夕食の支度をしていた真理子が、牛乳が無いと大袈裟に慌てた声を上げた。居間で面白くも無いテレビをぼんやりと眺めていた竜也はリモコンを取り上げてテレビの電源を切り、買ってこようかと声をかける。 「あら、そう?ごめんねたっちゃん」 スリッパの軽い音を立てながら財布を取りに行った彼女は、五百円玉を一枚竜也に渡して、おつりはお駄賃ねと微笑んだ。 高校生にもなって、五百円で牛乳を買ったお釣りがお駄賃だからといって喜ぶわけも無かったが、いつまでも少女の様に笑う母に笑みを返して、竜也は玄関に向かった。 大分日が長くなり、六時を回ってもまだ大分明るい中を竜也は軽くランニングするようにしてスーパーへ向かう。ジーンズを履いているので走りやすくはないが、通り過ぎていく家々から夕食の匂いが漂ってきたり、幼い子供と父親の風呂場での他愛のない会話が漏れ聞こえたりして、足取りは軽かった。 スーパーに足を踏み入れた途端、強めの冷房がひやりと腕を冷やした。牛乳一本を買う為に来ただけなので籠は持たず、配置を記憶している店内を真っ直ぐに横切っていく。 おつりの分を考えてアイスでも買おうかと思ったが、すぐに夕食だろうし、夕食の後一人だけアイスを食べているのを叔母達に見つかった場合、うるさいだろうから止めておいた。 「147円になります」 研修中のバッチを付けた大学生位の男性が、無感動な声で値段を読み上げる。握っていたせいで温くなっている五百円玉一枚を手渡し、倍以上の数の小銭とレシートを受け取った。 片手に牛乳を提げもう片方で小銭を握り締めながら竜也が出口に向かうと、入ってきた時には大して気にも留めなかった飾りに改めて目を止めた。 (あぁ、七夕か・・・) 人口の笹が飾られ、そこにいくつもの短冊が下がっている。すぐ前に机が設置してあり、そこには短冊とペンが置いてあった。どうやら、利用客に短冊に願い事を書いてつるしてもらおうという意図らしい。 しかし竜也は大して興味も無かったので、軽く見上げた後そのまま通り過ぎた。 「おかーさん、あれ書きたい!」 擦れ違うようにして入って来た親子連れが、竜也の背中で自動扉が閉じる直前に明るい笑い声を上げた。 帰りも同じようにして軽く走っていると、どこか遠くで笛の音が聞こえた気がした。そういえば、近所の祭が七夕にあるなと思い出す。そのための練習でもしているのだろうと考えながら、その祭にはもう大分長い間行っていないことを考えた。 人ごみが嫌いなのだから仕方が無い、今年も恐らく行かないだろうなと予測しながら、こういう行事には率先して参加しそうな一人の友人を思い浮かべた。 (祭とか、好きそう) そういえば昔一緒に行ったことがあったような気がするその金髪の友人を思い出し、竜也は一人あ、と呟いた。 七夕祭の日、風に乗って流れてくるお囃子の音を遠くに聞きながら、竜也は背中を流れていく汗に心地良さを感じながら自転車を漕いでいた。 七夕には天気の悪い日が多いような印象を持っているが、今年はとてもよく晴れた。もうそろそろ日が傾き始める時間だというのに、太陽はまだ強く竜也の背中を刺す様に照らす。 恐らく祭に行くのであろう小学生の集団と擦れ違い、竜也は逆送していく。 (いないだろうな) 今から向かっている家の相手は、多分祭に出かけている。誘ってくれたのを自分が断り、子どもの様な捨て台詞を吐いて別の友人を誘いに行ったその背中を見たのは今朝だ。 人ごみの中に出たくなかったからというのもあったし、いない時を狙って訪ねてやろうという気もあったから。 昔はよく遊びに来たが、ここ数年完全に足が遠のいていた彼の家を捜すのに少し苦労した。 小学生以下だった自分から見ていた景色と、今の景色は随分違う様に思える。コンビニが無くなったとか新しくなったとか、普通の家だったところが駐車場になっているとかいう変化に加えて、多分、あの頃の自分が見ていた世界はもっと広かった。 記憶と住所録を頼りに見つけた彼のマンションはオートロックではないごく普通の団地で、よく似た外観の建物が並ぶ中で住所録に載っている棟を何とか見つけた。 自転車置き場に住民のものと並べて停め、ハンドルにかけておいた荷物を手に取る。 小さな紙袋を揺らしながらエレベーターではなく階段で上がり、外より若干冷えて湿った空気を大きく吸い込む。踊り場には大きく”節電”と書かれた紙が貼ってあり、踊り場や廊下にもまだ電気は点いていない。 果ての見えないような奥深い暗さを見据え、竜也は目標の階の廊下の端で足を止めた。 同じ形の扉が並び、くすんだ色の壁際に三輪車や自転車が停めてある。この光景を確かに昔はよく見たと思い出すと、何だかくすぐったい気がする。 同じ扉ばかりが並ぶ廊下で、部屋を間違えないように薄暗い中で部屋番号と表札を確認しながら歩く姿は、不審者に見えないだろうかと若干不安になったものの、まるで誰も住んでいないかのように静まり返った廊下でそのような心配をすることは無用のだった。 (あった) 目差す表札と部屋番号にたどり着き、扉の前で深呼吸を一つする。数年ぶりという訪問に、柄にも無く酷く緊張した。おそらく目当ての人物は不在だろうし、彼の母も仕事だろうから誰もいないとは思っていても、万が一を考えると非常に緊張した。 ゆっくりとチャイムを押し込んで、部屋の中でそれが反響していくのが聞こえる。応対が無いのは予想の範囲だったので、すぐに郵便受けに荷物を入れて帰ろうとした竜也の耳に、室内から返事があって思わず硬直した。 「はーい、どちら様?」 記憶の中と寸分違わないその声に、竜也は一瞬答えるのが遅れる。扉の向こうから不穏に思っているらしい雰囲気を感じ取り、竜也は慌てて背筋を伸ばした。 「あの、俺、佐藤君と同じ学校の者なんですけど・・・」 名前を名乗ろうかとも思ったが、もし覚えてもらっていなかった場合恥ずかしいだけなので、当たり障りの無い答え方だけをしておく。 「ちょっと待っとってね」 彼と同じイントネーションで話す母親が、鍵を外す音がする。そしてこちら側に開かれた扉の向こうから現れた彼女は、やはり昔と変わらず綺麗だった。 「あらぁ、たっちゃんやない?久しぶりやねぇ」 扉が完全に開く前に昔の呼び方そのままに嬉しそうに破顔されて、竜也は口の中でもごもごとお久しぶりですというようなことを呟いて頭を下げた。 「いややわぁ、佐藤君なんて言うから誰かと思ったわ。ほんまに久しぶりやねぇ、元気やった?成樹から、同じ高校で同じクラスになったとは聞いてたんやけど、まさかまた遊びに来てくれるなんて嬉しいわぁ」 大きく扉を開いて迎えてくれた彼の母、記憶に間違えが無ければ楊子といった筈だが、彼女は竜也が照れたように笑い返すと思い出したように頬に手を当てて背後を振り返った。 「今成樹、お祭に行ってるんよ。たっちゃん、約束してたん?」 高校生になって”たっちゃん”と呼ばれるのは何とも面映かったが、その分暖かく懐かしい感じもして、竜也は緩く微笑んで首を振った。 「いえ、ちょっと渡すものがあっただけですから。これ、渡しておいてもらえますか?」 郵便受けに突っ込んで帰ろうと思っていたそれを、まさか楊子に渡す形になるとは嬉しい誤算だった。竜也の記憶のままの家庭環境ならば、彼女は昼間は己の店で働いている筈で、会えるとは全く思っていなかった。 「あら、何?あの子何か貸しとったん?」 ノートや教科書を貸りることはあってもその逆は余り無いという事実を知っているのか、どこか不思議そうな表情をする楊子に、竜也は苦笑して紙袋を差し出した。 「いえ、その、プレゼントなんです、けど。明日、シゲ誕生日でしょう?」 あの日スーパーで短冊の飾られた笹を見て七夕を思い出し、そこから祭を思い出して、祭の好きそうな彼の誕生日がその翌日だったことを芋づる式に思い出した。 印象深い日にちだからという理由ではあるだろうが、幼稚園やそこらの頃に仲の良かった相手の誕生日をまだ覚えている自分に少し感動し、折角思い出したのだから何かあげてもいいかなという気になった。 あれだけ普段自己主張の激しい彼が誕生日については何も言ってこなかったので、それならこちらから驚かせてやろうと悪戯心も疼いて。 「覚えててくれたん?」 本人よりも先にその母を驚かせてしまったことに苦笑しつつ、竜也は照れ臭さも手伝って曖昧にはぁまぁと答えた。 楊子はニコニコと顔一杯に笑みを浮かべて、竜也の紙袋を通り越してその腕を取った。 「夕飯には帰ってくるから、一緒にお祝いしていかへん?」 「え?」 手首に触れた細い指にドキリとしながら、竜也は瞠目した。楊子は嬉しそうに竜也の腕を引きながら、まるで幼い子にするように腕を揺らす。 あぁ、この人の中では自分はまだ小学校に上がったばかりの子供で止まっているのだなと想像しながら、竜也はどうしたものかと考え込む。 「豪華な夕飯やから、な?その方があの子もびっくりするで」 少々強引なところはさすが親子だと納得しつつ、彼の驚いた顔をこの目で見られるのはいいかもしれないと竜也は頷いた。 「じゃあ、お邪魔します」 三足も並べば一杯になりそうなタタキにスニーカーを脱いで揃えると、肩越しに振り返っていた楊子がふふふと笑う。 「そういうお行儀のいいところも変わってへんのやね、たっちゃん」 幼い頃の自分を知っている人というのに、何となく気恥ずかしさを覚えつつに居間に通される。そしてそこに足を踏み入れた途端、竜也は思わず声を漏らした。 「うわ・・・」 「なしたん?」 居間から続くダイニングキッチンのコンロにかかっている鍋を覗きながら、楊子が怪訝そうに尋ねてくる。 「いえ、昔と変わってないなぁって・・・」 黒いソファも絨毯の模様も変わっていないし、ローテーブルの上に小鉢があってそこに飴が入っているのもそおままだ。 「テレビを変えたくらいやからね」 言われて見ればテレビが記憶のものよりも大きくなっているような気がするが、その他の配置が同じな為、全く違和感は感じない。 「何年ぶりやろねぇ、たっちゃんが遊びに来るなんて。せや、もうたっちゃんなんて呼んだらあかんね、高校生やもんね」 いい匂いのする鍋を掻き混ぜながらしみじみとした口調で話す楊子に、竜也は居間に立ったまま室内を見回す。 「ウチの母は、まだシゲちゃんて呼んでますけどね」 そしてそう呼ばれる度に、嬉しそうに破顔する彼の顔が実は気に入っていたりするのだ。 「そうそう、真理子さんお元気なん?何度もお邪魔しとるのに、ご挨拶もせんと・・・」 「えぇ、元気ですよ」 真理子が離婚して竜也と彼女が”水野”姓になったことを楊子は知っているのかとちらりと思ったが、多分家での会話の中で言われているのだろうと思ったので、あえてそれを竜也が口にすることは無かった。 「せや、たっちゃ・・やないね、竜也君がウチでご飯食べますってお電話せぇへんとね。折角だからおばさんがするわ、ちょっとお鍋見ててくれる?」 「あ、はい」 ぼうっと立っていた竜也は慌てて差し出された菜箸を受け取り、楊子と立ち位置を逆転させる。鍋を覗くと、中は豚肉の煮物だった。多分、焼き豚だろう。 見ててくれと言われても、そういえばどうなるまで見ていればいいのだろうかと思い当たって振り返ったが、楊子は既に電話に向かっていたので、仕方なく焦げなければまぁいいだろうという判断を下して竜也は再び鍋に向かった。 久方ぶりの女同士の話は思いのほか長く、自分の家の方の夕食の支度の時間が心配になるくらい二人は話し込んでいた。 (これ、そろそろ止めた方がいいよなぁ・・・) 煮汁が殆ど無くなってしまった鍋を覗きこんで、焦げ付かせてはいけないと竜也は自己判断で火を消した。そして手持ち無沙汰になり、かといって楊子の電話を邪魔するわけにもいかずどうしようかと思案しているところへ、 玄関の扉が開けられる音がした。 「ただいまぁ」 楊子と同じイントネーションの聞き慣れたその声が、竜也にとって恐らくこれまでで三本の指に入るくらい嬉しいく響いた。 「おかえり」 菜箸を置いて足早に玄関に移動した竜也は、竜也の履いてきたスニーカーを怪訝そうに見ながら自分も靴を脱いでいるシゲに弾んだ声を上げた。 彼は片手にヨーヨーやらリンゴ飴を携えながら靴を脱ぎかけた体勢で一瞬固まり、その目は見る見るうちに驚愕に見開かれた。 「たつぼん!?」 祭に誘った時にはあっさり断った竜也が何故ここにいるのか全く分からず、シゲはぽかんと口を開ける。 「早く上がれよ」 まるで家主の様なその口調にも突っ込む余裕が無いままに、シゲはただ頷いて靴を脱ぎ捨てる。 「え、なんでここにおんの?」 居間に入ると、楊子が目でシゲの帰りを出迎えた。それが契機となってようやく通話を切る彼女に、シゲは手にしていたリンゴ飴を差し出した。 「お土産。で、たつぼん何しに来たん?」 楊子は嬉しそうにリンゴ飴を受け取った後で、シゲの言葉に眉を顰めた。 「何て言い方やの、それは。竜也君、わざわざあんたに誕生日プレゼント持ってきてくれたんよ」 シゲが弾かれた様に竜也を振り向いて、思わず竜也は目を逸らす。わざわざ家まで届けに来たと言う事実が、急に恥ずかしくなった。 しかし楊子はそんな竜也の様子にも気付かない素振りで、夕食ができたら呼ぶからそれまで部屋で遊んでいなさいと、幼児だった頃と同じ口調で二人を促した。 「飯、食ってけるん?」 その口調に非難めいた響きは感じられなかった事に安堵して、竜也は無言で頷く。するとシゲは眦を下げて笑い、居間から続く自室に竜也を促した。 数年ぶりに足を踏み入れたシゲの部屋は、大分様変わりしていた。昔は部屋の隅にあった玩具箱が姿を消していて、代わりに小さなCDラジカセが置いてある。本棚には小学校からの教科書が乱雑に詰め込まれ、彼がこういったものを取って置いているのを意外に思う。 「にしても、何で祭りは断ったん?てっきり用事があるんやろと思ってたんに」 シゲのその疑問はもっともだったが、その理由は今一自分でも説明しきれずに竜也は話題をずらした。 「おばさん、仕事は」 シゲの母は確か料理屋をやっていて、土日の休み無く働いている筈だ。 シゲは竜也が話題を逸らした事に眉を上げたが何も言わず、手の伸ばしてラジカセのスイッチを入れる。 「休み、貰ったんやて。明日は混むから無理やけど、今日ならおかんがいなくても何とかなるからって。せやから、一日早くお祝いしよかーてな」 ラジカセから、流行のポップスが流れてくる。教室でもよくシゲが友だちからCDを借りている場面を目にすることがあるので、きっとこれもそういう一枚なのだろう。 「ふぅん」 竜也はシゲの部屋のすぐ外に置いておいた荷物を取りに身体を捻り、襖を開けてそれに指をかける。 床をひきずってそれを引き寄せ、襖を閉じて竜也は深呼吸をしてシゲに向き直った。 「あのな、これ」 楊子に手渡そうとした紙袋をそのまま本人に差し出すと、シゲはすぐにそれが何か分かったのか口元を緩ませた。 「開けてもええ?」 「好きにしろよ」 肩を弾ませて小さな袋を取り出して開けていくシゲの様子に、驚かせたくはあったがこれが見たくなかったから直接渡したくなかったのだと視線を逸らす。 学校では誰に見られるか分からず、自分の家では母や叔母に見咎められかねない。かといって当日家に押しかけるのは気が引けたので、前日ならばいいだろうと思って来たのに、見事に色んな思惑が外れてしまった。 「あ、CDや」 いつだったか、シゲが教室で捜しているのに見つからないと言ったCDの名前を覚えていた自分は、結構凄いと思う。 「うわー、嬉しいわぁ。これ、捜してたんよー」 そして今鳴っている曲を止めてそちらのCDに変えようとするシゲに、猛烈な照れ臭さを感じはしたがそれをシゲに上げてしまった時点で止める権利は竜也には無い。 竜也には馴染みの無い音楽が右から左へ流れていき、シゲは嬉しそうにCDの回るラジカセを見下ろしている。 「祭、楽しかったか?」 落ちた沈黙に耐えかね、竜也はシゲの横顔に話しかける。シゲは竜也には目を向けずに、静かにうん、と頷いた。 そして回るCDを見飽きたのか不意に顔を上げて、竜也を静かに呼ぶ。 「昔、一緒に行ったよな。覚えとる?」 覚えている、と竜也は頷く。 まだ仲の良かった頃、シゲと竜也と竜也の父とで七夕の祭に行ったことがあった。竜也ははぐれないようにシゲと手を繋いで、父は二人のすぐ後ろに付いて来ていた。 「金魚すくいとか、したよなぁ」 「型抜きで、凄いボロボロにしたりとか」 金魚すくいが得意だったのはシゲで、型抜きが得意だったのは竜也だ。そして父は、二人に揃いの面を買ってくれたりした。 まだまだ続いている祭の音が、遠くからこの部屋に届いてくる。もしかしたら、あれはあの時のお囃子かもしれないとらしくもなく竜也は感傷的になった。 「今日は直樹たちと行ったんやけどな、やっぱたつぼんとも行きたかったなぁ」 そう言って静かに笑んだシゲに、竜也は昔シゲの手を握った手の平を握り締めた。 「人ごみ嫌いなんだよ」 「うん、知っとる」 昔から竜也は人見知りする性質で騒がしいところが嫌いで、成長してその辺は上手く誤魔化しが効く様になったらしいが、人の多いところというのは相変わらず苦手らしかった。それでも幼い頃は、祭だけは別格にわくわくしたものだったけれど。 「昔、来年も行こうなって約束したよな」 確かあれは、竜也が小学校に上がる前年だった。来年は竜也も小学校だから、今度は竜也の父を交えずに二人で来ようと内緒話をするように二人でこっそり交し合った約束。しかしその一年後にはシゲにはシゲの友だちがいて、竜也もまた他の友だちと遊ぶことが多くなっていたから、祭の日に互いの家のインターホンが鳴ってどちらかが誘いに来るという事は無かった。 その時は何も思わなかったことが、今思い出してみると何だか寂しい気がした。竜也はシゲの誕生日を忘れていなかったし、シゲは竜也と祭に行きたいと駄々をこねるように誘った。けれどあの日のインターホンは鳴らなくて、既に過ぎたはずのその景色を想像すると何だか物悲しくなった。 「そういや、したなぁ」 竜也が同じ小学校に上がってくることを、自分はとても楽しみにしていた筈だ。登下校を一緒にしようとも思っていたし、もう大人が居なくても祭にも来れるのだとやたら浮かれていたような気もする。 けれど、結局は登下校を共にするまで今という数年を要した。 「なあ、俺、あの頃から凄いたつぼんのこと好きやと思うで」 あの時シゲがすくった金魚は数日で水面に腹を向けて浮いていて、買ったヨーヨーは一月もせずに割れた。 残っているものは何も無くて、ただ遠くから聞こえるお囃子だけが続いている。 「凄い一途みたいな言い方すんな」 にべも無く言い追い放つ竜也にシゲは、お囃子に混じって鳴り続けるCDに目を向けてへらりと笑った。 「うん、でも、これ凄い嬉しかったし。覚えててくれただけでもめっちゃ嬉しいし、せやったら、少しは期待してええのかなぁとか、思うやん?」 喜ぶ顔を、見たくなかった。シゲに好きだ付き合ってくれと告白めいたものをされたのは先月で、完全な拒絶もできなかったが受け入れもできなかった竜也は、素直にプレゼントを喜び祭に誘ってくるシゲの笑顔を直視したくなかった。 「来年の前に夏休み、いっぱい遊んで」 その位は期待してもいいか?と目で訪ねて来るシゲの黒い瞳を、竜也はまた拒絶できなかった。 「・・・いいよ。おめでと、シゲ」 「うん、ありがとう」 関西風の響きを持った、そのシゲの言い方が竜也は好きだ。けれど、それだけでシゲの手を取ることはもうできなかった。 あの日の約束は断絶したまま、シゲと竜也は蒸し暑い夏の夜にそっと互いを窺う様に笑みを交わした。 え・・・暗っ!!(驚。 お、おかしいな、もっとほのぼのになるはずだったのにな。幼馴染は明るく軽くがモットーなのにな。多分、六月ごろにシゲが竜也に告白してから、微妙な緊張感が漂っているんだと思われます! そして夏休み終わり辺りに、竜也が白旗を上げるんだ。 その中間部分なので、微妙な空気ですいません(土下座。次の年はきっとラブラブしてくれるよ、竜也誕生日では既にラブラブだったから! ともあれ、あまりめでたくない感じにシゲ18才(設定年齢)おめでとう! |