視察に来ていた南方司令部将軍と共に建設中の児童保護施設を訪れていた際、路上駐車の車が爆破された。 幸運な事に爆弾は不発に近く、それ一つで周りを巻き込む大爆発を起こしはしなかったが、爆発音の余韻が消えたと同時に一瞬時が止まった様な空白の後辺りには悲鳴と怒号が爆発した。 不幸だったのは、その時その場に居た人数が常の視察団よりも少なく軽装備だったことだ。南方からの将軍の護衛チーム六人と、西方の水野に同行した数人の護衛。将軍が大々的にしなくていいと言ったのを、そのまま聞き入れてしまったのが災いした。 将軍には、西方は平和だとどこかで高を括っていた部分があったのかもしれない。 「将軍を保護しろ!!」 水野は爆発音と同時にホルスターから銃を引き抜き、南方司令部の将軍の護衛チームに叫んだ。 たちまち周囲は逃げ惑う人々の悲鳴と靴音で騒然となり、そして炎上する車から上がる煙で視界が劣悪になる。 「佐藤、車を回せ!将軍を本部へ!お前らは住人を誘導しろ!!消防署へ連絡を!火災も引き起こされるかもしれない!!」 護衛チームは即座に将軍を囲むようにして、少し離れた所に停車していた軍用車に向かって走り出す。水野の護衛に付いてきていた佐藤以外の数人は、悲鳴を上げながら駆け出す住人をうまくこの辺りから避難させるために四散する。 佐藤は命じられた通り軍用車の方へ駆け出そうとし、水野がパニック状態に陥りかけている住民に避難を呼びかけながら走り出したのを見て、思わず足を止めた。 「非難してください!建物の中には戻らないで!!車も捨ててください!こちらの指示に従って逃げれば、大丈夫です!!」 「中佐!!」 様子を窺うために周囲に爆弾を仕掛けた犯人が居るかもしれないというのに、一人爆発音のした車へ向かおうとする水野の後を追おうとしたが、水野は肩越しに振り返って叫んだ。 「早く行け!将軍に怪我一つ負わせるな!!」 そして水野は爆発した車から遠ざかるように逃げ出してくる民衆の中、独り逆走して身を翻す。 「中佐!」 佐藤の叫び声と共に、新たな爆発音がその時響いた。最初の車よりももっと奥、町の南側の方。水野の脚が迷う事無くそちらに向けられたのを見て、佐藤は一瞬の逡巡の後護衛チームの中の見知った相手に叫んだ。 「黒川!」 将軍一行の一番最後尾を走っていた黒川が振り返り、佐藤が放った何かを人波の中取り落とす事無く受け取る。それは、軍用車の鍵だった。 「行け!」 上司から命じられたことを無視して、佐藤はその上司の後を追う。黒川は迷う事無く鍵を握り締め、車に向かう。 将軍の一行が軍用車に辿り着き将軍をその中に押し込むようにして乗せると、黒川はチームの一人に鍵を手渡した。 「少尉!?」 そして戻ろうとする黒川に声を荒げた同僚に、黒川はホルスターから銃を取り出して唇の端を上げた。 「この辺りの憲兵が集まるのも時間が掛かるだろ。さっきまたどこか爆発した。誰か残ってたら厄介だからな。将軍を早く司令部へ」 そう言って黒川が踵を返して駆け出すと、車の発進する音がすぐに聞こえた。そして、黒川を追うようにして重なる足音が二つ。 「荻野、佐伯!?」 「将軍には三人も居れば大丈夫でしょう。車狭いし」 避難する住民たちに逆走して走りながら、荻野は少し悪戯っぽく笑った。 「この爆発が俺ら視察団を狙ってたなら、このまま始末をこちらさんに任せて逃げたんじゃ椎名大佐に何言われるか分からないですからね」 佐伯もそう言って、黒川は一瞬瞠目した後笑った。 「全くだ」 本来なら椎名よりも上にいる将軍の保護護衛に全身全霊をかけて然るべきなのだが、このままこの騒ぎを放って安全な司令部に戻って何もしなければ、帰った時に椎名に会わせる顔がないと三人は一様に爆発音を辿って走る。 その時、またもや新たな爆発が起こった。どうやら、爆発個所は初めの車よりも町の外れで起きているらしかった。 人波はすぐに途切れ、水野は走る速度を上げる。 「水野中佐!!」 「佐藤!?何してんだ!」 背後から追ってきた声に、水野は思わず脚を止めてしまった。通りの二つ三つ向こうで煙が上がっているのが見える。比較的貧しい人間たちの暮らす一角の筈だった。 「将軍は!」 早く司令部へ送れと怒鳴る水野に、佐藤は軽く肩をすくめて見せた。 「南方の将軍さんは、南方の奴らが守るでしょ」 数人まだ避難のため走る住民にの中、水野は眉を吊り上げて叫ぶ。 「将軍に何かあったらどうすんだ!」 佐藤は言い返そうと口を開きかけ、水野の背後数十メートル先の古いアパートの窓で何かが光るのを視界に捉えて、迷う事無くホルスターから銃を引き抜いて、狙いを定めるためのインターバルも殆ど無しにトリガーを弾いた。 普段軍人が携帯するのはハンドガンと呼ばれる拳銃で、その有効射程距離は50メートルだが、実際に使用されるのは20メートル程度と言われている。 今佐藤が狙った相手までの距離は、およそ30メートル程あっただろうか。パン、という乾いた音に水野が弾かれた様に後方を振り返ると、微かに人影が倒れたのが見えた。 「俺にとっては、南の将軍よりも西の中佐の方が大事ですわ。行きましょう、止まってたら格好の的ですよ。あいつは後で取りに来てもらいましょ、多分しとめてますから放っといても逃げませんよ」 もしかしたら仲間が運び去るかもしれないとは思ったが、今の銃声で残っていた人々のパニックに拍車が掛かり、更に新たな爆発音が加わったことで、水野は住民の安全が最優先だと判断して走り出した。その後に、銃を構えた佐藤が続く。 爆発は最初のと二発目は不発のようなものだったらしく、建物は白い煙を上げているものの倒壊までは至っていない。しかし、三度目の爆弾が仕掛けられていたアパートに辿り着いた時、そこは白煙ではなく黒煙と炎を上げていた。 「くそっ」 火災が引き起こされたアパートの前には、そこの住民らしき人間が数人騒ぎ立てている。建物の中に戻ろうとする数人を必死で他の住民が留めていた。 「早く避難してください!」 水野が叫ぶと、こちらが軍人だと気付いた女性の独りが縋る様にして水野の上衣の端を掴む。すると建物の中に戻ろうとしていた数人もこちらに向かって叫ぶ。 「まだ子供が!!」 「父さんが!!」 「夫が子供を助けようとして!」 遠くで消防隊のサイレンが聞こえたが、避難する住民たちに道路が塞がれて到着が遅れる可能性があった。水野は一瞬迷い、そして窓の向こうでチロチロと舞う炎を見上げた。 ボンッ、と軽い爆発音を立てて窓が割れる。パリンと小さな音を立てて窓ガラスが砕け散って、パラパラと欠片が落ちてくる。その欠片は日光と炎の光を浴びて、皮肉にも綺麗に輝いていた。 「中佐っ」 爆発音と共に上がった住民たちの悲鳴に水野は建物の中に飛び込もうとしたが、佐藤がその手を引いて止めた。 「少尉!」 離せと睨みつける水野に、佐藤は負けずに睨み返す。 「あんたを守るのが俺の任務なんに、むざむざ危険に晒せるわけ無いやろうが!」 「住民が守れなくて、何が任務だ!」 その水野の表情は炎に煽られて赤く燃える様だったが、佐藤はそれでも手を離すわけには行かなかった。 「あんたに行かせる位なら、俺が行くわ!」 自分なら、この程度の炎には慣れている。そして有無を言わさずアパートから引き離すように水野の腕を引いて、飛び込もうとした佐藤を、今度は新たな声が止めた。 「佐藤!この人たちを避難させろ!!」 二人同時に振り返ると、逃げた筈の将軍の護衛の内三人がそこに居た。 「お前ら・・?」 叫んだのは黒川で、後の二人は何でここにと佐藤や水野が尋ねるより先に、迷う事無く建物の中に飛び込んだ。 「おい!」 水野が慌てて止めようと腕を伸ばしたが、黒川がその腕を留めて口角を上げて笑った。 「このまま逃げ帰ったら、本部の上司に怒られますから」 そして他の二人と同じ様に、既に炎が外壁をも這い始めた建物に駆け込んでいった。 「・・・くそ!」 水野は大きく舌打ちし、呆然と成り行きを見守っていた住人たちに向き直る。 「彼らが出来る限りのことをしてくれます、あなた方は早く避難を!」 「でも・・」 心配げに見上げる女性に、佐藤がその肩を軽く叩いて微笑んだ。 「大事な人が戻って来た時にあんさんも怪我してたら、誰が看病するん?大丈夫、ちゃんと知らせたるから」 力強く頷いた佐藤の言葉に、女性は泣きそうに顔を歪ませて頷いた。 「こっちへ」 水野が誘導するのに従いながら、彼らは一様に後方を気にしていた。 そして建物から彼らが十分に離れた時、背後で轟音を立ててその建物は瓦解した。 「椎名大佐、本日1400(ひとよんまるまる)、メーンストリートに路上駐車してあった車を始め数箇所が爆破されました。間近の軍用施設を視察していた南方将軍の一行が巻き込まれ、将軍は無事保護しましたが以下護衛官三名が行方不明。黒川少尉、萩野少尉、佐伯特務曹長・・・」 受話器の向こうで、椎名の息が凍ったのが分かった。 水野は強く受話器を握り締めて、声が乱れないように必死で努めた。 『将軍は無事だな?』 静かに問うてくる椎名の声に、水野は静かに深く息を吐いた。 「無事です、司令部で保護しています。ただ、瓦礫の撤去に思いのほか手間取りそうです」 消防隊によって消火作業を終えた時点で救出された三名を搬送する病院を手配し、遅れて到着した憲兵たちに瓦礫の撤去作業の指示を出して司令部に戻った水野は、既に報告が送られている筈の南方司令部に自ら電話した。 『では、こちらから将軍の護送班を送ろう。半日もあれば着くから、それまでしっかり保護しておいてくれ。撤去作業の手は生憎貸せない。膠着状態とはいえ、いつ爆発するか分からない前線を抱えているからな。三人の捜索もそちらに任せていいか?』 やるべきことはまだまだあった。佐藤が狙撃した犯人の遺物を調査し、犯行がグループならばその根城の捜索とメンバーの逮捕へ向かわなければならない。被害状況の詳細を中央に報告もしなければならないし、他にも将軍のお叱り―という名の厭味―を聞いたりと仕事は山積していたが、水野は自ら椎名に報告しなければと思ったのだ。 「完璧に我々の落ち度です、申し訳ありません。必ず見つけます」 士官学校の頃から何かと面倒を見てくれた先輩に対し、水野はそう約束して通話を切った。 通話の切れた電話機の前で一度きつく瞼を閉じ、水野は自分のすべきことを順序立てて並べていった。 ようやく仕事が一区切りついたのは、深夜も三時を回っていた。 瓦礫の撤去作業は思いのほか難航し、日が暮れて今日の作業が打ち切られるまでの間に見つかったのは民間人がもう一人。その人物も生きていてくれたことだけが救いだった。 「中佐、大丈夫ですか」 司令官室の机を離れ、一時休憩を入れるために倒れる様にソファにもたれ込んだ水野に、佐藤がコーヒーを持ってきてくれた。 「あぁ」 佐藤の小隊は瓦礫の撤去作業に出ていたが、今日の作業が終わると同時に佐藤は司令部に戻って来て水野の仕事を手伝ってくれた。 「火災に巻き込まれた人間が、無事に生きてると希望が持てるのは何時間だ?」 受け取ったコーヒーを机に置いて、静かに水野が佐藤に問う。佐藤は水野の隣に腰を下ろし、ギシ、とソファを軋ませた。 今日中に助け出されたのは全部で四人。大なり小なり火傷を負ってはいるが、恐らく命に別状は無いだろうという見解だった。しかし、まだ行方の知れないのが半数。椎名の部下はまだ一人しか救出されておらず、それも黒川ではない。 椎名に「必ず見つける」とは言ったが、あの炎と煙りに巻かれ、人がどれだけ生きていられるものなのか、水野の不安は隠せない。 そんな水野の心情を思ってか、佐藤は静かに労わるように告げる。 「たとえ一酸化中毒になっても、それですぐに死ぬわけやない。その後できるだけ早く新鮮な空気を吸わせてやれば、助かる見込みはかなりあります。軍人が三人も居るんや、それを知らん奴は居らんでしょう。大丈夫ですよ」 それでも火災の中でどうやって新鮮な空気など送れるのかと水野は思ったが、佐藤がそれを分かってて言っていることは明白だったので、黙ってそうだなと頷いておいた。 「そのままでいろよ」 水野は頭をずらして佐藤の肩に凭れ掛けた。まだ休める時間ではない、仕事は溜まっている。けれど十分でいい、目を閉じさせて欲しい。 「アイ,サー」 佐藤は撤去作業からそのまま来たせいで、上衣を脱いで黒いティーシャツ一枚になっている。間近に感じる佐藤の温度を心地良いと思いながら、水野は佐藤がそっと髪に触れてきたのも咎めなかった。 「お前、銃の腕かなりなものだったんだな」 「あー、あれですか」 結構な距離から一発で敵をしとめた佐藤の腕を思い出し、水野はぼそりと呟いた。佐藤はまるでどうでもいいことの様に応え、水野の髪をただ梳いている。 「助かった。お前が居てくれて良かった」 目を閉じて、佐藤にしか聞こえないほど小さな声で告げてくる上司に、佐藤は苦笑しながら髪から頬へ指を滑らせた。 「せやったら、もう置いてかないでくださいよ?」 自分を置いて飛び出していくなんて真似、もうしないで欲しいと思う。自分はこの上司を守るためにここに居るのだ。ただの仕事だからじゃない。 組織として黒い面も当然ある軍隊の中で、どこまでも”民衆のために”と寝る間も食事の間も惜しんで自分の命すら顧みずに走れるこの人間を、一人の人間として好ましく思う。 だから、自分が守るのだとここ数ヶ月で佐藤はそう決心させられた。汚いことも危険なことも自分が負うのだと、それこそ寝食を共にする生活になってから決心した。この上司をできるだけ綺麗なまま飛ばしてやりたいと、自分の前で無防備に笑う水野を見て、佐藤は心底そう思ったのだ。 「うん、お前が居て良かった・・・」 水野は呟いて、現場で生きてきた佐藤のガサガサした指先を気持ち良さそうに受け止めていた。 この部下を椎名は己にくれた。そして今、椎名の右腕であり佐藤の以前の同僚がこの地で行方不明になった。 何をしても彼を椎名に返さなければと水野は再度そう決心して、心地良いまどろみに落ちていきそうになった頭を奮い起こした。 「ありがとう」 佐藤の肩から頭を上げ、水野は机の上のコーヒーを一口飲んで立ち上がる。 「今日は徹夜だな」 付き合ってくれるか?と尋ねる水野に、佐藤は躊躇無く応えた。 「勿論です、Sir」 自分の所属する組織の最高司令官である将軍を護衛して安全な司令部に戻るよりも、直属の上司に怒られるからと笑って火災の中に飛び込んだ彼らを、彼(か)の上司から引き離したところで死なせて堪るかと水野はまだ夜明けの遠い夜空の広がる窓の外を睨みつけて、机に戻った。 その翌日の夕方までの間に行方不明だった残り四人が全員発見されたが、結局火事に巻き込まれた八人のうち民間人一名が死亡。他七名は重傷又は重体ながらも無事生還した。 爆破の犯人は強盗団に毛が生えた程度の小さなグループで、間抜けな事に佐藤に狙撃された犯人の銃の入手経路からメンバー全員が割れ、彼らは全員程なく逮捕となった。 end. えー、捏造も甚だしい!!というか、駄目です、臨場感が全くありません・・・。やはり私には、軍服を着ただけの人々のオフィスラブ辺りが限界点らしいです。 これで佐藤と水野が出来てないんだから、理解不能ですねーー。 そうそう、郭が椎名に報告した内容とこちらの記述にズレがあるのは、南への報告の時間とのズレです。間違いじゃないですよ。南に報告がいったときにはまだ全員行方不明だったのです。 |