美女に野獣







   シゲと水野は、休みの日にあまり一緒に出かけたことはなかった。水野が人ごみを嫌うからだ。休みの日に部活が無ければ、だらだらとどちらかの家(大抵は水野の家だが)で過ごすことが多かった。だからシゲはいささか浮かれていた。今日、水野が街への買い物にシゲを誘ったことに。
 二人で家にいることも嫌いではないが、元来動き回るのが好きなシゲは、休日の賑やかな街を水野と歩けることが嬉しかった。
 水野に言わせれば、百合子の誕生日プレゼントを買うのに(強制的に要求されたらしいが)、いかにも女性が出かけるような店へ一人で入るのは嫌だったからだそうだが。
 それでも、そこで誘ってくれたのが自分であったことに、シゲは意味も無く嬉しさを感じていた。
「良かったな、すぐ見つかって」
 休日の午後。JRは当然混んでいて、シゲはドアに背中を張り付かせ、水野はそれと向かい合うようにして懸命に自分のスペースを守っている。
「まぁ、な」
 混んではいるが身動きの取れないほどでもなくて、それが余計に少しのバランス感覚の消失が危険に繋がることを示していた。だから水野は片手に紙袋を下げ、もう一方で少し高めの吊り革に指をかけている。
「さすが百合子さん。頼むものもお洒落やね」
 水野の下げている袋の中身を思い起こして、シゲは感心したように笑う。水野は眉間に深いしわを刻んでいた。
「臭かった・・・」
「まぁ、それは否定せんわ」
 シゲも、あの様々な匂いの混ざった売り場を思い出して苦笑する。
 水野が百合子に頼まれたのは香水だったのだ。しかし中学生の水野にそんな高いものを買う余裕など無くて、今回は母と孝子と水野の連名である。
「ニ・三個嗅いどったら、もう分からへんもん。鼻おかしなって」
「あぁ・・・・」
「・・?どないしたん?」
 突然肩を揺らして声を低くした水野に、シゲは怪訝そうに尋ねる。
「別に・・・」
水野は微かに頬を紅潮させて呟きながら、混み合う中で僅か身体をずらそうとする。
「?」
 シゲも水野と同じように眉根を寄せて、水野の周囲に目を配る。しかし、別段変わった様子は無い。
「どないしたん?酔ぅた?」
「何でもない・・・」
 平静を保とうとして答えながらも、水野はどうにかして身を捩ろうとしている。どうやら、背中が気になるらしかった。シゲは何気なく首を伸ばして、水野の背後のほうを覗き込んだ。すると。
「・・・・っ!」
 瞬時にシゲは激昂した。
「えっ・・」
 迷惑そうに振り返るほかの乗客を無視して、シゲが下ろされていた水野の腕を引っ張って自分のほうへ引き寄せると、水野の背後に立っていた二十代そこそこだろう青年がよろめいた。その彼に向かってシゲは思いっきり罵声を浴びせかける。
「男子中学生のケツ撫で回して楽しいんか、ド変態」
「なっっっ」
 水野も青年も絶句した。ほかの乗客たちの視線が無遠慮に三人に突き刺さった。
「何言ってんだ、てめぇ!ふざけんな!」
 真っ赤になって怒鳴る青年に、シゲは片手で軽く水野を庇いながら嘲る様な笑みを浮かべる。
「そら、こっちの台詞や兄さん。いくらこのぼんが綺麗な顔しとるからって、無断のお触りは犯罪ですわ」
「てめっっ」
 周りから注がれる好奇の視線。青年はあまりの羞恥に拳を振り上げた。
「それは反則やね」
 シゲは悠然と構える。ほかの客が悲鳴を上げる。青年はシゲの胸倉を掴み上げようと・・。したところで電車が駅に止まり、がくんっという衝撃に青年はまたもやバランスを崩した。
「シゲっ」  その隙に水野はシゲの腕を取り、ホームへ飛び出した。奇しくも彼らの降りるべき駅だったのだ。
「あっ、待てやこらぁ!」
 二人が逃げたことに気付いて青年は追って来ようとしたが、水野は振り返ることなく雑踏の中に駆け込んだ。

 人の流れに押されるように改札を潜り抜たところで、水野はやっとシゲの手を離して立ち止まる。そして肩を上下させて深いため息をつく。
「お前なぁ・・・。何してんだよ」
「たつぼんこそ、何好きにさせてんねん」
 シゲは不機嫌さを隠そうともせずに、舌打ちする。
「別に・・、どうでもいいだろ」
 水野は軽く肩をすくめて見せると、駅の出口に向かって先に歩き出す。上着のポケットに手を突っ込みながら、シゲも後に続いた。
 駅からしばらく歩き、同じ方向に歩く人がまばらになってきたところで、シゲが横を歩く水野に尋ねた。
「よくあるん?」
 水野は咄嗟に質問の意味が分からなくてシゲのほうを振り向いたけれど、真っ直ぐ前を向いたままのシゲの険しい表情を見て、先ほどのことだと分かる。自分も視線を前方に戻して、水野は努めて何でもないことを話すように答えた。
「五回に一回くらい」
「男がそないな頻度で痴漢に合うんは、問題ちゃう?」
「けど別に大したことじゃないだろ、女じゃあるまいし。大騒ぎするほどのことじゃないだろ?」
「俺以外の奴が、たつぼんに触るんを、大したことやない、言うんか」
 一語一語区切られる言葉の間に、押さえ込まれた怒りを感じた。
「何、馬鹿なこと言ってんだ。どうでもいいよ、あんなこと。大したことじゃない」
 シゲは口をつぐんだが不機嫌さはひしひしと伝わってきて、そんな空気に水野はふとしたことを思い出した。
 あれはまだ父親が居た頃だったから、小学校の低学年くらいだったろう。つないだ手には妙に力が込められていて、水野は家までの間じっと地面を見つめながら歩いていた。今それを思い出した。
「あーいうのって、呼ぶのかな。親父にも言われたっけ」
 ぼそりと呟くと、シゲもぼそりと
「何を」
 と返してきた。
 水野はあの時のように下は見なかった。苦労して、口元に笑みも刻んでみせた。
「俺母さん似で女顔だから、昔はホントに女に間違えられることもあって、今よりやばいこともあってさ。一度親父とサッカーしてた時にも、なんか危ない奴にさらわれそうになったりとかして。
その時言われたんだ。俺が気を引き締めてないといけないって。お前は男なのにそんな女みたいな顔に生まれてしまったんだから、せめて態度くらいは男らしくしろ。こんなことは大したことじゃない、お前は男なんだからこんなことで女みたいに泣いてちゃいけないって」
「なんやのそれ。何でたつぼんが怒られんねん」
 シゲの口調はますます不機嫌そうになってきた。
「さぁ。俺がぼうっとしてたんじゃない」
 あのことは、母には言わなかった。父もおそらく言わなかったろう。自分に似ているせいで息子が男に襲われそうになったなどと、母だって聞きたくない筈だ。
「どうでもいいけどさ」
 それきり、二人はろくな会話はしなかった。

 家は空だった。母たちは買い物だろう。水野からのプレゼントに自分たちも一枚かんだとはいえ、プレゼントが一つでは寂しかろうと母が言っていたのを水野は思い出した。
「まだ怒ってんのか?お前が怒ることでもないって。俺がどうでもいいっつってんだから」
 水野はお盆に二人分のジュースを乗せて部屋に戻ると、ベッドに寝転んだままのシゲを見下ろした。シゲはおもむろに身体を起こすと、じっと水野を見上げる。光沢のない黒い瞳が、水野を捉えた。
「何で、平気な振りしてんの」
「何が」
 水野はお盆ごと机に置くことで、シゲから目を逸らす。
「怖かったくせに」
 シゲは手を伸ばして、水野の肘を掴む。そしてそのまま引き倒した。
「うわ・・・っ」
 ぼすん、と二人がベッドに倒れこむ。間を置かずに水野を反転させて、シゲは水野を組み敷いた。そしてにっこりと、無駄に満面の笑みをにっこりとその顔に浮かべて、シゲは水野に要求した。
「怖い、言うてごらん?」
「何、言って・・」
 水野は無理に笑おうとして失敗した。頬が引きつる。
「言うて」
 シゲの顔からも笑みが消える。痛いほど真剣な眼差しで見つめられて、水野は唇を噛み締めた。
「嫌だ。大したことでもないのに、何で怖がらなきゃいけないんだよ」
 かろうじてシゲの目を見返したが、水野の身体は強張っていた。シゲはスッと目を細めると、水野の肩を片手で押さえつけながら、もう一方をズボンの後ろポケットに伸ばす。そして愛用のバンダナを取り出した。
「言うて」
 もう一度繰り返す。水野はシゲの手にあるバンダナに目をやるとびくりと肩を震わせる。かつてそれで両手を縛り上げられたことを思い出したが、それでも口は真一文字に結んだままだった。
「・・・言わへんの?」
「言わない」
「----------------仕方あらへんね」
 シゲは嘆息すると、バンダナにではなく、水野の椅子にかけられていた洗い立てのスポーツタオルに手を伸ばした。
「何・・・?」
 シゲの意図がいつも以上に読めなくて、水野は眉根を寄せてシゲを見上げた。シゲは無表情で、楽しそうでもなく淡々とそのスポーツタオルを水野の手首にかけ始める。水野は慌てて腕を引こうとした。
「ちょ・・っ」
「怖い?」
「っ!別に・・っ」
 シゲの口端に嘲笑めいたものを見て取って、水野は思わずそう言い返してしまう。シゲは少し困ったように眉根を寄せたがすぐにまた無表情に戻り、水野の両手首を軽く縛り上げるとそれを水野の頭の上にずらした。
 万歳をしたような格好にされながら、水野は馬乗りになるシゲを睨み付けていた。
 シゲは次にバンダナを持ち直すと、今度も淡々とそれを水野の両目に当てる。
「・・・」
 シゲはそのままそれで水野に目隠しをする。水野も何も言わなかった。言うもんかと思った。そのまま無言の二人には、部屋の時計が刻む秒針の音だけが聞こえていた。
 シゲが水野のシャツの端に手をかけた。脇腹を撫で上げる冷たい手の感触に、水野は息を詰めた。シャツを首辺りまで捲り上げてしまうと、シゲは指で水野の鎖骨をなぞり、胸の真ん中から腹、そしてへその窪みまで真っ直ぐ滑らせる。
「・・・乳首、立ってきとるよ」
 くす、とシゲが笑いをこぼす。水野の小さな突起は冷えた外気にさらされて、少し反応していた。
「うるせ・・っ」
 水野は手で顔を覆うわけにもいかずただ小さく悪態をついたが、次の瞬間そこを濡れた感触が襲った。
「んっ・・」
 シゲは水野の乳首を舐め上げ、舌先で押しつぶす。水野は視界を塞がれているせいか、いつもより敏感に胸を上下させた。
「やっ・・やめ、シゲ。やめ・・・。あっ」
 シゲから開放された乳首に外気が触れて、それさえも刺激になった。シゲはもう片方にも唇を寄せると、同じようにそこを攻め立てる。空いた方も指でつままれたりと休みなく快感がもたらされ、水野の身の内から生まれる熱は、ある一点に降りてくる。
「あっあっ・・・んっ・・ぁ」
 暗闇の中で身体をまさぐられるかのような感覚に、ズボンの中の水野自身があさましく反応し始めた。
「うぁ・・っ」
 ジジ・・・とズボンのファスナーを下ろされる。シゲはそのまま何の感慨もなく、水野のズボンと下着を取り去った。
 そこには、すでに半勃ち状態になった水野自身が存在を主張し始めていた。
「いつもより早いんちゃう?もう溢れてる・・・」
「ば・・かっ」
 耳元で囁かれ、水野は耳朶を紅潮させる。
「淫・乱・・」
「・・っちが・・!」
 水野は頬を真っ赤にして、シゲを蹴り上げようとしたが、シゲが自分の言葉を証明するかのように水の自身に爪を立てると、水野は嬌声を上げて大きく背を反らせた。
「ほら」
 喉奥でくっくっと笑いながら、シゲは水野の足を大きく割り開き、さらなる刺激を与えるように少々乱暴にそこを擦り揚げる。
「ああっ・・・!」
 何度か擦り上げてやると、押えきれなくなった先走りが溢れ出し、内腿が汗でしっとりとしてくる。
 シゲはその先走りを指ですくうと、水野の秘孔に指をあてがった。
「っや!」
 そのまま人差し指をゆっくりと奥に進めていく。何度か抜き差しを繰り返してやると、ソコはシゲの指をさらに飲み込もうと蠢き出す。
「あぁ・・あ」
 見えない分聴覚が研ぎ澄まされて、水野は自分の中から漏れ出す、ぐちゅぐちゅという湿った音に耳を塞ぎたくなる。
「足りないんちゃう?」
 シゲはそう言いながら、徐々に埋め込む指を増やしていく。
「はぁ・・っあっ、ぅあ・・!」
 浅い呼吸を繰り返しながら、水野も自ら腰を浮かせてシゲのもたらす快感を必死で追った。
「何本入ってるかわかる?」
「あぅっ・・!」
 シゲが秘孔の入り口を広げるようにしながら、中を指でばらばらに擦る。
「なぁ・・。何本?」
 熱い息を吐きながら尋ねてくるシゲに、水野は唇を舌で湿らせてから、蚊の鳴くような声で答える。
「三・・本・・・」
「正解」
「ひゃ・・・あっ」
 シゲの指がいきなり引き抜かれて、水野は悲鳴を上げた。シゲはバンダナ越しに水野のまぶたに口付けを落としながら、水野の口に今引き抜いた指を含ませる。
「んう・・ふ」
 口内を犯す指に苦しげに眉根を寄せる水野の口端から、唾液が一筋零れ落ちる。
「ご褒美、やらなあかんね」
 シゲはそう言いながら水野の口を解放し、唾液を舌で拭ってやってから、水野の上から身体をどかせる。
「シゲ・・?」
 不安げに首をめぐらせる水野に、
「ええもん、見っけ」
そう言いながらシゲはすぐに戻って来て、ぎしりと再びベッドに登る。そして水野の足の間に身体を割り込ませる。
「な・・に」
 バンダナで覆われた目をシゲに向ける水野。怯えたように小さく身体を震わせる水野に、シゲはどうしようもない嗜虐心がそそられた。
「これ、な〜んだ」
 手に持っていた物を、十分にほぐされた水野の秘孔に押し当てる。
「何・・っ?やだっ、何!?い・・やだ・・っ」
 浅く進入してきた冷たく固い感触に、水野は軽くパニックになる。
「こら、暴れたらあかん。傷付くで」
「やぁ・・・っ!」
 ズッと一気に奥まで入り込んで来る、硬くて長い物。一箇所、段差のようなものがあるのを水野は内壁で感じ取る。
「何・・な・・・に、こ・・れ」
「ボールペン。きつくはないやろ?細いもんな、これ」
 水野の脳裏に、いつも自分が使っているキャップ付のボールペンが浮かぶ。それが今自分の中に?
「な・・んで・・んな・・」
 余りにも卑猥な光景が容易に想像されて、水野は声を震わせた。
「あ。やっぱり不満?」
「ったりまえ・・!」
 全身を羞恥と怒りの色に染めながら水野が叫ぶと、シゲはあっさりとボールペンを引き抜く。
 しかし水野がほっと息をついた瞬間に、さらに質量のある硬いものが押し込まれた。
「うあぁっ・・!」
 先ほどよりも確かな存在感のそれは、まさか・・。
「これは?マジックペン」
 シゲは尋ねながらソレを輪を描くように動かした。
「やっ・・あ!動かさな・・っ」
「駄目?」
 シゲは声を弾ませて、無常にもソレを抜き差しし始める。
「だめ・・っい、やぁ・・・あっ」
 水野は背を弓なりに反らさせながら、必死に首を振る。
「駄目?感じるやろ?」
 シゲのその言葉に、水野は思わずそれを締め上げた。
「ひぃっあ・・」
「ほら、ここも・・」
 そう言って触れた水野自身は、相変わらず硬度を保ったまま、それどころか、先ほどよりも硬く勃ち上がっていた。
「ほんま、やらしいなぁ・・たつぼん。これでイケるんちゃう?」
 そしてシゲはより一層激しくそれで水野の感じるところを擦り上げる。
「ああっぁ・・あっあっ・・・・いやっだ・・!やっあ・・、だめ・・っあっ」
 水野は、普段自分で使っている物を咥え込む己に注がれる、シゲの視線を感じて羞恥で死にそうになった。それなのに、それを思うだけでイきそうにもなった。
 セックスの最中にいつもシゲが水野に向ける、少し嘲る様な熱っぽい視線。今もきっと同じような表情をして、水野の秘孔を眺めているのだろう。
 そんなことを思う自分にどこかで愕然としながら、水野は体中を震わせた。それは恐怖からだけではなかっただろう。
「あっあ・・んあぁぁっ・・」
 髪をシーツに打ちつけながら水野が限界を迎えた途端、シゲはマジックペンをずるりと、乱暴とも思える動作で抜き、皮肉めいた口調で、
「ほら、イけたやろ?何でもいいんちゃうの?お前、ほんまに」
「・・・っ!」
 あまりの台詞に、水野は生理的でない涙が出そうになった。シゲが、シゲがする行為だからこそ迎えられた絶頂だったというのに。
 そんな水野の心情などお構いなしで、シゲは再び水野から身体を離した。
 水野が息を整えている間に、シゲは机に乗っていたあるものを手に取る。そして両足を大きく開いたまま放心したようになっている水野の耳元に囁きかけた。
「怖かった?」
「・・っくないっ」
 額に髪を張り付かせて声を震わせながらも、水野が発するのはそんな言葉。
「意地っ張りやね、ほんまに」
 呆れたような声を上げるシゲに、水野は必死に言い返す。
「てめぇだって、飛葉中戦の時、意地張ってた・・!」
 こんな時まで出してくるのはサッカーの話。水野らしすぎてシゲは失笑した。
「俺のはカッコつけや。気に入らんことまで我慢するんが意地っ張りやろ?俺は我慢なんかせぇへんもん」
「我慢、なんかしてない・・っ」
 我慢なんかじゃない。気にする価値もないことだ、あんなこと。意地なんか張っていない。無理なんかしていない。怖くなんかなかった。
 そんなことを繰り返す水野に、シゲはいい加減苛立ってくる。
「ええ加減にせぇ」
 低く唸って、ぐいっと水野の両足を抱え上げ、そこに今持っていた物を一気に突っ込んだ。
「うああぁぁっっ」
 まだ達したばかりで敏感になっている内部に、またもや冷たいもの。しかし今度は形が違った。
「何やと思う?」
「あ・・・ま、さか・・・」
 水野は見えない目を机のほうに向けた。
「そ。百合子さんが見本にくれた、香水のビン」
 ぐり、とシゲはそれを回す。六角形のガラスの感触が水野にも感じられた。
「うあっ・・ぅ」
 いつも洗面台で、百合子がそのビンを手にしていたことを思い出して、水野は背筋が粟立つのを感じた。
「いや・・だ。シゲっ。こ・・んな」
 腰を振って抵抗を示すが、シゲから見ればそれは誘っているようにしか見えなかった。
「なぁ、これ、割れたりせぇへんかな?」
 シゲが、ビンで軽く中を擦りながらとんでもないことを言い出す。
「たつぼんの中、きついしなぁ。割れたりして」
「なっ・・」
 水野は腰を揺らして、それを押し出そうとするが、シゲは逆にそれをさらに奥まで押し入れてくる。
「痛いやろね。ぐっちゃぐちゃに血ぃ出て、セックスどころかもう使えなくなるんちゃう?ここって、どうやって治療するんやろ。切り開くんかな?なんか突っ込んでガラス掻き出すんやろか。その度にまた出血したりして」
 あり得ないだろうことも、今まさにそれを突っ込まれて聞かされていい気はしない。水野は知らず知らずに身体に力を入れていた。
「たつぼん。そないに締め付けたら、ほんまに割れるで。あっ、今みしっていわへんかった?」
「あ、あ・・っ」
「ほら、抜けへんし。危なー。たつぼん、これほんまに割れるわー。いったそー」
「--------ひぁっ」
 淡々と残酷な言葉を告げながらビンを動かして、水野にその存在を実感させてくるシゲに、ついに水野はついにしゃくりあげた。
「シ・・ゲぇっ!・・やだっ・・怖いっっ!」
 ぴたりと動きを止めたシゲは、そのまま手を伸ばしてそっと水野の目隠しをはずした。バンダナの下から、目の淵を赤くした水野の瞳がシゲを見上げる。
「怖い・・・お前・・」
 小さく呟くと、閉じた目尻から涙が零れた。シゲは両手で水野の頬を挟んで、鼻の頭にキスを落とした。
「ごめんな。怖かった?」
 打って変わって優しくなったシゲの苦笑に、水野は激しく頷いた。
「手も・・」
 ねだるように両手を差し出してきて、シゲはタオルも解いてやる。すると水野はシゲに両手を回してしがみついてきた。
「も・・やだ・・。抜いて・・・」
 そこでシゲはやっと、まだ香水のビンを入れたままだったことを思い出した。
「んっ・・」
 内壁を擦られる感触に、水野は涙で湿った睫毛を伏せる。シゲは無造作にそのビンを投げ捨てた。
 ごとん、とそのビンは床に落ちた。粘液に濡れたガラスが、窓から差し込む日に反射する。
 ブランド名が刻まれたそのビンを、百合子は日常的に手に取り使用していただろう。そしてそれは今の今まで、甥である水野の体内に埋め込まれていた。
 どこかしら背徳的な匂いのするその事実に、シゲは水野の上体を引き起こしながら、人知れず興奮した。
「シゲ・・・」
「たつぼん。嫌なことはちゃんと言わなあかんよ。我慢なんかすることないねん。お前が痴漢に合うて、お前が悪いことなんて一個もない。恥かくんは相手や。せやろ?」
 肩に顔を埋めてくる水野の背中を撫でながら、シゲはまた込み上げる欲を抑えながら、諭すように告げる。
「それに。この身体をそないに軽く見んといて。俺がこないに夢中んなってんから。俺以外にそういう意味で触らせたらあかん」
「分かってる・・。させてない・・・」
 その答え方にシゲは水野の肩を掴み、顔を覗き込む。
「何、その言い方。危なかったことあるん?」
 水野は眉を寄せて、しまった、という顔をしたけれど、すぐに観念したように正直に答えた。
「前、一回だけ、ランニングしてた時・・。けど、殴ったら逃げたし、すぐコース変えたし・・・」
 今度はシゲが水野の肩に顔を埋める番だった。
「あっぶなー・・・。ほんまに心臓に悪いぼんやね・・・。未遂だったからええものを、痴漢かて放っといたら危険やからな。今度からちゃんと言えや」
 もう一度水野の顔を覗き込むと、水野は何やら恥ずかしげにシゲから視線を逸らせ、
「うん・・・。あの、さ、シゲ・・・。お前が珍しく真面目な話してくれてるとこ悪いんだけど・・・」
「ん?」
「当たってる・・・」
 水野が居心地悪そうにシゲから身体を離そうとして、シゲにもやっと分かった。何のことはない。昂ぶったシゲ自身が、水野の太腿に当たっていたのだ。
「あぁ。気にせんでええよ」
 そう言われて、ああそうですかと頷いてしまえる水野でもない。先ほどまでとは違った赤みが頬に差した。シゲは苦笑する。
「せやかて当たり前やん。あんなモンやらそんなモンやら咥えてよがっとるたつぼん見せられて、反応しないほうが問題やっちゅうの。健康な息子で何よりやろ」
「ばっ・・・!」
 水野はシゲの背中に爪を立て、俯いて黙り込んだ。シゲは拒絶こそしないものの、この状態でいつまでも水野にくっつかれているのはさすがに辛い。
「たつぼん、悪いんやけど、トイレ貸して」
「何で」
「何で・・て」
「今、何時」
 どうも噛み合わない会話だが、シゲは律儀に時計に目をやって答えてやる。
「三時半」
 水野はついさっきはシゲから離れようとしたくせに、今度は身体を摺り寄せてきて、シゲが耳元でかろうじて聞き取れるくらいの小さな声で、こう誘いをかけてきた。
「まだ、母さんたち帰ってこないから・・」
 だから、しよ。
「竜也?」
 シゲは驚いて水野の顔を見ようとしたが、水野はそれを許さなかった。水から顔を近づけてシゲにキスすると、そのままシゲの股間に屈みこんだ。
「だって・・、俺だけ、だったし・・。それもあんなモノ・・・」
 耳たぶまで真っ赤になりながら、水野はズボンの中で苦しそうにしていたシゲ自身を両手で取り出す。
 態度は恥らう乙女とも言えるようなものなのに、行動はまるで手馴れた娼婦のようで、シゲは笑みを漏らさずにはいられない。
 水野には、真面目で純真無垢な顔と淫靡な顔が交互に出入りするようなところがある。今、シゲのモノが太腿に当たっているくらいで恥らったかと思えば、次にはもうそれを躊躇うことなく口に含む。
 シゲは、己自身に絡められる水野の赤い舌に背中がぞくぞくした。
「ん・・むぅ・・・」
 水野は薄く瞳を開きながら、片手で根元の二つのまろみを揉みしだき、もう一方では竿を擦り上げながら、シゲ自身の先走りを丹念に舐め取っていく。
「くっ・・・あ・・たつ、や・・。ええ、よ。きもちええ・・・」
 シゲが下腹部を上下させ始めると、水野はさらに深くシゲ自身を銜え込んだ。
「ぐ・・ぅ」
 口内で質量を増すシゲ自身に喉を犯され、水野はくぐもった呻き声を漏らす。そこの振動が一層シゲを煽った。
「は・・んっ。たつや・・っ、そろそろやば・・かもっ」
 シゲの絶頂が近いことを感じて、水野は先のほうを銜え直す。そして擦り上げる手の動きを早めようとしたところで、シゲが水野の頭を掴んだ。
「んっ!?んう・・・っ」
 突然乱暴に、シゲが水野の頭を上下させる。
「んっんっ・・!んっ」
 水野は苦しげに呻き、口からは嗚咽と唾液が溢れた。
「・・・っイク・・・!」
「・・っ」
 水野の喉に、生臭い精液が叩き付けられたが、水野はそれを吐き出すことは叶わなかった。シゲが水野の頭を抑えたままだったので、水野は否応無しにもそれを嚥下せねばならなった。
「はぁっ・・」
 シゲが息をついて、やっと水野の頭を押さえつけていた手の力を抜いた。水野は軽く咳き込みながら身体を起こし、シゲを睨み付ける。
「そんな顔せぇへんで。美人さんが台無しやで」
 ちゅっと、ご機嫌取りのようなキスをして、シゲは水野の口端に残った残滓を舐めとった。
「ん」
 水野は瞳を閉じてそれを受ける。そして、
「自信、ない?」
 そんなことを聞いてきた。
「何が?」
 シゲが水野の背骨一つ一つを指で丹念に辿りながら問い返す。水野は嫣然と笑った。
「息子とやらで、俺を悦ばせる自信。あんなモンやらそんなモンがなきゃ、無理?」
「・・・言うてくれるわ」
 シゲも悠然と笑い返し、二人は噛み合うようなキスをした。
 互いの舌を根元から吸い上げ、軽く噛み、絡ませ合う。その合間にも二人の「息子」は頭をもたげてきて、二人の腹の間で擦れ合った。
「あっふ・・う。あぁ・・」
 欲望が直に触れ合うことに、水野もシゲも欲情を煽られる。水野は知らず高く両足をあげて、シゲの腰をしっかりと挟み込んでいた。シゲのほうも、浮いた水野の腰の下に手を滑り込ませ、引き締まった臀部を撫で回す。
「は・・っ。なぁ、今度やってみよか・・」
 乱れた息でシゲは水野に笑いかける。水野は熱に潤んだ瞳で問い返した。
「電車ん中で、痴漢ごっこ」
「へんたい・・・」
 水野は抱え込んだシゲの髪を軽く引っ張った。
「燃える思うけどなぁ・・。ココを、あの誰が見とるか分からん電車ん中で、な・・?」
 言いながら、シゲは水野の双丘を片手で割り開き、指で軽く秘孔を突付いた。
「あっん・・っ。て、どこの親父だっ・・お前っ」
「失礼な。男のロマンやっちゅうねん。あ、せや。倦怠期になったらしよか。ええ刺激になるで」
「ばかっ」
 シゲならあながちしかねない。寒い冗談に水野は一瞬背筋を凍らせた。しかしそれも本当に一瞬のことで、すぐに水野は秘孔に差し込まれた指のもたらす、焦れた快感に夢中になる。
「あっあっ・・ん。ん・・」
 秘孔はすぐに和らいで、次々と増やされるシゲの指を締め付ける。それでもシゲは、ぎりぎりのところで水野の感じるポイントを外して、水野の内部を攻め立てた。
「なんや、すぐにでもだいじょぶそうやな・・・」
「んんっ・・・。平気だから・・、シゲ・・、もっ」
 水野はなかなか届かない最高の快感に焦がれて、自らの手をシゲに伸ばした。
「ねっ・・これっ。ちょうだ・・」
 チロチロと赤い舌でシゲを誘う水野。シゲはあえてその唇ではなく、熟れて硬くなっている乳首に噛み付いた。
「あぁっ」
 痛痒い刺激に、水野は短い悲鳴を上げながら胸を突き出すようにして喉を反らす。そしてシゲは水野の望むモノを、その蕾に押し当てる。
「はあ・・」
 歓喜とも取れる溜息を漏らす水野に、シゲは持ち前のいたずら心が顔を出して、そこに一気に己を押し込めることはしなかった。
「あ・・?」
 入り口あたりでいったん進入をとめてしまったシゲに、水野は泣き出しそうな表情をしながら顔を上げた。
「たつぼん。そろそろ、これだけじゃ満足せぇへんのちゃう?」
「え・・」
 水野が怪訝そうな顔をしたのと、シゲが挿入を中断し、別のものを埋め込んできたのは同時で、水野は思わず息を呑む。
「シゲ、ちょ、おいっ」
 水野が慌てて上体を起こそうとしたが、遅かった。シゲはすぐに自身も水野の中に収めてしまう。
「ひ・・っゃあああ!」
 水野は起こしかけた身体を、再びベッドに沈めた。
「どう?」
 シゲは嬉しそうに笑い声を立てながら、ゆっくりと抜き差しを開始する。
「あっあああっん!やっだ・・っ、シゲっ!それ・・っ、やぁ・・!」
 出入りするシゲ自身と共に水野の中で動き出したのは、先ほどはすぐにお役御免となったボールペンのキャップであると、水野はすぐに気付いた。
「いっ、あっ・・だめ・・っ。シゲッシゲ・・・ッ、やめっ」
 水野は薄い胸を激しく波立たせながら、シゲの胸を押し返そうとし、両足は何度も空を蹴った。
「はぁ・・っ。何で・・?たつぼん・・。きもち、ええ・・・やろ?っく・・」
「だめっ・・痛い・・!」
 引っ掻かれる様なむず痒い様な痛みに、水野は悲鳴を上げる。
「あ、そか。ちょお硬いか・・・」
 シゲは、傷付いたらやばいか、などと呟いて一旦水野から身を引いて、中のキャップを取り出した。
「残念。おもろいかと思ったんやけどな」
 心底残念そうにするシゲに、半端に放り出された形になった水野は必死で哀願した。
「も、シゲっ。何でもいいから、イかせ・・っ」
 大粒の涙を流す水野に、シゲはすまんすまんと笑うと、今度はまた別の何かを持ち出してきた。
「おまっ・・、何考えて・・っ」
 目の前に見せられたリップクリームに、水野は半分飛び掛った理性で突っ込みを入れる。
「ん〜、なんか今日はそんな気分やねん」
 そう言うとシゲは、またもや先にその異物を水野の中に押し込んで、その後に己を埋め込んだ。
「・・・ぅあ!・・あっ、も・・っ、この変態っ」
 両手をクロスさせて顔を覆いながら、水野は悪態をつく。シゲは、
「なんか今日は親父な気分やねん」
 などとのたまいながら、腰を進めてきた。
「あっあっ・・、あぅっ、あ・・ひっ・・あっ」
 普段よりも奥をリップクリームに掻き回されることに、水野は恐怖にも近い快感を感じた。シゲも、先に当たる固い感触が、いつもよりも刺激になって、制御が利かなくなるのが早かった。
「ふ・・っくっあ・・。たつ・・やっ・あ」
「シ・・・ゲ・・エっ、あぁ、あぁ・・・だめ、いい、だ・・めっだ・・・!」
 水野から漏れる喘ぎはもう意味を成していない。汗に濡れる腕をシゲに絡ませ、水野は必死で快感を追った。早くこの凶暴な快感から逃げ出したかった。けれど、上り詰めてしまうのも惜しくて、自分ではどうにもできない何かが、水野を追い詰めていく。
「たつ・・やっ、もうっ、あかん・・・かも」
 シゲが辛そうに眉根を寄せて、額に髪を張り付かせながら水野を見下ろしてくる。水野は薄目を開けてそれを見上げ、荒い息を振りまくその唇にキスをねだった。
「おれ・・もっ、イきた・・・っ」
 キスの合間にようやくそれだけの言葉を紡ぐ。シゲがほんの少し微笑んで、水野の腰を抱え直した。
「-----------------っあ!」
 温かいものが水野の奥に広がって、中のリップクリームが微かに動いた。
 そして二人の腹の間で擦られていた水野自身も、ほぼ同時に達した。


「と〜れた」
 水野はベッドにうつ伏せになりながら、もうこのまま意識を手放してしまいたい衝動に駆られた。
「ほら」
 今しがた水野の中から取り出した物をわざわざ見せてくるシゲ。悪趣味にもほどがある。しかも自分はすっかり身支度整えてるし。
「まだ使う?たつぼん」
「使うかっ、ド阿呆っ」
 似合いもせず小首を傾げてくるシゲに、水野は枕を叩きつける。シゲは片手でそれを制して、
「ほたら、俺がもらっとこ」
 いそいそとそれをズボンのポケットにしまいこむ。
「どうすんだよ、そんなもん・・・」
 聞きたいような、聞きたくないような複雑な心境。それでも怖いもの聞きたさには敵わなかった。しかしシゲのにんまりとして答えに、水野は耳を塞がなかったことを後悔した。
「たまに眺めて楽しむ」
「へんったいっっっっっ!」
 思いっきり力を入れて罵倒してやるが、どうせこの男にはどこ吹く風だ。案の定、シゲは水野の罵倒を鼻で笑ってくださった。
「その変態に惚れとるくせにvv」
「・・・・・!!!」
 もう水野は力尽きて、布団にくるまるしかなかった。
 掛け布団から覗く水野の赤い耳朶。シゲはいつものようにやや意地悪く笑って、水野の肩に手を添え、そこに囁いてやる。
「愛してるで、竜也」
「うるせぇ、死ね」
 可愛くない返答。しかしそんなことに怯むシゲでもない。
「ホントに死んだら、泣くくせに」
 言いながら髪を梳いてやると、水野はやや間を置いて布団から顔を出した。そして舌を出しながら、
「悪いか。どーせ変態に惚れてますから、俺」
「・・・・」
 髪を梳く手を止めて、二の句の告げないシゲ。水野はしてやったりと笑って、布団から這い出した。
 そして、シゲと違ってまだ全裸のままの姿で、軽くシゲの唇をついばんだ。
「惚れてるよ」
 繰り返してそう言うと、水野は何事もなかったかのように、服を拾い集める。全ての服を身につけ、いつものように禁欲的な雰囲気に戻った水野は、未だ呆けたようにベッドに腰掛けるシゲに笑いかけた。
「夕飯、食べて行くだろ?」
 それにシゲは、ため息を一つついて苦笑する。そして彼は両手を合わせて水野を拝んだ。
「ごちになります」
 







end.










友達の誕生日に贈ったものです、これも・・。
えーと、私本当に個人的に送るとなると、何かネジ抜けてません?いいんか、これ?