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アルカロイドを含む、有毒植物
どれだけ経ってもこの身から消えはしない。
台所で銀時の熱の交感をしてから一週間、新八の周囲では一つの幸福があり一つが不幸であった。あの思い出したくも無い男にあの日以降会うことが無かった事はありがたく、仕事が相変らず入ってこないことは不幸だった。 しかし、と新八は久しぶりに使用された客用湯飲み茶碗を差し出しながら、今日で後者の不幸が解消されそうだと胸が弾んでいた。勿論、心痛で顔色の悪い依頼者の前では神妙な面持ちを崩しはしなかったが。 「今までどこかに泊まりに行く時には必ず了承を得てきましたし、平日学校をサボるなんて事もした事が無い子です。そりゃあ、多少の反抗期はありますが、だからって、一週間も音沙汰無いなんて・・・」 やつれた頬に目の下には隈を作った母親は、そう言いながら嗚咽を堪えている。依頼は、一週間家に帰ってこない息子を探してくれとのこと。 「まぁ、大抵の親御さんは子供の家出にそう言いますけどねぇ。非行に絶対走らない子供なんて、そんなもの幻想だってのにねぇ」 「うちの子はそんな子じゃありません!」 それも、親の定番台詞なんだよなぁと思いながら、銀時は小指で耳垢をほじる。万事屋を名乗るからには、依頼はどんな内容のもであれ九割方断りはしない。断る一割は、人殺しだとか麻薬の売買だとか、銀時の信条に反するものである場合だ。 ともかく、この依頼も銀時には断るつもりは無かった。無かったが、何か一言余計事を付け足さなければ気がすまないのは、もう性格だから仕方が無い。 「銀さん、余計な事言わないで下さいよ。大丈夫ですよ、僕らにお任せください。警察は何か事件が起きないと動けないですからね、そうなる前に僕らが必ず見つけ出します」 また安請け合いして、そんなに人生上手く行く事ばっかりじゃねぇのよ、と思いつつもフォローしてくれる新八には密かに感謝しておく。この余計な一言を付け足す性分で、過去に依頼を逃した事が実は少なくない。けれど今は、何だかんだと天邪鬼な銀時の性格をしっかり把握してしまった新八が上手く言葉を継いでくれるので、客もお願いしますと頭を下げて行く事が多い。 この地味な見てくれと特に特徴の無い高くも低くも無い声が、客に余計な警戒心を抱かせないんだろうなぁなどと、新八にとっては極めて失礼な事を思いつつ、銀時は指先の垢をフッと吹いた。 「で?そのお子さんの名前と年と、特徴とか手っ取り早く写真なんかはないんですかね」 「あ、はい」 一応積極的な態度を見せ始めた銀時に、母親は鞄から一枚の写真を取り出す。机に置かれたそれに、銀時の両脇から新八と神楽も身を乗り出す。 「名前は伸介、十三です。背は高くも無く低くも無く、十三の男の子ならその位っていう大きさで、見ての通り、これといって目立つ特徴のある子ではありませんが、その分こういった場所にもし入り込んでしまっているのなら、逆に目に付くのではないかと・・・」 確かに、その写真の少年はほくろだとか傷だとか、目立った特長のある子供では無かった。日本人を代表する黒い髪に最近の子供には珍しくも無い眼鏡、クラスに一人はいそうな真面目そうな学級委員タイプだと言うこと位が、感想だ。 「まぁ確かに、こんな子がかぶき町なんかにいたら目立ちますよね」 同じ様な出で立ちをした新八が、納得した顔で頷いた。 「とは言ってもよお、この町では親から貰ったツラ変えて暮らす奴なんざ珍しくねぇからなぁ。写真もどこまであてになるか・・・」 「アンタ、それ八郎さんの話でしょーが!どこの世界に十三歳で非合法の闇医者に整形頼む奴がいんだよ!そんな金どこに持ってんだ!そんなもん、最早家出って言うか逃亡だよ、完全に己の存在を消したい後ろ暗い人間のすることだよ!そんな十三歳いねーよ!いや、八郎さんは良い人だったけど!」 「いやいやお前、伸介君の何を知ってんの?もしかしたら、これまでの人生をリセットして全てやり直してーとか、思ったかもしれないよ。これだから安易なリセット世代は困るよ」 「安易じゃねぇよ、顔変えるなんて大冒険だよ!てゆーか、お前こそ伸介君の何を知ってんだぁ!」 「あ、あの、お二人ともちょっと・・・」 客の目の前で激しい漫才を始めてしまった二人に、母親が困惑しきった顔で止めようと片手を上げて制止してくる。それに我に返った新八は、僅かに頬を赤らめて咳払いをする。 「で、外見的特徴のほかに、何か無いんですか?癖とか、何でもいいんですけど」 「あ、笑うと右の頬にえくぼができます。あと、少し八重歯気味です」 それは結構大きな特徴だ、と新八はその二つを頭に叩き込む。銀時は写真を取り上げてマジマジと眺めると、分りましたよとだるそうに白髪頭を掻き混ぜた。 「とりあえず二、三日探してみますわ。そんでまた、連絡しますんで。その間にまぁ、帰って来る可能性だったあんだから、あんたはまずしっかり寝て、息子の好物を揃えた献立でも考えとくんだな。息子が帰って真っ先に見るもんが、やつれた母親の顔だなんて切ねーぞ」 「はい・・・よろしくお願いします・・」 そう言って深く頭を下げた母親の手に数粒の波が落ちて、新八は必ず見つけ出して帰してあげなければと強く拳を握り締めた。 「にしても、見れば見るほどこいつお前に似てんじゃね?」 依頼人が帰って行った後、湯飲みを片付けながら新八は銀時の言葉を背中で聞いていた。 「そんな、これといって誰に似てるって感じじゃない子じゃないですか」 「そこが似てるって言ってんのよ」 「僕が地味だって言いたいんですか。あんたは毎回毎回、それしか話題のネタが無いのかよ」 茶渋は早めに落としてしまうの吉と、新八はそのまま台所に立ってスポンジを泡立てる。 「銀ちゃん、大変ヨ。話題の少ない男はモテないアル」 「これだからお子様は。口先ばっかり達者な男にろくな奴ァいねぇんだよ。男なら、黙して背中で生き様語るってもんだ」 「銀ちゃんの背中からは、オッサン特有の哀愁しか感じられないネ」 「てめぇ、俺はまだまだ少年だっての」 湯飲みを水切り籠へ置いて、まるで親子の様な微笑ましい会話を交わす二人の元へ戻りながら新八は銀時が放った写真を手に取りながら銀時の向かい側へ腰を下ろす。 「アンタがいつ、僕らが見本にできるような生き様見せてくれましたか」 辛らつな言葉に何事かを言い返してくる銀時の言葉を聞き流し、新八は少年の顔を覚えようと写真を凝視する。黒く真っ直ぐな、清潔感を与える長さで整えられた髪。丸い眼鏡の奥には、男にしては少々大きめな丸い目がこちらを見て笑っている。そしてその頬には、母親の言うとおりえくぼができている。 その時急に新八の頭にその言葉が蘇った。 『いかにも世間知らずって感じのお坊ちゃんがよ、顔を歪めるのは堪んねぇんだぜ。お前、自分がどんな顔してるか知らねぇだろう?』 背筋が粟立ち、心臓が大きく跳ねる。気管を押さえ込まれたかのように息苦しくなって、新八は思わず写真を強く掴んだ。 「新八?どーしたアル?」 隣に座っていた神楽が、唐突に黙り込んだ新八を覗き込んで来る。 「えっ、あ、ううん。何でもないよ、ちゃんと探してあげないとなって思ってただけ」 我に返った新八は、口角を上げて笑顔を作った。しかしそれが上手く出来ていたかどうかには自信が無く、銀時の方は向けなかった。 気のせいだと思う。気にしすぎだと思う。何の根拠も無い、ただの思いつき。ただ、そう言って自分を納得させようとしても、新八の胸の内には暗い予感が広がっていく。 「ねえ銀さん、こんな大人しそうな子がここいらに本当に迷い込んでたら大変ですよ。早速探しに行きましょう」 いても立ってもいられなくなり勢い良く立ち上がった新八は、銀時の返事も待たずに玄関へと向かう。 「おいおいおい、待てよぱっつあん。何やけにはりきってんだぁ?」 「待つね、新八。その写真一枚しか無いのに、お前が持って行ってどうするネ」 玄関のタタキに立てかけてあった木刀を握り、新八は手元の写真を見下ろす。そして、ようやくブーツを履こうとかがみこむ銀時に、それを差し出した。 「これ、銀さんたちが使ってください。僕、もう顔は覚えたんで」 「あ?いや、お前らが持っとけよ。俺はその前に情報屋に迷子の話がねぇか当たって・・・」 「じゃあ、神楽ちゃんが持っててよ。前みたいに落書きしちゃ駄目だよ」 「おい、しんぱ・・・」 半ば押し付けるようにして神楽に写真を渡した新八は、銀時が立ち上がる前に万事屋の階段を降り始めていた。 「新八!てめぇ単独行動か!」 片足のブーツが履き終わらないままで玄関から上半身を伸ばした銀時が、陽光の下へ飛び出していく新八に向かって怒鳴る。 「三人で散らばった方が探しやすいでしょう?とりあえず、暗くなったら万事屋集合で!」 「おいっ!!」 余りに不自然なこの行動に、後からたっぷりと聞かれる事は分っていた。それでも、新八はある予感を捨てきれない。それを確かめるには、どうしても銀時と神楽とは別行動でなければならなかった。 そんな新八の背中を見送る形になってしまった二人は、数秒の間呆然と玄関に立ち尽くしていた。 「新八、何かあったアルか・・?」 押し付けられた写真は、先ほど新八が強く握ったせいで皺になっていた。どことなく不安そうに呟いた神楽とその写真を見比べて、銀時は言葉にならない呻き声を上げながら乱暴に髪を掻き毟る。 泥のついてしまった片足を払ってブーツを履き直し、心配するなと神楽の頭を軽く叩く。 「自分と同じ様な地味っ子が迷子になってっかもしれねぇってんで、仲間意識から心配なんだろーよ。おら、俺らも行くぞ」 「ん。定春、行くアル」 仕事を察したのか散歩と勘違いしたのか玄関に姿を現した定春の背中に乗り、神楽は万事屋の階段を降りていく。 銀時は玄関に鍵をかけながら、新八が携えて行った木刀の事を考える。少し物々しい依頼の時には、携帯して行くこともあるが、そもそも普段彼はそんな物は持ち歩いていない。不本意ながら警察機構の一端である真撰組と顔見知りであるとはいえ、今の時代木刀だけでも持ち歩くとうるさいのだ。 それなのに、新八はここ一週間以上常に木刀を携えて行動している。 正確に言えば、あの将軍の誕生日、あの日からだ。もっと言えば、あの明らかにカタギではない男と会った時から。 「まぁたなんか、一人でややこしい事抱え込んでんじゃねぇだろうなぁ」 この依頼が、嫌な方向へのきっかけにならなければ良いかと軽く嘆息しながら、銀時は鍵を懐へしまいこんだ。 最後にここを訪れたのは、三年前だっただろうか。今風のお洒落な高層マンションに様変わりしたその建物を見上げて、新八は肩で息を整える。 かつてここには、安くて汚い長屋があった。天人がこの江戸に来て建築技術も大分向上はしたけれど、その陰ではまだまだ昔ながらの長屋が残っていたりもする。もっとも、そういう物は人気が低迷している事は事実で、借家人はもっぱら貧乏人や少々後ろ暗いところのある人間だったりした。 あの男も例に漏れず、大した審査も保証人も必要とされないかつてここにあった古い長屋で、何を糧にしているのか良く分らない胡散臭い生活をしていた。 顎を伝って落ちる汗を手の甲で拭いながら、新八は大きく息を吐き出した。 そうだ、もう三年経ってるんだ。 目の前にそびえる高い建物を見上げて、新八は自嘲気味に笑う。 いくらあの男が戻って来て、同時に一人の少年が行方不明になったとはいえ、それを繋げる証拠などどこにも無い。そもそも、あの男が三年前に捕まったのは別件だった。自分がここに通っていたことが違法ではなかったとは言えないが、しかし自分とあの男の間にはそれなりの契約が交わされての事だったのだし、今回の事とは無関係である可能性の方が高いのだ。 「・・・・何してんだろ、僕」 不自然に飛び出してきてしまって、帰ったら銀時に何と言い訳をしよう。普段は死んだ魚の目をしていても、実際には人生経験もくぐった修羅場の数も新八なんか足元にも及ばない男である銀時は、恐らく自分の様子が可笑しいことに気付いているだろう。詳しく聞いてこないのは、多分彼にも同じ様に触れられたくない過去があるからだ。 それは新八にとってとてもありがい事だったが、同時に苦しい事だった。 何も聞かれないから、適当な嘘を吐く事もできない。 「ったって、上手く嘘なんか吐けないんだろうけどさ」 普段光が無い分、銀時の瞳が煌く時は怖い。それに掴まれば、蛇に睨まれた蛙の如く新八は身動きできなくなるだろう。 とりあえずは今日の言い訳を何かしら考えてから帰らなければ、と新八は長いこと立っていると怪しまれそうである事に気付き踵を返す。 そして、ブラブラとかぶき町の方へ歩き出す。仕事を忘れているわけではないので、一応写真の少年の姿が見えないかどうか意識の端には置いておく。 「あ、れ?」 そして、新八が信号待ちをしていたその場所で、彼は写真で見た顔に良く似た少年を道の向こうに発見した。 「しんすけ、だっけ?あれ、ちょ、ほんとに?」 まさか調査初日のこんな場所で見つけるとは思わず、新八は頓狂な声を上げてしまう。 少年はどこか落ち着かない様子で肩を縮こまらせて、辺りへ視線を彷徨わせながら歩いていた。呼び止めなければ、新八が大きく息を吸い込んだ時、雑踏の中で少年の肩を抱いている相手がいることに気付いた。 それも、一番的中して欲しくは無い予想通りの相手だった。 「ガクジ・・・!!」 祭の日に再会した、あの男。かつて同じ様に肩に手を回された時の感触が、三年も経っているというのに昨日の事の様に思い出された。 屈辱と、羞恥と、恐怖。 新八は信号が変わるのも待たずに、木刀に手をかけたまま道路に飛び出した。派手なクラクションも怒声も耳には入らなかった。 捻りなんて何も無い、多分憶測どおりの展開でーすよ・・・。カメの歩みでこの鈍才・・・。 |