利央の頭は、回転の速い方ではない。 それは常日頃から、野球部の先輩である準太がからかい混じりに言っていることだった。それについて利央は毎度強く反論していたが、あの時に限ってはそのとおりだったと言わざるを得ないだろう。 あの時彼は本当に唐突に、いつものように利央をからかい尽くした後で言ってのけた。 『オレ、お前のこと好きなんだけど』 いつもより数倍ぶっきらぼうな物言いに、利央は自分の目が見開かれるのを自覚した。 『付き合って』 有り得ないとまず思い、次に新手のいたずらだと思った。ここで真面目に返事をしたら、途端に彼は態度を翻してこちらを馬鹿にしてくるのだろうと身構えた。 『あー、と・・・駄目か?』 けれど、いつまでも返事をしない自分を窺うように見てきた準太の目元が赤く染まっているのを見て、利央は自分も顔が赤くなるのを感じた。 『・・・準サン、もしかしてホンキ?』 本当に、彼が自分を好きだなんてことがあるのだろうか。カラカラに乾いた喉でそう尋ねると、彼は照れを隠すように笑った。 『ギャグで言うほど悪趣味じゃねぇよ』 自分とは全く違うその黒い髪も瞳も、綺麗だと思っていた。その投球姿に憧れて、彼をリードできるキャッチャーになりたいと願って。からかいながらも可愛がってくれているのは正直嬉しかったし、乱暴に頭を撫でる指も好きだと思った。 まさかそれが、付き合う付き合わないなんて話になるとは全くの予想外だったけれど、彼がこんな表情をしながらこんなことを言う相手が、自分以外だったらきっと嫌だ。 準太と抱き合うところなんて想像もできなかったし、余り気持ちの良いものだとも思えなかったが、ここで自分が断ったら、彼は二度と自分の頭を撫でてくれないだろうと考えると、利央は殆ど衝動的に頷いていた。 『うん・・・。付き、合う』 それだけ。自分も好きだとは言えなかった。彼の言う好きと自分の言う好きは、違うのだろうということは分かっていたから。 しかし準太はそれを聞いて、嬉しそうに破顔した。試合に勝った時のテンションの高い喜びではなくて、何かを噛み締めるように声は上げずに笑った。 それを見て、利央の鼓動が跳ねた。やはりこの人は綺麗だと、改めて思った。 けれど、あの時やはり断るべきだったと今更ながら後悔している。 現実逃避のついでに、2人が付き合うことになった日のことを思い起こしながら利央は両腕を突っ張っていた。 「りーおー、てめ、いつまで抵抗する気だよ」 目の前では準太が利央の両手首を掴みながら、満面の笑みを浮かべている。しかし目だけは笑っていないので、その表情はすこぶる怖い。 「だって準サン、抵抗しなかったら何する気!?」 「あ?ナニって、セックス」 「できるかァ!」 抵抗する腕を頭上にジリジリと持ち上げられて、利央はベッドを背に準太と睨み合う。 付き合い始めてからこちら、彼としたのはキスだけだ。しかも、触れ合うだけのキス。そのことに準太が焦れているのは感じていたし、最近は隙を見てはこうして先に進もうとされるけれど、利央はその度に思わず抵抗してしまう。 「お前さァ、オレと付き合ってんだよな?」 準太が呆れを滲ませた声で、利央のハシバミ色の瞳を覗き込む。黒曜石の様に真っ黒な彼の瞳に、淡い色の瞳が揺れた。 「う・・・・ハイ・・」 準太は利央の唇にいつものように軽く口付けると、そうだよなぁと呟きながら頬にもキスをした。 宥めるようなそのキスに、利央の腕の強張りがほどけていく。手首を掴んでいた準太の手が利央の掌を撫でて、シーツに投げ出されるようにした利央の指に彼の長い指が絡んだ。 「準、サ・・」 キスは嫌いじゃなかった。他人の柔らかな唇に触れるのも触れられるのも嫌ではない。絡め取られた指先が、準太の指を握り返す。空いた手はそろりと床に下りて、その肩を準太が抱いた。 肩に置かれた手は徐々に上がっていって、利央の柔らかな金茶の髪をかき回す。瞼に落とされるキスが、チュ、と軽い音を立てて利央はうっとりと目を開けた。 こうやって、準太に身体の表面を愛撫されることには、思っていたよりも嫌悪感は抱かなかった。普段は遠慮なく叩いてきたりするその手が、優しく丁寧に唇を辿り顎を撫でていくのは気持ち良いと感じた。 しかし、その手が裾を割って上ろうとするともう駄目だった。 「準サン・・!」 床に下ろしていた手で、咄嗟に忍び込んできた腕を掴んだ。準太の眉にくっきりと不満が刻まれたが、利央は唇を噛み締めて俯いてしまう。 「何で嫌なんだ?」 照れているのではないことくらい、準太にも分かっただろう。自分の顔は赤くなっていないだろうし、寧ろ青いかもしれない。 「利央、何でだ?」 触れても嫌がらないし、キスも初めから受け入れた。だから、利央も準太を好いてくれているのだろうと思っていたのだが、それは初めだけだった。 キスしかできない、しかも可愛らしい表面で触れるだけのキス。それ以上に進もうとするとまるで怯えたように身をすくませる利央に、準太はいい加減不信感を抱いていた。 「怖いのか?」 それならば、少しは待てると思う。自分だけが望んでも意味の無いことだから、利央がそう思えるまで待ちたいとは思う。 しかし利央は、少し躊躇いを見せた後で小さく首を振った。 「じゃあ、なんで」 問われても、利央は即座には答えられなかった。 怖いとは思わない、ただ、それ以上進んではいけないという焦りがある。これはきっと、罪悪感だ。準太と同じ思いを返せないことへの罪悪感。こんなものを抱えたまま、先になんて進めない。 自分とは全く違うその黒い髪も瞳も、綺麗だと思っていた。その投球姿に憧れて、彼をリードできるキャッチャーになりたいと願って。からかいながらも可愛がってくれているのは正直嬉しかったし、乱暴に頭を撫でる指も好きだと思った。 けれど、それだけだから。 「利央」 苛立つように呼ばれた声に、これ以上は無理だと思った。肩を掴んでくるこの手を、失いたくは無かったけれど。 「オレ、ね、準サン」 酷く傷つけるだろうことは分かっていた。最初に断るよりも、一度承諾してからのこの告白に、彼は自分を許さないだろうことは頭の回転が遅い自分にも容易に想像できた。 「・・・・・・・は?」 小さく告げた真実に、準太の瞳が凍るのを見た。その冷たさに利央の目頭は熱くなったが、涙を流せば卑怯だとそれを堪えた。 「ふざけんな」 「ごめん」 ガンッと鋭い音が鼓膜を震わせて、利央は肩を揺らす。準太が、その右拳をローテーブルに叩き付けた音だった。 「お前、最悪」 立ち上がる気配に顔は上げなかった。項垂れたままで階段を下りていく足音を聞き、母親に暇を告げている声に唇を噛み締めて、重く閉じた玄関の音に震えた息が漏れた。 準太は硬いコンクリートを蹴りつけるようにして歩きながら、強く奥歯を噛み締めていた。 腹の中が煮えくり返るとは、こういうことを言うのだろうと思う。今聞いた後輩の告白が耳に蘇って、一発くらい殴ってくれば良かったと後悔する。 『恋愛感情で、準サンを好きじゃないんだ』 ただの憧れだったと、だからキスは出来てもその先は無理だと言った。 「ふざけんな」 耐え切れず声に出して、声が震えていることに舌打ちした。 あの後輩のことが、好きだと自覚したのは大分前だ。柔らかい金茶の髪に目を奪われて、くるくる変わる表情が可愛くて苛めていた。そしてそれが、やや捩れてはいるが自分なりの愛情表現なのだと気付いてから、伝えるまで悩まなかったとは言わない。 彼が自分をそういう目では見ていないだろうとは、予想していた。ただ先輩に懐いているだけだと、自覚していた。それでも、もしかしたらという気はあった。他の先輩達に対してと、自分に対してはどこか違うのではないかと思わせる雰囲気が確かにあると感じた。 今思えばそれは、単なる自分の願望でしかなかったと判明したが。 それでもその時には自分のその直感を信じて、思い切って伝えた時に是の答えを得られた時には心底嬉しかった。きっと利央が後輩でなければ、その場にしゃがみこんでいただろう。 それが、全部1人相撲だったとは。 最初に断ってくれた方がマシだった。傷付かなかったとは言わないけれど、こんな風に惨めな気持ちにはならなかっただろう。落ち込んだ後で、それでも先輩として後輩に接する態度を取ろうと努力できただろう。 それなのに今更。得られたと思っていたものが、全て勘違いだったなんて。 悔しくて腹立たしくて、恥ずかしかった。喜んでいたのは自分だけかと思うと、涙が出そうなくらいに恥ずかしかった。 道行く人が思わず目を止めるくらいの勢いで歩きながら、準太は長く伸びた自分の影を見下ろしながら帰路に着いた。 明日から、どんな顔をして後輩に会えばいいのか分からなかった。 学年が違うと、普段の学校生活では殆ど顔を合わせない。偶に移動教室中の相手を見かけるだけで、それは目を逸らせば存在しないのと同じことになった。 しかし、部活中にはそうもいかない。準太はピッチャーで、利央は控えといえどもキャッチャーなので尚更に。 「ナイピッ」 ミットに収まった球を返しながら利央は棒読みで言葉を発し、準太は無言で球を受け取る。和己が監督に呼ばれている間に準太の相手を頼まれた利央だったが、一刻も早く和己が戻って来ることを願う日がくるとは思わなかった。 いつもなら、たとえ五球だって準太の球を受けられるのは嬉しかったのに。和己が戻ってきてももっともっとと駄々をこねて、準太に百年早いと罵倒されながらミットで叩かれたりして。 「おー、利央、準太。悪かったな」 「和サンっ」 思わず嬉々とした声を上げて立ち上がった利央に、和己は驚いたように目を見開いた。普段なら、もう戻ってきたのかと膨れ面で言うのに。 「どうかしたか?」 喧嘩でもしたのかと問いかけた和己に、利央は下手糞な笑みを張り付かせて首を横に振ると、和己に役目をバトンタッチして急いでその場を離れていった。 「何かあったのか?」 マウンドに近付いて準太に尋ねてみたが、彼もまた器用とは言えない笑みを浮かべて否定するだけだった。 その様に何かがあったことは明白だったけれど、部活中に無理に問いただすわけにも行かないので、和己はミットで準太の肩を軽く叩くだけに留めた。 瞬間、準太が何かを堪えるように唇を噛み締めたが、見なかった振りをして和己は踵を返した。 着替えを終えた準太は、部誌を書いている和己を待ってパラパラと雑誌を捲っていた。上級生が数名帰ったところで整備をしていた一年生が戻ってきて、黒髪の中に金茶の髪は嫌でも目に付いてわざと雑誌を立てたりした。 「つっかれたー」 「りお、なんかボーッとしてねぇ?」 「え、別に!?」 耳を閉じるわけにはいかなくて、飛び込んでくる会話に苛々とページを捲る。 今日は一度も会話を交わしていない、それどころか目も合わせていない。いつもなら部室に入ってきた瞬間、準太が残っていることに嬉しそうに破顔するくせに、今日はわざとらしくロッカーにだけ目を向けて入ってきた。 しかしそれもまた、慕っている先輩もしくは仲の良い友達と共に帰れるということに対する笑みだったのだろう。好きな人がまだ居てくれたという意味での笑みでは無かった。 昨日から何度も味わった痛みがまた競りあがってきて、準太は思わず乱暴に雑誌を机の上に倒した。 その音に驚いたように振り返った同学年の友達が、準太の手元を覗き込んでくる。 「あ、オレこのグラビアアイドル好き」 そのページは、丁度グラビアアイドルが見開きで出ているところだった。その声につられた数名が同じ様に覗き込んできて、好き勝手に笑い合う。 「マジでー?胸だけじゃん」 「胸がいいんだよ」 「もろオカズ発言な」 「うるせー」 全く興味の無い会話だったが盛り上がっている手前ページを捲れなくなり、準太はただぼんやりと胸の谷間が強調された水着を着たアイドルを眺めていた。 染められた茶色い髪がわざとらしい。柔らかな身体の線が、むっちりとした弾力を伴なっていそうでそそられない。何より胸についている乳が、大きすぎて何かゴムマリが付いているように思えた。 (あーあ、オレ終わってる) 昔はこういうページが楽しみだったし、人並みにアダルトビデオも見たしエロ本も読んだ。今だって多分、見ればそれなりに反応するだろう。 でも今日は無理だった。どうしても、視界の端に映る金茶の髪が気になってしまう。 「準太、お前の好みってどんなんよ」 いつの間にか、好みの女性のタイプに発展していたらしい会話を振られ、準太は思わず特に考えもなしに呟いた。 「ちゃんとオレのこと好きでいてくれる子」 準太は用が無くなったらしいページを捲りながら、目を上げずに淡々と続けた。 「ピッチャーだとか何だとかで憧れてましたなんて曖昧なんじゃなくて、ちゃんとオレのこと好きだって確信持って言ってくれる子」 欲しいのはその気持ちだけだった。憧れも尊敬も、無用だとは言わないが欲したのはそれではなかった。ただ好きだと、自分と同じ意味合いで、触れたい抱き締めたいと思ってくれればそれで良かったのに。 「贅沢だなぁ、お前。いいじゃん、憧れてましたなんて言ってくれる子、可愛いって」 相手を何とも思ってないのなら、そこから可愛いが愛しいに発展して、相手もそうなるかもしれない。でも、最初からこちらが相手に思いを寄せている場合、一度受け入れてもらった後で、ただの憧れなんです性的なものなんて考えてもみなかったんですなんて言われたら、どれだけ凹むと思ってるのか。 しかしこの場でそんなことを口に出しては言えなかったので、準太は相手をちらりと一瞥するだけに留めておいた。 「お疲れ様っした!」 その時会話に割り込むようにして利央の声が響き、気軽に返事をしている友達に紛れて顔を上げると、利央は即座に目を逸らして部室を出て行った。 彼には、自分の言った意味が分かっただろう。厭味だったろうなと他人事のように思い、だからどうだと開き直って準太は雑誌に目を戻した。 その内、友達も次々に帰り出して部室には部誌を書いている和己のシャープペンの音だけが残る。 「で、何があったんだ?」 その和己の言葉に弾かれたように顔を上げると、向かいの席で彼は手を止めて準太を見て苦笑していた。 「喧嘩でもしたのか?一緒に帰らないなんて、珍しいじゃないか」 「別に、いつもオレは和サンを待ってるんであって、あいつを待ってるわけじゃないっすよ」 それはそのとおりで、元々和己を待っていた準太に、一緒に帰ろうと強請って利央が加わっていたのだ。しかし、彼が加わったことを喜んだのはきっと準太の方だった。 「それにしたって、今日は一度も喋ってなかったし、目も合わせたくないって感じだったな?」 さすが主将、良く見ている。それでなくても和己は、準太と利央を特に可愛がっている節がある。バッテリーを組むパートナーであり、己の次を担ってくれる後輩だから。 「利央が、馬鹿なんスよ。今更、オレのことは好きじゃなかったって言い出して」 和己は思わず、えっ、と短く声を上げた。 準太が利央のことを好きだということは、大分前から知っていた。というよりは、本人より先に気付いていたと自負している。そうでなければ、きっとこの後輩は自分の思いを己に白状したりしなかっただろう。 「ただの、憧れだったって。だから、白紙に戻してくれって言ったんスよ」 頬杖をつきながら雑誌を捲り、くぐもった声で今更、と呟いた準太の瞳は前髪が下りてしまっていて見えなかった。 嫌いだと言われるよりもキツかっただろうなと想像して、和己は何と言ったらいいのか分からなくなった。利央が準太を好きでない筈が無い。けれど、それは確かに言われてみると恋情とは違ったものだったかもしれない。 「さっさと、言えば良かったんスよ。それを今更・・・オレ1人で馬鹿みたいじゃないスか」 利央と付き合うことになったとは、はっきり報告されたことはない。昔から2人を知っている先輩である自分に報告するには、聊か恥ずかしさもあったのだろう。それでも、何となく利央が準太を受け入れたなというのは分かっていた。 嬉しそうに、愛しそうに笑っていた準太を思い出すと、表情の窺えない単調な口調は一層痛々しく聞こえた。 どう声をかけたらいいのかと思案していた和己の隣で、不意に声が上がった。 「そんでさっき、好みの女は自分を好きでいてくれる子なんて言ったわけか」 ぎょっと固まる準太の目の前で、思いもよらない人物が身体を起こしていた。 「慎吾サン!?何であんたがそこに!」 「和に、帰りに本借りる約束してんだよ」 全く悪びれずに答えた島崎慎吾は、どうやら和己の隣の椅子を数個並べて、その上に横になっていたらしい。和己と向かい合わせに座っていた準太からは全くの死角になっていた。 「和サン、何で教えてくんないんすスか!」 よりによって、物事を面白おかしくすることに最大の努力を注ぐこの先輩に聞かれるとは。軽くパニックに陥った勢いで、いつもの準太ならば考えられないことに和己に対して非難の声を上げていた。 「悪い、忘れてた」 どちらに対しての謝罪かは分からなかったが、とりあえずその答えで2人は一気に脱力した。 「まぁ、いいや・・・。そんで準太、お前どうすんの」 立ち直りが早かったのは慎吾だった。いつも何だか眠そうな目をしているこの先輩が、実のところ鋭い指摘をしてくる人だということは準太も知っている。 「どうって・・・」 思わず背筋を正して向かい合った準太に、彼は欠伸を噛み殺しながら間延びした声を出した。 「しゃあないわなぁ、利央がお前を先輩としてしか見れませんてのは。それをズルズル引き伸ばしてたのはあいつの馬鹿さだけどよ、でもだからってこのまま無視してくわけにもいかねぇだろ。一応、未来のバッテリー候補なんだし?」 「分かってますよ、近いうちに元通りにするようにしますよ」 ただ、昨日の今日で普段通りには帰れなかった。それくらい仕方ないだろうと思う。 声に拗ねた色が滲んでいたのか、慎吾はおかしそうに口角を上げて椅子に片足を掛けて膝を抱えた。窮屈そうに身体を丸める彼に、和己が嘆息する。 「ま、お前らの問題だしな。俺らがどうこう言える話でもないだろ、なぁ和」 できれば何かアドバイスをしてやりたいと思っていた和己は、慎吾の台詞に曖昧に応えた。しかし考えてみれば、ただの喧嘩ではない2人に向かって自分が言える言葉は無さそうにも思える。主将としても先輩としても、ちょっと口出しのしにくい問題であることは確かだ。 「・・・・そうだな。でも、準太。話だけなら聞いてやれるからな」 吐き出すことで楽になることもあるだろうと微笑まれ、準太は耳が熱くなった。こんな風に心配してくれる人がいることは、ありがたいと思う。ただ、長年知り合いの和己にだからこそ、この手の話はしにくいところがある。照れくさいのだ、単純に。 「ありがとうございます、和サン」 それでもその言葉が嬉しかったので、準太は素直に礼を言う。そして椅子から下りて、床に置いてあった鞄を取り上げる。 「オレ、帰ります。お疲れ様っした」 本当は和己と帰ろうと思っていたが、慎吾がいるのなら話は別だ。嫌いではない、寧ろ彼の話は面白いと思うが、今はちょっと色々からかわれそうで怖い。 「おー、気をつけてなー」 引き止められるかと思ったが、慎吾はあっさりと準太を見送ってくれてほっとした。 「また明日な」 「ッス」 ぺこりと会釈を残して部室を後にした後輩を見送りながら、慎吾はぼそりと呟いた。 「でもなぁ、利央の場合、ちょーっと違う気がすんだよなぁ・・・・」 それを聞いた和己が何のことだと怪訝そうに首を傾げたが、彼はただ口元に笑みを浮かべただけだった。 |