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8 ふあん「再会」


「竜也、迷子になるんやないよ」
シゲの言葉を聞きながら、竜也は棚に並ぶたくさんの商品を楽しそうに見上げている。
週に一度くらいの頻度で、竜也はシゲと共にスーパーに買い物に来る。初めはシゲの側から離れようとしなかった竜也も、最近ではシゲを見失わない範囲でちょろちょろと動き回るようになった。
調味料の棚を珍しそうに見上げる竜也に安心して、無くなっていた塩コショウを手に取るとすぐにそこを離れた。
離れる前に竜也に軽く声をかけると、種類の多さに夢中になっているらしい竜也は、シゲの方を振り返らずに頷いた。
子供らしい好奇心旺盛さを表現してきた竜也のその姿に、シゲは安心して夕飯の献立を頭に描いて精肉売り場へと向かった。

シゲが肉を見てくるからと言ったので、竜也は頷き返した。
棚に並ぶ調味料はどれも珍しくて、竜也は並んでいる順番にどんどん目で追って行き、ついに香辛料の棚が終わってしまう。
そしてそのまま竜也は裏の棚にも回ってみた。そこはカップ麺売り場で、ほんの少し進んでみただけで、竜也は足を止めてしまった。
(食べてた)
思い出してしまった。以前竜也を飼っていた人間達の部屋に、よく同じ形のものが転がっていたことを。
一人残された暗い部屋で見上げた天井、怒鳴る男の吊り上った眉、立ち込める香水の匂い。悲しくて恐かったそれらを思い出しそうになって、竜也は慌てて頭を振った。
シゲを捜そうと咄嗟に思った。シゲに抱き締めて貰おう、そうすればそれだけで自分の身体は暖かくなる。そう思って竜也は勢い良く踵を返した。
途端に、真後ろに立っていた人にぶつかってしまう。
「って」
「った」
当然体重の軽い竜也の方がよろめいて、相手の太股に当たった鼻を押さえて竜也はぶつかった相手を見上げた。
「・・・!!!」
そして、息を飲む。
「あー?お前、竜也じゃねぇの?」
それは、竜也の前の飼い主だった。
「え?あ、マジだ。あんたそんなとこで何してんの?」
背後から顔を覗かせた女から漂ってくる、嗅ぎ慣れた香水の匂い。シゲが見ている雑誌に出てくるような服装をした男の指に嵌まったいくつもの指輪にも、見覚えがある。
何度も、殴られた手だ。覚えている。気絶するまで殴られ、投げられ、そして最後は階段から転げ落ちた竜也をただ見下ろしていた人間だ。
竜也の身体が硬直した。手が冷たくなり、息が苦しくなる。
「何だよ、小奇麗になりやがってよー。お前そういや、一応血統書付いてたんだっけ?」
「えー、マジで?だったら返して貰おうよー、そんで売ったら金になんじゃない?」
以前より顔色も良く体重も増えてやっと平均になった竜也を見下ろして、二人は相変わらず下卑た笑いを浮かべた。
(売るって、なに?)
シゲから、引き離されるということだろうか。そう考えて竜也の背筋が凍る。
あの暖かな手と声から引き離されて、またこの人たちの下へ戻されるんだろうか。
喉が詰まって、声が出なかった。奥歯がカタカタと鳴り始める。恐い、逃げなければ。そう思うのに、動けなかった。
動けば殴られる、何か言えば蹴られるんだと、引きずり出された記憶が身体を縛った。
「おい、お前さー」
男の手が竜也に伸びて、竜也の瞳が恐怖に見開かれる。そして男から視線を外せないまま、竜也の喉から悲鳴に近い声が弾けた。
「シゲ!!」

シゲは肉のパックを片手に持って、値段とグラムでどれだけお得かを計算していた。そんなに困窮はしていないが、節約するに越したことはない。
そんな風に悩んでいたところに、突然竜也の声が響いた。
「シゲ!!」
聞こえた途端シゲは持っていたそれを放り投げ、迷う事無く声のした方へ走り出した。
他の客が何事だと振り返る中で、明るい音楽に混じってスーパーに悲鳴の様な声がこだまする。
「シゲ!シゲ!シゲ!!」
竜也が居た筈の香辛料の棚から一つ裏側に、茶色い小さな頭とそれに対峙して驚いた様に目を見開いた一組の男女が見えた。
「竜也!」
駆け寄って後ろから竜也を抱き締めると、その肩は浅く不規則な呼吸を繰り返していた。
「竜也、竜也・・・」
耳に囁くようにして何度も呼んでやると、竜也の呼吸は徐々に深くなっていく。床に張り付いたようになっている足を無理矢反転させて正面から覗き込むと、その顔は真っ青だった。
「大丈夫か?」
瞳の焦点が合っていない竜也の頭をそのまま抱き締めてやると、竜也はシゲの肩にぎゅうとしがみ付いてきた。
「こいつが、何か?」
竜也を抱き締めて安心させるように頭を撫でながら、シゲは目の前の男を睨み上げる。
他の客の視線を感じた男は曖昧な笑みを浮かべて、殊更穏かな声を出そうとしたがそれは却ってシゲの神経を逆撫でした。
「や、あんたが今の飼い主?俺さ、前こいつ飼っててさ・・」
(こいつか)
シゲは、その場で殴りかからなかった自分の理性を褒めてやりたかった。
ただ、目に浮かんだ嫌悪は隠し切れなかったらしく、男は歪んだ笑みを口元に浮かべてシゲを見下ろしてきた。
「何もしてないぜ、ホントにさ。ただ、ちょっと挨拶しただけだよ」
「それは・・ご迷惑おかけしまして」
シゲは殴りつけてやりたい衝動を何とか押さえ込んで、口元を歪ませながらそれだけ言った。
すると、男はますます友好的に見せようとして失敗している下卑た笑みを浮かべ、付け加えた。
「・・・・そんでさー、そいつよければ返してくんない?」
シゲは、全身が怒りで沸騰するのを感じた。今すぐ男の息の根を止めてやりたいとさえ思った。
腕の中で必死でしがみ付いてくる竜也と同じ空気を吸うことさえ、許しがたかった。
「よろしくないんで」
沸き立つ殺意を押さえ込んで低く答えると、竜也を抱き締める腕に力を込めてシゲは立ち上がる。
そのまま踵を返したシゲに、男が手を伸ばす。
「ちょ、おい、待て・・っ」
「やーーっ!!」
竜也が再度悲鳴を上げ、男の手が止まった。さすがにこれ以上注目を浴びるのはまずいと思ったのだろう、大きく舌打ちをして手を引っ込める。
背後で周囲に怒鳴り散らす男の声を聞きながら、シゲは買い物籠をその場に置いてスーパーを出た。

アパートへの帰り道、ずっと背中を撫でてくれたシゲの手の暖かさに、竜也はただ涙が溢れた。
見つかってしまった。
ただそのことが恐かった。
「竜也、大丈夫。恐いもんから守ってやる言うたやろ?」
そう言ってくれるシゲの言葉はいつもの様に優しかったけれど、もし次に彼らに会ってしまって、もしシゲが居なかったら。
それを思うと、竜也は恐くて仕方なかった。

シゲは、赤から群青色に染め替えられていく空を睨みつけながら、肩を濡らす竜也の涙にただ怒りが燃えるのを感じた。
二度とあのスーパーには行かないと心に決めていると、肩口で竜也がしゃくり上げるようにして呟いた。
「シゲ、けっとうしょって売れるの?おれ、売られるの?」
ザリッ。
シゲは、アスファルトを思い切り靴底で擦って立ち止まった。あの男が竜也に何を言ったのか容易に分かってしまった。
(クソが・・!)
腹の底から喉元まで込み上げてきたその言葉を何とか飲み込み、シゲは竜也の暖かな茶色い耳に口付けながら殊更優しく囁いた。
「どこにもやらんよ、安心しぃ?」
強くしがみ付いてこくこくと激しく頷く竜也の背中を撫でてやりながら、シゲは決心した。
ああいう輩が少しでも自分の利益になる物を見つけた時、どれだけ浅ましくしつこく厭らしいか、シゲは知っている。
(害虫は駆除せんとなぁ・・・)
竜也には到底見せられそうに無い笑みを口元に浮かべて、シゲは止まっていた足を持ち上げた。


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シゲ、凶悪化。不安っつーか、不敵ですかね。
徐々にお題から外れてる私に乾杯vv(爆。

..2004年10月9日(土) &..2004年10月11日(月)