2 すねる「プリン事件」


 夕方バイト前、大学から一旦戻って来たシゲが冷蔵庫を開けると、昨夜竜也にと買ってきておいたプリンがそのまま残っていた。
 シゲの冷蔵庫は一人暮らし様で小さいため、竜也が開けられないほど高い位置に取っ手があるわけではない。
(嫌いだったんかな・・)
 シゲのベッドの隅で丸くなって昼寝をしている竜也を振り返って、規則正しい寝息に安心しながらシゲは少々落胆した。
 シゲにわざわざ許可を求めなくてもベッドで眠る様になってくれたし、寝ている間に突然うなされて飛び起きたり、シゲが近付くだけで目を覚ましてしまったりはしなくなったから、少しはこの家に居ても楽になってきたのかと思っていたのだけれど。
(しゃあないか)
 食べるものに関しては、竜也は極端に遠慮がちだ。シゲが”食べてもいいから”と言っておいても、シゲが居ない間にそれを食べることはしないし、居てもきちんと”食べてもいい?”と態度で尋ねてくる。
 おやつなら遠慮せずに食べるかと思ったのだが、まだ無理だったかとシゲはプリンを冷蔵庫から出して、食器棚からスプーンを取り出した。

「ただいま」
 シゲがバイトから帰ってくると、室内はしん・・としていた。
「竜也?」
 最近は玄関まで迎えに出てくれる様になっていたのにどうしたのだろうと不審に思いながら、シゲは短い廊下を通り過ぎて扉を開ける。
「竜也、どないしたん?」
 竜也はベッドの上で膝を抱えて蹲っていた。具合でも悪くしたのかと心配になったシゲが近付くと、竜也はシゲから視線を逸らして横を向く。
「どっか痛いんか?」
 最近は随分打ち解けてくれて、昼間はどうしても構ってやれない分、夜にシゲが帰ってくると嬉しそうに飛びついてくれたりもするのに、今日はどうしたのだろうと怪訝に思っていると、竜也は首を横に振って小さくて短い指でゴミ箱を差した。
「ん?」
 その指の先には、昼間バイト前に小腹が空いたからと食べて捨てた空になったプリン。
「・・・・・竜也、もしかして、食べるつもりやったん?」
 シゲが半ば唖然として尋ねると、竜也は膝を抱えたままこくんと頷いた。その口はやや尖っている。
 それを見たシゲは、じんわりとした嬉しさが胸中に広がるのを感じた。
(いっちょ前に拗ねとるわー、こいつ)
 プリンは自分のものだったのにと拗ねる竜也の態度は、初めて出会った時からは考えられないもので、シゲは緩む口元を押さえられない。
 だから、思わずシゲは竜也の頭をわしゃわしゃと掻き混ぜた。
「そっかー、ごめんなー。竜也のやったもんな、あれ。堪忍な」
 くしゃくしゃと掻き混ぜられた髪の間から覗く竜也の丸い瞳は、じっと恨めしそうにシゲを見上げている。
 シゲは頭を撫でた手を柔らかい頬に滑らせ、空いていた手をもう片方に添えて、竜也の額に自分のそれを当てた。
「じゃ、今からまた買いに行こか。竜也のプリン」
 そう言ってシゲが笑うと、竜也の口元にも嬉しそうな笑みが浮かんで、その端から小さな犬歯が覗いた。



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何か、シゲぱぱの子育て記みたいだ(笑。でもシゲぱぱ竜也がいい子過ぎるので、余り怒る機会は無さそうです。 この後二人でコンビニへ。シゲが肩車とかしてたら最高ですね!(爆。

..2004年9月21日(火)