あなたと夜と音楽と(You and The Night and The Music. )







 


 カーテンを閉めていない窓ガラスの上を雨が流れていく。
 最上階の部屋なので、他の建物から中が見えてしまうという心配もなく、竜也はクイーンサイズのベッドに腰掛けてただ流れる雨に滲む夜景を見ていた。
 雨が降っても気温の下がらない今夜は、ただ湿度だけが増す不快な夜になっただろう。平生通り、家にいたならば。
 ふいに、無音だった室内に扉をノックする音が響く。竜也は背を向けていたもう一方のベッドの向こうにある扉の方を振り返ると、もう一度二回連続するノックの音が聞こえてから立ち上がった。
「う、わ」
 オートロックの扉を開けると、目の前には黄色が満開に広がっていた。
「おばんやすー」
 すぐにその黄色は下方に避けられ、その後ろから今度は金色が竜也の視界に入り込む。見慣れたその色の髪を持つ人物は、竜也の本日の待ち人。
「お前、何持ってんの」
「薔薇」
 脇に避けてシゲを迎え入れながら、肩に担ぎ上げられた巨大な花束に竜也は溜息を漏らす。
 その溜息にシゲは機嫌良さそうに笑いながら、ベッドサイドに立って竜也にそれを差し出した。
「あげる」
 竜也は眉をしかめてそれを受け取ると、次の瞬間にはそれをベッドに放り投げていた。
 バサ、と花を包むセロファンが乾いた音を立てる。シゲはそれに肩をすくめながら、脇に抱えていたもう一つの荷物をサイドテーブルに降ろす。
「花より団子かいな、たつぼんは」
 降ろされた荷物の中から暗い緑色のワインのボトルを取り出しながら、シゲは苦笑する。
 二脚あるうちの片方の椅子に腰掛けて、竜也は放り投げた花束を一瞥した。
「寒いんだよ、やることが。こんなとこで貰っても花瓶も無ぇし、チェックアウトの時間には萎(しお)れてる」
 荷物からボトルだけでなくグラスまで取り出したシゲは、最後にコルク抜きまで取り出して、紙袋を床に丸めて捨てる。
「お前、わざわざ持って来たのかよ。買ったのか、まさか」
 相変わらず用意周到なシゲに半ば呆れながら竜也は瓶を手に取り、ワインの成分表などを眺める。
 シゲもテーブルを挟んで向かいの椅子に腰を下ろすと、竜也の手から瓶を奪ってコルクを抜きにかかる。
「持って帰ってな、たつぼん」
「俺がか」
 ポン、と小気味良い音を立ててコルクが抜けると、シゲは二つのグラスに六分目ずつ程ワインを注ぐ。
「やって、俺使われへんもん」
 自分だってそうそうワインなんて自宅で飲む機会は無いと反論しながら、竜也は差し出されたグラスを受け取る。
「いざって時に無いよりええやろ。ほれ、乾杯」
 どんな時だと思いながら、竜也はシゲのグラスに軽く縁をぶつける。チン、と硬く軽い音が薄暗いホテルの一室に響いた。
 軽く一口飲み干してからグラスを置いて、竜也はシゲが背負う濡れた夜景に目をやった。
 シゲもつられるようにして眼下の滲む景色を見て、綺麗やなと笑いながら一杯目のワインを飲み干した。

   ボトルの残量が半分ほどになった頃、雨はまだ振り続いていた。ガラスに雨のあたる音が心なしか軽く細かいものになる。
「霧雨になってきたんかな」
「かもな」
 シゲと竜也は、途切れがちに近況報告などを交わす以外には言葉も少なくグラスを傾けていたが、ふいにシゲが底に僅かにワインの残るグラスを置いて、腰を浮かせた。
 そのまま距離を詰めて来るシゲを避ける理由も無く、竜也はグラスを膝に下ろして瞼を閉じる。
 他人の柔らかな唇の感触に薄目を開けると、シゲが鼻を触れ合わせる距離で笑っていた。
「たつぼん、ワイン零さんでな」
 その言葉に竜也がグラスをテーブルに置くと、シゲは椅子を立って回り込んでくると竜也の肩をベッド側に押し倒した。
「ちょ・・っ」
 竜也の背中で、グシャ、という音がして竜也が自分とベッドの合間を見下ろすと、そこにはひしゃげた薔薇の黄色い花びら。
「おまえなぁ」
 呆れた声音で竜也が見上げると、シゲは額にキスを落としてくすくす笑う。
「すまんすまん」
 そのまま体重を掛けられて、竜也の下に敷かれた薔薇は更に悲鳴を上げる。
 花屋で棘は落とされていたらしく竜也の背中を傷つけることは無かったが、茎と花びらを押し潰す感触に眉根を寄せた竜也は、首筋に顔を埋めるシゲの肩を押しやった。
「嫌だって。花なんて敷きながらシたくない」
 ワインのせいか目尻をほんのり桜色に染めた竜也の頬を舐め上げて、シゲは竜也の腕を引く。
「似合うのに」
 同じ様に温度の上がった息を吐きながら、シゲは乱れた竜也の髪を掻き混ぜながら舌を絡ませる位深く口付けた。
 強いアルコールの匂いが口内に広がった。

「・・っあ・・」
 熱い息を吹きかけられて曇ったガラスに、雨が滲む。
 結露した窓に竜也の細い指の跡が残る。
「う、っあ・・・は」
 眼下に散らされたネオンに被さるように、シゲの姿が窓に映りこむ。
「気持ちえ・・?」
 腰を抱え込まれ深く侵入されて、意識ごと揺らされながら竜也はあごを反らせて嬌声を上げる。
「あぁ・・っ、う―――っ」
 つま先まで力が篭もり、やがて弛緩する。
 怒張したシゲ自身も、合わせる様に達して竜也の内部を濡らす。
「・・んっ」
 開放される感覚に、シャツが引っ掛けられた背中が震える。そのまま身体を起こされて背中越しにキスを受ける。
 身体を反転させて何度も角度を変えてキスを交わしながら、ベッドサイドまで移動する。
「また、花踏むぞ・・・」
 キスの合間に竜也が囁くとシゲは片頬を上げて笑って、竜也の肩を抱いたまま花束を取り上げる。
 片手に花束を下げたまま竜也を押し倒すとシゲは竜也の腰に跨って、その上で薔薇の花数個をもぎ取った。
「何を・・」
 腕に引っかかる程度だったシャツを脱ぎ捨てながら竜也が怪訝そうな表情で見上げると、シゲは手の中で花を握り潰す。
 そしてその手の平を広げると、黄色い花びらがひらひらと汗ばむ竜也の肌に落ちた。
「似合う」
 笑いながらシゲは、何度も繰り返し花をもぎ取り握り潰してベッドに撒き散らす。その内花だけでなく葉まで散らし始めたシゲに、竜也も笑って手を伸ばした。
「面白い?」
 肌に落ちる花びらの軽いくすぐったい感触に肩をすくめながら、竜也も一つ花をもぎ取り花びらを空(くう)に散らした。
 薄い黄色い花びらは不規則に舞いながら、シゲの肩に落ちる。
「黄色い薔薇は、嫉妬やっけ」
 シゲは肩に乗った花びらを摘み上げると、それを竜也の唇に乗せてその上から自分のそれを重ね合わせる。
 植物の青臭い香りが鼻腔をくすぐり、竜也はシゲの唇が離れた後で乗せられた花びらを軽く食んだ。
「何に」
 カシ、と花びらに歯を食い込ませて竜也が尋ねると、シゲは目を細めて笑った。
 そして殆ど茎だけになった元花束をシーツの上に放り出して、シゲは再び竜也の上に覆い被さった。
 雨音はまた激しくなって、その音はタップダンサーのステップの音の様に、シーツの海で薔薇の花びらと泳ぐ二人の耳に届いてきていた。


 
 あなたと夜と音楽が燃え上がる欲望でわたしを満たし、
わたしを炎そのものにしてしまう。
 あなたと夜と音楽がわたしをどきどきさせるけれど、
夜と音楽が終わってしまったらわたし達はどうなるのでしょう?


 

END.









 え、終わり?て思う方、手を挙げましょう。1110人はいるよね!(どんな数字だ。
   sada様から”「あなたと夜と音楽と」をモチーフに”ってリクエストが来て、CDを探し出して聞いてたら、浮かんだのはこんなんでした。
 話というよりシーンかな。雨の滲む窓ガラスから夜景を見ながらワインを傾ける二人と、薔薇の花が散るベッドが出てくる。
 そんな印象を受ける曲でした。
 中途半端で申し訳ない。ていうか実は別にオチが待ってたりするんですが、喧嘩売ってるみたいなのでちょいカット。気になる方はそっと見てください。
 sada様、素敵なリクエストを下さったのに、今一消化できてなくてすみません・・・。こんなのでよろしければどうぞお納めくださいませ。
 CDの情報や歌詞など色々ありがとうございました。リクエストしてくださった方に調べてもらってどうするんだと反省します・・。
 33,000ヒットありがとうございました!