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         bless.(満ちること)








 


朝から、竜也は様子がおかしかった。
「おはよーさん、たつぼん」
 珍しく一時間目に間に合うように登校してきたのが災いし、教室の前でシゲが女子生徒たちに捕まっているとき、たまたま竜也が登校してきて声をかけたら、竜也は気付かなかった振りをして、来た道を引き返して角を曲がった。
「たつぼん、辞書貸して」
 昼休み、シゲがそう言って教室を訪ねてきたときも、竜也はシゲではなく、女子と楽しそうにお喋りしている小島のほうに近づいていって、
「小島、辞書持ってないか?シゲが借りたいって」
 小島は竜也の肩越しにシゲを見て、すぐに視線を竜也に戻す。
「あんたのは?」
「家に置いてきた。昨日使ったんだ」
 小島は、首をかしげながらも鞄から辞書を取り出すと、真っ直ぐにシゲのところへ向かう。折角の食後のお喋りを邪魔されたのだから、背後で竜也が友達に捕まっていたが、それ位は我慢してもらうことにして。
「喧嘩でもしたの?」
 辞書を渡しながら尋ねると、シゲは苦笑して肩をすくめて見せた。どうやら心当たりは無いらしい。
「あれじゃない?あんたが、朝から何人も女の子侍らせてたりなんかするから、拗ねてるんじゃないの?」
 小島が、シゲと竜也の関係を本気でどこまで知っているのかは分からないが、たまに小島は冗談とも付かない口調でこういうことを言った。
 けれど、竜也ならいざ知らず、シゲはそんな言動に一々慌てたりしない。小島の台詞にも、方眉を上げて僅かに唇を歪めて見せただけだった。
「それやったら、可愛いんやけどな」
 小島は大げさに溜息をついて、一言。
「汚さないでよ。て言っても、どうせ本当に借りるために来たんじゃないでしょうけどね」
 それだけ言うと、小島はまだ捕まっている竜也のほうに踵を返した。


 そして、昼間は徹底的にシゲを自分の生活から排除した竜也は、部活でさえそれをやってのけた。
 そこまで徹底されて無視されると、見に覚えの無いシゲにその状況が面白いわけも無く、シゲは何とか竜也に喋らせてやろうとしたのだが。
 着替えのときに、脇腹をくすぐってみた。蹴られた。
 練習中、わざとラフプレーをしてみた。殴られた。
 休憩時間、小島の手から二人分のドリンクを受け取って、竜也に渡した。僅かに頭を下げた。
 全て、無言であった。

「なんやっちゅうーねん!!!俺が何かしたんか!?」
 活動終了後、着替え中の竜也にシゲは食って掛かったが、やはり無反応。耳をどこかに落としてきたのかと思えるくらいの、完全な無視っぷり。
「ま、まぁまぁ・・・・」
 高井が慌ててシゲを宥める。
「お前、誕生日にそんなかりかりすんなよ。な」
「そうですよ!あ、僕まだ言ってなかった!シゲさん、誕生日おめでとうございます!」
 こめかみに汗を浮かべながら、風祭もフォローに回る。
 そう。今日はシゲの誕生日だった。だから今日はいつにも増して、女の子に捕まることが多かったのだけれど。
「こないに胸糞悪い誕生日も、そうあらへんわ」
 そんな不特定多数に祝われるより、シゲは竜也に言われるほうが嬉しいと確信している。だから、元々自分の誕生日などに余り執着は無いけれど、竜也になら言われたいと心のどこかで思っている。
 なのに、この目の前で黙々と着替えを終えたサッカー部のキャプテンは、今日はシゲにちらりとも視線を向けようとしないのだ。
 誕生日であることを知らないわけは無い。教えた記憶は無くても、周りが(主に女子が)、数日前から騒いでいたから。
 それが気に入らないということでもないだろう。そうなら、竜也はそれを表情に出さずにいられるほど、器用ではない筈だから。
「はいはい、煩いわよ」
 突然、小島がノックも無しに部室のドアを乱暴に開けた。
「こっじま・・!お前、着替え中だったらどうすんだよ・・・」
「きゃー、て言ってあげるわよ」
 幸い、着替え終えたかまだ完全に着替え前かの男しか、その部室には居なかったけれど。
 小島はけろりとした顔をしたまま、さすがに中までは入ってこようとはせずに、その場で用件を告げた。
「コーチが、シゲの誕生祝に夕飯奢ってくれるって」
「まじで!?」
「よっしゃぁ!」
「さんきゅーシゲ!今日生まれてくれたお前は偉い!!」
 一瞬にして温度の上がる部室の中でも、シゲと竜也だけは温度が上がらない。竜也は盛り上がる空間から切り離されたように、無言でワイシャツのボタンを留め終えた。
 シゲは軽く前髪を掻き上げて、小島のほうに片手を上げる。
「あー。小島ちゃん・・」
 しかし、シゲが言い終える前に、児島がにっこりと笑った。元々可愛い部類に十分入る小島なので、笑顔もやっぱり可愛かったが、その背後には何かこちらを圧迫するものがあった。
「主役が来なくてどうするの?あんたが来ないなら、当然奢りなわけないでしょう?」
 その台詞に、ますます部室のボルテージが上がる。
「シゲぇぇぇぇ!来てくれるよなぁ!?」
「お前の誕生日を、是非俺に祝わせてくれ!」
「シゲ!この成長期の儚い男の胃袋に、愛の手を・・・・!」
 次々に群がって、シゲのジャージの裾を掴むチームメイトたちに、シゲは軽く蹴りを入れながら叫んだ。
「だああぁぁっ!やっかましいわぁ!」
「小島」
 その騒ぎを呆れたように傍観している小島に、竜也はさっさと荷物もまとめて、一冊のノートを小島に差し出した。それは、いつもなら竜也が居残って記していく部誌だった。
「悪いんだけど、今日の分頼まれてくれないか?」
「え?」
 竜也は例え具合が悪くても、それだけは欠かさず自分で記入している。それを知らない人間はサッカー部には一人もいない。当然小島だって知っている。
「何、具合悪いの?」
 だから、半ば本気で心配げな表情を向けると、竜也は軽く笑って首を振った。
「いや。母さんに頼まれてることがあって、急いで帰らなくちゃいけないんだ」
 だったら、家でも書けるだろうに。そうは思ったが、あの責任感の強い竜也が、そう言って頼んでいるのだ。小島はそれが本当の理由であれ何であれ、断る気にはならなかった。
「分かった。家で書いてもいいわよね?私も、奢ってもらえるものは逃したくないんだけど?」
 小島の言葉に、竜也は笑いながら頷いた。
「え、じゃぁ水野は来ねぇのか?」
 シゲの足にしがみついていた一人が、竜也を見上げた。
「あぁ、うん。悪いな、皆で祝ってやってくれよ」
 それだけ言うと、竜也は振り返りもせずにやや小走りに去っていった。
「何やっちゅーねん・・・・」
 シゲはかなり低音で呟くと、今度は本気で足元の部員たちに蹴りを入れた。
「あーもう!うっざいわ!行くから着替えさせろや!!」
 部員たちは一様に、蹴られた痛みに涙を浮かべながらも、互いの健闘を讃えあった。
「馬鹿・・・?」
 小島の呟きは、彼らには聞こえなかっただろう。


 ファーストフード店とはいえ、食べ盛りで部活後の中学生が十人以上だと、それなりの出費になる。更に、シゲが主役の権利を主張して、持ち帰り分まで頼んだのだから、別れ際の松下の顔はやや、やつれていた。
「これくらいやないと、割りに合わんちゅーねん」
 一人になってから、シゲは紙袋を抱えて一人ごちた。
 朝から竜也にずっと無視をされ続けて。部活の仲間が祝ってくれたことはそれなりに嬉しかったけれど、でもやっぱりそこに竜也はいなくて。
 三食分位の土産を貰ったって、それでも割りなんか合う筈もない。
 竜也がいなかった。
「阿保やわ、俺・・・・」
 幼稚園児みたいに。
「言われんかったのが、そないにしょっくやったん?俺」
 竜也に言ってもらえなかった。忘れていたわけでもないのに、竜也は言ってくれなかった。
 単純に忘れられてたほうが、楽だったかもしれない。そしたら、教えて言葉を強請ることも出来たのに。
 分かってて言わなかったのは、竜也なりに何かあったからだ。その何かが分からないから、下手に自分から強請ることなんて出来きなかった。そうすることを悔しいとも思った。
「あ~あ」
 さっきまで大騒ぎをして、気分が紛れたかと思ったのに。一人になると考えるのは、今日祝ってくれた誰のことでもなくて、一切祝ってくれなくて口も利いてくれなかった人物のことだけ。
「もう寝てまおう・・・」
 貰った土産は、寺の住人に分けてしまって、もう今日は帰ったら布団を敷いて寝てしまおう。
(ふて寝したる・・)
 一つ年を取った日に、余りにも子供臭い決意をしながら、シゲは寺に向かった。


 シゲは帰ると決心した通りに、持って帰ったハンバーガーその他を、同じ下宿人に配った。彼らは一様に喜び、そしてやはりシゲに”おめでとう”と言ってくれた。
「おおきに。ほんまやったら、俺が貰う立場やけどな」
「まぁ、細かいことは気にすんなって」
 笑いながら、早速ハンバーガーの包みを空け始めた下宿人たちは、一口かぶりついて、思い出したように顔を上げた。
「そうだ、シゲ。大分前から、水野が来てるぞ」
「・・・・え?」
 シゲは頭で考える暇もなく、気付いたときには足が勝手に、自分の部屋に向けて走り出していた。

   すぱんっ!
 かなり勢いをつけて自室の襖を開けると、柔らかい風の入り込む窓辺に座った水野が、驚いた表情でシゲを見返してきた。
「シゲ、お帰り」
 今日初めて聞いた声だった。初めてシゲに向かって、発せられた声だった。
「どうかしたのか?」
 入り口から微動だにしないシゲに、竜也は今日一日のことなどまるで夢だったかのように、ふわりと笑いかけた。
 電気も点けられていない暗い部屋で、それでもシゲは、竜也の野菜胃瞳をはっきりと見ることが出来た。シゲはそのまま竜也の瞳から視線を外さずに、無言で竜也のまん前まで歩いてくると、小さく低く尋ねた。
「どういうつもりやねん」
 不機嫌極まりないシゲの口調に、竜也は苦笑する。
 シゲが怒るのは当たり前だ。丸1日無視しておいて、その後で何事もなかったかのように部屋で待ち伏せしていて、笑いかけてくれば、竜也でもその相手の神経を疑うところだ。
 それが分かるから、竜也は素直に白状した。
「ごめん、シゲ。俺、お前の最後になりたかったんだ」
「・・・・は」
 シゲは、竜也が素直に謝ってきたことと言葉の意味が掴みかねて、思わず間の抜けた返答をした。そして、竜也がポンポンと畳を叩く仕草に、何だか勢いを殺がれて、シゲはおとなしくそこに座ってしまう。
 竜也はやっぱりにっこりと笑っいて、そこには多少の照れも見え隠れした。そして、静かに説明した。
「あのな。お前さ、皆に”おめでとう”て言われんじゃん。んで、絶対一番では無理だと思ってさ。寺の誰かが朝言っちまうかもしんないし、学校で俺がお前に一番に会えるかどうか分かんないし。だから」

   おれは、おまえの、たんじょうびのいちばんさいごに、なろうとおもった。

 月明かりと、外の外灯と。それだけの光源で、竜也の笑みは綺麗に浮き上がって見えた。
「だけど、お前と喋ったら、お前にせがまれるかもしんないし、そうじゃなくても、絶対言いたくなると思ったから。だから今日は、お前と話せなかった。ごめんな」
「部誌は・・・?」
 シゲは、下宿人たちにコーラまで上げてしまったのを後悔した。喉がからからで、いつものあの滑るような口調にならない。
「あんなの書きながら、ここで待ってられるかよ。落ち着かない」
 今度こそはっきりと、竜也の頬に赤みが差した。
 シゲは思い切り、竜也を抱き寄せた。
「家に、帰ってないん?」
 視界の隅に、見覚えのある竜也の鞄がある。そして竜也はシゲの肩に頭を埋めたまま、くぐもった声で答える。
「朝のうちに、母さんには言ってきたから」
 シゲは、髪の一本一本、爪の先まで何かが満ちていくのを感じた。
 それは、嬉しさであったかもしれないし、シゲと竜也を包み込んでいる月の光かもしれない。
 何でも良かった。それは、とても幸せで暖かいものだった。
「たつぼん、言うて?」
 最後に。今日の最後に。生まれてきた日の最後を、お前の言葉で締めさせて。

「誕生日おめでとう、シゲ」

 竜也はシゲの肩から顔を上げて、まっすぐシゲを見つめて微笑んでくれた。
 だからシゲも、真っ直ぐそれを見返した。

「ありがとお、たつぼん」
 







甘いっ!!!
 実はこれ、書き直したものなんです。本当は”2”はシリアスでした。バレンタインネタみたいでした。笑。ただ、それだと1でも竜也が「おめでとう」て言ってあげてなくて、何だかシゲが可哀想だったので、べたべたの甘々にしてみました。
 ともかく、おめでとう!シゲ!!(祝い逃げ)

 注:当初、シゲ誕生日SSはもう一つありました(整理時に削除)