軍隊パラレル6


佐藤は、自分の安アパートのキッチンのコンロにフライパンを置き、卵を二つ順に片手でその上に割った。
ジュワっと白身が広がる様を見下ろして黄身が割れなかったことを確かめると、オーブンレンジの中のパンの焼き上がりまでの時間を確認する。
(起こした方がええかな)
本来なら自分の物である筈の寝室で眠っている上司を思い浮かべ、佐藤は踵を返した。
すると、タイミングよくその上司である水野がキッチンへ顔を出す。
「お早うございます中佐、今起こしに行こう思ったんですけど」
「うん・・・はよう、佐藤」
パジャマを着て眠そうな目を擦るその姿は、普段制服姿しか見ていない者にとってはとても新鮮な光景だ。いつもより何歳か年齢が下がって見える無防備な欠伸に、佐藤は昨夜の自分の行動をはたと思い出す。
そして少しばつが悪そうに、欠伸を収めた水野のその唇から目をそらす。
昨夜この上司が眠りに落ちてから、あやす様なキスをした。それは本当に小さな子供にする程度のキスで、キスすらした事も無い童貞でもあるまいし、ここまで動揺する必要など無い筈なのに、佐藤は無闇に罪悪感を駆り立てられた。
それは多分、この上司がどこまでも上司らしくない上司だからだ。
「佐藤少尉」
他ではそうでもないのに、自分に対しては無防備すぎる。今までならそれを有り難がって据え膳とばかりに頂いてきたが、いかんせん腐っても上司。今も含めてこの無防備さはこちらの方が焦ってしまうほどだ。
「はい?」
しかし佐藤は内心の葛藤などおくびにも出さず、眠そうに目を瞬かせる水野に朝に似合いの笑みを浮かべる。
「もう飯できますんで、座って待っとってくださ・・・い?」
小さなダイニングテーブルを指して座っていてくれと言いかけた佐藤の口は、突然水野のそれで塞がれた。
全くの予想外の出来事に瞠目して固まる佐藤を他所に、一瞬触れただけで水野の唇は離れていった。
そして水野は何事も無かったかのように、佐藤が指したままで固まった指の先の椅子に腰掛けた。
「ちゅ、中佐・・・??」
さすがにこれは動揺を隠し切れない佐藤が、今のはどういうことだと珍しく困惑しながら水野を見ると、水野は佐藤の困惑が理解できないと言うように首を傾げ、
「何だ?お前昨夜キスしてくれただろう?椎名大佐が昔、キスをされたらお返しを返すものだって言っていたからな」
礼儀には煩いんだとどこか誇らしげに胸を張る上司に、佐藤は、昨夜あの時起きていたんですかと尋ねるべきか、じゃああんたはキスをくれた相手には問答無用で返すんですかと尋ねるべきか咄嗟に判断できずに、ただ言葉を失った。
「佐藤?」
どうした?と全く佐藤の心情を解さない水野の言葉と被る様にして、佐藤の背後ではオーブンレンジがパンの焼けたことを知らせるチン、という軽い音を立てた。
今日もまた晴れ渡りそうな窓の外を視界の端に映しながら、佐藤は今日南部の椎名大佐に電話してみなければならないと、硬く心に決めた。


5の翌日、水野天然も大概にしろよーー??(笑。
椎名があること無いこと水野に教え込んでたら萌えます。

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(初出:9月8日/再録:10月5日)