四の五の言わずに堕ちてくれ!











後編



 風祭を殴った理由として、竜也まで巻き込んで倒れたからだと何とも苦しい言い訳をして、シゲは引きずるようにして竜也を立たせて部室を飛び出した。
 二人分の荷物を持って、まだ止まない雨の中を全力疾走で駆け抜ける。
 後ろから竜也の荒い息遣いが聞こえてきたが、シゲはいつも二人が分かれる道まで立ち止まらなかった。
「・・んなんだっ、てめぇ!」
 いつも二人が分かれる道まで来てようやく立ち止まったシゲの腕を払って、竜也は雨だか汗だか判別出来かねる頬の水を乱暴に腕で拭う。
 拭った方の制服腕も雨で濡れていて、何とも気持ちが悪い。
「シゲっ。お前、何してんだよっ」
 風祭殴りやがって、と続けた竜也に、シゲは竜也に鞄を押し付けて有無を言わさず口付けた。
「ん・・っ、ん!」
 幾ら雨で人通りが見えないとは言え、いつ誰が来るか分からないような道端でキスをされて、竜也は盛大に暴れてシゲの唇から逃れた。
「てめぇ!」
 怒りと酸欠の余り顔を真っ赤にする竜也に、シゲはその場に土下座した。
「すまん」
 濡れたアスファルトに膝を突いて、泥の中に手を付いて、シゲは竜也に深く頭を下げた。
「シゲ・・・・?」
 シゲの行動に眼を見開いて竜也はシゲを見下ろす。
「お前の言った意味、やっと分かってん。すまん」
「ちょ、シゲ、やめろって」
 竜也は慌ててシゲの肩を引いてシゲを立たせる。シゲは俯いたままアスファルトを叩く雨を見詰めていた。
「たつぼんは、ゲームやって分かっててやったんやし、俺かてそんなん承知やったけど。あかん、感情が付いてかへんもん。ごめん、同じことやってんな」
 自分がいくら竜也が好きで、だから外の誰かにキスをしてもその気持ちが揺らぐことなんて無いなんてシゲがどれだけ確信を持っていても、それは竜也には伝わらない。
 竜也はシゲでは無いから、シゲが本心でどんなことを思ってるかなんて分からないのだから、シゲが言葉でどれだけ説明したって言葉だけではそれを信用できる筈も無い。
「・・・・やっと分かったってのか」
 竜也以外にキスをするということは、竜也にしたキスの価値を下げることと同じだ。竜也の価値を下げる行為だ。
 だから、風祭に竜也がキスをした時にあれだけ腹が立った。
 自分とした特別な筈のものを、そんな風に軽く扱わないで欲しい。自分に対してだけの、大事なものにして欲しい。
「ごめんなさい」
 キスされる側にだって想いはあるというのは、そういうこと。
「お前、風祭に謝っておけよな」
 竜也は抑揚の無い声でそう言うと、水溜りに落ちてしまったシゲの鞄を拾い上げる。
 重さからして教科書は入っていないらしいが、中のものはびしょ濡れだろう。軽く鞄を振ってそれをシゲに手渡すと、シゲはそれを受け取りながら、濡れて額に張り付く前髪の合間から竜也を睨み付けた。
「何だよ」
 睨まれる覚えなんて無いと、竜也も睨み返すと、シゲは鞄を肩に掛けながら呆れた様な声を出した。
「たつぼん、風祭にべろちゅーかまされてんねんで。何で俺が謝らなあかんの」
 竜也にしたことは謝る。いくらでも、土下座したっていい。ただ、風祭が降って沸いたような好機に調子に乗って竜也を押し倒した事に付いては、全く一切断固として許せるものではない。
「べ・・っ。馬鹿言うな!事故だろ、あんなの!」
 その位の独占欲をやっと自覚したシゲの想いは、竜也のその返答でかくんと勢いを削がれる。
「あ・・そ・・・・・。事故、ね・・」
 つまり竜也の中では、風祭はそういう対象としてフィールドにも入って来ていないということか。
 その答えに激しく脱力感を感じたシゲは、睨み付けていた目を溜息と共にまた地面に戻す。
「何だよ、シゲ?」
 その様子に心配したのか、竜也がシゲを覗き込んでくる。
 雨に濡れた頬と覗き込んでくる茶色い澄んだ瞳に、シゲの口元には自然に笑みが浮かんだ。
「別に〜〜?」
 そして一瞬の隙を見て、シゲは竜也に口付けた。
「・・・!!」
 ばっと勢い良く身体を離した竜也の反応に、自分はしっかり竜也のそういう対象に入っているのだということを確認して、シゲの気分は上昇してくる。
「なにすんだ!」
 体温を雨に奪われながらも頬を上気させる竜也に微笑み返しながら、シゲはふと気に掛かっていたことを口にした。
「たつぼん、公園で一緒に居ったの誰?」
 竜也が昨日公園に居たのは知っていた。”たっちゃん”という呼び声に思わず顔を上げてみれば、見慣れた茶色い髪を揺らして遠ざかる間違えようも無い後姿があったから。
 ただし、隣には見知らぬウェーブの髪も揺れていて、それは今まで機会を逸してしまっていたがずっと気になっていたことだった。
 もしかして、本命が既に居るのは竜也の方では無いかと、それを確かめたくて昼に屋上に連れ出したのだが、話は逸れに逸れて、結局話すことは出来なかった。
「誰・・て・・・」
 竜也は真剣な目をするシゲにきょとんとして答えかけて、ふと思いついた事に内心一人でほくそ笑んだ。
「家で教えてやるよ。いい加減風邪引く」
 答えを言いかけて話題を変えてしまった竜也を怪訝そうに見返したシゲだったが、竜也はそんなシゲを気に留める事無くさっさと分かれ道を自宅の方へ歩き出す。
「来ないのか?」
 言われて断る理由も無かった。

「あらシゲちゃんっ、たっちゃんっ。びしょ濡れじゃない!さっさとお風呂入りなさい!!」
 玄関先でタオルを渡されて、強制的に真っ先に風呂に向かわされた。
 脱衣所で無言でぱっぱと着衣を脱いでいく竜也の素肌に、シゲは少し照れくささを感じながらも、自分一人で照れていても変態染みているだけだと考え直し自分もさっさと脱いで、真理子に言われた通り洗濯籠に服を放り込んだ。
 丁度いい温度になっている湯船に、少々狭さを感じながらも二人で納まる。
 お湯に使った途端二人の口からは大きな溜息が出て、そのタイミングの良さに二人で笑った。
 折角なので軽く頭と身体も表せて貰い、何時も長風呂はしないシゲの方が竜也よりも先に上がった。
 真理子がいつの間にか置いてくれたらしい、竜也のだろう黒い無地のパジャマを借りて袖を通す。暖房完備のこの家の中では、パジャマ一枚でも寒くは無い。居候先の寺ならそのままで部屋の外を出歩こうものなら、冗談抜きで凍死だが。
 相変わらずありがたいと思いながら、シゲはとりあえず居間に向かった。
「真理子さん、パジャマお・・・」
 居間からダイニングキッチンに向かってシゲがお礼を言おうとしたところ、そこには昨夜見たばかりのウェーブの女性の姿があった。
「シゲちゃん、久しぶりねー。あはは、たっちゃんのパジャマ着てるの、変な感じ〜〜」
 食卓に肘を着いて湯気の上がる湯飲みでお茶をすすっているその人。
「シゲちゃん、たっちゃんの小さくない?シゲちゃんの方がちょっと大きいんだものね?」
 二人の夕食の支度に掛かってくれているらしい真理子が、振り返ってにっこり笑う。シゲもそれに何とか笑い返して普段の自分通りに返答する。
「脚の長さ分ですわー」
「うまいっ」
 百合子が湯飲みを食卓に置いて、手を叩く。
「うまくねぇ」
「おわっ」
 真後ろから発せられた声にシゲが素で驚いて振り返ると、ダークブルーのパジャマに着替えた竜也が髪を拭きながら立っていた。
「母さん、飯何」
 竜也はそのままシゲの隣を通り過ぎ、食卓に座る。
「チキンカレーよ。シゲちゃん?どうしたの、座って?」
 真理子が怪訝そうにシゲに笑い掛けてきて、シゲは我に返る。
「あ、はいな。頂きますー」
 促されるままに竜也の向かい側に座って、出されたカレーに手を合わせながら横に腰掛ける百合子にやや引きつった笑いを向けた。
「百合子さん、パーマ掛けたんやね。人が違うかと思たわ〜、また違う感じにべっぴんさんで」
 うまいわねーとまんざらでもない顔をする百合子の斜め向かい側で、良く似た面差しをしながら珍しくにんまりとした笑みを浮かべるその甥っ子。
 悔しいので、机の下でその足を軽く蹴ってやった。

 夕食を綺麗に食べてデザートまで頂いて、ホームズと少しじゃれあってから、シゲは竜也と共に歯を磨いて竜也の部屋に引き上げた。
「シゲ・・っ?」
 部屋に入るなり竜也を後ろから羽交い絞めにして、シゲは竜也のあごを後ろに捻って口付けた。
「んーーっ」
 苦しい体勢で口付けられてもがく竜也の口内をたっぷり舐め上げてから、シゲは竜也を解放した。
「おま、殺す気かっ?」
 シゲが唇を浮かせた隙に身体を反転させて向かい合う格好になりながら、竜也は涙目で抗議した。
「まさか」
 シゲはさらりと答えて、竜也から身体を離してベッドに腰掛ける。ベッドの下には真理子が敷いてくれた客用布団があるけれど、シゲは竜也のベッドのスプリングを楽しむかのようにぽんぽんと弾んで遊んでいる。
「止めろって、痛むから」
 竜也もベッドに上って、尚も揺れるシゲの方を押さえつける。
「ん〜、なぁ、たつぼん」
 肩に置かれた竜也の手を軽く握って、シゲは微笑んで竜也を見上げる。
 その視線が何時もキスをしてくる時と同じ色をしていて、竜也はどこか照れくさそうに視線を微妙に外す。
「好き」
 シゲの肩に置かれた竜也の手に力が篭もった。
「ちゃんと言うて無かったなぁ、思て。好きや。やから、本命頂戴?」
 竜也は真っ直ぐ見つめてくるシゲに視線に耐え切れなくて、その肩にしがみついた。
「お前、週末女のとこだろーが」
 今年のバレンタインは土曜日だ。毎週金曜から出かけるシゲは、土曜には居ない。
 シゲに毎週会いに行く女が居るなんて、信じていない。だから、ちょっと意地悪のつもりで言っただけだったのだけれど、シゲには意外にも効いたらしい。
「そういうんちゃうて、冗談やん、あんなん。なぁ、当日でなくてもええから、頂戴」
 少し声が上擦って、自分の言葉がシゲを慌てさせているということに竜也は笑った。
「いいよ、やる。その代わりホワイトデーは三倍返しな」
「うえ、まじですのん」
 口調と台詞が全く噛合わないまま、不満げな言葉をつづるシゲの唇に、竜也は軽くキスをした。
「まじで、嫌?」
 竜也からされた初めてのキスにシゲは軽く瞠目して、その唇が離れていくのを追って深いキスを返す。
 ベッドに押し倒されて深く貪られて、竜也の唇が赤く熟れる。
 それを舌で舐め上げてから、シゲは幸せそうに笑った。
「全然」
 そして竜也の額や瞼や頬にキスを落とす。
 柔らかいバードキスに目を細めながら、竜也は下に下がり始めたシゲの腕をがしっと掴んだ。
「ストップ。お前、明日学校だしそういう問題でもない」
「大丈夫やて、優しくしたるし」
 にっこりとお互いに柔らかな笑みを浮かべたまま、二人は腕に力を込める。
「そういう台詞は・・・っ」
 竜也は全身に力を込めると、シゲが腕に気を取られている隙に身体全身でシゲをベッドから下の布団に転げ落とした。
「だあっ!」
 ボスンッと派手な音を立てて落ちたシゲに向かって、竜也はいそいそと自分の布団に潜り込みながら、軽く跳ねる口調で、
「もっと信頼を勝ち得てから言え」
「え、うそ、ちょ、たつぼんっ」
 さっさと枕に頭を埋めてしまった竜也に、シゲは暫くせめて同じ布団でとお強請りを繰り返していた。

 そして翌日、何時もなら自分から起きてロードワークにまで行く息子が、起きて来ないことに首を傾げた真理子がそっと息子の部屋の覗くと、互いの体温に安心しきって眠り込む、息子とその金髪の友人の姿があった。
 起こしてしまうのが躊躇われるほどに穏かな寝息を立てる二人の幼い寝顔に顔を綻ばせながら、真理子は掛け布団に手を置いた。
「起きて、二人とも。ご飯よ」
 その日の朝の水野家からは、慌てて飛び出す長男とその友人の姿が見受けられた。
   



end.










長い・・・!!!!!!
 こんなに長くなる予定ではなかったんですが。最後まで行ってないくせに何でこんなに長いの。あ、行ってませんよ。結局シゲがねだって一緒に寝ることだけは許してもらえたみたい。笑。
 最初は無意識で風祭を殴るシゲが書きたかっただけなのに、何で土下座までしてんのこの人。謎です、さすがカリスマです。(意味不明。
 ところでこの年のバレンタインの時期って、まだシゲの関西発覚前だよねぇ?え、あれっていつ知ったのたっちゃん。
 やばい、ファン失格なこと言ってる・・・・。
 でもあのシゲの週末ごとの行動。金曜の夜に夜行バスで行って・・とかでしたよね?でもさぁ、この当時週休二日制では無かったんですが。あれか、隔週毎だったんか?確か第二、第四土曜は休みだった。それとも土曜に夜行だったのか?うそん、疲れるって。
 どーでもいいか・・。
 それにしても、タイトルは私の心境か・・・?ううん、ちょっち不発。
 楽しかったこと。黒祭と高井。笑。
 にしても、最近シゲの方がへたれの一途を辿っている・・。

 ちなみにこれは三万ヒットも兼ねて、お持ち帰り自由でしたが、配布期間は終わりました。お持ち帰りいただいた方、ありがとうございましたv