スイッチ―3


「ごめん」
聞こえたのはそれだけだった。他にも何か言うかと思い聞き耳を立ててみるが、耳に届くのは風の音だけで水野が何か言った様子は伝わってこなかった。
(何や、つまらん)
ごろりと体勢を腹這いに直しそっと覗いてみると、水野は俯き加減の女子生徒の後頭部をじっと見詰めているだけだった。
「・・・分かった・・・」
水野が何も言ってはくれないことを悟ったのか、震えないように押えた故に余計に震えてしまった声でそう告げて、女子生徒は顔を上げないままその場を立ち去った。
水野は彼女に一瞥も与えず、彼女の足音が遠ざかると同時に踵を返す。
「よ、色男」
歩き出した水野の背後からシゲが声をかけると、水野は無防備に驚いた表情をさらした後、見る間に渋面を向けてきた。
「付き合うてみればええのに。案外好きになれるかもしらんやん」
水野のしかめ面をとりあえず気にしない事にしてシゲが軽口を叩くと、水野はそのまま前に向き直って歩き出す。
「無理だ」
小さく呟いた声が、風に運ばれてきた。
「何で?」
互いが元から好き合ってて付き合い始めるよりも、最初はどちらかから言って付き合ってみたら好きになれたというケースの方が珍しくは無いだろうに。
首を捻りながら水野の後に付いてシゲも歩き出すと、付いてくるなと言う様に睨まれたので、肩をすくめて教室はこっちだと応えておいた。
水野は嫌そうに鼻を鳴らすと、視線を前に戻す。そして、ぽつりと、
「きつい」
何に対しての言葉なのかシゲが一瞬計りかねていると、独り言の様に小さな言葉が、風によってかろうじてシゲの耳に滑り込む。
「好きでいてくれるのに、同じだけ返せない」
その言葉にシゲはきょとんと目を見張る。
水野はそのままシゲの答えなど期待して無いかの様に続けた。
「待たせてるって思う、絶対」
シゲが水野の隣に回りこんでその顔を覗き込めば、予想に反して水野の表情はさほど崩れていなかった。もっと辛そうかと思ったのに。かと言って、嬉しそうでもなかったが。
「何だよ」
「んー・・・別に・・・」
言いながら、今度はシゲから視線を反らす。
今、不覚にも気付いてしまった。
どれだけ可愛い女子生徒に告白されてもすげなく断る、冷たい男(一部の女子は”サッカー馬鹿”と言っている)という噂だったのだが、そうでも無いのだと。そして、間近で見たその表情は、もてることを鼻にかけたすかした男(男子談)でも無かった。
それに気付いたから、視線を逸らした。何だか胸の奥がうずうずしてくる。
「・・・やったら、たつぼんが付き合うんは、ほんまに自分から好きになった子ぉなんやね」
緩む口元にさらに笑みを浮かばせて水野に視線を戻せば、水野は怪訝そうに
「・・・はあ?」
とだけ言った。
やけに嬉しそうなシゲの表情の理由が分からなくて、水野は困惑したようだった。


私も困惑気味です・・・。これ、一度消しちゃって、書き直したら微妙に変った・・あれ?
3だけど、時期的にはこれが最初かなぁとか。
竜也の恋愛観はどっかで見たぞとお思いの方、あなたはとまそん通です!・・や、だから人生が楽しくなるわけはないですが(無意味)

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(初出2004,7,21/再録2004,8,30)