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愛なんて言葉じゃなくて、君に伝えられたらいい。 後編 所詮軍隊も、金が無ければ話にならない。 銃も戦車も金で買うものだし、その他の射撃場や練兵場を建設改築増設するにもやはり金が要る。出資元は勿論国ではあるが、その国に誰が金をもたらしてくれるかと言えば国の経済界の企業を束ねるトップたちで。 荒くれ共の集まる軍隊といえども、その様な企業家の集まる社交場に無縁であるわけにもいかないのである。 「んじゃ、士官以上の奴は参加可能ってことで大丈夫だな。希望者を募って、招待状を発行してもらえ」 椎名は一枚の紙に目を通しながら郭を見上げた。郭は椎名の手元の紙の文面を既に把握しているのか、その場で頷いた。 「大佐も行かれるんでしょう?」 「挨拶位はしに行くさ。頭から血でも流すペイントでもするか?」 パサリと紙を机の上に放り出して、椎名は半ば自棄気味に笑う。机の上にヒラリと落ちた紙の上には、「・・・卿主催仮装舞踏会」の文字が躍っている。 派手なことが大好きなとある企業家が、軍人たちも招いて大々的に仮面パーティーをしようと企画したのである。 「ハロウィンじゃないですよ、せいぜい着飾ってください」 一応南方司令部のナンバーツーを預かる身としては、挨拶に伺わないわけには行かないだろう。自分の容姿が、着飾ればそれだけ栄えるという事を理解しているだけに、椎名はうんざりと溜息を漏らした。 「挨拶だけしたら、速攻帰る」 あとはもう見たくも無いという風にうんざりと吐き捨てた椎名に、郭は苦笑して紙を拾い上げる。 「護衛は二人必要ですね、人ごみに紛れて暗殺者が居ないとも限りませんし。もう一人は黒川少尉でいいですか」 あーとおざなりに頷きかけた椎名は郭の手にしたチラシの「仮装」の文字にあることを思いついて、沈み込んでいた椅子からがばと身を起こした。 「郭少佐、毎日南方の平和のために尽力している大佐に、一つご褒美なんてあってもいいと思わないか?」 その辺の部下相手だったならばそのキラキラと輝く椎名の瞳に思わず見惚れもしただろうが、生憎長年側に居る郭はそれがろくでもない企みを思いついた時の目だと分かっている為、見惚れるどころか苦々しげに嘆息した。 「余り周りを巻き込まないで下さいね、大佐」 そしてこうなった椎名には何を言っても駄目だということも既に理解しているので、郭は諦めた様に軽く首くを振った。 と、同時に司令官室の電話がけたたましく鳴り始める。 「はい、司令官室」 郭が壁に掛かっている電話の受話器を取り上げ、通信課の人間と短く応酬した後で受話器を椎名に向けて振り返った。 「西方の佐藤少尉から、椎名大佐にお電話だそうですよ」 「佐藤?」 珍しいこともあるものだと思いながら、椎名は椅子から立ち上がって受話器を受け取る。 「もしもし」 『椎名大佐、ちょお、聞きたいことがあるんですけど』 黒川よりも砕けた敬語を使う佐藤の声が、どこか棘を含んでいる。 「何だよ、仕事の話か?」 もしそうだったら明日は前線で和解でも生じるかと思いつつ聞いてみると、佐藤は案の定否定してきた。 『こっちはもう昼休みやわ。そないなことより大佐、どういうことや』 「何が。つーかお前、直属じゃ無くなったら一気にタメ口か?いい度胸じゃねぇか」 佐藤の言葉につられるように椎名が時計を確認すると、椎名たちの昼休みも間近だった。午後の仕事に入る前に今さっき思いついたことで郭がするべきことを伝えておきたかったので、椎名は何の用件だと切り出した。 電話の向こうで渋面を作る佐藤を容易に思い浮かべられる位に不機嫌な声で告げられたのは、椎名にとって思わず頬が緩む様な話でしかなかった。 昨夜佐藤が水野にキスをしたところ、今朝になってキスをされ、それは椎名大佐に教えられたのだと言ったらしい。 『水野中佐にどのようなことを吹き込まれてきたのでしょうか、Sir』 馬鹿丁寧な敬語の中に剣呑な響きを含ませてくる佐藤に、椎名は笑い出す寸前だ。 あの水野にそんなことを仕掛ける人間が本当に居たなんて驚きだったし、それがあの佐藤でありあまつさえ明らかにうろたえて椎名に電話してきたのだろうと思うと可笑しくて仕方無い。 「俺はさ、ただ学生時代に『好きな相手にキスされたら、お返しはするもんだ』て教えただけだぜ?良かったじゃねぇの?」 すると受話器の向こうから僅かに息を呑む気配が伝わってきたが、すぐに佐藤は何かに気付いたらしく、続いたのは地を這うような低い声だった。 『それって、別に好きの種類関係あらへんのやないですか』 その不機嫌そうな声にどうにも我慢できなくなって、椎名は遂に笑い出した。 「あはははは!!あったりまえじゃん!あの仕事の虫、生真面目一本のあいつに、そんな細かな人間の心情なんて分かるわけ無いね!好きは好きなんだよ、単にね」 何事かと瞠目する郭に問題無いと片手を上げて見せて、椎名は何事か呻いている佐藤にけらけらと笑いながら告げた。 「頑張って自覚させてみろよー、じゃな、俺忙しいから」 水野のことで色々わたわたする佐藤というのも珍しくて良かったが、今の椎名に他人の恋路とやらに関わっている余裕は無い。 一方的に通話を切って郭に向き直った椎名は、何事も無かったかのようにさっきの話な、と繰り返した。そしてにっと笑いながら安心しろと大部屋の方を指で指した。 「ターゲットは黒川だから」 嬉しそうな椎名に郭はこっそり黒川に同情しつつも、次々と告げられるご褒美とやらに必要なものを脳裏にインプットしていった。 午後、椎名は司令官室を出て大部屋で猛然と仕事をしていた。 「椎名大佐、何かあったんですかね・・・」 「締め切り間際の書類が溜まったんじゃね?」 こそこそと囁きあう部下の気味の悪い物を見るような視線に気付かないではなかったが、今の椎名はそんなことを気に欠ける様子も無い。 (もー、あんな甲斐性なし待ってられるか) 昨夜黒川が女連れだったのを見た瞬間にはもう駄目かと沈みもしたのだが、その後黒川が彼女を帰して椎名の方を家に上げ、一緒のベッドで眠った後で囁かれた言葉を実はしっかり聞いてしまった身としては、覚悟を決めないわけにはいかなかったのだ。 『何であんたは、俺にキスなんて強請るんですか』 きっとずっと聞きたくて聞けなかったのだろう。いい加減そうに見えて実は椎名に対して最低限の礼儀はわきまえている黒川のことだから、上司のする事に一々理由を尋ねるのは憚れるところもあったのかもしれない。 (知りたいなら、答えをやるよ) 愛してるなんて言えないけれど。言った途端にその想いはブレーキの壊れた暴走車の様に暴れだして、自分の軍人としてのありようさえ蝕んでいくだろうから。 けれど黒川がいつまでも自分で動けないのなら、椎名がきっかけを作ってやるしかない。 そしてその結果黒川が椎名を受け入れられなくても、きっと彼は部下として自分の側を離れたりはしないだろう。それはそれで辛いことにもなりそうだったが、いつまでも中途半端に女に嫉妬なんて感じてるよりも数倍マシだと椎名は決心したのだ。 (選ばせてやる、心優しい上司に感謝しな) 郭に心底呆れた顔をさせた時点でとっくに暴走しているんじゃないかと思いつつも、椎名はバンッと勢い良く書類に判を押していった。 その椎名の心中に、佐藤少尉に遅れを取って堪るかという対抗心があったかどうかは定かではない。 仮装パーティーの護衛と言われて当然の様にパーティーに参加する事になっても、黒川に衣装を用意するような金は無い。しかし、場がしらけるから軍服はよせと言われ、黒川は大分悩んだ。 挙句、多分金持ちの中に混ざればチンピラの扮装にでも見えるだろうと踏んで、ジーパンに黒シャツで薄い色の付いたサングラスという黒川としては完ぺき私服で行ったのだが、中世ヨーロッパの貴族とその従者というよな格好で現れた椎名と郭には、何故だか偉く好評だった。 「うーわー、似合うなー。完ぺきチンピラ」 「目立ちそうですね」 羽付き帽子なんて素で似合ってる二人に感心されても特に嬉しくは無いと思いつつ、黒川は短く、 「どうも」 と応えるだけに留めておいた。 会場は何だか舞踏会というよりはコンテスト会場のようで、甲冑を身に着けて重々しく歩く年寄りやバニーガールの格好をした勇気ある中年女性、はたまた着ぐるみを着て闊歩している年齢不詳の人物など、黒川は入った瞬間に帰りたくなった。 「お招きいただいて光栄です」 本物の貴族の青年の様に胸に手を当てて挨拶をする上司の斜め後ろで、何と軍服を着込んでいる企業化の出っ張った腹を見ながら黒川はさっさと帰りたいと切に願った。 周囲を見ることを止めて、どこかに不穏な気配でもないかという事にだけ意識を集中させる事にした黒川は、いつの間に上司が主催者と挨拶を終えたのか気付かなかった。 「黒川少尉、ご苦労だったな」 神経を椎名に戻してみると、椎名は羽付き帽子を取って蒸れた髪の毛を乱暴に掻き混ぜていた。郭は涼しい顔で通りすがった給仕からシャンパンを受け取っている。 「今日はもう俺の役目は終わりだ。帰りは別の奴に送ってもらうように言ってあるから、お前は偶には羽を伸ばしていけば?」 じゃあなーと優雅に帽子を翻して、椎名は踵を返す。 「ちょっ・・」 人ごみに紛れて椎名を狙う奴が居るかもしれないから護衛しろと言ったのは自分だろうと、余りにも無防備に会場の人ごみに入っていく椎名を追おうとした黒川を郭が止めた。 「大丈夫、周りに何人かいるから。余り固めてたら、それこそ重要人物ですって教えてるようなもんでしょ。好きにしてていーみたいだよ、君は」 郭は、持っていた空のグラスをまた通りがかった給仕のお盆に戻す。どちらも慣れているのか給仕も足を止める事無く滑らかに通り過ぎて、人の合間を縫っていく。 「はぁ・・・」 いつもご苦労様と労いの言葉を口にして、背後から声を掛けてきた知り合いらしい身なりのいい男と挨拶を交わし始める郭に適当に返答し、黒川も近くに居た給仕からワインを貰う事にしたが、慣れてないせいで、給仕の足を止める事になってしまった。 チンピラの様な黒川の出で立ちに興味をそそられるのか、何人かの女性から声をかけられた。 しかし、どの女性も大して黒川をそそらない。元々そんなお上品な出自では無いためか、一言二言話すだけで育ちが良いと分かるとどうも自分で引いてしまうのが分かる。それに、高級であろうと安物であろうと香水の匂いは好きではないのだ。 誰だったか、女は自分の体臭を気にすることが多いけれど、男は女の汗にも興奮する、それが動物の本能だと言った。女の汗からフェロモンのようなものを感じるらしい。 犬でも何でも発情期になるのはメスで、フェロモンを嗅ぎ付けて惹きつけられて選ばれるのは大抵オスなんだよな・・と居黒川は退屈な余りそんなことを考える。 そんなに気が向かないのならこの場を辞去すればいい話なのだが、自らの財布では滅多に飲めない高い酒が闊歩しているとなると、どうしてもそれを逃すのは惜しいと思ってしまうのだ。 「お一人?」 何杯目か分からないグラスをホールの隅で傾けていると、一人の女が声を掛けてきた。 またか、と少々うんざりしながら目を上げて、黒川は思わず口元を緊張させた。 「隣、いい?」 派手なゴテゴテとした仮装をしているでもなく、黒い長い髪を広く開いた胸元に垂らしているワインレッドのドレスに身を包んだ小柄な女性。残念ながら胸は小ぶりだったが、そんなことはどうでも良くなるくらい、すっきりと猫の様に吊り気味の目が印象的だった。 「どうぞ、連れは?」 こんなに綺麗な女性なら、当然同伴してきた男も居るだろうと尋ねてみたが、彼女は予想に反して緩く頭を振った。 「世の中のいい女はぜーんぶお手つきだ、なんて考えて尻込みする馬鹿な男が多いのよ。情けないわよね?」 さら・・と零れる黒髪を揺らして、女は肘まで隠れるワインレッドの手袋に包まれた指で給仕からグラスを受け取った。 「あなたは?」 挑発するように見上げてくるその瞳と、ルージュの引かれた唇に誘われる様に黒川はグラスを合わせた後一気に酒を煽った。 「試してみます?」 彼女の喉奥から挑発的な笑い声が漏れた。 「あら、積極的。ここの主人に頼んで部屋は取ってあるの。家が遠いから。見てみる?立派よ」 ふわふわとどこか自分のことすら遠くで眺めている様な錯覚に陥って、黒川は意外と自分が酔っているのだと自覚する。ただ多く酒を飲んだせいではない。目の前の女からは、黒川の劣情を煽る何かが立ち上っているようだった。 「是非」 嬉しそうに三日月に細められた瞳に、あぁ、上司の悪戯を思いついた時の目に似ているなと黒川は冷静に思い出していた。 手を引かれるままにホールを抜け出し、二人は徐々に賑わいが遠ざかる屋敷の奥へと向かう。 慣れた足取りで迷い無く屋敷の奥に向かう女の横顔は、黒川に何かを思い出させそうになった。それが何かは明確に思い出せないまま、黒川は自分がいつものくせで連れ立って歩く人間の斜め後ろについている事に気づいて苦笑した。 「どうかした?」 黒川が笑った事に気配で気付いたのだろう、女がやや怪訝そうに尋ねてくる。 「いや、いつも上司の斜め後ろを歩いてるから、ついこんな時も癖が出るなと思って」 すると女はおかしそうに笑って、黒川の隣に立った。 「ここ」 女が静かに扉を押し開き、先に部屋に入る。 確かに豪華な部屋だった。天蓋つきのベッドにちょっとした酒を飲むためのカウンター、化粧台も見事な細工のものだ。 女は迷う事無く柔らかそうで広いベッドに腰掛け、黒川に向かって嫣然と微笑んだ。 「まだ何か呑む?」 そんな必要は無いと黒川も笑い返し、室内でもかけたままだった薄く色の付いたサングラスを外してベッドの女の前に立つ。 「あぁ、外した方がいいわね。綺麗な黒曜石みたい」 そして頬に伸ばされた手を取って、黒川は彼女に覆い被さった。 ふわりと鼻先を掠めるアルコールにまた酔って、ルージュの引かれた唇に口付ける。不思議と、あの上司の声が蘇ることは無かった。 酔ってるせいだと思いながら、名前も聞かずに情事だけに溺れ様ようという自分が今更ながらおかしくて、黒川はまるでこちらの感じるところを知っているかの様に口内に滑り込んだ舌を吸い上げる。 「ん・・・」 首に腕を回してきた女に引き倒されるのに任せて、黒川はベッドに彼女を横たえて体重を掛けないようにそっとその髪を優しく梳く。 「・・・・ふ・・っ、くく・・っ」 途端に合わせた唇の合間から笑い声が漏れて、黒川はふと目を開けて女の覗き込んだ。 「何・・・・・。っっっ!!!!??」 白いベッドカバーの上に黒い髪を躍らせて見上げているその顔は、見慣れた彼の上司そのもので。 思わず大きく仰け反って身体を離した黒川に、彼女―いや、最早それは女性ではなく椎名大佐その人でしかなかった―はずるりと頭から黒髪を取り除いて見せた。 「あ、あんた・・!!????」 酒のせいとはいえ全く気付いていなかった黒川の様子が心底可笑しいという様に、椎名は取り外したかつらをポンと脇に放る。 「いつ気付くかなーと思ったんだけど。気付かないもんだなー」 長い髪に誤魔化されて隠れていた肩は、華奢ではあるが骨っぽく、胸も明らかに偽者で。それなのに上体を起こした黒川の下で笑う椎名は、そのドレス姿が滑稽ではない。 「なに、してるんです・・・」 それどころか、この上司の姿も悪くは無いと思う酔った自分がまだ居て、一瞬で大部分の酔いの醒めた黒川の脳はいささか混乱気味だ。 「なにって、黒髪のロングで小さくて、そんで感度のいい奴が好みだろ?」 そう言っただろと言う様にベッドの上で首を傾げる椎名に、黒川は一気に萎えた熱を全て溜息に乗せて吐き出した。 「からかうなら、別の奴にしてくれよ・・・・」 思わずそう呟いた黒川の頬に、次の瞬間ジン・・と痺れる痛みが走った。平手で殴られたのだと理解した時には、もう何をするんだと怒鳴り返すことなんて出来なかった。上司の瞳が、酒のせいでも黒川の見間違えでもなく、潤んでいたからだ。 「別の奴のために、こんなことするか!」 思わぬ剣幕に黒川が瞳を瞬かせる下で、椎名は手袋に包まれた拳をギュッと握った。 「他の誰のために、思うってんだ!俺が上司じゃなかったら、軍人じゃなかったら、男じゃなかったら、躊躇無くキスにだってセックスにだって応えるんだろって、他の誰のためにそんなこと考える!」 殴られた頬が赤くなるのにも気付かずに、黒川はただ眼を見開いて椎名を見下ろす。 「何でキスなんて強請るんだって言ったな。欲しいからに決まってるだろう。こんなことしてでも、可能性があるなら縋りたくなるんだよ!」 上司があの夜の自分の呟きを聞いていたことに驚いて良いのか、それについてこんな形で答えを突きつけられた事に驚いて良いのか、黒川はその全てに絶句する。 「郭に頼んで自由に出来る時間を貰って、準備をして、馬鹿馬鹿しいと思わないか?他の誰のためにこんなことできるもんか」 じゃあ郭はこの事を知っているのかと、こんな時に場違いな嫉妬めいた感情が黒川の中で沸き起こる。 その沈黙をどう取ったのか、椎名は今にも雫が溢れそうな瞳を黒川から逸らせた。 「嫌なら、出て行け。拒否権はお前のものだ」 嫌?何がだろう、と黒川は潤んで目元の紅く染まった上司を見下ろして自問する。 嫌だったことなと、一度も無い。ただ、恐かっただけだ。自分から手を伸ばしていいのかと。 けれど、もう迷ってる場合ではないだろう。このプライドの高い人が、自分に選ばせてくれるためにここまでしてくれたのだ、逃げるわけにはいかない。 「あんたが、欲しいですよ、大佐」 ずっと、欲しかった。上司としてでない何かを、二人の間に持ちたかった。 黒川がそう応えると椎名は弾かれた様に顔を黒川の方に戻し、そして、辛そうに眉をしかめた。 「愛なんて、言えないんだ。言って欲しくない。でも、他の誰かが俺より大事に思われるのなんて、嫌だ」 椎名の中に何かしらの葛藤があるのは見えたけれど、それを無理に聞き出そうとは黒川は思わなかった。愛なんて語らないと言いながら、椎名の指先が雄弁に黒川を求めて持ち上げられたから。 「あんたが一番大事です、あんたが一番欲しい」 ようやく告げることの出来た本心は、黒川の内部の芯を根っこごと揺さぶった。 「・・・・柾輝」 今度こそ、求められるままに黒川は深く椎名を貪った。 仰け反る白い喉に噛み付くように舌を這わせて牙を立てる。ひくり、と蠢いた内部を掻き混ぜるようにしてやると、泣き声の様な甘い強請り声を椎名は漏らした。 「あっ・・あぁ・・ん」 久々の情事は身体に負担が掛からないではなかったが、椎名は黒川の背に爪を立ててすがり付いてくる。 「柾輝・・」 呼んで、と声にならない唇に上った言葉を読んで、黒川は耳に直接言葉を囁く。 「・・・翼・・・・?」 空気を震わすよりも直接鼓膜を震わせた黒川の掠れた声に、椎名は激しく頭を振って肯定した。 黒川が西方から帰って来た日の夜よりももっと濃密に求め合う。あの日は、椎名だけが躊躇無く求めていたが、今はもう、黒川の方にも遠慮も躊躇も無い。 「くっあ・・っあ、まさ・・き・・っ、ほ、しい・・」 深くを穿ったのと同時に椎名の口からそんな言葉が漏れた。既に繋がった状態で言うそれが、黒川の剛直を示すものではないことは明白で、黒川は何かうわ言の様に繰り返す椎名の口元に耳を寄せた。 「まさき、まさき・・っ、おまぇ・・・っ、ほしっ・・・ぃ・・・!!」 身体だけでなく、もっと根源的に黒川柾輝という人間が欲しいのだと椎名が言っている気がして、黒川は開き直った頭でもって勝手にそう解釈した。 「あげます・・っ、おれは、ぜんぶ・・っ、あんたのもん・・だっ」 その言葉が椎名の望むものとずれてはいなかったと、額に汗を張り付かせながら華の様に微笑んだ椎名の表情に黒川は確信した。 愛なんて言葉じゃなくて、存在全てをあなたに捧げる。 愛なんて言葉じゃなくて、存在全てをかけてお前を捕まえる。 愛なんて、 愛なんて、 愛なんて、二人の体温で溶けてしまえばいい。 残るのは、君と僕の骨ばかりだとしても。 end. 終わり・・・・???? 刹那的で破壊的な感情があるのよーっとかわけの分からない主張を脳内で繰り広げて、生まれてきた軍隊マサツバです。 これをシゲ水でやると、洒落にならなく不幸な落ちになりそうだ(笑。 いやー、苦労した。思いもかけず『自然発火』でけりが付かなかったのがこんなに痛いとは・・・。 お疲れ様でした!! |