのか、お前は。いや魔王はお前の姉ちゃんだよな、ってことはお前は小魔王か、小魔王ってなんだ、強いのか弱いのかよくワカンネェよ」 「アンタの台詞の意味がワカンネェよ。そもそも主役を放棄しそうになってた人に、文句言われたくないですよ。その様子じゃ、今年も甘味って言うつもりですか?」 でも絶対駄目ですからねと付け加える新八に、抗議しようと息を吸い込んだ銀時だったが、眉間に皺を寄せる少年の耳が、伸びた髪に隠れてしまっている事に気付いて自然と言葉が滑り落ちた。 「髪」 その単語だけを発した銀時に、新八はハァ?と思い切り首を傾げる。そしてふわふわと節操無く跳ねている銀時の髪を見て、まだ大丈夫そうですよと失礼な事を言った。 「ばーかやろー、俺は禿げる家系じゃねーの。どっかのうすらいの惑星坊主と一緒にすんじゃねぇよ。そうじゃなくて、お前の髪だよ」 「え?銀さん、今何の話題か付いてこれてます?」 全く要領を得ない銀時に、新八はその顔に心配そうな色を浮かべる。銀時はだからぁと焦れた声を上げて、新八の伸びた髪を指差した。 「お前の髪、切らせろよ。それでいいや、誕生日プレゼント」 その言葉に、新八はますます分からないといった表情になってしまった。 銀時の意図は全く分からないが、それでも彼が本気だということだけはよく分かった。 銀時は新八の困惑を他所に、さっさと椅子を飛び降りてジャンプを床のタワーの上に積んで、和室の押入れを開けて何やらゴソゴソと捜し物をし始めた。そして、自分のやりたい事には俊敏になる銀時は、髪切り様の鋏を持って戻ってきた。 「そんなもの、どこにあったんですか」 今までそんな物を見た事が無いと言う新八を他所に、銀時は普段自分が座っている椅子の下に古新聞を敷き詰めていく。 「万事屋ともなれば、いつ何時何を頼まれるか分かったモンじゃねぇからな。大抵の商売道具は揃えてあるのがプロってもんだ」 確かに、以前万事屋に飛行機が突っ込んで半壊した時にも、彼はどこからか大工道具を持ってきて自力で直そうとした。そしていつも、どこからともなく変装の衣装を持って来たりもする。 「もしかしてあの押入れ、四次元に繋がってるんですか。青いネコ型ロボットの関係ですか」 「それは企業秘密です」 言いながら、椅子の周りを新聞で埋め尽くした銀時は新八を手招きする。よく分からないままに彼に従い、新八はその椅子に腰を下ろした。すると銀時は新八の背後に回り、伸びたその黒い髪を掬い上げるように手に取った。 「え、本気で銀さんが切るんですか」 肩にスポーツタオルをかけられたところで、新八もようやく銀時が本気だと気付く。襟足にタオルの端を詰め込んでいく銀時は、何が楽しいのか鼻歌を零していた。 「お前の姉ちゃんにできて、俺ができねぇ筈ねぇだろ。いいから大人しくしとけよ、今日は俺が王様だぞ愚民め」 「人の髪切りたがる王様って、どんなだよ。でも、こんなののどこが誕生日プレゼントになるんですか?これって得してるの、切って貰ってる僕じゃないんですか」 具合を確かめる様に何度か髪を梳かれた後、首筋にひやりとした金属の感触を覚えた。それが銀時の持っている鋏だとは分かっていたが、反射的に新八の肩が強張る。 「細けぇこと言うなって、俺が良いっつってんだから、これで良いんだよ」 シャキン、と軽く音がして、いよいよ新八の髪が銀時によって切り始められる。 思ったよりも軽くリズミカルに動いていく鋏の音に、新八は最初の緊張が徐々に解れていくのを感じた。時折長さを確かめるように銀時が髪を軽く引いて、それがまたくすぐったい心地良さを伴う。 「こんなの、楽しいです?あ、変な髪型にしたくて言いだしたわけじゃないですよね」 口ではそんな風に疑心暗鬼丸出しの新八だったが、少し頭を前倒しにしてすっかり力の抜けた背中からは、言葉ほど本気ではないことが分かる。 シャキ、シャキ、と新八の髪を落としていきながら、銀時は口元に笑みを浮かべていた。それは普段の口角を僅かに上げるような笑いでも人を小馬鹿にした様な笑みでもなく、ただ純粋に楽しそうな笑みだった。 「俺の腕を信じなさいって、俺はかつてカリスマ美容師を目差したような気がする男だよ?」 「気がするって、それ気のせいじゃないですか明らかに」 「うーるせぇなぁ、黙っとけって」 新聞紙にパラパラと落ちていく黒い髪、無防備に晒された首、そしてどこにも険の含まれない軽口。窓からは陽光だけが差し込み、外の寒風は時折軽く窓を叩くだけ。まるで万事屋の中だけ時が止まったかのように、とても穏やかな鋏の音だけが広がっていく。 「銀さん」 「あー?」 後ろと横を揃えた後で、前髪に取り掛かった銀時に眼を閉じて新八は話しかける。途端に口に髪の毛が入ってしまい、眉をしかめながらそれを吐き出した。その様子に、銀時がふ、と息を漏らして笑うのが分かる。 「来年は、覚えておいて下さいね、誕生日。プレゼント何が良いか聞く度に、その理由を説明しなきゃいけないのって、面倒です」 「手間を惜しむんじゃネェよ、若人が。嫌だね、便利さに慣れた世代ってのは」 「そういう問題じゃないでしょ」 唇を尖らせる新八に、慣れないのは自分の方だなと銀時は自嘲する。 欲ならば、人並に持っている。扇風機よりもエアコンが欲しいし、炬燵だけでなく床暖房を入れたい。毎日牛肉が食べたいし、思うがままに甘味を貪りたい。そして何より、何もせずとも金が欲しい。 そうやって考えていけばキリが無い位に、自分は欲塗れだ。けれど、それを誰かから与えられるという事に、慣れないのだと思う。だから、プレゼントに何が良いと問われても、咄嗟には答えられない。 「良いんだよ、俺ァ。毎年毎年、飽きもせずに何が欲しいか聞いてくる小うるさい従業員がいるからな」 「誕生日のお祝いに、飽きるも何も無いでしょう。何言ってんですか、アンタ」 そうやって、誕生日は祝うものと言い切ってくれるだけで本当は嬉しいのだと伝えられればいいのだろうが、生憎そんな素直な性格ではない。だからついつい、誤魔化してしまう。 「それにしてもお前、ほんっとーに真っ直ぐな髪してんなぁ。切っててイラッとくるわ、これ」 「アンタが切りたいって言ったんだろーが!もー、何なんですか、何がしたくていきなり床屋ごっこなんですか」 「何って、髪が切りたくてやってんだよ」 「そこがそもそも分からない」 分からなくてもいい、と銀時は胸中で思う。親や兄姉に髪を切ってもらう機会など無かった自分が、ただ少しの好奇心でやってみたくなっただけの事だ。想像してみた妙と新八の髪を切る光景が余りに穏やかに思えたので、少し便乗したくなっただけの事。 「新八ぃ」 「何ですか」 「今日の夕飯、豪華にしろよな」 「はいはい、王様閣下」 こうやって、他愛のない話をしながらも己の手に握られているのはれっきとした刃物だ。その気になれば、この無防備な首を掻っ切る事だってできる。それなのに、二人の間にはそんな事は起こりえないという根拠の無い確信があるのだ。 髪を切る事一つで大袈裟なと思い、銀時は微かに笑う。刃物に対する意識が余りにも物騒なのだ、己は。 「ねぇ銀さん」 「あー?」 見慣れた耳がちゃんと見える長さに切り揃えり銀時に、新八が閉じていた目を開く。 「誕生日、おめでとうございます」 ぽんと投げられたその言葉に、銀時は一瞬眼を見開いてから、仏頂面で呟いた。 「おう」 何ですかその答え、と笑いながら新八はまた眼を閉じて、銀時は無性に気恥ずかしくなって無造作に新八の頭を掻き混ぜた。 「わっ」 パラパラと切った髪が新聞紙の上に落ち、銀時は乱暴に鋏を机に置いた。 「おら、最後の仕上げだ、立て新八」 「へ?」 髪を切る仕上げとは?と口を半開きにして困惑する新八に、銀時はやや乱暴にその腕を取って椅子から立たせる。 「洗浄だよ、洗浄。切った髪流してやるから、風呂場へ行けっつーの」 そして強引に風呂場へ向けてその背中を押す銀時に、新八はそこまでするのかと動揺した声を上げる。 「あったりまえでしょー?俺はやるからには完璧を目差す男だよ、シャンプーリンスに最後の軽いマッサージも付けてやるってーの」 「でもそれって、ますます銀さんの誕生日プレゼントになってないんですけど・・・」 押されるままに風呂場へ向かいながら、新八は本当にこの行為のどの辺がプレゼントになっているのだと不安になる。確かに銀時は楽しそうだけれど、彼本人に労働をさせては誕生日の意味が無い気がする。 「いーんだよ、どうせ散らかった髪の毛とか流されて排水溝に溜った髪の毛とかは、お前が掃除するんだから」 「・・・それはそれで釈然としないんですけど」 でもまぁ、銀時が理不尽なのはいつもの事で、掃除だっていつもの事。何より自分には分からなくても銀時が楽しいというのなら、一応プレゼントにはなるんだろうなと新八は思うことにした。 「ほれ、早くしろよ新八」 風呂場の扉を開けて、銀時が呼ぶ。 「ハイハイ、最後までお付き合いしますよ、銀さん」 そう答えて、新八は銀時が呼ぶ風呂場へ足を向けた。 このままエロにもなだれ込めそうな、かといってこのまま終わりでごまかせそうなラストにしてみました(最悪だよおまえ。 とりあえず、髪を切る銀さんが書きたかっただけ。 遅ればせながら、誕生日おめでとう銀さん! |