久しぶりに1人で歩く帰り道を、利央は1人で黙々と歩く。 部室で聞いた準太の言葉が耳に刺さって、胸が苦しくなった。 『憧れてましたなんて曖昧なんじゃなくて、ちゃんとオレのこと好きだって確信持って言ってくれる子』 あれは明らかに自分への言葉だった。ただの憧れで、恋愛感情で見たことが無かったと言ったのはつい昨日で、それについて彼がまだ怒っていても当たり前だとは思う。 (でも、あんな厭味みたいに言わなくても・・・っ) 唇を噛んだ痛みに、利央は目頭が熱くなる。 今日は一度も目を合わせてくれなかったし、会話もしなかった。昨日の今日だから仕方ないのだとは思うけれど、もしこのままだったらどうしようかと瞳に涙の膜が張られるのが分かった。 意地悪げに口端を上げて名前を呼んでくれなくなったら、乱暴な仕草で頭を掻き混ぜてくれなくなったら、試験前に散々悪態をつきながらも面倒を見てくれた優しい先輩としての準太も、もういなくなるかもしれない。 じわりと、視界が滲む。それと同時に準太の声が思い起こされた。 『お前ってよく泣くのな。その顔見てっと、苛めたくなんだよ』 例え泣かされても、あんな風に笑いかけてくれる方がマシだ。今日のあの、淡々とした平坦な声を聞かされる方が辛い。 彼を好きになれなかったのが悪かったのだろうか。あのまま準太が誤解しているに任せて、ズルズルと進んでしまった方が幸せだったのだろうか。 (でも、多分無理だし・・・っ) 準太のことを恋愛感情で見ていないのだから、それはどうしても無理だったろう。それならばこの様な結果になってしまったのは、諦めるしかないのだろうか。 せめて最初にきちんと伝えていれば、まだ準太もあそこまで硬化しなかったのかもしれない。 (オレの馬鹿・・・) 結局は自分が悪いのいかもしれないと鼻を啜りながら、利央はそれでも空腹を訴えてきた己の腹の図太さに少し笑った。 晴れて気持ちの良い日には、利央は外で食べるのが好きだった。けれど、朝練でも準太に無視をされた状態ではそんな気分にはならなくて教室で食べていると、クラスメイトの何人かに何かあったのかと心配された。 ありがたいがそれもまた鬱陶しくて、利央は早々に弁当を平らげると席を立った。 屋上にでも出て、昼休みの間寝てしまおうと思い教室を出ようとしたところで、クラスメイトの女子に声をかけられた。 「なに」 割と誰とでも男女の区別無く話すことの出来る利央は、クラスの女子の間でも評判は悪くない。偶に遊びに誘われるくらいには親しくしているその子は、今時の女子高生らしく茶色く染めた髪に膝上ギリギリのスカート丈をしながら、強張った声音でぎこちなく笑った。 「あのね、ちょっと話があるんだけど屋上に行かない?」 屋上に行かなければならない話とは一体何だと怪訝そうに眉根を寄せた利央だったが、元々そこに行くつもりだったので特に自分の予定に支障がないのならと頷いた。 屋上に行くまでの短い間、その子が茶色くカールした髪を揺らしながら必死で何か話しかけてきていたが、満腹で既に眠気を催している利央は適当に相槌を返すだけで精一杯だった。ただ、ぼんやりとした頭で、彼女の茶色い髪はあからさまに校則違反だろうなぁと考えただけだった。 廊下ですれ違う人たちの何人かが興味深げに向けてきた視線にも無頓着に、利央は先立って屋上への階段を上る。 危険だからという理由で本来ならば立ち入り禁止の筈のそこは、何度鍵を掛けても壊されるので、既に教師達も口頭で注意するだけになっていた。 「悪いけど、今野球のことしか考えてないから」 何の躊躇いもなく開いた扉の向こうからよく知った声が聞こえてきて、利央はつま先を見つめていた視線を上げた。 屋上に出て数メートル先のところでは、風に黒髪をなびかせた男子生徒とスカートと髪を押さえながら対峙している女生徒がいた。 「準サン」 思わず声を上げてから、そこは自分が声を挟む場では無かったことに気付く。明らかにそれは告白が断られたシーンで、呼ばれて振り向いた準太と目が合った瞬間に利央は慌てふためいて口を閉じた。 彼は利央と、その背後の女生徒を一瞥しただけで目を逸らし、髪を押さえたまま俯いたままの子にごめんと一言謝罪を残して踵を返した。 出入り口にいるのだから当然だが、近付いてくる準太に緊張して固まった利央の傍らを彼は一言も無しに通り過ぎた。 「先輩?」 そっと様子を窺っていた連れが囁いて、利央はその背中を見送りながら頷いた。 そして屋上に目を移し残された女生徒が無表情でこちらに歩いてくるのを見て、利央は慌てて自分は屋上に出て道を空けた。 擦れ違う際に、肌にピリッとした痛みの様なものを感じたが、それはきっと彼女が押し殺した感情だったのだろう。 彼女が扉を静かに閉じた音を聞きながら、利央はそこにきて初めて、もしかしたら自分も告白目的で連れてこられたのかという可能性に気付いた。 そしてそれは、当たりだった。 思わぬハプニングだったねと笑いながら目元を赤く染めた彼女は、そのままの勢いで好きなんだけどと言ってきた。 「利央が野球にしか興味ないってのは何となく知ってるし、休みも殆ど無いのも分かってるけど。でも、付き合ってみれば好きになれるかもしれないし、時間無くても一緒に帰ったり位はできると思うし、だから、嫌いじゃなければ付き合って欲しいんだけど」 準太の断り文句を思い出したのか、先に”部活が忙しい””時間が無い”などの断り文句を封じてしまおうとでも思っているかのように、彼女は一気にまくしたてた。 まさにそういう理由で断ろうと思っていた利央は、言葉に詰まって彼女を見つめた。 綺麗に化粧されている顔も、彼女自身のノリも嫌いではない。いい奴だと思うし、可愛いんだろうなとも思う。短いスカートから覗く脚も、つい目が行ってしまう位に綺麗だとも。 「嫌いじゃ、ないよ」 それは本音だ。嫌いではない、けれど、言われた瞬間に少し輝いた彼女の表情を保ってあげられる返事は返せない。 「でも、ごめん。そういう風に見たことないし、付き合ってみてからとかオレ無理だから」 付き合ってみて、やっぱりごめんなさいをした後の苦しさを知っている。嫌いじゃないからこそ、互いに苦しい。 目の裏につい今しがた擦れ違った人物を思い浮かべて、利央は唇を噛んだ。 「そ・・か、うん、そか、じゃあ、仕方ないね」 そう言って笑ってくれた彼女は、優しくて強いと思った。 これからもクラスメイトとしてよろしく!と笑いながら身を翻した彼女を見送って、利央はもう一度口の中で謝罪を呟いた。 ごめんなさい、あの時もこうすれば良かったんだ。 きっと彼もまた、優しくて強い対応をしてくれたに違いない。断ったら、先輩としてもう可愛がってくれないんじゃないかなんて、疑わなければ良かった。ただ正直に、伝えれば良かったのに。 利央はそのまま彼女の後を追って教室に帰る気にはならずに、屋上の端のフェンスに寄りかかってずるずると腰を下ろした。 膝の間に顔を埋めるようにして項垂れた利央の頭に浮かぶのは、思いを告げてくれた彼女ではなくその前に見たあの人。 やはり何も言ってくれなかった、笑いかけてもくれなかった。今日もまた、部活でもそうなんだろうかと思うと、やりきれなさに唇を固く結んだ。 (ずっとこのままかな、元には戻れないのかな。準サンに彼女とかできて、オレらの間が変わらない限り、無理なのかな) 準太が他の誰かを好きになれば、彼はまた自分に笑いかけてくれるのだろうか。 そう考えた利央は、彼が誰か知らない人間に笑いかけその頭を撫でている場面を想像してみて、酷く胸の詰まる思いがした。 彼はきっといつか、また違う誰かを好きなるのだろう。それこそ、ああいう風に告白される様な人だから、より取り見取りで案外すぐに付き合ってみたいと思える子が出てくるのかもしれない。 (モテルしね、準サンは) それならきっと、また笑い合って野球が出来る日もそう遠くはないのだろうと笑おうとして、利央は自分がちぐはぐな表情をしていることに気付く。 上手く笑えない。 何故だろう。彼がちゃんと自分の想いに応えてくれる利央以外の人を見つけて、そして幸せになってくれれば、また普通の先輩後輩に戻れるだろうと思うのに。 それなのに、彼が自分にしたように誰かに告白をして嬉しそうに笑い、キスをするところを考えると利央は何かを堪えるように拳を握りこんだ。 (なんで!?) 自分は準太と同じ種類の想いではないと、傷つけたのに。それなのに、彼がその想いに応えてくれる誰かを見つけることを想像すると胸が痛む。 まるで、まだ見ぬ準太の次の想い人に嫉妬でもしているようだ。 自分自身の感情が分からず、思わず体育座りで顔を伏せた利央の頭上に、一つの影が差した。 「なぁに悩んでんの」 緊張感の無いその声に顔を上げると、いつ現れたのか慎吾がいた。 「しん、ご、さん」 近付いてきた足音すら気付かせなかった彼は、呆然と見上げる利央の隣にジジくさい掛け声と共に腰を下ろした。 「可愛い子に告白されて、喜べよ厭味な後輩だな」 揶揄するように笑われて、利央は彼に見られていたことを知る。それにしてもどこで? 「いつからどこに居たんスか、慎吾サン」 警戒するように唸る利央に、慎吾は入り口の上を指で示した。そこで寝転がっていれば、大抵は死角になるだろう場所に、利央はやられたと眉をしかめる。 「準太が告られる前から居たぜ。俺のお昼寝スポットなの、あそこ」 準太の名前にぴくりと反応した利央に、慎吾は苦笑する。他人の色恋沙汰に首を突っ込むのは楽しいが、喧嘩にまで首を突っ込んで巻き込まれたくは無い。そうは思うが、このままこの後輩2人を放っておいたら多分どこまでも擦れ違うのだろうなと容易に想像できて、それはそれでややこしい事態になりそうだと嘆息する。 「で?利央は何で準太をふっちまったの」 突然のその言葉に、利央が目を見開く。その大きな瞳が落ちてしまいそうで、慎吾は喉の奥で笑った。 「準太とお前のことを和が知らないと思うなよ。そんで、和が知ってることを俺が知らないと思うな」 それだけで、話の伝達経路が一発で分かってしまう。 「和サンと慎吾サンが仲良いのって、何か意外だよね」 常々思っていたことをぽろりと漏らすと、話を逸らすなと鼻をつままれた。 その手を乱暴に払いながら、利央は目を逸らす。準太から和己へ伝わったのなら、自分がどんな風に彼を傷つけたのかも知っている筈だ。それを口に出して言いたくはなかった。 ふてくされたその態度に慎吾は苦笑を浮かべながら、腰を下ろしたコンクリートに手を当てる。じんわりと暖かい太陽の熱を感じて、今日の部活も暑いのだろうなと思う。 「利央さ、何で準太と付き合えた?」 慎吾の話に繋がりが見えなくて、利央は怪訝そうに眉をしかめながら視線を戻す。彼はコンクリートに付けた自分の手の甲をじっと見つめたままだった。 「だってお前今、嫌いじゃないけど、好きになれるかもなんて理由じゃ付き合えないって言ってたろ?でも準太とは嫌いじゃない程度で付き合ってたんだろ、何で」 「・・・・その経験を踏まえて、断ったんじゃないスか」 「経験を踏まえて、ね。そんな言葉も使えるのね、お前」 どこか馬鹿にした口調に利央が唇を尖らせると、慎吾は温まった掌をコンクリートから剥がして暑いと文句を言った。 じゃあ最初からそんなとこに手を置かなければいいのに、島崎信吾と言う人物はどうも不可解だ。 「じゃあ質問変えようか?お前ら、キスはした?」 利央は頭に血が上りそうになったが、それに気付いた慎吾は落ち着けとその肩を押した。 「興味本位じゃねぇよ、ただ、お前が今持ってる疑問に答えてやれるかもしれないからさ」 「疑問?」 「準太が告白されてんの見て、動揺したろ。いつか準太が他の誰かを好きになったりするんだろうなと思って、動揺しなかった?」 「なんで・・・」 慎吾はもしかしたらエスパーなのではないかと半ば本気で疑った利央に、彼は満足気な顔をする。 「で?どうなのよ」 彼が何を考えているのかは分からないが、さっき自分でも感じた違和感に答えを与えてくれるのならと利央は正直に答えた。 「キスだけ」 その答えに慎吾は得心顔で頷いて、心地良く吹いてきた風に目を細めた。 「和だったら、どうしてた。付き合ってくれって言ったのが準太じゃなくて、和だったらお前どうしてた。準太の例があるからじゃなくて、無かったらで考えろ」 思わぬ人物を挙げられて、利央は困惑した。和己が自分に告白してきていたら。利央は和己のことは尊敬している。目標とするキャッチャーで、自分の面倒もよく見てくれる先輩だ。勿論、嫌いであるはずも無い。 しかしだからといって、 「・・・・無理」 利央は頬を染めて告白してくる和己なるものを想像して、即座に答えた。やや過ぎた位に彼を敬愛している準太ならば可愛いなどと言うのかもしれないが、自分には無理だ。 「じゃあ、今告ってきた嫌いじゃない子が、キスだけでいいからって言ってきたら?」 「無理」 それは悩む間もなく答えられた。想像するまでも無く、嫌いじゃないという理由だけではきっとできない。 「でも、準太とは付き合ったしキスもしたんだろ?嫌いじゃなくて尊敬してるけど、でも先輩としか思えない奴と」 言われてみて、利央は改めて考え込んだ。 和己も準太も、尊敬する先輩だ。クラスの女子も準太も、嫌いじゃない人間だ。でも、付き合えたのは準太。キスできたのも準太。 この違いは何なのだろう。 俯いて考え込んでしまった利央は、やっと気付いたらしい。その様子に呆れを滲ませた笑みを浮かべながら、慎吾は後輩の柔らかい髪を掻き混ぜた。 「俺から言わせれば、お前は準太に惚れてるんだよ。いくら尊敬してるからって嫌いじゃないからって、男に告られて付き合おうなんて思わねぇしキスもしねぇよ普通。準太だから、そうしたんだろ?お前は」 掻き混ぜられた髪を直すこともせずに、利央は頭に乗せられた手をそのままにゆっくりと顔上げて慎吾を見つめた。 「準太だから、付き合ったんだろ?」 諭すような優しい声音に、利央は鼻の奥がツンとする痛みを感じた。 「準太だから、キスもできたんだろ?」 自分とは全く違うその黒い髪も瞳も、綺麗だと思っていた。その投球姿に憧れて、彼をリードできるキャッチャーになりたいと願って。からかいながらも可愛がってくれているのは正直嬉しかったし、乱暴に頭を撫でる指も好きだと思った。 好きだと、思ったのだ。 「準太から告られて、ちょっとも嬉しくなかったのか?」 付き合うと答えた後の、嬉しそうに破顔した準太の表情。試合に勝った時のテンションの高い喜びではなくて、何かを噛み締めるように声は上げずに笑った顔に、鼓動が跳ねた。 「うれし、かった・・」 こんな綺麗な人が自分を好きなのかと思うと、嬉しかった。 先輩だからと思ってきた、尊敬してるからと思ってきた。だから、付き合うと答えたのだと。 「男に告られて素直に嬉しいと思うなら、そいつのことが好きだからとしか思えねぇけど?」 頭に置かれたままの手の重みに、利央は涙腺が緩んだ。 頭を撫でる手も、理不尽に叩いてくる手も、キスの合間に肌を撫でる手も嫌いじゃなかった。その重みは似ていても、今ここで慎吾にキスをされたら絶対に自分は避けるだろう。 「利央、疑問解決した?」 口端を上げた笑みを浮かべる慎吾に、利央の涙の浮いた瞳がそれに応えた。 ベッドに仰向けに寝転がり、数分して横向きに寝返りを打ち、更にその数分後には枕を抱えてうつぶせになっていた。 部活で疲れた身体はさっさと予習を済ませて寝てしまえと訴えてきていたが、準太の頭はそれを受け付けなかった。 頭の中は、今日の昼休みのことで一杯だった。 まさか、あのタイミング利央が現れるとは思っていなかった。野球のことしか考えられないなんて、下手な言い訳だ。きっと彼には、空々しく聞こえたことだろう。 (くそ、アホ利央) 彼の背後に居た女生徒は、きっとあの後利央に告白したのだろう。彼は、どう答えただろうか。自分と違って彼には、断る理由がないのだろうし。 もしかしたら、彼こそ”野球しか考えてない”という理由で断ったかもしれないが、逆に深く考えずに受けたかもしれない。自分の時の様に。 そんな意地の悪いことを考えながら、ふとあの立場は逆だったのではないかなどと考えて、思わず身を起こした。 利央が、彼女に告白していたのだったら。 想像するだけでやるせない思いになり、そんな風にズルズルと引きずる自分が情けなく、準太は手にした枕を壁に向かって放り投げた。 ぼすんと鈍い音を立てて床に落ちる枕を眺めて、準太は深く嘆息した。 さっさと予習を済ませて寝てしまおう、明日も朝練はあるのだし。そう思って立ち上がった準太は机に向かってみたものの、気付けば五分もしない内に朝練のことで呻いていた。 明日も、利央と上手く話せる自信が無い。ここまで引きずる性格だとは思っていなかったが、これは利央にも非はある。 散々期待させるような態度をしてきて、あっさり掌を返した。まるで青天の霹靂だ。 (あー、くそっ) それでもさっさと吹っ切ってしまわなければ、部活に支障が出てしまう。気持ちに整理をつけなければならない、そろそろ本気で。 とりあえず明日、挨拶位はしないとなぁとささやかな目標を立てたところで、鞄の奥の携帯が鳴った。 暫く待ってみるがそれはメールではなく電話で、こんな時間に誰だろうと訝しげに思いながら携帯取り出した準太は、即座にそれを放り投げた。 『利央』 ディスプレイにはそう表示されていて、準太は縋るように鳴り続ける携帯に苛々と髪を掻き混ぜた。 十回呼び出しが続いた後で留守電になったのか、着信は一旦途絶えたが、すぐにまた鳴り始めた。 電源を切ってしまおうと鳴り続ける携帯を拾い上げた準太だったが、ここまでしつこく彼が何を伝えたがっているのかと思うと指が止まった。 謝罪ならばお断りだ、ますます惨めになる。 しかし、ここ数日まともに彼の声を聞いていないことを思い出すと、準太の指は感情に正直に通話ボタンを押していた。 「なんだよ」 今までで最高にぶっきらぼうな応対をしていただろう。電話の向こうで緊張したように息を吐く音が聞こえ、少し間があった後に利央の声が聞こえてきた。 『あの、こんな時間に、ごめん。でも、オレ、準サンに聞いて欲しいことあって』 久しぶりに聞く利央の声は、やや元気が無かった。これで元気一杯でもムカつくけどなと自嘲しながら、準太は無言で続きを待った。余り口を開きたくない。何を言うか分からなくて。 『オレ、さ、あの、ごめ』 「なにが」 最後まで聞きたくない言葉を遮るようにかぶせた言葉に、利央が一瞬黙り込む。謝罪ならば聞きたくない、すぐさま切ってしまいたい。 『オレ、馬鹿だから分かんないかもしんないけど、聞いてよ準サン』 その言葉が既に分からないと眉を寄せながら、準太はだから何が、と繰り返す。 利央の声は、震えていた。 『オレね、和サンだったら駄目だったと思う。嫌いじゃない程度でキスもできないと思う』 「何の話だよ、ちゃんと順序立てて話せって前から言ってんだろ」 不機嫌そうに返した準太に、利央は何が嬉しかったのか微かに笑った様だった。 『うん、あのね。もし和サンに告白されてたら、オレ付き合ってなかった。今日、嫌いじゃないなって子に告られたけど、付き合えなかった。その子にキスしてくれって頼まれたとしても、嫌いじゃない相手だけどできないって思う』 何で和サンが引き合いに出てくるのか分からなかったが、とりあえず今日のあの子はやはり利央に告白したのかと焦りつつ、それでも断ったと聞いて安心する自分に舌打ちをしたくなった。 利央が最終的に何を言いたいのか分からないので仕方なくそのまま携帯を耳に当てていると、向こうから鼻を啜る音が聞こえてきた。 『準サンだから付き合えたんだって、やっと分かった』 一瞬、耳を疑った。思わず声を失って何も返せないでいると、利央はそのままごめんねと呟いた。 『オレ馬鹿で、気付くの遅くてごめん。準サンに告られて嬉しかった、準サンだから付き合うって思って、準サンだからキスも嫌じゃなかったんだ』 ここ数日聞いていなかった彼の”準サン”という響きが耳に染み込んで、準太は思わずベッドに倒れこむようにして腰を落とした。 「なに、言ってんだ。お前」 付き合えないと言ったのは利央だった。恋愛感情じゃないから、もう無理だと。それが何で今更こんな話になっているのだろう。これでは、まるで。 混乱し始めた準太を他所に、利央はまくし立てるように早口で喋り続ける。 『今更だって分かってるけど、けどさ、今更気付いたんだからしょうがないじゃん。えと、違う、やっぱごめんなさい。あの、それでオレ、準サンが他の人に告ったり頭撫でたりしたら嫌なんだ』 「・・・んなもん、オレの勝手だろーが」 もう彼と自分は何の関係も無い、ただの先輩後輩なのだから。下手な期待はまた傷付く。余計な期待はせずにさっさと通話を切ってしまおうとした準太の耳に、利央の掠れた声が届いた。 『オレ・・・・レンアイカンジョウで、準サンが好きだよ』 たっぷり三秒は呼吸が止まり、準太は呆然と携帯を握り締めた。 今、利央は何を言った? 『ごめん、今更本当にごめんなさい。でも、オレ、準サンが好きだよ』 繰り返されたその言葉に、聞き間違えではないと指が震えた。それに気付いて指を握りこみ、何か言わなければと息を吸うが、何を言ったらいいのか分からなくてただその息は吐息に変わる。 『準、サン・・・?あの、聞いて、る?準サン?』 何も反応しないことに不安になったのか、利央が準太の名前を繰り返す。それを五回ほど耳にした後、準太は声を震わせて低く尋ねた。 「お前、今日親いんの」 『へ?えっと、今日は12時過ぎる日だけど・・・?』 利央の両親は共働きで、兄の呂佳は家を出ている。壁にかけてある時計を見ると、現在は日付の変わる二時間程前。十分もチャリを飛ばせば着くだろう。 「今から行く」 準太は立ち上がって、机の上に置いてある自転車の鍵を取った。 『ハァ!?』 「てめぇな、電話でお手軽に済ませようとしてんじゃねぇよ」 一方的に言って、準太は通話を切った。そして携帯だけをポケットに乱暴に突っ込んで、部屋を飛び出した。 親に適当な理由を告げて階段を駆け下り靴を引っ掛けて、近所の迷惑も考えずガチャガチャと自転車を引っ張り出す。明日も朝練があるとか平日で学校もあるとか、そんなことすら気にかけられない状態で、近所迷惑など考えられるわけが無かった。 座って漕ぐのももどかしく立ち漕ぎで自転車を飛ばしながら、滑るハンドルに自分が掌に汗をかいていることにようやく気付いた。 耳元では、風の音に混じって自分を呼ぶ声がこだましていた。 next(裏) ウチの準サンは、利央のことを好きすぎる・・・・。ちょっとキモイ位に利央のことが好きらしいですよ、私の書く彼は。 準利って普通に二話以上になるネタばっかり浮かぶんですよね、両思いになる前の話ばかり浮かぶからか(苦笑。 そしてこれは、実はここで終わりなような終わりじゃないような・・・。でもこの後は裏有になるので、今回はここで終わり。準サンが利央の家に行ってからは、裏にて公開しております。 |