吸血鬼シゲパラレル2 「日蝕」


日本の夜が、真の闇を忘れて久しい。
日光の射さなくなった室内に月光だけが立ち込めるなんてことは街中では殆ど無くなり、今も電気を落とした室内には外灯の明かりが差し込んで、シゲは己の変化を指の先までつぶさに見ることが出来た。
とはいっても、たとえこの部屋が真の闇に閉ざされたところで、今のシゲには何の支障も無い筈だったが。
指先は血で濡れている。膝を付いた床には猫の遺骸が転がっている。口の周りがねとつき、そこには細かな毛が付着している。
「シゲ?」
廊下から家主の竜也の声がシゲを呼び、シゲはびくりと肩を揺らして血の張り付いた指から視線を扉に移す。
「電気もつけないで何して・・・」
部屋の奥に蹲るシゲの姿を確認し、壁の電気スイッチに手を伸ばした竜也は、闇の中で爛々と光る二つの目玉にぎょっと息を呑んだ。
そして鼻を突く血の匂いに眉をしかめた。
「シゲ・・お前・・・」
竜也が意味のある言葉を紡げたのはそこまでだった。
ダン!!
シゲが大きな音を立てて床を跳躍し、そのぬるついた手で竜也の首を壁に縫い付けたのだ。
「・・・ぐっ!」
つい数時間前の夕食の時間までは丸かった筈のシゲの爪が、針の様な鋭さでギリギリと竜也の首を締め上げる。
「水野!?・・佐藤!」
竜也が壁に叩きつけられた音を聞きつけて藤代が飛び込んできたが、シゲが竜也の首を締め上げたまま牙を剥き出しにして藤代を威嚇した。
その目は瞳孔が開ききり、顔に血の気は無く真っ青。犬歯は異常に伸びて尖っている。
「さと・・」
「ぅぐっ・・」
近付こうとした藤代に、シゲは水野の首を締め付ける手に力を込めて見せた。咄嗟に足を止めた藤代に、シゲは楽しそうに笑う。
そして竜也の傷付いて血を滲ませる首筋を見て、嬉しそうに唇を舐めたその舌は、毒々しいまでに赤い色。
それは紛う事無き吸血鬼の姿。
苦しげに呻く水野の首筋にその舌を這わせ、頚動脈に牙を歯を立てる。
「佐藤!!」
藤代の声が聞こえたのか、シゲは牙を浅く突き立てたところでぴたりと動きを止めた。そして、声を絞り出す様に呻いた。
「逃げぇ・・」
水野は咄嗟に腰に差していた小銃を抜いた。
ガウンガウンガウン!!
続けて三発、シゲの脇腹目掛けて発砲するが、シゲは一発目で跳び退いて高く跳躍した為、当たったのは最初の一発だけだった。
「・・・・シゲ」
弾を受けた脇腹を押さえながら、シゲは竜也を憎悪を宿して光る瞳で見据える。
しかし竜也が硝煙を上げる小銃を下ろして静かに呼びかけると、シゲの口元が苦しげに歪んだ。
ガシャーン!
身を翻したシゲは、窓ガラスを突き破って夜空の下へ飛び出した。
「シゲ!」
窓際に駆け寄った竜也が見たのは、脇腹から滴る血の跡を転々と残し、闇夜に駆ける金糸の残像だけだった。


シゲ、暴走。竜也、躊躇無く攻撃。
それが書きたかったんですよ。

(初出2004,9,19/再録2004,9,28)



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