月虹 後輩や先輩に見られるとさすがに体裁が悪いので、準太は校門からは見えない位置の木の影に寄りかかっていた。そこから校門を抜けていく部のメンバーを見送りながら、その中にいつまでも金茶の髪が見えてこないことに焦れてくる。 いつもならば早足で駆けて来て、校門で立ち止まって慌てた様子で辺りを見回すのに。準太の背中が見えないかと必死で首を伸ばす彼の背中から、蹴りを入れて気付かせてやるのが楽しいのに。 (何やってやがんだ、あのアホ) このエースを待たせるとは良い度胸だと、言いがかりを付けて寄りかかっていた背中を離して地面に置いておいた鞄を持ち上げる。数えている内に部員が全員去ってしまった校門に背を向けて、出てきたはずの部室に向けて歩き出す。 ちんたら着替えているか、グラウンドに忘れ物でもしたのか。何故自分が迎えに行くようなことをしなければならないのだと舌打しつつ、準太は乱暴に地面を蹴る。 「準太?どうした」 部室棟へあと数メートルというところで声をかけられ、振り返る前から相手が分かった準太は無意識に笑みを浮かべる。 「和サン、監督の用事終ったんすか」 部活の後彼が監督に呼び出しをくらってしまったので、準太としては部室に残る理由が無かった。利央を待つ為に残るというのは、どうにもプライドが許さなかった。 「あぁ、部室閉めてから帰らないとな」 それでも結局は校門で待ち伏せるような形の後引き返してしまった自分にどうにも苛立ちを感じていた準太だったが、そのおかげで和己が戻ってくるタイミングになったと思えばただ嬉しい。やはり自分たちは息の合った最高のバッテリーだと、胸中でこっそり自画自賛する。 「お前は、忘れ物でもしたのか?利央はどうした?」 和己は準太の側には必ず利央がくっついていると思っているらしく、背後に目をやって首を傾げる。そう毎回つるんでいるわけではないのだが、事あるごとにあの後輩が準太に纏わり付くのはもう常のことだったので、和己の中ではワンセットの様に思われているらしい。 「えと、ちょっとまぁ・・・。利央の奴は、まだ部室じゃないすかね」 あんなアホな後輩とコンビの様に思われるのは嫌なのだが、現に今その後輩を迎えに戻るようなことをしてしまっている手前何とも言えず、準太は言葉を濁す。 そして自分がこんな風に和巳に対してはっきりとした言葉を発せられないのも、さっさと出てこなかった利央が悪いと思い直し、準太は胸中で能天気な笑い顔を思い浮かべて絶対一発殴ってやろうと決心する。 「慎吾もまだいるみたいだしなぁ、二人で何してんだか」 そう言えば、彼も校門には現れなかった。ということは、利央は慎吾と話し込んでもいるのだろうか。 準太の眉間に、一瞬皺が寄った。それを見た和己は彼に気付かれない様、そっと苦笑する。本人は無意識なのだろうが、準太は利央を煩がっている割に彼が他の誰かに懐くと面白く無さそうにする。 利央を可愛がっても準太が不機嫌にならないのは、今のところ和己だけだ。しかしその場合、準太の怒りの対象は利央に向かう。準太は時折和己自身が照れてしまうくらい、和己を尊敬してくれている。だから利央が彼に指導されていると、自分との練習が減ると言って利央を邪険にする。 けれどそういう準太自身、利央の実力は買っているはずだ。何だかんだと言って投球練習でも組むし、心底彼を遠ざけようとはしていない。 普段は邪険にしてはいるが、その実彼は誰よりも利央を可愛がっているのだ。その可愛がり方は時に過激で常に捻れているので分かり難いが、長い付き合いの和己にはよく分かった。 覚えが悪い理解力が無いと言いながら、利央のテスト勉強を見てやるのも準太だし、朝早い試合の時などに怒鳴り声と共にモーニングコールをするのも、準太なのだ。利央が高等部に上がるのを心待ちにしていたのも、ベンチ入りすることを応援していたのも、準太だ。利央自身には、全くそんな素振りは見せないけれど。 (素直じゃないからなぁ、ウチのエースは) それとももしかしたら、当人は無自覚なのかもしれない。それを考えると和己の頬には、自然と笑みが浮かんでしまう。 「どうかしたんすか?」 一瞬だけ浮いた眉間の皺は、和巳に顔を向けた瞬間には消えていて、何でもないと和己は返す。 「慎吾が、利央におかしなこと吹き込んでなきゃいいなと思っただけだ」 悪ふざけが好きな親友を思い浮かべながらそう言うと、準太はそうですねと答えてちらりと部室の方を見る。最近、何かと二人の仲が良いことに当然和己も準太も気付いている。 いつの間にかある一定の距離を保っていた筈の二人は親しくなっていて、そんな機会があったことを知らない和己と準太はどこか置いて行かれた気になっていた。特に、準太は。 和己は特に慎吾とだけ仲が良い訳ではないし、主将として部員同士が仲良くなってくれることは素直に嬉しいことだと思う。何でも知っていたはずの後輩に自分の知らない部分が出てくるのは寂しいことだが、彼が慎吾といることが楽しいのなら、交流の輪が広がっていいと思う。 「そっすね」 あっさり答えた割に声が硬い準太にとっては、しかしそうではないらしい。普段の利央に何か変わったことが起きているわけではないけれど、無邪気そうに見えて結構な人見知りである利央が、和己や準太と同じ様なレベルで慎吾に懐きだしたのが面白くないらしい。最近の慎吾に対する準太の目が、時々鋭い。 勿論だからと言って慎吾に敵対するとか、そういう子供っぽい態度に出るわけではない。ただ利央に対する捻れた態度が顕著になってきて、和己としては何だか微笑ましくて堪らないのだ。 多分こんな話をすれば、慎吾には心底呆れた声で性格が悪いと言われるだろう。 「ちゃんと見ててやれよー、利央がおかしな道に走らないようにな」 「オレは利央の保護者じゃないっすよ」 和サンまで何を言うんだと不貞腐れたように視線を逸らした準太の横顔は、それでもどこか誇らしげにも嬉しそうにも見えた。 . 月虹(げっこう)、月光で生じる白色の虹。 準サンは、無意識で独占欲。和サンは素で腹黒い(笑。大所帯をまとめる主将が、人の良さだけでやっていけると思うなよ!!(何様。 |