軍隊パラレル5 佐藤は、かれこれ三十分以上風呂場から出てこない上司が心配になり、ソファで読んでいた雑誌から顔を上げた。 水野は昨夜徹夜で仕事をしており、今日も夕刻の定時まで仕事に追われていた。 「中佐ー?生きてますー?」 佐藤は自分も早番で定時だったので、帰りの車の中で既に寝そうだった上司を早く休ませてやろうと水野の家へ向かったのだが、半分寝ている水野を車から降ろそうとしたところ、水野の腹が空腹を訴え、このままではまたそれにも無頓着に眠ってしまうだろうと思い、結局佐藤は水野を自宅へ連れ帰った。 水野の家に上がり込まなかったのは、さすがに行儀の良い部下を自認してはいないが、それでも上司の家に上がりこむなど言語道断だと思ったからだ。 自分が何をしているかの認識も危ういような上司に夕飯を何とか摂らせ、さっさと寝かせようと思った時に水野が「風呂に入りたい」と言い出したので、佐藤は大丈夫かと訝しがりながらもバスタブに湯を溜めてやった。 しかし、全くの無音状態で三十分以上経過となると、少々不自然である。 「中佐ーー?生きとりますー?・・てうわぁ」 バスルームの扉を開けると、そこには頭を泡だらけにしたまま舟を漕ぐ水野の姿があった。 「中佐、こないなとこで寝ないで下さい」 「んーーー・・・、佐藤、眠い・・・」 緩く肩を揺すってみても、水野の口からは寝ボケた声しか返ってこなくて、佐藤は深々と嘆息してから仕方なく袖をまくった。 この上司をベッドに放り込むにしろまた送り返すにしろ、とりあえずこの泡を落とさなければなるまい。 「中佐、頭洗いますよ」 うー・・と状況が分かっているのか分かっていないのか判断の付きかねる返答を返してくる水野に、佐藤はシャワーの温度を調節してそっとお湯をかけてやる。 気持ち良さそうに口元を緩めた水野に安心して、佐藤は丁寧に頭のシャンプーを洗い落としてやる。 「水野中佐、寝んといて下さいよ」 「きもちー」 目を閉じながらうっとりと呟く水野の肌が呆れ返るくらい白くて、佐藤はどこまでも軍人らしくない上司に失笑を禁じえない。 部下の家の風呂で寝かけたり、部下に躊躇い無く身体を投げ出して目を閉じたり、髪と身体を拭われても大人しくされるがままだったり、中佐という立場どころか年齢まで疑いたくなるような無防備な水野中佐は、佐藤の使っていないパジャマを着せられてもただ佐藤の手に任せていた。 「中佐、今から家に帰るのも面倒でしょうから、俺のせっまいベッドで勘弁してくださいね」 素直に頷く水野の手を引いて自分のベッドに連れて行くと、水野はぼすんとそのベッドにダイブした。 すぐに聞こえてきた寝息に心底苦笑しつつ、佐藤は足元に固まっていた掛け布団を引っ張り上げて水野にかけてやり、規則正しい寝息を立てるその唇に軽くキスを落とした。 「ご苦労さんでした。お休みなさい,sir」 すると水野は口元に笑みを刻んで、何か口の中で呟いた様だったが、それは佐藤には分からなかった。 今晩はソファで寝ようと、余っている毛布をクローゼットから引っ張り出して佐藤は寝室を後にする。 ソファにごろりと寝転がって再度ざっしを開いたところで、佐藤は今自分が上司になにをしたのかをやっと自覚した。 「・・・・やば」 我慢のきかなかった自分を情けなく思いつつ、水野が今夜の佐藤のキスを覚えていないことをただ祈った。 そして雑誌で顔を覆いながら、あの無防備さはそろそろ何とかして欲しいと、佐藤は自分でそう仕向けた筈の結果に、悶々とする夜を過ごすハメになった。 佐藤少尉、自爆気味。 水野を手なずけて無防備にしたのは自分なのに、予想を上回る水野の無防備さに自分が辟易してる模様です。 (初出:9月5日/再録:10 月5日) |