君と彼と僕







 5.

こうなるだろうとは思っていた。というか、宣言されていたし。
 そんなことを考えながら、水野は追い上げられる自分の呼吸と、耳元で荒くなるシゲの呼吸を聞いていた。
 水野の自室。消された電気。引かれたカーテンの隙間から細く入り込む、外の街灯から広がった淡いオレンジの明かり。
しばらくぶりの二人分の体重にベッドが悲鳴を上げている。その音すらにも水野は感じずにはいられなかった。そこに確かにシゲが居る証。今まさに身体全体でその重みを感じているというのに、そんなことで確認している自分がおかしくて、水野はつい弾む息で笑った。
「何」
 シゲが顔を上げて見下ろしてくる。湿った吐息が唇にかかって、水野は無意識に自分のそれを開く。ちらりと覗いた水野の赤い舌に誘われるように、シゲはキスをしてくる。舌を絡めて互いの唾液を嚥下する。溢れた唾液をシゲの舌がすくった。
「何」
 もう一度繰り返すシゲ。水野は軽く髪を揺らして、シゲの髪に指を絡める。
「何でもない・・・。似てる、かな」
 何に、とはあえて口にしなかった水野の腕を取って、シゲは自分の髪を梳かせた。
「触っててええよ」
 そうして身を沈めてくるシゲの頭を両手で引き寄せて、水野は軽く目を瞑った。風呂上りの自分の石鹸の香りと、シゲのほのかな汗の匂いが、水野の鼻先をくすぐった。

「シゲ・・!シ・・・ゲ・・っ」
シゲの腕の中で水野はいつになく乱れて、悲鳴に近い声で何度もシゲを呼びながらその背中に赤い跡を引いた。
普段ならそれを喜ぶはずのシゲだったが、今日はそのことを喜ぶことはできずに、ただ夕方のように何度も繰り返してやる。
「好き。たつぼん・・・、好きや・・。ありがとう・・・。たつ・・や。な・・・、聞こえてる?」
水野は時折涙で潤んだ瞳をシゲに向けはしたが、その意識がシゲに留まっているとは思えなくて、どこか違う思い出を抱いているようで、シゲはこみ上げる苦いものを必死で押さえつけながら、ぎりぎりの理性でもって、水野を抱いた。


「たつぼん。真理子さん帰ってきたで」
 シゲは濡れた髪をタオルで雑に拭きながらベッドの端に腰掛けて、枕に顔を埋める水野に顔を寄せた。
「ん・・・」
 水野は身体を反転させてシゲを見上げる。目尻に残っていた涙が、赤くなった目の淵から零れ落ちる。目を擦りながら起き上がりかけた水野の肩を、シゲは逆に押し戻す。
「ええよ。もう寝た言うたから」
「髪・・・・。冷た」
 シゲの頭が揺れた時に落ちた滴が、水野の裸の胸に数滴玉を作った。シゲは毛先をタオルで握る。
「悪い。ついでにシャワーも勝手に使わせてもろたから」
「今更何断ってんの」
 叫び過ぎたせいで掠れた喉をさすりながら、水野は声にならない声で笑った。
「いや、久々やったから何かお湯出すのに緊張した」
 自分でも笑いながらシゲは水野の隣に滑り込む。まだ中学生とはいえ、男二人で眠るには少々狭いシングルベッドで、二人は先ほどよりも密に身体を寄せ合う。
「何でだろ・・・」
 無言で向き合いながらシゲがうとうとしかけた時、同じように目蓋の半分下がった水野が独り言のように呟いた。 「何で、お前に言われてることが、ホームズが言ってくれてるみたいに思うんだろ・・・」
 好きだとか、ありがとうとか、幸せだ、とか。どうしてそんな言葉で、あんなに泣いてしまったのだろう。言っているのはシゲで、ホームズでは有り得ないのに。彼はもう、そんなことを伝えてはくれないのに。
「そりゃ、アレや」
シゲはこつんと水野の額に自分の額をぶつける。
「俺とホームズが、同じ位たつぼんのこと好きやからやろ」
 そう言ってやると、水野は納得したように小さく息を吐いて完全にまぶたを閉じた。そしてまた独り言のように口の中で呟く。
「・・・ホームズと同じ位、お前のこと好きだからだ・・・」
 シゲの耳はそれをかろうじてそれを拾った。
「竜也・・・?」
 耳を疑ったシゲがそっと水野の名を呼んだが、水野はもう目蓋を上げることはなく、その唇からはただ穏やかで規則正しい呼吸が漏れ聞こえるだけだった。
 シゲは狭いベッドの上で苦労して寝返りを打ち、仰向けになって染み一つ無い白い天井を見上げながら、かつてこの手で何度も撫でてやった犬の毛並みを思い起こした。
「貸し借り無しにしといてやるわ、ホームズ・・」
 そうして瞳を閉じたシゲの口元には、満足気な笑みが刻まれていた・・・。


 そしてこれは余談になるが。
翌日、関西選抜の藤村成樹と東京選抜の水野竜也が、何故か一緒にフィールドに現れたことに、それぞれの選抜メンバーたちは首を捻った。が、試合後のそれぞれのロッカールームで、シゲの背中には生々しい爪跡、水野のユニフォームぎりぎりの鎖骨の辺りには赤いうっ血の跡を見つけた彼らは、何かを悟ったように深く溜息をついたのだった。










ラブラブなんですか、暗いんですか、何を主に書きたかったんですか。
御免なさい・・・。
ホームズファンの方々にも御免なさい・・・。私も彼は好きなんですけど!けど!爆。